19 / 30
第四章 祭り
1.扉さがし
しおりを挟むちゅん、ちゅん、とスズメの声がする。
目が覚める一瞬前――
ミンネは淡い期待をした。
ここがトトリ村の屋敷で、父が元気で、兄もいて。
フィユやパチュイもいる。
そうして外には、日が明るく射す世界が待っているのではないか、と。
しかし、違う。
他でもない自分の記憶が、期待を打ち消す。
戻ることができたとしても、臼山までだ。
父の病は防げない。
兄の死もくつがえせない。
目を開く。――明るい。
(眠るだけでは、ダメだったか)
ゆっくりと身体を起こし、ミンネは重いため息をついた。
パジャマに、柔らかな布団。隣にはリノが寝ている。
つまり、ここは蒼の国でも、トトリ村でもない。
魔女の街。そして、ここはポカポカ商店街にある『タツロー』の二階だ。
「おーい、朝ごはんできたぞー」
下から、達郎の声が聞こえる。
「リノ」
ミンネは、横で寝るリノの肩をゆすった。「うーん……」とリノは蚊のなくような細い声を出したあと、また眠ってしまった。
「リノ。起きろ。朝に宿題の続きをやるのだろう?」
返事らしきものはあったが、身体は少しも動かない。
「おい、リノ」
もう、返事らしきものさえなくなった。
「リノ!」
まったく、起きる気配がない。
念のため呼吸を確認したが、健やかな寝息を立てているので、ただ眠っているだけのようだ。
コンコン、と扉が鳴った。
「ミンネちゃん、おはよう。リノ、起きた?」
扉の向こうから、達郎の声が聞こえる。
「おはよう、オダサン。リノは一向に起きる気配がありません」
「あー、そうなんだよねぇ。朝弱いんだ、うちの子」
達郎は、明るく笑っている。この状態はリノの日常の一部らしい。
「昨日も遅くまで宿題をしていました。朝に続きをやると言っていたのですが……」
「中学受験も大変だよね。悪いけど、がんばって起こしてくれる? たぶん、相当がんばらないと起きないと思うけど」
トントン、と階段を下りていく音がする。
リノは眠ったままだ。リノを起こす件は、ミンネに一任されたようである。
さすがに、川に放り込むわけにもいかないだろう。
そもそも、それほど近くに川もない。
(あぁ、あれがいい)
しゃきっと目が覚めるもの、といえば、あれだ。
ぽん、とミンネは手を打って、一度階下に降りた。
達郎からあるものをもらい受けると、笑顔で部屋に戻る。
そして――
「うわああああ! すっぱい! えぇ? ちょ、なんなの? なんなの?」
リノの大声が、『タツロー』に響き渡った。
ガバッとリノは布団から飛び起きた。口をおさえ、目をまんまるに大きく開いている。
「あぁ、起きたか」
ミンネはレモンを一切れ手に持ったまま、笑顔で「おはよう」とあいさつをした。
「なにこれ、すっぱ! ちょっと! すっぱ!」
「目が覚めてよかった。水をかけるか、レモンを口につっこむか、迷ったのだ」
「どっちもヤダよ! フツーに起こして!」
水、水! と叫びながら、リノは階段を下りていった。
達郎が、大笑いしている。「これから毎日、ミンネちゃんに頼もうかな」と言って、リノに「あり得ない! あのゴリラ止めてよ!」と怒られていた。
朝食に、牛の乳で作った酪――チーズというそうだ――が載ったパンを食べた。
北部の乳酪はヤギの乳で作られたものが多い。牛の乳をふだん口にすることはないが、このとろりととろけたチーズは、味が濃厚でとてもおいしい。
加工の技術が優れているのだろう。カリッと音がするパンも香ばしくて、ミンネはあっという間にたいらげた。
「あぁ、そうだ。サナエさんが、今年も浴衣レンタルこないかって誘ってたよ。ミンネちゃんと一緒にどうかって」
食事の途中で、達郎がリノに話しかける。サナエさん、というのは昨日の着物の女性のことだろう。
