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三章〜出会いと別れ〜
三十五話 『血の繋がらない人』
しおりを挟む世界が凍りついたような、そんな感覚を覚えた。
心臓の鼓動が速くなっていくのをはっきりと感じた。息をすることすら忘れてしまうほどに動揺していた。
嘘だと言ってほしかった。ただの冗談だと笑い飛ばして欲しかった。だけど、現実は非情で残酷で。
私はお兄様の瞳をじっと見つめる。その目は真っ直ぐにこちらを見据えていて、とてもふざけているようには見えない。
「……本当なの?」
「ああ」
その言葉を聞いた瞬間、目の前が真っ暗になった。膝が震え、立っていることがやっとの状態になっていた。
信じたくない。そんな思いが頭の中を支配する。
しかし、お兄様の言葉は真実なのだと突きつけられる。
何でそんなにショックを受けているのか自分でもわからない。だが、何故か胸が苦しくて、悲しくて仕方がなかった。
「……いつから……」
「十二年前だから……透華が一歳の時かな、俺も二歳の頃引き取られて記憶は曖昧だし、本当の両親の顔なんて覚えていないけど……」
頭が上手く働かない。何を言えばいいのかわからなくなっていた。
別に、血が繋がっていようがいまいがお兄様の接し方が変わるわけじゃない。それはわかっているのに、心のどこかでそれを受け入れられない自分がいた。
「……ごめん、急にこんなこと……それに美月ちゃんもびっくりさせちゃったよね……」
「い、いえ……大丈夫です」
美月さんも戸惑っていたようだが、何とか返事をしていた。
「透華も……いきなりこんなこと言われても困ると思う。でも……これが事実なんだ」
「……」
何も言えない。どうしたらいいのかわからなかった。
すると、お兄様は私の頭を撫でてくれた。
「ごめんな、透華」
「っ!」
私は涙を流すまいと必死に堪えていた。今泣けば、お兄様に迷惑がかってしまうと思ったからだ。
「……私、部屋に戻ります……美月さん、行きましょ」
私は美月さんの手を掴んで歩き出した。
美月さんは何も言わずに着いてきてくれる。それが今はありがたかった。
自室に戻ると、私はベッドに倒れ込んだ。そして枕に顔を埋めて声を押し殺して泣き続けた。
どうしてこんなにも泣けるのか自分でも分からず困惑する。だってこれじゃまるで――と考えた末、寝てしまった。
――――――
『ねぇ!見た!?貴花の最新話!』
夢を見た。『貴方に花束を』の夢を。何だか久しぶりな気がした。
『うん、読んだよ!にしても透華と悠馬様の血が繋がっていないってマジ!?って思いながら見てたよー!まさかの展開だったよね!』
『ねー!しかも、その後の展開とかヤバくない?もうキュン死寸前だったんだけど!』
『わかるぅー!私、貴花で尊死するの何回目だろ♡』
……何の話をしているのだろうか。全く意味がわからん。私とお兄様でラブコメをする訳がないし……。
『にしても、王子と香織様のフラグも建ったし、美穂ちゃん、出番あるのかしら?ちょっと不安になって来たわ』
『確かにそうかもね……そもそも、この段階だと本編始まる前だし。ヒロイン不在って、大丈夫なのかな?』
『いくらIFルートとはいえ……早く美穂ちゃん出てきてくれないかしら……』
美穂ちゃん?いや、美穂ちゃんなら前会ったけど…漫画だと会ってないのか?うむ、わからん。
それにしても、この夢の中は退屈である。だってこの先の展開が知れるのならともかく、先起こった展開の復習を見ているようなものだ。
そう思った瞬間だった。
「おはようー!」
そんな声が聞こえて来ると同時に私の胸はざわついた。何故ざわついたのかはわからないが、嫌な予感がしていた。
「あ、おはよう、――ちゃん」
何故、名前の部分だけ聞き取れなかったんだろう。そう思った瞬間、また視界が暗くなり、意識が遠退いていった。
「……あれ?」
目が覚めると、そこは見慣れた天井があった。当たり前だが自分の部屋だ。
何か凄く長い時間眠っていたような気がしたが、気のせいだろう。隣で美月さんが何やら慌ただしそうにしている。
「あ、おはようございます、透華様」
「……おはよう、美月さん」
時計を見るとまだ六時だったので二度寝しようか迷ったが、とりあえず起きることにした。
「あの……透華様、昨日のことなんですけど……」
美月さんが遠慮がちに話しかけてくる。きっとお兄様の件について言いたいのだろう。
「……お兄様の件は大丈夫よ、私、気にしていないから」
私は美月さんの目を見て言った。その言葉に嘘はない。実際、お兄様が血の繋がりのない他人だろうと、今まで通りに接していくつもりだ。
「……そ、そうですか。なら、良かったです。昨日泣いてる透華様を見た時はどうなることかと思いましたが……良かったです、本当に」
美月さんは安心したようにそう言った。考えてみたら美月さんも私の部屋で寝たわけだし、心配をかけてしまったのかもしれない。
「……ありがとう」
私は感謝の言葉を口にすると、ベッドから出て着替え始めた。
今日は月曜日なので学校に行かないといけない。だるいな……と考えながら、リビングに行くと、
「あっ……お、お兄様……」
そこにはお兄様がいた。何だかお兄様の顔を見るのが凄く気まずく感じてしまう。
お兄様も私の顔を見ると、申し訳なさそうな表情を浮かべていた。
「……え、えーと……透華様、とりあえず朝食にしましょう!ね!」
美月さんは空気を読んでくれたのか、わざと明るい声でそう言うと、テキパキと朝食の準備を始めてくれた。私もそれを手伝った。
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