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蒼の魔法士-本編-
Seg 52 遇う者たちの生業 -03-
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気をつけの姿勢のまま、ミサギの後ろまで逃げるように下がる。
可愛いと言いつつするどい目で睨まれ、ユウは身の危険を感じてしまったのだ。
「しょ、所長は子供好きなんです! ただ目つきが悪すぎるので! 決して睨んでるわけでは――ぐふぁっ」
弁明するセリフの途中で回し蹴りをくらう助手。
アスカと電話をしていたときとはまったく違う印象であった。
叫んでいて、ヒステリーを起こして――別人だったのではないかと錯覚さえおぼえる。
「初めまして。私がここの所長、緇井リョウだ」
落ち着いた、大人の雰囲気を醸し出す挨拶だ。
蹴り飛ばした助手を優雅に指し、
「あちらは助手の吉之丸」
「……よろしく……」
「よろしくお願いします」
壁に窪みができるほど激しく飛ばされた割に、会釈を返す余裕のある彼。
名前なのか苗字なのか曖昧な自己紹介を――いやそれよりも、蹴られた箇所と背中は大丈夫なのか、ユウの思考はしばらく混乱を極めた。
「さあ、立っていてもなんですから、そちらのソファへどうぞ」
「所長……!」
彼女の案内に、ヨタヨタと吉之丸が割り込む。
「……やっぱりやめましょう! こんなヤツに来られたら、事態が悪化するだけですよ」
「?」
「吉之丸」
緇井が睨む。諫めるように語気を強めて名を呼んだ。
しかし彼は首を振って言い続けた。今まで溜め込んでいたものを吐き出そうとして、口調が強くなる。
「知ってますよ、コイツが関わった事件はロクな事にならないんですよねっ!
みんな災害級の被害を受けて、辺りは焼け野原になって何も残らないん――」
最後の言葉は、所長の本日二度目の見事な回し蹴りにより、壁へと叩きつけられた。
「お前は何か勘違いをしているようだな」
緇井は手元から青緑色の花びらを散らしつつ教鞭を出す。彼女にとって魔法に必要な道具らしい。
「お前が喚いていた災害級の被害とは、調査を進めた結果に判明したアヤカシによるものだろう? 最初に引き受けた者たちの手に負えない事態になったから、政府が彼を遣わしてくれたんだ!
他の依頼もそうだ。引き受けたものの、事態を悪化させた者に代わり、彼が収束させてくれているのたぞ!
勘違いも甚だしいぞ、吉之丸!!」
教鞭を助手に容赦なく突きつける。
吉之丸は、叩きつけられた反動でむせ、よろめきながら立ち上がった。
壁は破砕しているというのに、彼は傷一つない。頑丈な体をしているようだ。
不服そうにそっぽを向き、
「……すみません」
と、小さく謝罪した。
「助手の吉之丸が失礼をした。これに懲りずご助力願えればとても助かるのだが」
彼女は、申し訳無いと頭を下げる。ミサギはというと、なんと笑みを返したではないか。
「貴殿の為人は存じています。こちらが努力を惜しむ事などあり得ませんよ」
「感謝する」
緇井はもう一度深く頭を下げて、資料を差し出す。
――ありゃ? なんや、ミサギどんの態度が……
違和感に気づいたのはみっちゃんと木戸。
いつもなら罵詈雑言の嵐で仕事どころではなくなるはずなのだが、今回はそれがない。
「ミサギさん、すごいお仕事してるんですね」
言うは感心しっぱなしのユウだ。
二人の思考は、とある推測へと到達する。ユウの発言で至った結論だ。
――ミサギどん、まさかユウどんにええトコ見せようとしてるー!?
紐で纏められた資料は、イヅナで見たものよりきれいな和紙だった。皺一つなく作られたそれには、緇井の丁寧な性格が表れている。
書かれていた内容は、とある地域で数日前から起こっている怪現象についてだ。
「最初は、一組のカップルが相談に来た」
緇井は、当時の出来事を思い出しつつ話し始めた。
相談に来た彼氏は、金髪に肌を小麦色に焼いていた。隣に座る黒髪の男性を彼女だと言い、二人仲良く並んで座る光景を見る限り、なにか困っている事があるとは思えなかった。
「ここって、怪奇現象とかも解決してくれるんスよね? 前に、チラシ見たんスけど……」
言って、しわくちゃになったチラシを見せた。
それは以前配布したもので、本来の行政書士の広告の下に「身の回りの怪奇現象についてもご相談にのります」と小さめに書かれていた。
「はい、確かに。どんな些細な事でも気になる事はすべて受け付けております」
緇井は、営業スマイルを見せる。
「まずは無料相談からなので、いきなり料金を請求することもありません。お気軽にどうぞ」
真摯な対応に、二人はほっとした表情を浮かべた。
金髪彼氏は、黒髪男性をチラと見て、訊ねる。
「こっちの黒髪の子……男に見えます、よね?」
「ええ。とてもかっこいい男性に見えますね」
「やっぱそうッスよね……」
金髪彼氏はシュンとうなだれた。一方で、黒髪男性は嬉しそうに顔を輝かせていた。
「あの……彼女、実は女なんッスよ! だから、もとに戻してほしいんッス!」
「え~? 別にこのままでもいいっしょ。てか、マジイケメンなんけどウチ♪」
「いや、オレの気持ちも察しろよぉ……」
黒髪の彼はハスキーボイスで上機嫌だ。自身をスマホに映し動画や写真をとめどなく撮っている。
そのやりとりを見て、緇井は不思議そうに訊ねる。
「……もとに戻す、とは?」
「あの! こないだ、すんげぇカミナリがあったの知ってますか!?」
金髪彼氏は身を乗り出す。
「はい。落雷でこの辺りも停電しました」
「あのカミナリが落ちた時、オレら近くにいたんス! んで、落ちたカミナリがバリバリバリ~って地面に広がって、オレらも感電したんスよ! で、見たら彼女がこんななってたんス!」
頼りない語彙力にジェスチャーを混ぜ込んで、彼は懸命に状況を説明した。
◆ ◆ ◆
「雷で女性がイケメンに?」
聞いていたユウが思わず訊ねる。
「ああ、不思議なことにな。しかも、そのカップルだけでなく、付近にいた女性全員に同じ現象が起こったとの事だ」
原因は不明。きっかけは落雷と感電。しかも女性限定など、自然や人間の仕業とは到底思えない現象だった。
「確かに、これはアヤカシ絡みとみてよさそうだね。相変わらず意図の解らない事をしでかしてる」
パラパラと資料をめくっていたミサギだったが、ふとあるページで手を止めた。
題名が『財閥子息失踪事件』と書かれてあり、数件の報告が載っていた。
これもアヤカシ絡みだったのだろう。怪奇現象により、ある財閥の息子が突如として目の前から消えてしまったという内容だ。
思わず見入ってしまったが、すぐ視線を外す。
「別の資料が紛れていますよ」
「ああ、いいんだ。その財閥の御令嬢も、例の雷の被害者だから、同時案件として複製した資料を一緒にしたんだ」
ユウも資料を見ようと手を伸ばしたが、ミサギに「君はまだダメ」と取り上げられてしまった。
膨れる頬をつつきながら、アスカとみっちゃんが、
「どーせ漢字が読めんのやろ」
「後で説明してあげるよ」
と、こっそり言った。
「同じ現象はその依頼以外にも三回起こっている。しかも、ここ一週間で連日でだ」
「で、被害が拡大し、僕のところに話が回ってきた、という事ですね」
緇井は頷く。
「そういう事だ。我ながら情けないが、貴殿の助力が必要だ。よろしく頼む」
