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第六章:禁忌の島とパンゲア王国復興計画
第一〇六話:死霊兵団
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俺はエロリィとライサを抱きかけてふわりと着地。
でもって、目の前のそいつを見上げた。
「なんじゃこれ?」
俺は、上から見ていたときに思っていたことをただ言葉に出しただけ。
それ以上の感想がない。ピラミッドに見えないことも無いか。
形としては5面体だが平べったい感じがする。
それでも、高さは50メートル以上はありそうだ。
「あはッ、とにかくこの中に、あの乳メガネいるんじゃねーの?」
「でも、どこに入り口があるのよ! もうね、上から見た気もなかったのよ」
確かに空を飛びながら、側面をくるっと見たが入れそうなところはなかった。
「ぶん殴って、ブチ壊せば、中に入れるんじゃねーの。あはッ、ぶん殴ってぶっ壊してやるかぁ!」
ライサが腰を沈め、キュッと拳を握りこんだ。
素材不明のメリケンサックがその手に握りこまれている。乾いた血に塗られ、どす黒い光を放っている。
肉体強化の魔力が筋肉に流れ込み、放電するかのように、緋色の髪が宙を舞う。
「おりゃぁぁぁ!! ぶち殺してやる!! 待ってろ! このクソメガネ乳がぁぁ!!」
魔力と訳の分からん怒り。そしてそれ以外の何かの感情を乗せた拳が唸りを上げた。
風が衝撃波となる。ライサの拳が音速を超える。そのまま、壁に激突し轟音を上げた。
粉塵と瓦礫が舞い上がる。
超絶美少女破壊兵器の拳の直撃だ。
並の構造物はまず持たない。
「すげぇパンチだよなぁ。相変わらず」
魔力回路フル回転の状態のときでも、俺はライサのパンチは喰らいたくない。
徐々に舞い上がった粉塵が晴れてくる。
視界が開いた……
「きゃははははは! もうね、壁をぶち抜いても壁なのよぉ! 脳筋赤色ゴリラ女はアホウなのよ!」
エロリィが爆笑する。おまッ、爆笑している場合じゃねーだろ。
つーか、確かに突き上げられた巨大な石が吹っ飛んで瓦礫の山。
パンチを喰らった部分は破壊エネルギーで、石が融けて沸騰している。
だけど、それだけだった。10メートくらいの陥没した穴ができたが、それだけだ。
「ぶち殺すぞ、このクソビッチロリ姫が! じゃあ、テメェが何とかできるのか! 殺すかぁ!」
「キャハハハハ! こういうのは、どこかに仕掛けがあるのよ! もうね、お父様とお母様は、そう言った怪しい仕掛けのあるダンジョンで一杯冒険してきたのよ! 私は聞いたことがあるのよぉ」
「おめぇの親のことなんか知らねぇんだよ。殺すぞ。クソビッチ」
「仕掛けかぁ……」
「そうなのよぉ! なにか仕掛けがあるかもしれないのよ」
俺がエロリィの話に反応したので、ライサがぷぅっとふくれている。
しかし、まあ色々な可能性は探るべきだな。
『どうなんだろうな? サラーム』
『あ~、めんどうだから、全部、私とアインで吹き飛ばせばいいわ』
『アホウか! 中に、シャラートがいるかもしれねーって言ってんだろうが!』
『……あ、そ、そうだわ…… そうかもしれないわ……』
サラームの声のトーンが落ちる。言わんとする意味はわかるがな……
俺は諦めねぇんだよ。いいか、コンビニで撃たれて死んでも異世界転生した俺だ。
人生って奴はなにがわからねーんだ。くそ!
「もうね、お父様はオシッコかけたら、閉まっていたドアが開いたって言っていたのよ!」
なにそれ?