最後の一口を飲み込んでから、リノはミンネをちらりと見た。
「ごめん、パパ。今年はちょっと忙しいから。あのね、ミンネも今日は用事あるの。浴衣着たりとか、無理だと思う」
答えるリノは少し寂し気だった。晴れ着を着るのを楽しみにしていたのかもしれない。
「そっか。無理しなくていいよ。サナエさんにも言っておくから」
ごちそうさまでした、と手を合わせてリノは席を立った。
食事の前後のあいさつは魔女の街もトトリ村も変わらない。ミンネもあいさつをして、リノに続いた。
厨房の流しに食器を下げながら、リノは「一緒に出よう」と言った。
「私が塾に行ってる間、このあたりで扉探しするといいよ」
「そうだな。そうさせてもらう」
とにかく、扉が見つからないことにはなにも始まらない。
臼山で会ったリノは、そこらへんにある扉を探さないと戻れない、と言っていた。きっと、そう遠くはない場所に扉があるはずだ。
カランカラン
いってきます、と元気よくリノが外に出た。
ミンネも挨拶をしてから続く。「いってらっしゃい」という達郎ののんびりした声の最後は、途中で扉に消されてしまった。
チカテツエキまで一緒に行こう、とリノは先を歩き出す。
「私、夕方には戻るから。そしたら、一緒に扉を探そう。あまり遠くに行かないようにね。扉は、そんなに遠いところにないと思うし」
「あぁ。リノの家の近辺を探すことにする。そうそう見つけにくいものだとも思えん」
「だよね。ちょっと昼寝してる間に探せるくらいのものだもの」
リノは足を止めて「ここでいいよ」と言った。
「じゃ、いってくる」
「健闘を祈る」
「ありがと。そっちもね」
リノは手を振って、地下へと続く階段をおりていった。
まるで、地面にもぐる火竜の子のようだ。まったくもって、魔女の街は不思議に満ちている。
さて。扉探しだ。
今朝、達郎がくれた精密な地図を片手に、ミンネは注意深くあたりを見ながら歩いていく。
太陽の位置が変わるくらいまで、リノの家の周辺を地道に探して歩いたが、一向に見つからない。
ひとまず『そのあたり』と呼べる場所だけは一通り探さねば。ミンネは、最後に残していた神社の階段を上っていく。
この神社を探したあとは、リノの帰りを待つべきかもしれない。
リノの家の捜索が残っている。
ミーン ミーン
セミの声が聞こえてくる。階段を上るごとに木々が密度を増し、影が濃いものに変わっていった。
上のほうで、なにやら人の声が聞こえてくる。
(なんだ?)
ミンネは、眉を寄せる。ひとりやふたりではない。大勢の人の声だ。まだ、山賊の類が来たのだろうか。
「やっぱりここだ! 動画の場所!」
「どうせインチキだって。本物のわけないし」
「でも気になるだろ? 夜まで待とうぜ!」
木の陰から、様子をうかがう。
大勢の若者たちが、神社の前に集まっていた。
柄が悪いということもなく、魔女の国で見かける標準的な服装だ。
とにかく数が多い。
階段の下にまで人だかりができている。
これでは、扉を探すどころの騒ぎではない。
あちこちで、人が板――スマホを掲げている。
ミンネの知るポカポカ商店街は、昼間でも人の姿が確認できない場所だった。年に一度の祭りといっても、それほど人は来ない、と達郎が言っていたのを聞いている。
(オダサンは、のんびり準備をすると言っていたな)
しかし、目の前の状態は、聞いていた話とずいぶん違う。
きっと達郎はこの事態を把握していないはずだ。達郎に報せるためにミンネはいったん、『タツロー』に戻った。
朝のうちに準備をしていたのか、ポカポカ商店街には、あちこちに提灯のようなものがかかっていて、多少は祭りらしい雰囲気になっている。
角をまがったところで、朝にはなかった天幕が見えた。
「あぁ、ミンネちゃん。お帰り」
達郎は、本人の言葉通りのんびりしていて、準備が整っているようには見えない。
「オダサン! 人が、大勢きています」
まさか、と言って達郎はゆったり笑った。
「神社に人がたくさん集まっています。階段を下りることができないほどでした」
「こんな古い商店街だよ? こんなこと言いたくないけど、化石みたいなシャッター通りだし、お祭りのポスターだって、回覧場と公民館くらいにしか貼ってないし……花火大会までは、ほとんどお客さんも来ないよ」
のんびりと、達郎は台を拭いている。「そりゃ、たくさん来てもらえたら、助かるけどね」と小さくつけたした背中が、少しさみしそうだ。
そこに、昨日店にいた客がやってきた。
小柄な男性だ。「マスター。おつかれさん」と笑顔で手を振っている。
「いらっしゃい。佐藤さん。いつものでいいですか?」
「今日はアイスで頼むよ。……しかし、マスター。今日はすごいね。こんなに人がいる商店街、久しぶりに見たよ。神社の下の露店もだけど、肉のイトウさんとこ。コロッケに二十人くらい並んでた」
達郎は、まだ「まさか」と言っている。よほど人がくるのが信じられないらしい。
客は達郎に、様子を見るようすすめた。
「百聞は一見にしかず、だよ。マスター」
「まさか」
通りの真ん中をしばらく歩き、右を見、左を見てから、達郎は「わ!」と声を上げた。
やっと現状を理解してくれたようだ。達郎は慌てて戻り「大変だ。準備しなきゃ!」と台やイスを運びはじめた。
「手伝おう」
ヒョイと、ミンネは台を軽く持ち上げた。
指示された場所に運ぶと、達郎は「ミンネちゃん、力持ちだね!」と感心していた。これは恐らく、リノの言う『腕力ゴリラ』と同じ意味だろう。
「ありがとう、ミンネちゃん。申し訳ないんだけど、一瞬だけ店番できる? 奥からサーバー取ってくるから。はい、これエプロン」
「こちらの通貨がわからない」
「あぁ、そうかぁ……すぐ戻るから、注文だけ聞いてて! わかんなかったら『少々お待ちください』って言って! あ、髪、しばってもらっていい? エプロンのポケットに、髪ゴム入ってるから!」
バタバタと、達郎は店の中に入っていった。
ミンネは手渡されたエプロン、という名の前掛けを身に着つける。やや小さいので、リノが使っているものなのかもしれない。
ポケット、というのは、エプロンに縫いつけられた袋のことだろう。
たしかに髪をとめるための輪が入っている。
リノが使っているのを見ていたので、使い方はわかった。
「すみませーん」
ひとまず準備ができたところに、ひとりの背の高い青年が、台をはさんでミンネの前に立った。
0
お気に入りに追加
0
あなたにおすすめの小説
イケメン男子とドキドキ同居!? ~ぽっちゃりさんの学園リデビュー計画~
友野紅子
児童書・童話
ぽっちゃりヒロインがイケメン男子と同居しながらダイエットして綺麗になって、学園リデビューと恋、さらには将来の夢までゲットする成長の物語。
全編通し、基本的にドタバタのラブコメディ。時々、シリアス。
ヒョイラレ
如月芳美
児童書・童話
中学に入って関東デビューを果たした俺は、急いで帰宅しようとして階段で足を滑らせる。
階段から落下した俺が目を覚ますと、しましまのモフモフになっている!
しかも生きて歩いてる『俺』を目の当たりにすることに。
その『俺』はとんでもなく困り果てていて……。
どうやら転生した奴が俺の体を使ってる!?
心晴と手乗り陰陽師
乙原ゆん@1/10アンソロ配信
児童書・童話
小学五年生の藤崎心晴(ふじさきこはる)は、父親の転勤で福岡へ転校してきたばかり。
引っ越し荷物の中から母親のハムスターの人形を見つけたところ、その人形が動き出し、安倍晴明と言い出した。しかも、心晴のご先祖様だという。
ご先祖様は、自分は偉大な陰陽師だったと言うものの、陰陽師って何?
