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第二章:異世界ダンジョンからの脱出

第十六話:クラスまるごと異世界転移したのは俺のせいじゃない

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 俺の視界を塞いでいた碧い光がスッとおさまった。

『帰りたくないわよ! あんな、アニメも漫画もゲームもないとこに行きたくないわ!』
『サラーム! なにした?』
『転移妨害』
『おま……』

 急に、足もとぐらついた気がした。次の瞬間、急降下するようなマイナスGがかかる。
 内臓が浮き上がるような、独特の嫌な感じがした。

 教室が絶叫に包まれた。
 ドンと、なにか激突したような衝撃。
 俺は床に叩きつけられた。

 急に教室が薄暗くなった。
 真っ暗闇というほどではないが暗い。
「電気つけろ!」という声「だめだ付かない」という声があがる。

 教室はまたしてもパニックになる。
 先生は?
 あれ?
 池内先生がいなくなっていた。
 俺は天井を見た。
 俺のオヤジのシュバインが、突き刺さって足をプラプラさせていた。
 まだ抜けてないようだ。

「なんだいったい?」
「アイン、アナタ、なにをしたの? いったい!」
 シャラートが言った。メガネの奥の目が光る。
「いや、俺は…… なにも……」
 
 とは言った物の、俺の全身が魔力光に包まれたのだ。
 俺がなにかやったと判断するのは妥当だろう。
 俺というか、俺とサラームは、この世界で魔法が使えた。
 サラームと一体化しているせいかもしれない。
 薄い魔素の中でも、効率よく魔力が生成できるように俺の体は適応して行った。
 マラソン選手の高地トレーングのようなものかもしれない。

 あっちの世界では練習しても全然身に付かなかった魔法が、こっちの世界に来たら使えるようになった。

 最初は、魔素が薄いので、それほど大きな魔力を得られるわけではなかったし、魔法の練習をする気もなかった。
 しかしだ――
 ヲタ精霊が、魔法を使いたがったのだ。

『ねえ! アイン、ATフィ〇ルドを再現してみたいの』
『そうか』
『ラ〇ちゃんと同じことできるわ!』
『そうか』
『カ〇ハメ波と魔〇光殺法に挑戦よ!』
『そうか』
『レールガンもできるわね!』
『そうか』
『波〇砲ってどうやればいいのかしら? エネルギー充填すればいいのかしら?』
『それはやめてくれ』

 俺は、ヲタ精霊のヲタ技再現に付き合っていた。
 まあ、俺も面白がって付き合った面もある。
 そして、俺が10歳くらいになったときだ。

『アイン』
『なんだ? サラーム』
『いつの間にか、アナタの魔力量が半端なくなってるんだけど……』
『そうなのか……』

 要するに、日々「か〇はめ波」とか、アニメ漫や画の技を魔法で再現しようとしていたら、魔力が鍛えられたでゴザル。ということだ。
 しかも、精霊と一体化しているので、呪文を唱える必要がない。
 サラームが俺に主導権を渡せば、俺は自由自在に魔法が使えた。まあ、そんな簡単に主導権を渡すような精霊ではなかったが。

 しかし、この日本で魔法が使えて、魔力が大きくても意味は無い。
 俺は特に気にせず、サラームと2人でヲタ道を邁進していたのだった。
 このとき俺は、異世界に帰れるとは全く思っていなかった。

「アンタ! もうね、私の超絶禁呪を妨害するとか、いい根性してるのよッ! アホウなの? 殺すわよ」

 金髪ツインテールを揺らして、少女が言った。少女というよりは幼女といった方がいい年齢に見えた。
 キッと鋭い目で俺を睨み付けた。その顔すら超絶的に美しい。
 もっと、罵倒されてみたいと思うくらいだ。

 彼女は、黒い袖のないワンピースのような服を着ている。
 腕を出している部分が大きく割れており、膨らみかけた胸が見えそうで見えない。

「いや…… 俺はなにもしてないけど……」
「じゃあ、あの魔力光はなんなのよ」
「しらん」

 しらばくれる俺。
 だって、本当に「俺は」なにもやってない。俺の中の精霊さんがやったことだ。

『なんなの? コイツ…… 人間のくせに、単独で時空間に干渉してきて……』
『なにしたんだよ』
『止めたのよ。コイツの転移魔法。でも……』
『でも?』
『コイツ意外に、強力な魔法使って。人間のくせに。殺そうかしら――』

「おい! 窓が! 窓が!」
 声がした。
 野球部の野口という奴だ。馬みたいな顔している奴だった。
 獣人ではないが、進化の系統が他の奴とは違うのかもしれない。

 俺は窓を見た。空が見えない。確かここは3階だ。
 見晴らしはいい。しかし、今はなにも見えない。
 薄らぼんやりと光っている壁が見えるだけだ。
 
「窓が壁になってる」
「もうね! アンタが邪魔するから、変なとこに転移したのよぉぉ! しかも、この部屋全部が! アホウなの! 殺すわよ!」

 パンパンと足を踏み鳴らし、絶叫する金髪ツインテールの少女。
 小柄な体のどこから、こんな声がでるのかというほど、でかい声だ。
 生徒たちのパニックの声の中でもよく響いた。
 
「あはッ! おい、クソ姫。どーすんだよ、こんなシケたことに転移して、ぶっ殺すぞ」
 
 緋色の髪を揺らして、美少女が言った。確か、ライサという名前だったはず。
 獰猛な笑みを浮かべ、拳を握りしめている。
 その拳には、メリケンサックが装備されていた。

『カイザー〇ックルだわ! カイ〇ーナックル!』
 多分、そんなものは異世界には無いだろう。

「おい、天成」
 ヒョロヒョロの男が薄暗がりの中で声をかけてきた。
 千葉次郎だ。
 友人の少ない俺の、唯一といっていいクラスで話すことの多い奴だ。
「なんだよ?」
「なにが起きてるんだ?」
「しらねーよ」
 
 俺は知らん。俺も巻き込まれた被害者だ。つーか、ほんとうにここはどこだ。
 
「わーでられねー! 壁だ! 扉も壁で埋まってる!」
「やだーー! もう! やだー!」
「スマホも通じねー」

 教室内は泣き叫ぶ声に満ちてきた。どーすんだよ。
 なんか、釈然としない罪悪感がわいてきた。
 俺が悪いわけじゃないけどさ……

「ダンジョンですね」
 シャラートが言った。
 そうだろうね。俺は分かった。窓見た瞬間分かったから。
 俺はダンジョン大嫌いだからね。
 修行と称して、天井にぶら下がっているアホウが、俺を放置して以来、大嫌いだから。

「どうやら、転移座標が狂ったようですね。エロリィ姫どうですか?」
「そうね。多分、そうなのよ。パンゲア王国に戻るつもりだったのにぃ!! もうね、どーしてくれるのよ! コイツが変な干渉するから狂ったのよ!」
俺を碧い瞳で睨み付けるエロリィちゃんだった。
「しらねーよ」
「アインちゃんは、悪くないわ! 天才なのよ! 私のアインちゃんは悪くないの! ねえ、アインちゃん。もう、12年間、ママはさみしくて死にそうだったの、アイン大好き、好き、好き、好き、好き、好き」
 
 俺をギュッと抱きかかえるルサーナ。銀髪の美女。母親だ。
 しかし、超美人のお母様でも、高校の教室で、抱きかかえられてスリスリされるのは、罰ゲームに近い。
 まあ、12年ぶりの再会なので、仕方がないといえばそうだが。

「まあ、いいよ。とにかく、ここを出なければ、話しにならねーだろ?」

 長い緋色の髪を揺らして、美少女が歩いて行った。ライサという名の美少女だ。
 しかし、この少女たちはいったいなんなんだ?

 彼女は、黒板の方の扉まで進んだ。そこも完全に壁で埋まっていた。
 拳でトントンと軽く壁を叩いた。

「おらぁぁぁ!! 死ねぇやぁぁぁ! クソが!!! ド畜生! ぶっ殺してやる!!」

 どどーーーん

 絶叫とともに振りぬかれた右拳が、扉を塞いでいた壁を粉砕した。
 粉じん舞い上がり、がれきが散乱する。
 衝撃で教室全体がビリビリと震えた。

 巨大な削岩機のようなパンチだった。

 教室に更なる悲鳴が上がる。阿鼻叫喚だった。

「あはッ、通路があったぞ…… って行き止まりかよ!」

 ライサが砕いた壁の先は行き止まりだったようだ。
 クラスの人間で立っている奴がいなかった。
 この極限状況で、全員がへたり込んでいるか、机の下でブルブル震えていた。

『ああ! 面白しろそう! 私も! 私もやりたい!』
 サラームが俺の脳内ではしゃぐ。
『アホウか! 遊びじゃねーよ! 命かかってんだよ。誰のせいでこーなったと思ってるんだ!』
『だって、漫画とかアニメとかゲームとかネットの無い世界とか、クソだわ! 滅べばいいと思うの』
 精霊とは思えない発言だった。
『いいから、とにかく、ここどこだよ?』
『しらなーい。ねー、ねー、後ろも壊した方がいいわよ。ねーったら!』

 どうしても、壁を壊したいらしい。
 まあ、脱出口を探す必要もあるし……
 くそが……
 俺は教室の後ろの扉まで歩いて行こうとした。

「あああ! まってアインちゃん! どこいくの! ママを! ママをおていかないで! あああ! 天才で可愛いアインちゃん! 」
 ルサーナが俺の後を追いかけてきた。
 お母様、この教室から、どこに行くこともできないですから。

 俺は教室の後ろの扉の前に立った。
 頑丈そうな壁が立ちはだかっている。

『おい、大丈夫か?』
『まかせなさいよ―― 腕をくるんと回してよ』
『ああ』

 俺は壁の前で腕をくるっと回した。
 金属が擦れるような音がした。
 非常に硬質な何かが擦りあったような音だった。

 ズル――
 壁がずれた。
 壁が円形に斬れた。
 ズリズリと向こう側にずれていき、ドーンと、くりぬいた円形部分が落ちた。

『また、つまらぬものを斬ってしまった――』
『いうと思ったよ』

「あああん! アインちゃん! 凄いわ! なんてスゴイの! 天才よ! 見て! もう見て! ほらこれ! 私のアインちゃんがやったのよ! 凄いわ! 可愛いし天才!」
 教室の中をピョンピョン飛び回る「銀髪の竜槍姫」。
 12年たっても、感情表現の方法にブレがなかった。

「ん、通路だな。行き止まりじゃないな……」

 俺は、円形に斬りぬかれた壁から中を見た。
 そこは小部屋のようなものがあり、向こう側にも何箇所か通路があった。

「あれ? 人じゃね?」
 俺はつぶやくように言った。
 小部屋には椅子があった。
 そして、その椅子の上に崩れるような感じで人が座っていた。
 おそらくは人間だろう。

 シャラートがスッと風のように動いて、先に進んだ。そして、その場所まで行った。
 俺も続いた。
 エロリィ、ライサ、ルサーナも続いた。

 俺はその椅子に倒れ込むように座っている物を見た。
 人間……
 ではなかった。
 しかし、それはさっきまで、人間だったものではあった。

「池内先生……」

 椅子に座っていたのは池内先生だった。大きなおっぱいは間違えるはずがない。
 その妖艶な顔も間違いない。なきボクロも同じだ。
 しかし、なんで頭から角が生えてんだ?
 でもって、なんで、金髪になってんの?
 顔と露出した腕と脚には、呪術めいた紋様が刻まれているんだけど?

「池内先生!!」
 俺は、先生の肩をゆすった。
「ああん、ダメよ、いきなりそんな激しく、うふ……」
 ゆっくりと目を開けて彼女は言った。
 このセリフ、本人に間違いない。

「あらあら、私どうしたのかしら、聖なる職場で寝てしまうなんて、ダメだわ。教師失格…… ああ、でも私も女なの(天成君ったら、そんな目で私を見つめて、もう、どうしたいの? アナタと私は教師と生徒なの…… いいえ、分かってるわ。私が女だってことは。でも、ダメよ。ああ、そんな目で私を見ないで……)」

 つーか、先生、俺は驚いた眼で見ているだけですけどね。

「どうやら…… このこの人は、ダンジョンの魔族と融合してしまったようですね」
 シャラートが言った。 
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