キラキラした金色の光で作り上げたようなツインテールをたなびかせ、エロリィが自信たっぷりに言った。
「ふふんッ」と凄まじく誇らしげに、ドヤ顔をきめる。更にフラットな胸をバーンと張っている。
パタパタと聖装衣・エローエがはためいている。山の上なので風がある。
「は? なんだって?」
「オシッコなのよ!」
エロリィが自信たっぷりに言った。
「なにそれ?」
「あはッ! なんだそれ? クソロリビッチのオヤジは頭おかしいのか?」
ライサが笑いで爆発しそうになるのを押さえながら言った。
腹を押さえて、ピクピクしている。
いや、俺も内心では同感だ。
なんで、オシッコだよ……
「プンスカピー!! もうね、お父様が若いころに冒険したダンジョンにはそういうのがあったのよぉ! 穴が開いてて、そこオシッコしたらドアが開いたのよ! パパから聞いたのよ! パパはトラウマがあるので、あんまり話してくれないのよ! でもあったのよ!」
パンパンと足を踏み鳴らし、怒りでプンスカ状態となりながらエロリーが反論する。
いや、オマエのオヤジさんさぁ…… なんか、変な異世界にいたんじゃね?
すごく、特殊な世界に……
ただ、この世界もなぁ…… まあ、どうなんだろう。
一概に、そういうラインも否定できないかもしれん。
「まあ、オシッコの穴はないにせよ。なにかの仕掛けはあるかもなぁ」
俺は壁面を注意深く見た。特に分からん。穴が開いてて、オシッコを流し込むような場所はない。いや、あってもやらんけどね。
ピラミッドモドキの表面を見ると特になんともなっていない。
ツルツルに磨かれた石が積んであるだけだ。
しかし、石の種類がよく分からない。
たぶん、大理石じゃないってのは分かる。
灰色っぽい光沢がある。金属っぽい感じだ。
ちょっと銀に似た感じだ。
「なんだろうな。この石は」
俺は石の表面を触った。
ズブ――
「えッ?」
手が沈み込んだ。
ズブズブと手が吸い込まれる。
「ちょ!! おい!」
俺は叫んだ。エロリィとライサの方を振り返る。
「「アインッ!!」」
俺の名を叫ぶ声が重なった。
ルビー色と青い瞳が見開かれて、驚きの顔。
つーか、一番驚いているのは俺――
で、瞬間、俺の視界が真っ暗になった。
◇◇◇◇◇◇
目が覚めた。気を失っていたことは分かる。記憶もしっかりしている。
いきなり、石に吸い込まれるとか、予想外だ。
「なんだ……」
薄らぼんやりした頭で感じたのはざわめきだった。
気配だ。なにかの気配を感じる。ひとつじゃない。夥(おびただ)しい数の存在。その気配――
『アイン! アイン! アイン! おきてよ!』
『ん…… サラームか……?』
『寝ぼけてるの? 周りをみてよ』
脳内に響く精霊サラームの声で、俺はゆっくりと目をあける。
「……!!」
声にならない声がのどもとで止まった。
俺の視界に広がっていた物。
『こんなに、命の無い者が、命がないんじゃ、殺せないし、つまらないわ』
『そ…… そうですか。サラームさん』
命ある者の命を奪うことが大好きな精霊の落胆した声。
そりゃそうだろう。だって、目の前にいるやつら、もう死んでいるから。
ゾンビ――
死霊――
リビングデッド――
スケルトン――
なんかそんな単語が浮かんでくる。
俺の視界に映っているのはそんな奴らだ。
中途半端に腐った肉のこびりついている奴もいれば、完全にがい骨になっている奴もいる。
ただ、少なくとも「生きてない」ってことに関しては同じだ。
しかも、武装している。兵団だ。死霊の兵団だった。
反射的に手を動かそうとする。びくともしない。なんだ?
見た。
「くそッ! 腕が固まってやがる」
俺の左右の腕、そして脚だ。
壁に完全に塗りこまれているかのように、埋まっている。
まるで壁に磔になったようだった。
「さあ、滅びを手にした諸君! 死をその身に受け入れた諸君よ!」
唐突だった。空間に声が響きわたった。
その声の方向をさがす。上だ。見つけた。
俺の右斜め上、壁から突き出た台座様な所に、そいつは立っていた。
瞬間、血が沸騰しそうになる。
「てめぇ!! クソ錬金術師ぃぃぃ!!」
叫んでいた。俺は叫んでいた。
そいつは、俺の大事な許嫁で姉のシャラートをさらっていったクソ野郎。
オウレンツ――
滅びの【シ】の手先となった、かつての救世主の一人。
「シャラートを返しやがれ、このクソ野郎ぉぉ!」
そんな俺の叫びを無視し、オウレンツは、死霊の兵たちに語り続けていた。
「永遠を封じ込め死地へ進む最果ての世界にて、永遠なるべき命を搾取された者たちよ。
その魂を死という軛に捕られていた者たちよ―― 解放です。
魔法という愚かなる技術をもてあそび、世界の可能性を収束させる存在――
人類という罪人――
その原罪を裁く日が来たのです。
我らには、力があります。封印をこじ開ける方法があります。
であるならば―― 諸君。死により仮初(かりそ)めの永遠を手にした諸君よ――」
ざわめきが、ひとつとなり、雄叫びのようになった。
空間が震えだす。割れるかのような響きだ。
死霊の兵団が鬨の声を上げているようだった。
だから?
だからなんだ?
「てめぇ、殺してやる! シャラートをぉぉ返しやがれぇッ!」
俺は魔力回路を、蹴り飛ばすように回転させた。
7つの魔力回路が体の奥底で重低音の唸りを上げる。いきなりトップギア。
まるで、全身が地響きを上げているような錯覚に襲われる。
一瞬、オウレンツが視線をこちらに向けた。とっつあん坊や顔。いやな笑みが顔にへばりついやがる。
「永遠はあります!
それを手にする方法はわが手にあり、後は、いかにしてそれを解放するのか?
それだけが問題なのです――
扉を開けるのどうすればいい? 鍵ですか? では、鍵がなければ?
力づくで明ければいいのです。
どのようにあけても中の物は手に入るのですから」
俺に視線を向けたのは一瞬。
死霊の兵団に向けて、クソのような演説を続けている。
「勇者の血を―― 封印の因果を解き放つ
その濃き血こそ、永遠なる【シ】を解放するのです。
それこそが、この世界に永遠をもたらす方法であり、この世界は命ある者のためにだけに存在するのであろうか――
否――
断じて否です。
命は、永遠なる存在を食いつぶす――」
クソのような演説が耳に流れ込む。
俺は初めて、人類の進化の方向性に悪態をつく。
なぜ、耳に蓋(ふた)を作るように進化しなかったんだ?
「ぬぉぉぉ!!」
筋肉に魔力は流れ込む。全身に力込めた。
こうなったときの俺は、無敵で無双だ。不敗なのだぁぁ!
くそ、テンションあがりすぎるとやばい。
俺は深く呼吸をした。
『アイン! すごいわ! 魔力がもうパンパンだわ!』
『当たり前だぁぁぁ! 殺してやるぜぇぇ!』
いつもと違った。7つの魔力回路はフル回転しているが、狂躁状態にはなっていない。
頭の芯は冷えている。
凄まじい破裂音。いや、轟音ともいえる音。
俺は一気に壁を粉砕していた。7つの魔力回路から流れ出す魔力が筋力を凄まじい勢いで強化していた。
バラバラになった破片が吹っ飛んでいく。
「クソ! 錬金術師! シャラートを返せ!」
俺は飛んだ。大した高さじゃない。
重力操作する必要もないくらいだ。
奴が、そんな俺を見て「にぃぃ」と笑いやがった。
まるで「計算済みです」とでも言いたげな顔だ。
無性にその顔面に拳を叩きこみたくなった。
『アイン! あぶない!』
「うぉぉっ!」
サラームの声で救われた。顔の至近。数ミリのところを凄まじい速度の何かが通過していった。
当たってはいない。しかし、頬に一筋の傷ができていた。
カミソリで切られたような鋭い傷。
頬に生暖かい物が流れていく。血だ――
そして、俺はそれを見た。見つけた。
「シャラート!!」
黒く長い髪をなびかせた。凄まじい美女。
黒いローブのような衣装を身に着けていたが、その服の下の大きなおっぱいは隠せない。
くそ、俺のシャラートを!
なんで、クソ錬金術師の隣に!
