25 / 30
第五章 勇者ミンネ
1.勝負の朝
しおりを挟むドサッと身体が地面に投げ出される。
とっさに受け身を取ったが、腕が石にぶつかった。
「痛ッ……乱暴だな」
扉に向かって苦情を言おうとしたが、そこには、もう扉はなかった。
立ち上がり、辺りを見渡す。
真っ暗だ。リノが書いた図によれば、今は三日目の夜中のはずである。
ぽぅっと光の玉を出し、あたりを照らす。ミンネが使った三本の矢をまとめたものが転がっていた。もといた場所に戻ってきたようだ。
暑い。――帰ってきたのだ。
矢に巻かれたツタを解き、腰紐にはさむ。
矢は矢筒に戻しておいた。
ミンネは湖のほとりに移動し、野営の準備を手早く整え、さっさと横になった。
期限は明日の昼。夜明けに発てば、朝のうちに麓につくことができるだろう。不意も打てる。
明日は、勝負の日だ。
体調を万全にするのも、戦士の務め。ミンネは、この長い長い一日のことを振り返りながら、目を閉じた。
朝を待たず、ミンネは出発した。
野営の支度はもう必要ない。邪魔になるだけだ。
最悪の事態を考えれば、ミンネは今日の昼に命を失う。
夜を迎えることはないのだ。
世話になったな、とクマの皮をなで、スッと立ち上がる。
リノからもらった袋から、トーブテの紋章の入ったアメを一粒出し、口に放り込んだ。
身体に力が湧いてくる。
「オオカミめ。首を洗って待っていろ」
魔女の街で立てていた作戦を、今こそ実行するときだ。
爛々とした目で山の麓に向かって吐き捨て、ミンネは、シカのように身軽に山道を駆け下りた。
――麓が近くなった。足音を殺し、ミンネは身を隠す。
狩りの時と要領は同じだ。
内門の下にある、沢の近くに天幕が見えた。
天幕は、どれも長かそれに準ずる者たちが用いる格の高いものだ。それぞれに一族の神話が描かれた織物でできている。
トトリ村のものは、火竜と女神が描かれている。あれはミンネのために用意されたものだ。
その中に、ひときわ大きな黒い天幕がある。
オオカミが荒地を駆ける模様。あれは、ダーナムの天幕だ。
その他に、いくつあるだろうか。
祈るような思いで、ミンネは天幕の数を数えた。一、二……
北部五族、南部七族。
(十二ある)
この臼山に、各地の長が集まっている。
(あぁ、よかった!)
ミンネは目を閉じ、天に感謝の言葉を捧げた。
パチュイは成功した。険しい山を越え、南部の長たちをこの場に連れてきたのだ。
よい風が吹いている。
(このままドラドの思い通りになど、させてたまるか!)
ミンネは感情のたかぶりとは裏腹に、注意深くあたりを探った。
萌黄色の布をまとった女たちの姿が見える。
モラーテの巫女たちだ。
道をさえぎっているのはドラド兵で、南部の長たちの姿もあった。
彼らは皆、背丈より高い杖を持つので、遠目でもわかる。
「我らは千年、臼山で祈りを捧げてきた。なぜ、ドラドは我らの行く手を遮るのか」
「ここを通せ。火竜に祈りを捧げたい。今こそ、祈りを捧げるべき時であろう」
ミンネは、感動をもって彼らの言葉を聞いた。
まさしくその通りだ。
我が子を失った火竜の心をなぐさめるために、今こそ祈りが必要な時である。
火竜を思う心を強く持った者たちが、蒼の国に正しく存在していることを心から嬉しく思った。
それ以上にミンネを喜ばせたのは、ドラド兵の注意が、南部の長たちに注がれていることだ。
(好機だ)
米を炊く匂いがただよってくる。
ちょうど食事時のようである。ますます好機だ。
トトリ村からの道中、いつもダーナムに食事を運んでいた従者の姿が見える。
(兄上。私に力を貸してくれ)
ミンネは、目を閉じ呼吸を整えた。
勝負の時だ。
てのひらの、少し上のあたりを見つめる。
ぽぅっと光の玉が浮かんだ。
目を閉じ、呼吸を整える。
膳を持った従者を中に入れるために、見張りの兵ふたりが、天幕を持ち上げる。
(今だ!)
光の玉は、従者の後ろをついて天幕の中へと入った。
「なんだ? ホタルか?」
見張りの兵が戸惑いの声を上げている。
天幕が下ろされた直後、天幕の中から叫び声が聞こえた。
「うわぁ!」
「おのれ! 怪異か!」
目で確認をせずに、光の玉を扱うのは難しい。目を閉じて集中し、闇雲に暴れまわるよう手を動かした。
かしゃん、との器が落ちた音もする。
バッと布を跳ね上げ、小麦色の髪の男が飛び出してくる。
抜き身の剣を持ち、血走った目で辺りをにらみつけていた。
(オオカミめ!)
ミンネは、光の玉を操っていた手をおろし、すかさず背の矢筒から矢を抜き取ると、弓を構えて弦をギリッと引きしぼった。
このまま、あの暴君の心臓をつらぬいてしまいたい。
だが、ミンネはそれをしなかった。
自分は誇り高い女神の血を引く娘だ。
復讐で命を終える、殺人者ではない。
狙いを定め、パッと矢を放つ。
「う!」
過たず、矢はダーナムの剣を弾いた。
ガラン、と剣が重い音を立てて落ちる。
「誰だ!」
ダーナムが叫ぶより早く、ミンネの足は地を蹴った。
枝が頬をかすめて傷をつくったが、構わなかった。
サルよりも素早い動きでダーナムの後ろに回ると、端に石を巻いたツタをひゅん、と回し、胸のあたりでギュッと締め上げた。
「な、なんだ!」
「約束通り戻ってきたぞ!」
ダーナムの手は、必死に剣を探ろうと忙しく動いたが、剣はミンネの矢で地面に落ちている。手は空しく宙をさまよった。
「小娘め! だましたな! 卑怯者!」
「どちらが卑怯だ!」
叫ぶなり、ミンネはダーナムの喉笛に、石刀をぴたりと押しつけた。
辺りを見渡せば、北部の長たちも、南部の長たちも騒ぎに気づいて集まっている。
「放せ! 放さねば村を襲わせるぞ! 役立たずの小娘が!」
「黙っていろ」
石刀に力をこめる。
ダーナムは、チッと舌打ちをして、わめくのをやめた。
この場にいるのは、長たちの側近、護衛の他は、ドラド兵が数十人。
トトリの兵はその半数ほどしかいない。
その中に――パチュイの顔が見えた。
よかった。
無事だった。
心は安堵を覚えたが、ミンネは決して腕の力をゆるめなかった。
そうして、ミンネは集まった長たちに語りかける。
「蒼の国の長たちよ。皆様に危害を加えぬことを約束します! ドラド兵は剣を捨てよ! 武器を捨てるのだ! トトリの兵は、彼らを縛り、木にくくれ!」
突然のことに、ドラド兵は戸惑っている。ミンネは続けた。
「小娘よと侮るな! この男は、我が兄の仇だ! 殺すと決めれば、私はためらわず殺すだろう。王殺しの片棒をかつぎたい者は、名乗りを上げるがいい!」
「んーッ!」
石刀を、のどぼとけにあてる。ダーナムはくぐもった悲鳴を上げた。
0
お気に入りに追加
0
あなたにおすすめの小説
ヒョイラレ
如月芳美
児童書・童話
中学に入って関東デビューを果たした俺は、急いで帰宅しようとして階段で足を滑らせる。
階段から落下した俺が目を覚ますと、しましまのモフモフになっている!
しかも生きて歩いてる『俺』を目の当たりにすることに。
その『俺』はとんでもなく困り果てていて……。
どうやら転生した奴が俺の体を使ってる!?
イケメン男子とドキドキ同居!? ~ぽっちゃりさんの学園リデビュー計画~
友野紅子
児童書・童話
ぽっちゃりヒロインがイケメン男子と同居しながらダイエットして綺麗になって、学園リデビューと恋、さらには将来の夢までゲットする成長の物語。
全編通し、基本的にドタバタのラブコメディ。時々、シリアス。
心晴と手乗り陰陽師
乙原ゆん@1/10アンソロ配信
児童書・童話
小学五年生の藤崎心晴(ふじさきこはる)は、父親の転勤で福岡へ転校してきたばかり。
引っ越し荷物の中から母親のハムスターの人形を見つけたところ、その人形が動き出し、安倍晴明と言い出した。しかも、心晴のご先祖様だという。
ご先祖様は、自分は偉大な陰陽師だったと言うものの、陰陽師って何?
