黒銀の精霊マスター ~ニートの俺が撃たれて死んだら異世界に転生した~

中七七三

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第一章:異世界転生したら精霊が見えた

第十二話:異形の歌声

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 あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛う゛う゛う゛う゛う゛う゛う゛う゛ う゛う゛う゛う゛う゛う゛う゛う゛う゛う゛う゛う゛う゛う゛う゛う゛う゛う゛う゛う゛う゛う゛う゛う゛い゛い゛い゛い゛い゛い゛い゛い゛い゛い゛い゛い゛い゛い゛い゛い゛い゛い゛い゛い゛い゛い゛い゛い゛い゛い゛い゛い゛い゛い゛い゛い゛

 なんだこれは?
 俺は震えを抑えることが出来なかった。ガクガクと体が震えた。

 その黒いミミズは歌いだした。異形の歌だ。
 単なる叫び声ではなく、一定のリズム、音階のある歌に聞こえた。
 歌にしか聞こえなかった。

 闇から聞こえる旋律。

 人が暗闇に対して持つ言い知れぬ恐怖をかき立てるもの。
 そういったものだった。

 精霊のサラームは、その物体を凝視していた。いつになく真剣な表情だった。さっきまでのヲタで腐った精霊の表情が消えていた。
 見たこともないような緊張感をまとっている。

 真っ黒いミミズのような物は、相変わらず歌い続けている。
 3メートル以上はある全身をウネウネとくねらせながら。
 
 突然、俺の視界が赤黒いものでふさがれた。
 血の匂いが鼻の中に流れ込んできた。
 シャラートだった。

「さがってなさい。アイン」
 その声が細かく震えていた。
 彼女もまた、なにかしらの恐怖という物を感じていたのかもしれない。
 
 それでも、彼女は俺の護衛としての使命を果たそうとしていた。
 俺を守るように立ち、両手でチャクラムを構えた。
 この異形のモノを相手として、この美少女も大気に濃厚な殺気を放ち始めていた。
 
 ダンジョンの空気が震える。
 恐怖と殺意のアンサンブルだった。 
 
 暗黒が割れた。
 その暗黒を思わせるヌルヌルとした表皮が割れた。
 完全に光を吸収し逃さない暗黒色をしたミミズだ。
 そいつの暗黒表皮に亀裂が入った。
 まるでミチミチと音がするかのように、引き裂かれていった。
 そして、割れたその奥からニュルンッと球体が姿を現した。

 目だ。
 眼球だった。
 巨大な一つの眼球だ。ヌルヌルとした粘液をまとった眼球。
 それは人の眼球を巨大にしたものに見えた。
 ギュルギュルと瞳が動く。瞳孔が開き、シュッと閉じる。
 その目はヌルヌルとした光を放ち辺りを見た。周囲をサーチするように動く。
 まるで、明確な意思をもって「見る」ということを行っているように見えた。
 
 俺はネットでグロ画像には慣れていた。
 ありとあらゆるURLを踏んでいた。
 その結果、散々ブラクラやウィルス、そしてグロ画像を体験している。
 もはや、俺のメンタルは並みのグロ画像では揺るがない強度を誇っていた。
 グロ画像を見ながらコンビニ弁当が食えた。
 
 その俺が恐怖していた。 
 コイツはヤバいと俺の本能が告げていた。
 異形の視線が俺を捕えたような気がした。

(人…… 子ども…… いや? すこし違いますね?)

 脳内に直接響くような声だった。直接、魂の根幹を冷たい触手でつかまれたような気がした。

(ほう…… 分かりますか? 私の言を捉えますか…… 巫女ではないのに……)
 
 妙にヌルヌルとした湿気のこもった感じのする声だった。いや、声じゃないのかもしれない。
 なんだ? 巫女って?

「シャラート、アイツ話している……」
「大丈夫です。私が守ります」
 
 彼女はチャクラムを構えすっと腰を落とした。
 
『サラーム。なんだ? コイツは?』
『知らないわ』
『知らないのか?』
『ええ』

 ヲタ精霊もネタをかます余裕がなくなっている。
 本来であれば『私にだってわからないことぐらいある』と答えるはずだろう。
 そして俺が「な、なんだってー」と答えるのだ。
 しかし、そのようなお約束の入る余地がなかった。

 そして突然だった。そいつが崩れていった。ドロドロと溶けるように、崩れていった。
 黙ってそれを見ているだけの俺とシャラートとサラーム。

『巨〇兵……?』

 サラームが少し余裕を取り戻したようだ。しかし、それは違う。
 
 巨大な眼球が崩れ落ちた。
 ドロドロとした腐った肉のようなものが床に広がっていく。

(受肉化は…… 無理でしたか……)

 また声が聞こえた。
 
「シャラート、声が…… 聞こえる?」
「声?」 
『声なんかしないわよ』

 声が聞こえるのは俺だけのようだ。やめてくれ。頼むよ。
 俺は楽しく温く、異世界で生きていきたいんだよ。こんな、変な物とかかわりになりたくないし。

(あああ、まだ早かったようです――  偶然ですか。空間の揺らぎの固有振動と、あの爆発…… 一時的な時空の逆位相がおきたようですね)

 ドロドロの物体からネットリとした声が響く。
 どうやら俺だけに聞こえるようだ。俺だけ電波の受信感度が良好なのか……
 嫌な予感しかしない。

 ドロドロとした腐った肉のような物がダンジョンの床に広がる。酷い臭いだ。腐った肉の臭いだ。

「酷い臭いです」
 シャラートが言った。臭いは共有できたようだ。

 「ビュン」いきなり全ての感覚が揺すられた気がした。

「消えた?」

 一瞬だった。その腐った肉が消えた。跡形もなくなった。臭いも消えた。

「アイン……」
「なに? シャラート」
「階段です……」

 彼女は短く言った。
 部屋に階段があった。
 まるで、そこにずっとありましたけど、なにか? と主張するかのように、階段がその部屋にあった。

 シャラートが俺を制して、先に進んだ。ゆっくりと罠を確認し、階段まで行く。
 階段も確認している。
 すっと、彼女の緊張が緩んだ気がした。

 「アイン、外です。これで出られます」
 シャラートは言った。

「あああああああ!!! 私の可愛い! アインちゃん! もう、可愛くて天才で、可愛いの、ああ、好き、大好き」

 ダンジョンから出た俺はいきなり、抱きかかえられた。
 母親のルサーナだった。
 数年前まで俺専用だったおっぱいに俺に顔が埋まっていく。
 柔らかで良い匂いがする。俺の安息の地だった。

「お母様」
「ああ、ママって呼んで、ママの方が可愛いわ。アイン、ママってよんで、呼んで欲しいの」
「ママ」
「許して、この容赦なく厳しいママを許して、ああ、アイン、私のアイン。可愛いの、大好きなの」

 容赦なく俺のほっぺたに自分のほっぺたをスリスリするルサーナ。
 その長い銀髪がサラサラと俺の額に当たった。
 そのままにしておくと、俺をペロペロ舐めそうな勢いだ。
 醒めた目でそれを見つめる俺の婚約者にして姉のシャラート。

「お父様は?」
「おうちで反省中です」
「反省?」
「私がここに来たいと言ったのに、反対しました。だから反省です」

 話しぶりからすると、今回の雑な修行計画について、ルサーナも同意はしていたような感じだ。
 しかし、ここに来るかどうかで揉めたようだ。
 まあいい、帰ったらあいつには然るべき報いを与えてやる。

 そして、俺は家に帰った。
 なんだかよく分からん修行のようなものは、終了した。

        ◇◇◇◇◇◇

 ―私は薄情者で父親失格です― 
 こんなプラカードを首から下げて、廊下に正座していた。
 
 「雷鳴の勇者」で救国の英雄で今はこのパンゲア王国の将軍職にある男だ。
 俺の父親のシュバイン・ダートリンクだった。

 顔面はぼろ屑のようになっていた。

「あ゛あ゛……  ア゛インかえってぎだが……」

 口の中が腫れて舌が回らないようだ。
 本物の雷鳴を喰らわせてやろうと思ったが、この姿を見てやめた。

 これが、将来の俺の姿なのかもしれないとちらっと思った。
 いや、俺は嫁には逆らわないようにしよう。絶対にだ。
 俺はそう心に誓ったのだった。

        ◇◇◇◇◇◇

 雑な修行から何日か経過した。
 あのダンジョンで見た、変な物については、一応両親に話した。
 黒いミミズのようなものだ。溶けて完全に消えてしまった。

「あのダンジョンに、そんな物がいることはないはずだが」

 シュバインは言った。ただ、ちょっと心当たりがあるような気配があった。
 口に掌を当て、考えていた。真剣な表情をするとイケメンの勇者様だった。一児のパパとなって、嫁の尻に完全に敷かれているけど。

「まさかな……」
 小さくつぶやいたのを俺は覚えている。

 とにかく、今となってはあれが何だったのかさっぱり分からない。

 とりあえず、俺の異世界の日常は平穏を取り戻したのだ。
 俺は本は魔法関係の本を読んで、初歩的な魔法を試したりしていた。
 しかし、まだ発動に成功していない。
 俺は素質がないんじゃないか? と最近は思っている。
 というわけで、熱も入らない。
 俺は元ニートだから、効率の悪いことなどしないのだ。

「人生適当」声に出して言いたい日本語だ。 

 俺はテラスに出て、ぼーっと外を見ていた。
 テラスの手すりに体重をあずけて外をみている。

「あまり、身を乗り出しては危ないです。アイン」

「大丈夫だよ――」

 後ろには背後霊のように、シャラートがいる。
 このお姉様にして俺の婚約者にして護衛のメイドさんは、俺のそばを離れない。
 とびきりの美少女であるが、中身は色々問題を含んでいる。
 実はふたりきりになると、ある意味、一番危ないのはこのシャラートなのだ。

『ねー、アイン、絵を描いて! 絵を描いてよ』

 サラームがホバリングしながら俺にいった。
 退屈しているようだ。
 まあ、俺も暇と言えば暇だ。

『ああ、なにがいい?』
『んじゃーね! 〇津×部長!』
『マニアックだな……』

 最近、俺は絵も描くようになった。前世でもちょっとは描いていた。
 宗教的な理由で人物の絵がタブーとなっているとヤバいと思っていたが、それは無かった。
 絵本なんかには普通に絵があったし。
 
 俺はポンと勢いをつけて、テラスの手すりから身を離す。
 で、部屋に向かってターンした。

「部屋に戻るよ。シャラート」

 そのときだった。
 
「きゃぁぁっぁぁぁ――!!」

 叫び声だ。
 
「死霊だ! 死霊がぁッ!」

俺の平穏な日常を木端微塵にする叫び声が響いた。
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