蒼の勇者と赤ランドセルの魔女

喜咲冬子

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第二章 ドラドの陰謀

2.蛇の奸計

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「それではトトリ村の半分が飢えて死ぬ。のめぬ話だ」



 オラーテは、手をゆっくりと横に振った。



「では、このたびのことに、トトリは責任を感じていない、というわけですな?」

「違う。そうではない。あまりにも要求が大きすぎる、と言っているのだ」

「その血を理由に、これまで多くを手に入れてきたトトリが! 責任は取らぬと!」



 ダーナムは眉を上げ、細い目を大きく開いて、大げさに驚いてみせた。



「できるだけの援助はしよう」

「領土の割譲ができぬのならば、今すぐに雲をはらって見せよ! トトリは、蒼き血を持つことで奢り、豊かな土地を独占し、富を不当に得続けてきた。己の利のみを目的に商道を引き、周囲の村を冷遇した。この非常のときに、多少は役立ってはどうだ!」



 座を蹴って、ドラドの王が立ち上がる。二人の長たちも続いた。



 限界だ。

 耐え切れず、ミンネも立ち上がった。



「それは違います。ドラドの長よ。今の北部の村々が小さいのは、互いに争いを繰り返し、分裂を余儀なくされてきたからです。楠の森が豊かなのは、我らが木の皮をはぐシカを狩り、木々の間引きをし、森を育ててきたからです。富を得たのは、土器と織物を職人らが懸命に技術をみがいてきたからです。商道は百年かけてトトリが人と財を投じて、島の発展のために設けたもの。不当なことはなにひとつしておりません!」

「それが奢りだ。蒼き血の姫君。多くの村々を踏みつけにしてきながら、自ら招いた災厄を払おうともしない。なんと傲慢な態度だ!」



 ミンネの言葉に嘘はない。



 トトリが豊かなのは、内乱を起こさず、土地と人を育ててきたからだ。

 そして、島の繁栄のために尽力してきた誇りがある。

 ドラドの言いがかりに、黙ってうなずくつもりはない。



「座れ、ミンネ」



 オラーテがミンネをたしなめる。「しかし……」と言いかけたが、それ以上は続けなかった。

 これ以上、父の身体に負担をかけたくない。



「ダーナムよ。繰り返すが、この要求をトトリはのめぬ。我々にできるのは、援助は惜しまぬ、という約束だけだ」

「かつて、蒼き血は火竜と言葉を交わす力を持っていた。それゆえに敬われていたものを、トトリは奢りゆえに力を失った。今や存在する意味もない。最後にせめて、人の役に立て。――この娘を、火竜の生贄として捧げよ。我らが出す、ふたつめの要求はそれだ」



 ドクン、と大きく心臓がはねた。ミンネは大きく目を見開く。



 ダーナムの姿が、魔物のように見えてくる。

 人はこれほど残酷になれるものだろうか。



 霧の中でミンネたちを囲んでいたのは、餓えたオオカミであった。

 牙をむき、今にも喉笛に噛みつこうとしている。



 オラーテが、バンと膳を叩き立ち上がった。



「このような横暴が許されるわけがない! 獣のほうがまた道理を知っている!」



 ミンネも大声で叫びたい。

 誰が火竜の子を殺したのか。誰がエンジュを殺したのか。



 このままでは、トトリが千年の時をかけて築いてきたものを、この欲深いオオカミに食い荒らされてしまう。



(どうすればいい?)



 すでに、オオカミは目の前に迫っている。うなる声が聞こえるほどに近く。



 必死にミンネは考えた。



 時間が欲しい。このままドラドの芝居に乗って、踊ってはならない。



 パンパン! とミンネは手を叩いた。



 すぐに扉が、ギィ、と開く。



 失礼いたします、と華やかな声と共に入ってきたのは、館で働く女たちだ。皆が美しく着飾っている。



「酒肴もお出しせず、失礼を致しました。なかなかに時間のかかりそうなお話。どうぞ、ひとまずお寛ぎください」



 列の一番うしろに、フィユの姿があった。



 立っていた長たちは、勢いをくじかれ、いったん座に座る。オラーテとミンネも、腰を下ろした。



 それぞれの長たちの前に、運ばれてきた酒器が並ぶ。



 フィユはミンネの前に膳を置きながら、囁いた。



「ドラド兵が村を囲んだわ。彼らの要求は?」



 サッと血の気が引く。これだけドラドが強気に事を進めてきたのは、包囲を進めていたからだったのだ。



(許せない)



 ミンネは思わず、懐にある石刀に手を置いていた。



 飛びかかり、あのダーナムの首を掻き切ってやりたい。怒りが炎竜の身を包む赤黒い炎のように燃え上がる。



 だが、だめだ。できない。



 目を閉じ、ミンネは深く呼吸をした。ここでミンネが事を起こせば、オオカミに隙を見せることになる。



 ミンネは必死で気持ちを切り替え、フィユの耳元に囁いた。



「領土を割譲せよ。さもなくばイシュテムの娘を火竜の生贄とせよ――だそうだ」

「父上に伝えてくるわ。時間を稼いで。――八日。最低でも七日ほしい」



 フィユは身体を離し、他の女たちと一緒に扉から出て行った。最後にちらり、とオラーテの方を見たので、オラーテに伝えろ、と言っているようだ。



 今の父には、聞かせたくない。



 しかし、トトリの長はオラーテしかいないのだ。

 この局面で、判断をくだせる者は長をおいていない。ドラドの言葉を拒絶するのも、村を囲む兵と戦うかどうかを決めるのも、長以外の者に、決めることはできない。なんと重い役目だろう。



 ミンネは覚悟を決め、立ち上がるとオラーテの横に片膝をついた。そして、囁き声で伝える。



「父上。ドラド兵が村を囲んでおります」



 オラーテのひじ置きが、カタカタと音を立てている。「おのれ、オオカミめ」怨嗟の声が小さく聞こえた。ミンネは思わずオラーテの大きな手に、自分の手を重ねた。



「ミンネ。臼山へ行け。魔女に会うのだ」

「え?」



 ――魔女。

 たしかにそう聞こえた。



 思いがけない言葉に驚いて、オラーテの顔を見る。秋の草原の色をした瞳に、混乱の色はない。

 ミンネが上に重ねていた手が、逆にオラーテの、弓と剣を使う者のゴツゴツとした手にしっかりと包まれる。



「魔女に会い、宝玉を授かれ。火竜との絆を取り戻すのだ」



 尊敬する父の言葉はいつでもミンネを正しく導いてきた。



 だが、今はその言葉を理解できない。



 魔女は、伝説の中の存在である。

 火竜や火竜の子と違い、実在しているとは誰も思っていないだろう。



 真意をたしかめるより前に、オラーテはダーナムに話しかけた。



「ダーナムよ。炎竜の怒りを我らも深く憂いている。かつて蒼の国は人の住めぬ荒れた土地であったという。蒼き血を持つ女神イシュテムは、炎竜と言葉を交わすことで炎竜を火竜に変じさせ、絆を持った。我らは、この国を救うことができるのは、蒼き血を持つ者の他にないと思っている」



 オラーテの言葉に、ダーナムはぐっと杯の酒をあおり、声をあげて笑った。



「話が早い。では、さっそく明日にも南の山へ参りましょう」

「しかし――娘を生贄に捧げるつもりはない」



「なに?」

「正しく儀式を行わねばならぬ。火竜との絆を取り戻すには――う……!」



 突然、オラーテが胸をおさえ、身をかがめる。



 ミンネは傾いたオラーテの身体を受け止め、横向きに床に寝かせた。すぐに横にいた薬呪士が、脈を取り始める。



「儀式とは、なんなのだ。まさか、南部の連中のように、まじないだのに頼るつもりではあるまいな?」



 オラーテが倒れても、構わずダーナムは話を続けた。



 ミンネは父の手を握りながら、ダーナムのヘビのような目を見上げる。



「どうかお待ちください。父は病に苦しんでおります」

「構うものか。蒼き血が蒼の国を救うというのであれば、やってもらおうではないか。蒼の血の姫君よ。できねばドラドのやり方で生贄として炎竜に捧げてやる。首を切り、祭壇に供えるのだ」



 血も涙もないのか。

 父の胸の痛みは、数を重ねれば重ねるほど、命が危うくなるものだ。



 父上、父上。心で呼びながら、涙と、手の震えをおさえようと必死になる。



 父上。母上。兄上。

 まぶたの裏に家族の顔を描いた。だが残念なことに、今のミンネを助けてくれる者はこの場にはいない。



 呪薬師が、オラーテに薬を飲ませはじめる。ミンネは邪魔にならぬよう手を離した。



 大きな強い手。いつでもミンネを守り導いてくれた手。

 離れた途端、どうしようもない心細さと共に、ある種の覚悟が生まれた。



 病の父を、これ以上追い詰めることはできない。

 この危機は、自分が乗り越えていくべきものだ。――いずれこの村の長になるのは、自分なのだ、と。



 覚悟が決まると、もう歯の根があわないほどの恐怖は去っていた。



 ミンネはスッと立ち上がり、毅然と口を開く。



「臼山に入り十日の間、身を清めます。その後南の山にある祭壇に向かい、火竜との絆を再び結びましょう」



 十日、と聞いた途端、長たちは互いに顔を見合わせた。



 トトリから富を奪う計画は、これまで奇襲に奇襲を重ねてきたのだ。

 さらに関まで封鎖し、情報を遮断している。



 ここで時間を取られるのは、都合が悪いのだろう。長たちはやや時間をおいてから「逃げるのではないか?」「そうだ」と騒ぎ出す。



「私は、青き血の誇りは失っておりませぬ。この危機を救おうとする者を妨げる者こそが、蒼の国の真の敵と言えましょう」



 キッとりりしい眉を逆立て、ミンネは長たちひとりひとりを見る。



「監視をつける」



 ダーナムは、また杯の酒をあおった。



「臼山は、男子禁制です」

「それではだめだ。逃げるに決まっている。我らもそれほど愚かではないぞ!」



 ドン! とダーナムが膳を叩く。



「お待ちください」



 音もなく扉が開き、サラサラと衣ずれの音を立てながら入ってきたのは、フィユだ。



 持っていた酒器を床に置き、ダーナムとミンネの間に入る。そして、とても優雅に長たちに一礼した。



「エンジュの妻の、フィユと申します。恐れながら、ミンネが戻らぬ時は、私が代わりに儀式を行いましょう。その際は、十日と言わず、まっすぐ南の山の祭壇に立ってみせます」



 ミンネは驚いて、フィユの肩をつかんだ。



「なにを言うのだ、義姉上。バカなことを」



 しかしフィユはミンネに構わず、自分の腹に手を当て、とんでもないことを言いだした。



「蒼き血を継ぐ者は、ここに、もうひとり。いかがでしょう? 人質として十分な価値はあると思われませんか?」



 驚いた。

 フィユが腹に子を宿していたなど、初耳だ。





 
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