深々と頭を下げる緇井に、ミサギは軽く微笑んだ。
「いいですよ。そのために来たんですから」
それは、いわば昇天と同意義の所作であった。
彼女は気絶しそうになり、吉之丸は鼻血を吹き出してノックアウトした。
「か……感謝する」
ミサギのこの現象は、顔立ちだけでなく魔力も関係しているに違いない。
傍らで見ていたユウは、そう思った。
「では、早速現場に向かいましょう。案内していただけますか?」
「ああ……こちらだ」
二人は虫の息で立ち上がった。
可愛いと言いつつするどい目で睨まれ、ユウは身の危険を感じてしまったのだ。
「しょ、所長は子供好きなんです! ただ目つきが悪すぎるので! 決して睨んでるわけでは――ぐふぁっ」
弁明するセリフの途中で回し蹴りをくらう助手。
アスカと電話をしていたときとはまったく違う印象であった。
叫んでいて、ヒステリーを起こして――別人だったのではないかと錯覚さえおぼえる。
「初めまして。私がここの所長、緇井リョウだ」
落ち着いた、大人の雰囲気を醸し出す挨拶だ。
蹴り飛ばした助手を優雅に指し、
「あちらは助手の吉之丸」
「……よろしく……」
「よろしくお願いします」
壁に窪みができるほど激しく飛ばされた割に、会釈を返す余裕のある彼。
名前なのか苗字なのか曖昧な自己紹介を――いやそれよりも、蹴られた箇所と背中は大丈夫なのか、ユウの思考はしばらく混乱を極めた。
「さあ、立っていてもなんですから、そちらのソファへどうぞ」
「所長……!」
彼女の案内に、ヨタヨタと吉之丸が割り込む。
「……やっぱりやめましょう! こんなヤツに来られたら、事態が悪化するだけですよ」
「?」
「吉之丸」
緇井が睨む。諫めるように語気を強めて名を呼んだ。
しかし彼は首を振って言い続けた。今まで溜め込んでいたものを吐き出そうとして、口調が強くなる。
「知ってますよ、コイツが関わった事件はロクな事にならないんですよねっ!
みんな災害級の被害を受けて、辺りは焼け野原になって何も残らないん――」
最後の言葉は、所長の本日二度目の見事な回し蹴りにより、壁へと叩きつけられた。
「お前は何か勘違いをしているようだな」
緇井は手元から青緑色の花びらを散らしつつ教鞭を出す。彼女にとって魔法に必要な道具らしい。
「お前が喚いていた災害級の被害とは、調査を進めた結果に判明したアヤカシによるものだろう? 最初に引き受けた者たちの手に負えない事態になったから、政府が彼を遣わしてくれたんだ!
他の依頼もそうだ。引き受けたものの、事態を悪化させた者に代わり、彼が収束させてくれているのたぞ!
勘違いも甚だしいぞ、吉之丸!!」
教鞭を助手に容赦なく突きつける。
吉之丸は、叩きつけられた反動でむせ、よろめきながら立ち上がった。
壁は破砕しているというのに、彼は傷一つない。頑丈な体をしているようだ。
不服そうにそっぽを向き、
「……すみません」
と、小さく謝罪した。
「助手の吉之丸が失礼をした。これに懲りずご助力願えればとても助かるのだが」
彼女は、申し訳無いと頭を下げる。ミサギはというと、なんと笑みを返したではないか。
「貴殿の為人は存じています。こちらが努力を惜しむ事などあり得ませんよ」
「感謝する」
緇井はもう一度深く頭を下げて、資料を差し出す。
――ありゃ? なんや、ミサギどんの態度が……
違和感に気づいたのはみっちゃんと木戸。
いつもなら罵詈雑言の嵐で仕事どころではなくなるはずなのだが、今回はそれがない。
「ミサギさん、すごいお仕事してるんですね」
言うは感心しっぱなしのユウだ。
二人の思考は、とある推測へと到達する。ユウの発言で至った結論だ。
――ミサギどん、まさかユウどんにええトコ見せようとしてるー!?
紐で纏められた資料は、イヅナで見たものよりきれいな和紙だった。皺一つなく作られたそれには、緇井の丁寧な性格が表れている。
書かれていた内容は、とある地域で数日前から起こっている怪現象についてだ。
「最初は、一組のカップルが相談に来た」
緇井は、当時の出来事を思い出しつつ話し始めた。
相談に来た彼氏は、金髪に肌を小麦色に焼いていた。隣に座る黒髪の男性を彼女だと言い、二人仲良く並んで座る光景を見る限り、なにか困っている事があるとは思えなかった。
「ここって、怪奇現象とかも解決してくれるんスよね? 前に、チラシ見たんスけど……」
言って、しわくちゃになったチラシを見せた。
それは以前配布したもので、本来の行政書士の広告の下に「身の回りの怪奇現象についてもご相談にのります」と小さめに書かれていた。
「はい、確かに。どんな些細な事でも気になる事はすべて受け付けております」
緇井は、営業スマイルを見せる。
「まずは無料相談からなので、いきなり料金を請求することもありません。お気軽にどうぞ」
真摯な対応に、二人はほっとした表情を浮かべた。
金髪彼氏は、黒髪男性をチラと見て、訊ねる。
「こっちの黒髪の子……男に見えます、よね?」
「ええ。とてもかっこいい男性に見えますね」
「やっぱそうッスよね……」
金髪彼氏はシュンとうなだれた。一方で、黒髪男性は嬉しそうに顔を輝かせていた。
「あの……彼女、実は女なんッスよ! だから、もとに戻してほしいんッス!」
「え~? 別にこのままでもいいっしょ。てか、マジイケメンなんけどウチ♪」
「いや、オレの気持ちも察しろよぉ……」
黒髪の彼はハスキーボイスで上機嫌だ。自身をスマホに映し動画や写真をとめどなく撮っている。
そのやりとりを見て、緇井は不思議そうに訊ねる。
「……もとに戻す、とは?」
「あの! こないだ、すんげぇカミナリがあったの知ってますか!?」
金髪彼氏は身を乗り出す。
「はい。落雷でこの辺りも停電しました」
「あのカミナリが落ちた時、オレら近くにいたんス! んで、落ちたカミナリがバリバリバリ~って地面に広がって、オレらも感電したんスよ! で、見たら彼女がこんななってたんス!」
頼りない語彙力にジェスチャーを混ぜ込んで、彼は懸命に状況を説明した。
◆ ◆ ◆
「雷で女性がイケメンに?」
聞いていたユウが思わず訊ねる。
「ああ、不思議なことにな。しかも、そのカップルだけでなく、付近にいた女性全員に同じ現象が起こったとの事だ」
原因は不明。きっかけは落雷と感電。しかも女性限定など、自然や人間の仕業とは到底思えない現象だった。
「確かに、これはアヤカシ絡みとみてよさそうだね。相変わらず意図の解らない事をしでかしてる」
パラパラと資料をめくっていたミサギだったが、ふとあるページで手を止めた。
題名が『財閥子息失踪事件』と書かれてあり、数件の報告が載っていた。
これもアヤカシ絡みだったのだろう。怪奇現象により、ある財閥の息子が突如として目の前から消えてしまったという内容だ。
思わず見入ってしまったが、すぐ視線を外す。
「別の資料が紛れていますよ」
「ああ、いいんだ。その財閥の御令嬢も、例の雷の被害者だから、同時案件として複製した資料を一緒にしたんだ」
ユウも資料を見ようと手を伸ばしたが、ミサギに「君はまだダメ」と取り上げられてしまった。
膨れる頬をつつきながら、アスカとみっちゃんが、
「どーせ漢字が読めんのやろ」
「後で説明してあげるよ」
と、こっそり言った。
「同じ現象はその依頼以外にも三回起こっている。しかも、ここ一週間で連日でだ」
「で、被害が拡大し、僕のところに話が回ってきた、という事ですね」
緇井は頷く。
「そういう事だ。我ながら情けないが、貴殿の助力が必要だ。よろしく頼む」
深々と頭を下げる緇井に、ミサギは軽く微笑んだ。
「いいですよ。そのために来たんですから」
それは、いわば昇天と同意義の所作であった。
彼女は気絶しそうになり、吉之丸は鼻血を吹き出してノックアウトした。
「か……感謝する」
ミサギのこの現象は、顔立ちだけでなく魔力も関係しているに違いない。
傍らで見ていたユウは、そう思った。
「では、早速現場に向かいましょう。案内していただけますか?」
「ああ……こちらだ」
二人は虫の息で立ち上がった。
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