現世のお菓子が大好きなハムスター(ハムアキラと命名)と共に、楽しい学校生活が始まる。
忠犬ハジッコ
SoftCareer
児童書・童話
もうすぐ天寿を全うするはずだった老犬ハジッコでしたが、飼い主である高校生・澄子の魂が、偶然出会った付喪神(つくもがみ)の「夜桜」に抜き去られてしまいます。
「夜桜」と戦い力尽きたハジッコの魂は、犬の転生神によって、抜け殻になってしまった澄子の身体に転生し、奪われた澄子の魂を取り戻すべく、仲間達の力を借りながら奮闘努力する……というお話です。
※今まで、オトナ向けの小説ばかり書いておりましたが、
今回は中学生位を読者対象と想定してチャレンジしてみました。
お楽しみいただければうれしいです。
【完結】魔法道具の預かり銀行
六畳のえる
児童書・童話
昔は魔法に憧れていた小学5学生の大峰里琴(リンコ)、栗本彰(アッキ)と。二人が輝く光を追って最近閉店した店に入ると、魔女の住む世界へと繋がっていた。驚いた拍子に、二人は世界を繋ぐドアを壊してしまう。
彼らが訪れた「カンテラ」という店は、魔法道具の預り銀行。魔女が魔法道具を預けると、それに見合ったお金を貸してくれる店だ。
その店の店主、大魔女のジュラーネと、魔法で喋れるようになっている口の悪い猫のチャンプス。里琴と彰は、ドアの修理期間の間、修理代を稼ぐために店の手伝いをすることに。
「仕事がなくなったから道具を預けてお金を借りたい」「もう仕事を辞めることにしたから、預けないで売りたい」など、様々な理由から店にやってくる魔女たち。これは、魔法のある世界で働くことになった二人の、不思議なひと夏の物語。
がらくた屋 ふしぎ堂のヒミツ
三柴 ヲト
児童書・童話
『がらくた屋ふしぎ堂』
――それは、ちょっと変わった不思議なお店。
おもちゃ、駄菓子、古本、文房具、骨董品……。子どもが気になるものはなんでもそろっていて、店主であるミチばあちゃんが不在の時は、太った変な招き猫〝にゃすけ〟が代わりに商品を案内してくれる。
ミチばあちゃんの孫である小学6年生の風間吏斗(かざまりと)は、わくわく探しのため毎日のように『ふしぎ堂』へ通う。
お店に並んだ商品の中には、普通のがらくたに混じって『神商品(アイテム)』と呼ばれるレアなお宝もたくさん隠されていて、悪戯好きのリトはクラスメイトの男友達・ルカを巻き込んで、神商品を使ってはおかしな事件を起こしたり、逆にみんなの困りごとを解決したり、毎日を刺激的に楽しく過ごす。
そんなある日のこと、リトとルカのクラスメイトであるお金持ちのお嬢様アンが行方不明になるという騒ぎが起こる。
彼女の足取りを追うリトは、やがてふしぎ堂の裏庭にある『蔵』に隠された〝ヒミツの扉〟に辿り着くのだが、扉の向こう側には『異世界』や過去未来の『時空を超えた世界』が広がっていて――⁉︎
いたずら好きのリト、心優しい少年ルカ、いじっぱりなお嬢様アンの三人組が織りなす、事件、ふしぎ、夢、冒険、恋、わくわく、どきどきが全部詰まった、少年少女向けの現代和風ファンタジー。
鎌倉西小学校ミステリー倶楽部
澤田慎梧
児童書・童話
【「鎌倉猫ヶ丘小ミステリー倶楽部」に改題して、アルファポリスきずな文庫より好評発売中!】
https://kizuna.alphapolis.co.jp/book/11230
【「第1回きずな児童書大賞」にて、「謎解きユニーク探偵賞」を受賞】
市立「鎌倉西小学校」には不思議な部活がある。その名も「ミステリー倶楽部」。なんでも、「学校の怪談」の正体を、鮮やかに解明してくれるのだとか……。
学校の中で怪奇現象を目撃したら、ぜひとも「ミステリー倶楽部」に相談することをオススメする。
案外、つまらない勘違いが原因かもしれないから。
……本物の「お化け」や「妖怪」が出てくる前に、相談しに行こう。
※本作品は小学校高学年以上を想定しています。作中の漢字には、ふりがなが多く振ってあります。
※本作品はフィクションです。実在の人物・団体とは一切関係ありません。
※本作品は、三人の主人公を描いた連作短編です。誰を主軸にするかで、ジャンルが少し変化します。
※カクヨムさんにも投稿しています(初出:2020年8月1日)
化け猫ミッケと黒い天使
ひろみ透夏
児童書・童話
運命の人と出会える逢生橋――。
そんな言い伝えのある橋の上で、化け猫《ミッケ》が出会ったのは、幽霊やお化けが見える小学五年生の少女《黒崎美玲》。
彼女の家に居候したミッケは、やがて美玲の親友《七海萌》や、内気な級友《蜂谷優斗》、怪奇クラブ部長《綾小路薫》らに巻き込まれて、様々な怪奇現象を体験する。
次々と怪奇現象を解決する《美玲》。しかし《七海萌》の暴走により、取り返しのつかない深刻な事態に……。
そこに現れたのは、妖しい能力を持った青年《四聖進》。彼に出会った事で、物語は急展開していく。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる