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フェンダー

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 みんなフェンダーだった。
 間違いない。4階の廊下で制服を着た男女が地べたに座りながらああでもないこうでもないとギターをじゃかじゃか鳴らしていた。
 レイジは知らなかった。フェンダーのギターがあんなに高いなんて。ただ、みんなヘッドの部分にフェンダーと記されたエレキを弾いていた。
 たまにギブソンとかいうレスポールとかいうギターを弾いてる奴もいた。
 彼は思った。
 ギブソンってダサい名前だなぁ。それならフェンダーってやつのほうがまだいいなぁ。でもみんな一緒ってなんだかロックンロールに反してるよなぁ。
 彼はまだ何も知らなかった。

「ザック!元気かい?」
 部長はレイジをザックと呼ぶ。
 アメリカのバンド『レイジアゲインストザマシーン』のボーカル『ザック・デ・ラ・ロッチャ』からきている。部長が『レイジアゲインストザマシーン』が好きなのかは知らない。何故なら、まだレイジは入部して2日目なのだ。
 たった2日でとてもじゃないが愛想が良いとは言えないレイジに対してあだ名をつけてくる部長は変わり者なのだろう。
「どんなギター買うか決めたのかい?」
 部長がにこやかに質問する。
 そう、レイジ以外は皆入部の初日からマイギターを用意してきたのだ。(しかもほぼ全員ギブソンやらフェンダーやら高いやつ)
 レイジは部室に余っていた名前も知らない初心者用のエレキギターを手にしていた。
「いや、まだです。」
「だったら部活のあとギター見に行くかい?」
 行きたい。素直に思った。部長は良い人そうだし何より部長だから。部長と共にすることは自分が気に入られてるようなそんな気がした。
 そんなことで優越感を覚える。それが人間だ。
 レイジは二つ返事でその日の夕方、近くの楽器屋に行くこととなった。

 部活終わりの夕方。みんながギターやベースを担いで帰る中レイジは廊下に1人立っていた。  部長に『片付けたらすぐいく』と言われて待っているのだが、分かっていてもこの時間は嫌だった。やっぱり嘘なんじゃないか。なんでかそう思える。
「お待たせ。」
その不安を破るように声が聞こえた。しかし、それは高い声だった。部長の姿はたしかにあったが、その隣に綺麗な女の人が立っていた。
「えと、」
レイジが口ごもる中それを見て彼女は笑った。
「あははは!君、かわいいねぇ。私のこと知らない?」
 その女性はにたにたと意地悪な顔をこぼす。
「やめなよ。覚えてるわけいだろう。パートも違うんだし。」
 部長の言葉で思い出した。いつも部室の中央でドラムのパート練習をしている。そこでいつもきゃっきゃきゃっきゃ黄色い声が飛び交っている中心にいる人物。
『高瀬 莉奈』。みんな『りな先輩』と慕っているようだった。
 黒髪ロングで目はぱっちり二重。化粧は薄いのにも関わらず目鼻立ちがしっかりしていて肌ももちもちそうだった。丸顔で小顔。レイジには完璧だった。カッターシャツの第2ボタンまで開けて、シャツをスカートに入れず大胆に出している。そのスカートも短くしており、レイジは息を呑んだ。
「知ってます。ドラムの、高瀬、先輩ですよね?」
「あははは!なんでそんなに片言なのよ!そうそう。ドラムやってるの。京ちゃんが1年生とギター見に行くって言うからついていこうと思って。いいよね?」
「も、もちろんです。」
「ザック、ごめんなぁ。変な子が付いてきて。とにかく時間もないし早くいこう。」 
「ちょっと!変な子って何よ!それにこの子どうしてザックなわけ?教えなさいよ!」
 仲が良いんだなぁ。二人はどんな関係なんだろうか。何もわからないけれど、唯一確かなのは、部長の名前に京が付くということだけだった。

 近くの楽器屋と聞いていたが歩いてみると20分ほどかかった。その間も部長と高瀬は楽しそうに話をしていて、レイジはその一歩後ろをうつむきながら付いていくという苦痛の時間だった。
 気がつけば辺りは真っ暗だった。
「やっとついたー。」
 高瀬に先程までの元気は無かった。
「ザック、いよいよだねぇ。」
 静かな口調だが、部長はむしろ元気が増しているように見えた。
 レイジはやっと自分の番が来たと高瀬と入れ替わるように部長の隣に行き、小さな楽器店へ入った。
「いらっしゃい。」
 ぶっきらぼうな声が響く。白髪で長身のおじいさんがレジに立っていた。赤色のチェックのシャツが目立つ。彼が昔からここで営んでいるのだろうか。
「ザック、おれも向こうの方見にいくね。」
 そう言うと部長は奥のほうの何やらいろんな機材が置いてあるブースへ向かった。
 何はともあれレイジにとってここはおもちゃ箱のようだった。かっこいいギターが山のように飾ってある。
 「あ。」
 その中で1つ目から離れないものあった。
 真っ黒なボディ。スラッと伸びるネック。そしてまさしくヘッドには『フェンダー』のロゴが描かれていた。
 これこそ俺の求めていた物だ。レイジはそう思った。
「これが気に入ったのかい?」
 奥のブースにいるはずの部長が隣にいた。
「あんまりにも熱視線を送ってるんだから。よっぽど気に入ったんだね。」
「は、はい。」
「これ、フェンダーのテレキャスで70年代モデルだね。いいね。すっごくいいと思うよ。」
「お!レイジくんいいじゃん!めっちゃいいよ!」
 部長と高瀬からのお墨付きをもらったレイジはいい気分だった。ただ、飾られたギターの真横に貼られた値札の桁数がとてもじゃないが高校生の買える値段ではなかった。それにレイジの家庭は決して裕福とは言えない。親を頼ることも出来ない。
「もう少し考えます。」
レイジの言葉でそれらの事情を何となく二人は悟った。
「わかった。」
それからしばらく3人は別々で各々店を回ったが、結局誰も何も買わなかった。
「ま、部室のギターを使えば問題ないんだしもう少し考えなよ。とりあえずどんなギターに興味があるのか分かっただけでもいいと思うよ。」
「うんうん!そうだよ!」
「は、はい。」
 真っ暗の夜道。
 3人は楽器店から最寄りの駅でレイジだけ方向が違ったので別れた。
 レイジは少しだけ二人はこの後良い雰囲気になるのだろうかと気になった。
 だけど、それ以上にあの『フェンダー』の黒のギターが頭から離れなかった。
「ふうん。」
 その様子を遠くから眺める誰かがいた。
「見つけた。」

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