シャラートは俺にその美しい双眸を向けていた。今までのどんな視線よりも温度が無かった。
血のような真っ赤な色をした目。そこに黒い闇のような瞳が浮かんでいる。
「さあ―― 解放の時がきました」
オウレンツのヌルリとした声が聞こえた。
でもって、目の前のそいつを見上げた。
「なんじゃこれ?」
俺は、上から見ていたときに思っていたことをただ言葉に出しただけ。
それ以上の感想がない。ピラミッドに見えないことも無いか。
形としては5面体だが平べったい感じがする。
それでも、高さは50メートル以上はありそうだ。
「あはッ、とにかくこの中に、あの乳メガネいるんじゃねーの?」
「でも、どこに入り口があるのよ! もうね、上から見た気もなかったのよ」
確かに空を飛びながら、側面をくるっと見たが入れそうなところはなかった。
「ぶん殴って、ブチ壊せば、中に入れるんじゃねーの。あはッ、ぶん殴ってぶっ壊してやるかぁ!」
ライサが腰を沈め、キュッと拳を握りこんだ。
素材不明のメリケンサックがその手に握りこまれている。乾いた血に塗られ、どす黒い光を放っている。
肉体強化の魔力が筋肉に流れ込み、放電するかのように、緋色の髪が宙を舞う。
「おりゃぁぁぁ!! ぶち殺してやる!! 待ってろ! このクソメガネ乳がぁぁ!!」
魔力と訳の分からん怒り。そしてそれ以外の何かの感情を乗せた拳が唸りを上げた。
風が衝撃波となる。ライサの拳が音速を超える。そのまま、壁に激突し轟音を上げた。
粉塵と瓦礫が舞い上がる。
超絶美少女破壊兵器の拳の直撃だ。
並の構造物はまず持たない。
「すげぇパンチだよなぁ。相変わらず」
魔力回路フル回転の状態のときでも、俺はライサのパンチは喰らいたくない。
徐々に舞い上がった粉塵が晴れてくる。
視界が開いた……
「きゃははははは! もうね、壁をぶち抜いても壁なのよぉ! 脳筋赤色ゴリラ女はアホウなのよ!」
エロリィが爆笑する。おまッ、爆笑している場合じゃねーだろ。
つーか、確かに突き上げられた巨大な石が吹っ飛んで瓦礫の山。
パンチを喰らった部分は破壊エネルギーで、石が融けて沸騰している。
だけど、それだけだった。10メートくらいの陥没した穴ができたが、それだけだ。
「ぶち殺すぞ、このクソビッチロリ姫が! じゃあ、テメェが何とかできるのか! 殺すかぁ!」
「キャハハハハ! こういうのは、どこかに仕掛けがあるのよ! もうね、お父様とお母様は、そう言った怪しい仕掛けのあるダンジョンで一杯冒険してきたのよ! 私は聞いたことがあるのよぉ」
「おめぇの親のことなんか知らねぇんだよ。殺すぞ。クソビッチ」
「仕掛けかぁ……」
「そうなのよぉ! なにか仕掛けがあるかもしれないのよ」
俺がエロリィの話に反応したので、ライサがぷぅっとふくれている。
しかし、まあ色々な可能性は探るべきだな。
『どうなんだろうな? サラーム』
『あ~、めんどうだから、全部、私とアインで吹き飛ばせばいいわ』
『アホウか! 中に、シャラートがいるかもしれねーって言ってんだろうが!』
『……あ、そ、そうだわ…… そうかもしれないわ……』
サラームの声のトーンが落ちる。言わんとする意味はわかるがな……
俺は諦めねぇんだよ。いいか、コンビニで撃たれて死んでも異世界転生した俺だ。
人生って奴はなにがわからねーんだ。くそ!
「もうね、お父様はオシッコかけたら、閉まっていたドアが開いたって言っていたのよ!」
なにそれ?
キラキラした金色の光で作り上げたようなツインテールをたなびかせ、エロリィが自信たっぷりに言った。
「ふふんッ」と凄まじく誇らしげに、ドヤ顔をきめる。更にフラットな胸をバーンと張っている。
パタパタと聖装衣・エローエがはためいている。山の上なので風がある。
「は? なんだって?」
「オシッコなのよ!」
エロリィが自信たっぷりに言った。
「なにそれ?」
「あはッ! なんだそれ? クソロリビッチのオヤジは頭おかしいのか?」
ライサが笑いで爆発しそうになるのを押さえながら言った。
腹を押さえて、ピクピクしている。
いや、俺も内心では同感だ。
なんで、オシッコだよ……
「プンスカピー!! もうね、お父様が若いころに冒険したダンジョンにはそういうのがあったのよぉ! 穴が開いてて、そこオシッコしたらドアが開いたのよ! パパから聞いたのよ! パパはトラウマがあるので、あんまり話してくれないのよ! でもあったのよ!」
パンパンと足を踏み鳴らし、怒りでプンスカ状態となりながらエロリーが反論する。
いや、オマエのオヤジさんさぁ…… なんか、変な異世界にいたんじゃね?
すごく、特殊な世界に……
ただ、この世界もなぁ…… まあ、どうなんだろう。
一概に、そういうラインも否定できないかもしれん。
「まあ、オシッコの穴はないにせよ。なにかの仕掛けはあるかもなぁ」
俺は壁面を注意深く見た。特に分からん。穴が開いてて、オシッコを流し込むような場所はない。いや、あってもやらんけどね。
ピラミッドモドキの表面を見ると特になんともなっていない。
ツルツルに磨かれた石が積んであるだけだ。
しかし、石の種類がよく分からない。
たぶん、大理石じゃないってのは分かる。
灰色っぽい光沢がある。金属っぽい感じだ。
ちょっと銀に似た感じだ。
「なんだろうな。この石は」
俺は石の表面を触った。
ズブ――
「えッ?」
手が沈み込んだ。
ズブズブと手が吸い込まれる。
「ちょ!! おい!」
俺は叫んだ。エロリィとライサの方を振り返る。
「「アインッ!!」」
俺の名を叫ぶ声が重なった。
ルビー色と青い瞳が見開かれて、驚きの顔。
つーか、一番驚いているのは俺――
で、瞬間、俺の視界が真っ暗になった。
◇◇◇◇◇◇
目が覚めた。気を失っていたことは分かる。記憶もしっかりしている。
いきなり、石に吸い込まれるとか、予想外だ。
「なんだ……」
薄らぼんやりした頭で感じたのはざわめきだった。
気配だ。なにかの気配を感じる。ひとつじゃない。夥(おびただ)しい数の存在。その気配――
『アイン! アイン! アイン! おきてよ!』
『ん…… サラームか……?』
『寝ぼけてるの? 周りをみてよ』
脳内に響く精霊サラームの声で、俺はゆっくりと目をあける。
「……!!」
声にならない声がのどもとで止まった。
俺の視界に広がっていた物。
『こんなに、命の無い者が、命がないんじゃ、殺せないし、つまらないわ』
『そ…… そうですか。サラームさん』
命ある者の命を奪うことが大好きな精霊の落胆した声。
そりゃそうだろう。だって、目の前にいるやつら、もう死んでいるから。
ゾンビ――
死霊――
リビングデッド――
スケルトン――
なんかそんな単語が浮かんでくる。
俺の視界に映っているのはそんな奴らだ。
中途半端に腐った肉のこびりついている奴もいれば、完全にがい骨になっている奴もいる。
ただ、少なくとも「生きてない」ってことに関しては同じだ。
しかも、武装している。兵団だ。死霊の兵団だった。
反射的に手を動かそうとする。びくともしない。なんだ?
見た。
「くそッ! 腕が固まってやがる」
俺の左右の腕、そして脚だ。
壁に完全に塗りこまれているかのように、埋まっている。
まるで壁に磔になったようだった。
「さあ、滅びを手にした諸君! 死をその身に受け入れた諸君よ!」
唐突だった。空間に声が響きわたった。
その声の方向をさがす。上だ。見つけた。
俺の右斜め上、壁から突き出た台座様な所に、そいつは立っていた。
瞬間、血が沸騰しそうになる。
「てめぇ!! クソ錬金術師ぃぃぃ!!」
叫んでいた。俺は叫んでいた。
そいつは、俺の大事な許嫁で姉のシャラートをさらっていったクソ野郎。
オウレンツ――
滅びの【シ】の手先となった、かつての救世主の一人。
「シャラートを返しやがれ、このクソ野郎ぉぉ!」
そんな俺の叫びを無視し、オウレンツは、死霊の兵たちに語り続けていた。
「永遠を封じ込め死地へ進む最果ての世界にて、永遠なるべき命を搾取された者たちよ。
その魂を死という軛に捕られていた者たちよ―― 解放です。
魔法という愚かなる技術をもてあそび、世界の可能性を収束させる存在――
人類という罪人――
その原罪を裁く日が来たのです。
我らには、力があります。封印をこじ開ける方法があります。
であるならば―― 諸君。死により仮初(かりそ)めの永遠を手にした諸君よ――」
ざわめきが、ひとつとなり、雄叫びのようになった。
空間が震えだす。割れるかのような響きだ。
死霊の兵団が鬨の声を上げているようだった。
だから?
だからなんだ?
「てめぇ、殺してやる! シャラートをぉぉ返しやがれぇッ!」
俺は魔力回路を、蹴り飛ばすように回転させた。
7つの魔力回路が体の奥底で重低音の唸りを上げる。いきなりトップギア。
まるで、全身が地響きを上げているような錯覚に襲われる。
一瞬、オウレンツが視線をこちらに向けた。とっつあん坊や顔。いやな笑みが顔にへばりついやがる。
「永遠はあります!
それを手にする方法はわが手にあり、後は、いかにしてそれを解放するのか?
それだけが問題なのです――
扉を開けるのどうすればいい? 鍵ですか? では、鍵がなければ?
力づくで明ければいいのです。
どのようにあけても中の物は手に入るのですから」
俺に視線を向けたのは一瞬。
死霊の兵団に向けて、クソのような演説を続けている。
「勇者の血を―― 封印の因果を解き放つ
その濃き血こそ、永遠なる【シ】を解放するのです。
それこそが、この世界に永遠をもたらす方法であり、この世界は命ある者のためにだけに存在するのであろうか――
否――
断じて否です。
命は、永遠なる存在を食いつぶす――」
クソのような演説が耳に流れ込む。
俺は初めて、人類の進化の方向性に悪態をつく。
なぜ、耳に蓋(ふた)を作るように進化しなかったんだ?
「ぬぉぉぉ!!」
筋肉に魔力は流れ込む。全身に力込めた。
こうなったときの俺は、無敵で無双だ。不敗なのだぁぁ!
くそ、テンションあがりすぎるとやばい。
俺は深く呼吸をした。
『アイン! すごいわ! 魔力がもうパンパンだわ!』
『当たり前だぁぁぁ! 殺してやるぜぇぇ!』
いつもと違った。7つの魔力回路はフル回転しているが、狂躁状態にはなっていない。
頭の芯は冷えている。
凄まじい破裂音。いや、轟音ともいえる音。
俺は一気に壁を粉砕していた。7つの魔力回路から流れ出す魔力が筋力を凄まじい勢いで強化していた。
バラバラになった破片が吹っ飛んでいく。
「クソ! 錬金術師! シャラートを返せ!」
俺は飛んだ。大した高さじゃない。
重力操作する必要もないくらいだ。
奴が、そんな俺を見て「にぃぃ」と笑いやがった。
まるで「計算済みです」とでも言いたげな顔だ。
無性にその顔面に拳を叩きこみたくなった。
『アイン! あぶない!』
「うぉぉっ!」
サラームの声で救われた。顔の至近。数ミリのところを凄まじい速度の何かが通過していった。
当たってはいない。しかし、頬に一筋の傷ができていた。
カミソリで切られたような鋭い傷。
頬に生暖かい物が流れていく。血だ――
そして、俺はそれを見た。見つけた。
「シャラート!!」
黒く長い髪をなびかせた。凄まじい美女。
黒いローブのような衣装を身に着けていたが、その服の下の大きなおっぱいは隠せない。
くそ、俺のシャラートを!
なんで、クソ錬金術師の隣に!
シャラートは俺にその美しい双眸を向けていた。今までのどんな視線よりも温度が無かった。
血のような真っ赤な色をした目。そこに黒い闇のような瞳が浮かんでいる。
「さあ―― 解放の時がきました」
オウレンツのヌルリとした声が聞こえた。
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ある日、神崎優斗は川でおぼれているおばあちゃんを助けようとして川の中にある岩にあたりおばあちゃんは助けられたが死んでしまったそれをたまたま地球を見ていた創造神が転生をさせてくれることになりいろいろな神の加護をもらい今貴族の子として転生するのであった
【不定期になると思います まだはじめたばかりなのでアドバイスなどどんどんコメントしてください。ノベルバ、小説家になろう、カクヨムにも同じ作品を投稿しているので、気が向いたら、そちらもお願いします。
累計400万ポイント突破しました。
応援ありがとうございます。】
ツイッター始めました→ゼクト @VEUu26CiB0OpjtL
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