現世のお菓子が大好きなハムスター(ハムアキラと命名)と共に、楽しい学校生活が始まる。
忠犬ハジッコ
SoftCareer
児童書・童話
もうすぐ天寿を全うするはずだった老犬ハジッコでしたが、飼い主である高校生・澄子の魂が、偶然出会った付喪神(つくもがみ)の「夜桜」に抜き去られてしまいます。
「夜桜」と戦い力尽きたハジッコの魂は、犬の転生神によって、抜け殻になってしまった澄子の身体に転生し、奪われた澄子の魂を取り戻すべく、仲間達の力を借りながら奮闘努力する……というお話です。
※今まで、オトナ向けの小説ばかり書いておりましたが、
今回は中学生位を読者対象と想定してチャレンジしてみました。
お楽しみいただければうれしいです。
【完結】魔法道具の預かり銀行
六畳のえる
児童書・童話
昔は魔法に憧れていた小学5学生の大峰里琴(リンコ)、栗本彰(アッキ)と。二人が輝く光を追って最近閉店した店に入ると、魔女の住む世界へと繋がっていた。驚いた拍子に、二人は世界を繋ぐドアを壊してしまう。
彼らが訪れた「カンテラ」という店は、魔法道具の預り銀行。魔女が魔法道具を預けると、それに見合ったお金を貸してくれる店だ。
その店の店主、大魔女のジュラーネと、魔法で喋れるようになっている口の悪い猫のチャンプス。里琴と彰は、ドアの修理期間の間、修理代を稼ぐために店の手伝いをすることに。
「仕事がなくなったから道具を預けてお金を借りたい」「もう仕事を辞めることにしたから、預けないで売りたい」など、様々な理由から店にやってくる魔女たち。これは、魔法のある世界で働くことになった二人の、不思議なひと夏の物語。
がらくた屋 ふしぎ堂のヒミツ
三柴 ヲト
児童書・童話
『がらくた屋ふしぎ堂』
――それは、ちょっと変わった不思議なお店。
おもちゃ、駄菓子、古本、文房具、骨董品……。子どもが気になるものはなんでもそろっていて、店主であるミチばあちゃんが不在の時は、太った変な招き猫〝にゃすけ〟が代わりに商品を案内してくれる。
ミチばあちゃんの孫である小学6年生の風間吏斗(かざまりと)は、わくわく探しのため毎日のように『ふしぎ堂』へ通う。
お店に並んだ商品の中には、普通のがらくたに混じって『神商品(アイテム)』と呼ばれるレアなお宝もたくさん隠されていて、悪戯好きのリトはクラスメイトの男友達・ルカを巻き込んで、神商品を使ってはおかしな事件を起こしたり、逆にみんなの困りごとを解決したり、毎日を刺激的に楽しく過ごす。
そんなある日のこと、リトとルカのクラスメイトであるお金持ちのお嬢様アンが行方不明になるという騒ぎが起こる。
彼女の足取りを追うリトは、やがてふしぎ堂の裏庭にある『蔵』に隠された〝ヒミツの扉〟に辿り着くのだが、扉の向こう側には『異世界』や過去未来の『時空を超えた世界』が広がっていて――⁉︎
いたずら好きのリト、心優しい少年ルカ、いじっぱりなお嬢様アンの三人組が織りなす、事件、ふしぎ、夢、冒険、恋、わくわく、どきどきが全部詰まった、少年少女向けの現代和風ファンタジー。
化け猫ミッケと黒い天使
ひろみ透夏
児童書・童話
運命の人と出会える逢生橋――。
そんな言い伝えのある橋の上で、化け猫《ミッケ》が出会ったのは、幽霊やお化けが見える小学五年生の少女《黒崎美玲》。
彼女の家に居候したミッケは、やがて美玲の親友《七海萌》や、内気な級友《蜂谷優斗》、怪奇クラブ部長《綾小路薫》らに巻き込まれて、様々な怪奇現象を体験する。
次々と怪奇現象を解決する《美玲》。しかし《七海萌》の暴走により、取り返しのつかない深刻な事態に……。
そこに現れたのは、妖しい能力を持った青年《四聖進》。彼に出会った事で、物語は急展開していく。
鎌倉西小学校ミステリー倶楽部
澤田慎梧
児童書・童話
【「鎌倉猫ヶ丘小ミステリー倶楽部」に改題して、アルファポリスきずな文庫より好評発売中!】
https://kizuna.alphapolis.co.jp/book/11230
【「第1回きずな児童書大賞」にて、「謎解きユニーク探偵賞」を受賞】
市立「鎌倉西小学校」には不思議な部活がある。その名も「ミステリー倶楽部」。なんでも、「学校の怪談」の正体を、鮮やかに解明してくれるのだとか……。
学校の中で怪奇現象を目撃したら、ぜひとも「ミステリー倶楽部」に相談することをオススメする。
案外、つまらない勘違いが原因かもしれないから。
……本物の「お化け」や「妖怪」が出てくる前に、相談しに行こう。
※本作品は小学校高学年以上を想定しています。作中の漢字には、ふりがなが多く振ってあります。
※本作品はフィクションです。実在の人物・団体とは一切関係ありません。
※本作品は、三人の主人公を描いた連作短編です。誰を主軸にするかで、ジャンルが少し変化します。
※カクヨムさんにも投稿しています(初出:2020年8月1日)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる