42 / 73
蒼の魔法士-本編-
Seg 41 個人情報保護法たちのディストレス -02-
しおりを挟む
◆ ◆ ◆
朱けに染まっていた空は、すっかり元の明るさを取り戻した。桃源郷だった世界はいつの間にか終わりを告げ、ボロボロの工場跡に変わっていた。
一段落ついた、とミサギは大きく伸びをする。
「……何、ユウ君?」
正面を見たまま、伸びを続け訊ねる。
しかし、問うた相手が何も言わないので、つい振り向いてみると、ユウが黙って見上げていた。
「どうしたの? ケガでもした?」
「なんとっ! 再びミサギどんらしからぬ優しさ発言がぁっ!」
そう言ったみっちゃんの姿は、ミサギの追い払うように出した花吹雪によって遥か彼方へと吹っ飛ばされていた。
「言わなきゃ伝わらないよ、どうしたの?」
「すごいっ! ミサギさんスゴイですっ!」
「え?」
子供特有の、純粋な瞳を輝かせてユウは興奮気味に言った。
「あんなおっきなアヤカシ二匹と戦えるなんてスゴイですっ!」
「そ……そうなのか?」
「そうです! スゴイ! なんかもう……スゴイッ!」
「ええと……語彙力」
ピョンコピョンコと飛び跳ねて興奮している様子に、ミサギはそっぽを向く。その耳はほんのり赤かった。
「そ、それより、一匹逃げたから報告をしなきゃ」
「はい、報告についてはすぐに……」
あたふたとする仕草、初めて見る表情に、さすがの木戸も驚きを隠せないでいた。
「せやろー! すごいやろー!」
何故か自慢げにしているみっちゃんに、ミサギはあっという間に不承面になった。いつ戻ってきたのか。
「どうして君が自慢げに言うんだい?」
「ええやーん、ほんにミサギどんはすごいって自慢したいやーん。な~、ユウどん! 木戸はん!」
「うん! うんっ! ミサギさんは強くてスゴイ!」
「はい、私にとっても自慢の上司です」
「木戸まで――悪乗りはやめろ」
ユウはともかく、木戸もその場の勢いで言ったのだが、認められ、照れるミサギを見て、自分の事のように嬉しく思わずにはいられなかったのだろう。
「謙遜しんなぁや。ほんま、伊達に『暁の魔女』やあらへんな!」
その言葉に、ミサギの表情がかたまる。
「さっきも言うとったんよ~。ミサギどんは言霊を操る『暁の魔女』の名を代々受け継ぐホンマモンの魔法士なんやからって」
そばでユウと木戸が慌ててみっちゃんに合図を送るが、努力虚しく気付いてもらえない。ペラペラとしゃべり続ける彼に、二人はそろって合掌した。
「……ミシェル」
「おん? なんや…………あっ……!」
ようやく異変に気付くが、時すでに遅し。
冷気がたち込め、彼の周りにまとわりつく。
慌ててユウと木戸を探すが、二人はすでに遠くへ避難し、彼一人がミサギの前で棒立ちしていた。
「君さぁ……」
ミサギの顔は、先ほどまでの表情が一転、冷酷な怒りを滲ませみっちゃんを睨んでいる。
「や……スマンて……! 言うたらアカンやつやったんな?」
「いや、別に? 気にしなくていいよ」
滲む怒りのまま、にこやかな表情を貼りつけ淡々と応える。
「ただ、まあ残念だよね。この話をする者はどこかの知らない場所に飛ばされて帰って来れないだろうから」
そうして、みっちゃんがその後しばらく行方不明になったのは、また別の話である。
「ん?」
スマホのバイブ音に気付いたユウは、ポケットから取り出した。
「ボクのじゃない……」
鳴りやまないバイブに、木戸とミサギを見ると、ミサギが、
「ああ、僕のだけど別にいいよ」
「ええっ? 急ぎの用事だったらどうするんですか!? 兄ちゃんも言ってましたよ! 『カネはメシなり』って!」
しばらくの沈黙の後、ユウの腹が鳴る。
「?」
「おそらく、『時は金なり』では……」
ユウの顔が、爆発するとともに真っ赤になった。
「そ、それ! そうとも言います!」
「……はぁ」
「ちゃんと出た方がいいです!」
言われて、ミサギは渋々スマホをタップする。
音量を極小まで下げ、耳から離れたところにスマホを当てると、スピーカーにしていないのに男の怒声が周囲にまで響き渡った。
「東条ぉぉぉおおおおお! 何やってんだ君はぁあ!」
あまりの勢いに、ユウは飛び上がって転んでしまった。
耳鳴りやまぬまま、ミサギは平然と話を始める。
「お疲れ様です、総領寺さん。その様子だと、テレビをご覧になってすぐ対応してくださったようですね」
務めて笑顔だ。
しかし、電話先の相手は怒りで興奮の絶頂である。
「誰がやったと思ってる! 誰が規制かけたと思ってる!? 私がやったんだ! すっごいだろっ! 個人情報保護サマサマだろっ! いいから早くこっちに来いっ!」
――ちっ、面倒くさいな
「君、今『ちっ、面倒くさいな』とか思っただろ!?」
「さすがは総領寺さん。
わかっているなら、呼びつけてばかりいないで、たまにはご自身でこちらにいらしては? お得意でしょう、視察という名のサボリ技」
「ちょっ……やめろ言うな左沢に聞かれたらまた監禁される」
「ああそれもいいですね。僕が自由に動ける」
「とーにーかーく! 他にも話があるから来てくれっ!」
ミサギは仕方がない、とため息を落とす。
「……わかりました。三十分ほどで行きますので」
「それとあか――」
総領寺の話をぶつ切りにするように、ミサギは切電ボタンを突くようにタップする。あまりの乱暴さにスマホが軋み、悲鳴を上げているようだ。
改めて面倒そうなため息をつき、ミサギはユウと木戸へ向き直した。
「すまないけど、今からちょっと付き合ってもらうよ」
「はい、え? どこへ?」
「イヅナだよ」
「?」
「魔法士の活動本部、魔法特務機関・飯綱動力監理院だ」
朱けに染まっていた空は、すっかり元の明るさを取り戻した。桃源郷だった世界はいつの間にか終わりを告げ、ボロボロの工場跡に変わっていた。
一段落ついた、とミサギは大きく伸びをする。
「……何、ユウ君?」
正面を見たまま、伸びを続け訊ねる。
しかし、問うた相手が何も言わないので、つい振り向いてみると、ユウが黙って見上げていた。
「どうしたの? ケガでもした?」
「なんとっ! 再びミサギどんらしからぬ優しさ発言がぁっ!」
そう言ったみっちゃんの姿は、ミサギの追い払うように出した花吹雪によって遥か彼方へと吹っ飛ばされていた。
「言わなきゃ伝わらないよ、どうしたの?」
「すごいっ! ミサギさんスゴイですっ!」
「え?」
子供特有の、純粋な瞳を輝かせてユウは興奮気味に言った。
「あんなおっきなアヤカシ二匹と戦えるなんてスゴイですっ!」
「そ……そうなのか?」
「そうです! スゴイ! なんかもう……スゴイッ!」
「ええと……語彙力」
ピョンコピョンコと飛び跳ねて興奮している様子に、ミサギはそっぽを向く。その耳はほんのり赤かった。
「そ、それより、一匹逃げたから報告をしなきゃ」
「はい、報告についてはすぐに……」
あたふたとする仕草、初めて見る表情に、さすがの木戸も驚きを隠せないでいた。
「せやろー! すごいやろー!」
何故か自慢げにしているみっちゃんに、ミサギはあっという間に不承面になった。いつ戻ってきたのか。
「どうして君が自慢げに言うんだい?」
「ええやーん、ほんにミサギどんはすごいって自慢したいやーん。な~、ユウどん! 木戸はん!」
「うん! うんっ! ミサギさんは強くてスゴイ!」
「はい、私にとっても自慢の上司です」
「木戸まで――悪乗りはやめろ」
ユウはともかく、木戸もその場の勢いで言ったのだが、認められ、照れるミサギを見て、自分の事のように嬉しく思わずにはいられなかったのだろう。
「謙遜しんなぁや。ほんま、伊達に『暁の魔女』やあらへんな!」
その言葉に、ミサギの表情がかたまる。
「さっきも言うとったんよ~。ミサギどんは言霊を操る『暁の魔女』の名を代々受け継ぐホンマモンの魔法士なんやからって」
そばでユウと木戸が慌ててみっちゃんに合図を送るが、努力虚しく気付いてもらえない。ペラペラとしゃべり続ける彼に、二人はそろって合掌した。
「……ミシェル」
「おん? なんや…………あっ……!」
ようやく異変に気付くが、時すでに遅し。
冷気がたち込め、彼の周りにまとわりつく。
慌ててユウと木戸を探すが、二人はすでに遠くへ避難し、彼一人がミサギの前で棒立ちしていた。
「君さぁ……」
ミサギの顔は、先ほどまでの表情が一転、冷酷な怒りを滲ませみっちゃんを睨んでいる。
「や……スマンて……! 言うたらアカンやつやったんな?」
「いや、別に? 気にしなくていいよ」
滲む怒りのまま、にこやかな表情を貼りつけ淡々と応える。
「ただ、まあ残念だよね。この話をする者はどこかの知らない場所に飛ばされて帰って来れないだろうから」
そうして、みっちゃんがその後しばらく行方不明になったのは、また別の話である。
「ん?」
スマホのバイブ音に気付いたユウは、ポケットから取り出した。
「ボクのじゃない……」
鳴りやまないバイブに、木戸とミサギを見ると、ミサギが、
「ああ、僕のだけど別にいいよ」
「ええっ? 急ぎの用事だったらどうするんですか!? 兄ちゃんも言ってましたよ! 『カネはメシなり』って!」
しばらくの沈黙の後、ユウの腹が鳴る。
「?」
「おそらく、『時は金なり』では……」
ユウの顔が、爆発するとともに真っ赤になった。
「そ、それ! そうとも言います!」
「……はぁ」
「ちゃんと出た方がいいです!」
言われて、ミサギは渋々スマホをタップする。
音量を極小まで下げ、耳から離れたところにスマホを当てると、スピーカーにしていないのに男の怒声が周囲にまで響き渡った。
「東条ぉぉぉおおおおお! 何やってんだ君はぁあ!」
あまりの勢いに、ユウは飛び上がって転んでしまった。
耳鳴りやまぬまま、ミサギは平然と話を始める。
「お疲れ様です、総領寺さん。その様子だと、テレビをご覧になってすぐ対応してくださったようですね」
務めて笑顔だ。
しかし、電話先の相手は怒りで興奮の絶頂である。
「誰がやったと思ってる! 誰が規制かけたと思ってる!? 私がやったんだ! すっごいだろっ! 個人情報保護サマサマだろっ! いいから早くこっちに来いっ!」
――ちっ、面倒くさいな
「君、今『ちっ、面倒くさいな』とか思っただろ!?」
「さすがは総領寺さん。
わかっているなら、呼びつけてばかりいないで、たまにはご自身でこちらにいらしては? お得意でしょう、視察という名のサボリ技」
「ちょっ……やめろ言うな左沢に聞かれたらまた監禁される」
「ああそれもいいですね。僕が自由に動ける」
「とーにーかーく! 他にも話があるから来てくれっ!」
ミサギは仕方がない、とため息を落とす。
「……わかりました。三十分ほどで行きますので」
「それとあか――」
総領寺の話をぶつ切りにするように、ミサギは切電ボタンを突くようにタップする。あまりの乱暴さにスマホが軋み、悲鳴を上げているようだ。
改めて面倒そうなため息をつき、ミサギはユウと木戸へ向き直した。
「すまないけど、今からちょっと付き合ってもらうよ」
「はい、え? どこへ?」
「イヅナだよ」
「?」
「魔法士の活動本部、魔法特務機関・飯綱動力監理院だ」
0
お気に入りに追加
2
あなたにおすすめの小説
僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?
闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。
しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。
幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。
お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。
しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。
『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』
さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。
〈念の為〉
稚拙→ちせつ
愚父→ぐふ
⚠︎注意⚠︎
不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。
愚かな父にサヨナラと《完結》
アーエル
ファンタジー
「フラン。お前の方が年上なのだから、妹のために我慢しなさい」
父の言葉は最後の一線を越えてしまった。
その言葉が、続く悲劇を招く結果となったけど・・・
悲劇の本当の始まりはもっと昔から。
言えることはただひとつ
私の幸せに貴方はいりません
✈他社にも同時公開
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
王が気づいたのはあれから十年後
基本二度寝
恋愛
王太子は妃の肩を抱き、反対の手には息子の手を握る。
妃はまだ小さい娘を抱えて、夫に寄り添っていた。
仲睦まじいその王族家族の姿は、国民にも評判がよかった。
側室を取ることもなく、子に恵まれた王家。
王太子は妃を優しく見つめ、妃も王太子を愛しく見つめ返す。
王太子は今日、父から王の座を譲り受けた。
新たな国王の誕生だった。
夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました
氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。
ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。
小説家になろう様にも掲載中です
【完結】亡き冷遇妃がのこしたもの〜王の後悔〜
なか
恋愛
「セレリナ妃が、自死されました」
静寂をかき消す、衛兵の報告。
瞬間、周囲の視線がたった一人に注がれる。
コリウス王国の国王––レオン・コリウス。
彼は正妃セレリナの死を告げる報告に、ただ一言呟く。
「構わん」……と。
周囲から突き刺さるような睨みを受けても、彼は気にしない。
これは……彼が望んだ結末であるからだ。
しかし彼は知らない。
この日を境にセレリナが残したものを知り、後悔に苛まれていくことを。
王妃セレリナ。
彼女に消えて欲しかったのは……
いったい誰か?
◇◇◇
序盤はシリアスです。
楽しんでいただけるとうれしいです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる