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最終章
第31話 裏切りの執事 ロイク
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アーステイル王国ガザル領の一番栄える街の広場。
雪がしんしんと降る寒空の下。イメルダは石でできた巨大な十字架に、ロープで縛られていた。
その十字架に向き合う形で2人の憲兵がマスケット銃を持って立っている。
処刑が決まった日、イメルダが普段身につけていた赤いドレスは剥ぎ取られて、今着ている粗末な白いローブを着せられた。
牢屋に収監されている間、髪の毛も手入れされる事はなく傷んでしまった。
イメルダを縛り付ける十字架の周りには、大勢の観衆が大罪人の処刑を心待ちに取り囲んでいる。
本来ならすぐにでもイメルダの処刑を行うはずだが、イメルダの処刑までの日にちは一週間伸びた。
大罪を犯した者の首を刎ねる処刑用のギロチンは、何者かに破壊されていたのだ。
しかし民衆の激昂に触れる悪女を犯したイメルダを早く処刑しろと、日に日に民衆の声が大きくなる。
その声に耐えかねた刑執行の担当者は急遽、銃殺でイメルダを処刑すると決定した。
「これより、ハワード家長女、イメルダ男爵令嬢を処刑する!」
イメルダの近くにいた憲兵の1人が野太い声で宣告する。
わぁっと周りの観衆が沸きたった。
――悪魔令嬢を早く殺せ!
――成り上がりの高慢下女!
イメルダの耳をつんざく様な怒号が観衆から飛び交う。しかし、もうイメルダはそれに反論する気力はなかった。辛い、早く死んでしまいたい。
「早く、わたくしを殺して……」
イメルダの絶望の呟きは、観衆の声にかき消されて誰にも聞こえない。
もうすぐ、あの瞬間がやってくる。死よりも辛くて悲しい出来事。
イメルダはロイクの裏切りの告発を、もう一度目の前で見なければならない事が辛くて堪らなかった。
イメルダは目を閉じて、ただ時が過ぎるのを待っていた。
その時――イメルダの近くの憲兵が叫んだ。
「観衆よ! 聖女セイラ様が最後のお慈悲で、この罪人にお声をかけるそうだ!」
イメルダがその声で驚き、目を開ける。目の前には、かつての復讐の対象であり、今となっては親友のセイラがいた。
「セイラ……」
イメルダは、親友セイラの名前を弱々しく呟いた。セイラは十字架に縛り付けられたイメルダに近づくと、イメルダの耳元で囁いた。
「イメルダ……私、まだ諦めてない。復讐の心を思い出して! ローブの女を絶対に殺すわよ――」
セイラは、イメルダにこれからの事を告げると去っていく。セイラが立ち止まった傍らには、見覚えのある子供達がいた。
「あれは、カリン……修道院の子供達……」
三つ編みの女の子はカリンだ。その他数人の灰色のローブを着た子供は、不安気にイメルダを見つめていた。
「そうだわ……わたくし……!」
イメルダは、魔法ですっかり忘れていた事を思い出した。メラン先生に眠らされている間に、罪を着せられた事を。
そしてあの日、ロイクに手作りのシュトレンを渡したかった気持ちを踏み躙られた事を許さない!
メラン先生に引導を渡さなければ、そう自分を鼓舞してイメルダは力の限り叫んだ。
「ロイク!! 出てきなさい!」
*
ロイクは誰かに名前を呼ばれ、頭の中の真っ黒な霧が少しだけ白く光った。
「ロイク、呼ばれているわよ……うふふ。さあ、思い切り陥れてやりなさい」
隣で自分に囁く黒いローブの女性に、広場の真ん中に行くようにロイクは促された。
「かしこまりました……」
ロイクは返事を口から出す。そして黒いローブの女性に従うように、ロイク足は勝手に広場へと動いた。
「ロイクです、私が証人です」
観衆は、ロイクの言葉でぴたりと静かになった。
ロイクは、広場の中心に建てられた石造りの十字架に縛り付けられている金髪の女性の近くまで歩いた。
女性はロイクを睨みつけている。
この女性をロイクは知っている。
確か――名前はイメルダだった。
私はこの人の執事で――何だっただろうか?
……そうだ、彼女は悪い事をした。子供の誘拐、王太子暗殺、及び王太子婚約者の暗殺。
他にもあったな、全部自分が王宮の司法官に密告したのだった。
それを教えてあげよう。きっと黒いローブの女が言う様に、イメルダは絶望してしまうだろう。
でもどうしてこんな事を? イメルダを悲しませるのは本意ではないのに。
ロイクは頭の中の整理がつかず、そのままイメルダに話しかけた。
「イメルダ……お前の罪は私が密告した」
「知っていてよ。貴方、またわたくしを裏切ったのね。この愚図!」
イメルダは絶望するどころか、ロイクは彼女に罵られてしまった。その後もイメルダはロイクに向かって吠え続けた。
「わたくしの言いつけを守れないなんて、今度こそお仕置きですからね! わたくし以外の者の魔法にかかるなと、ロイクに言いましたわ!」
魔法? ロイクは頭の中の女性と、目の前のイメルダを見比べた。
頭の中のイメルダは、優しそうな目でロイクに微笑んでいる。――違う、お嬢様の目はもっと凛々しく釣り上がった綺麗な赤い目だ。いつも周りからの目と、家の重圧に耐えているイメルダお嬢様は、こんな風に微笑む事はできないのだ。
頭の中の女性はイメルダとはよく見れば似ても似つかない。
そうだ、自分は――メランとエドワードに嵌められたのだ! ロイクは頭の中の黒い霧が晴れて、目の前の愛しい存在にようやく気が付き叫んだ。
雪がしんしんと降る寒空の下。イメルダは石でできた巨大な十字架に、ロープで縛られていた。
その十字架に向き合う形で2人の憲兵がマスケット銃を持って立っている。
処刑が決まった日、イメルダが普段身につけていた赤いドレスは剥ぎ取られて、今着ている粗末な白いローブを着せられた。
牢屋に収監されている間、髪の毛も手入れされる事はなく傷んでしまった。
イメルダを縛り付ける十字架の周りには、大勢の観衆が大罪人の処刑を心待ちに取り囲んでいる。
本来ならすぐにでもイメルダの処刑を行うはずだが、イメルダの処刑までの日にちは一週間伸びた。
大罪を犯した者の首を刎ねる処刑用のギロチンは、何者かに破壊されていたのだ。
しかし民衆の激昂に触れる悪女を犯したイメルダを早く処刑しろと、日に日に民衆の声が大きくなる。
その声に耐えかねた刑執行の担当者は急遽、銃殺でイメルダを処刑すると決定した。
「これより、ハワード家長女、イメルダ男爵令嬢を処刑する!」
イメルダの近くにいた憲兵の1人が野太い声で宣告する。
わぁっと周りの観衆が沸きたった。
――悪魔令嬢を早く殺せ!
――成り上がりの高慢下女!
イメルダの耳をつんざく様な怒号が観衆から飛び交う。しかし、もうイメルダはそれに反論する気力はなかった。辛い、早く死んでしまいたい。
「早く、わたくしを殺して……」
イメルダの絶望の呟きは、観衆の声にかき消されて誰にも聞こえない。
もうすぐ、あの瞬間がやってくる。死よりも辛くて悲しい出来事。
イメルダはロイクの裏切りの告発を、もう一度目の前で見なければならない事が辛くて堪らなかった。
イメルダは目を閉じて、ただ時が過ぎるのを待っていた。
その時――イメルダの近くの憲兵が叫んだ。
「観衆よ! 聖女セイラ様が最後のお慈悲で、この罪人にお声をかけるそうだ!」
イメルダがその声で驚き、目を開ける。目の前には、かつての復讐の対象であり、今となっては親友のセイラがいた。
「セイラ……」
イメルダは、親友セイラの名前を弱々しく呟いた。セイラは十字架に縛り付けられたイメルダに近づくと、イメルダの耳元で囁いた。
「イメルダ……私、まだ諦めてない。復讐の心を思い出して! ローブの女を絶対に殺すわよ――」
セイラは、イメルダにこれからの事を告げると去っていく。セイラが立ち止まった傍らには、見覚えのある子供達がいた。
「あれは、カリン……修道院の子供達……」
三つ編みの女の子はカリンだ。その他数人の灰色のローブを着た子供は、不安気にイメルダを見つめていた。
「そうだわ……わたくし……!」
イメルダは、魔法ですっかり忘れていた事を思い出した。メラン先生に眠らされている間に、罪を着せられた事を。
そしてあの日、ロイクに手作りのシュトレンを渡したかった気持ちを踏み躙られた事を許さない!
メラン先生に引導を渡さなければ、そう自分を鼓舞してイメルダは力の限り叫んだ。
「ロイク!! 出てきなさい!」
*
ロイクは誰かに名前を呼ばれ、頭の中の真っ黒な霧が少しだけ白く光った。
「ロイク、呼ばれているわよ……うふふ。さあ、思い切り陥れてやりなさい」
隣で自分に囁く黒いローブの女性に、広場の真ん中に行くようにロイクは促された。
「かしこまりました……」
ロイクは返事を口から出す。そして黒いローブの女性に従うように、ロイク足は勝手に広場へと動いた。
「ロイクです、私が証人です」
観衆は、ロイクの言葉でぴたりと静かになった。
ロイクは、広場の中心に建てられた石造りの十字架に縛り付けられている金髪の女性の近くまで歩いた。
女性はロイクを睨みつけている。
この女性をロイクは知っている。
確か――名前はイメルダだった。
私はこの人の執事で――何だっただろうか?
……そうだ、彼女は悪い事をした。子供の誘拐、王太子暗殺、及び王太子婚約者の暗殺。
他にもあったな、全部自分が王宮の司法官に密告したのだった。
それを教えてあげよう。きっと黒いローブの女が言う様に、イメルダは絶望してしまうだろう。
でもどうしてこんな事を? イメルダを悲しませるのは本意ではないのに。
ロイクは頭の中の整理がつかず、そのままイメルダに話しかけた。
「イメルダ……お前の罪は私が密告した」
「知っていてよ。貴方、またわたくしを裏切ったのね。この愚図!」
イメルダは絶望するどころか、ロイクは彼女に罵られてしまった。その後もイメルダはロイクに向かって吠え続けた。
「わたくしの言いつけを守れないなんて、今度こそお仕置きですからね! わたくし以外の者の魔法にかかるなと、ロイクに言いましたわ!」
魔法? ロイクは頭の中の女性と、目の前のイメルダを見比べた。
頭の中のイメルダは、優しそうな目でロイクに微笑んでいる。――違う、お嬢様の目はもっと凛々しく釣り上がった綺麗な赤い目だ。いつも周りからの目と、家の重圧に耐えているイメルダお嬢様は、こんな風に微笑む事はできないのだ。
頭の中の女性はイメルダとはよく見れば似ても似つかない。
そうだ、自分は――メランとエドワードに嵌められたのだ! ロイクは頭の中の黒い霧が晴れて、目の前の愛しい存在にようやく気が付き叫んだ。
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