当て馬ポジションに転生してしまった件について

かんな

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三章〜出会いと別れ〜

三十話 『早すぎる出会い』

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 当然、菱沼さんも一緒に住んでいると思いきや、同じ最上階ではあるものの隣の部屋だった。

 実質、私は桜小路さんのお宅で、人生初の男の人とふたりきりの同棲……いやいやそうじゃなくて、カメ付きの同居生活を送る羽目になった。

 荷物もそんなになかったので、溜息交じりにやる気なく進めても、荷解きはすぐに終わってしまった。

 そこへタイミングよく部屋のドアがノックされ、菱沼さんに呼ばれた私は、一体何畳くらいの広さなのか見当も付かないほどだだっ広いリビングダイニングにて、諸々の説明を受けている真っ最中だ。

 といっても、まだ試用期間なわけだし、あわよくば試用期間中にクビになることもあるかもしれない。

 就活は大変だろうけれど、愛想も素っ気もないいけ好かない御曹司と同じ屋根の下でなんて暮らすよりは遙かにマシだ。

 数時間前まではあんなに上機嫌だったというのに、荷解きをしていた間に、いつしかそんな心持ちになってしまっていた。

 そんな私は、やる気はゼロ、話半分という有様で、これまたオシャレな北欧のなんちゃらいう有名なブランドらしい座り心地のいい革張りソファに座っている。

 そこから、正面にあるガラス張りのローテーブルの向こう側のソファでふんぞり返って足を組みコーヒーの入ったカップを優雅に傾けている桜小路さんの様子や部屋の中をチラチラと観察していた。

「ーーでは、スマホをお渡ししておきますので、急用や、何か分からないことがあれば、そちらに連絡くださればいつでも対応いたしますので。それではお部屋をご案内いたしましょう」
「……あぁ、はい」

 そんな有様だった私は、菱沼さんの最後の言葉を聞き逃していたようで、渡されたスマホを弄りつつ生返事を返して座ったまま動かずにいた。

 どうやらそれが菱沼さんの逆鱗に触れてしまったらしい。

「おいッ、こらッ、藤倉菜々子ッ! さっきからなんだお前はッ! 今すぐクビにでもなりたいのかッ?!」

 初見から執事らしく丁寧な敬語口調を貫いていたはずの菱沼さんから、突然、大きな怒号が飛び出してきたもんだから、驚きすぎてソファからすっころびそうになるのをすんでのところで免れた。

「はっ……はいッ!」

 けれど突然のことで話の内容なんか聞いちゃいなかった私は、背筋をピシッと伸ばしたものの、返した返事がまずかった。

 マスクを外しているせいか、桜小路さんのイケメンフェイスには及ばないがなかなかの細面で、漆黒の髪をタイトに撫でつけたインテリチックな雰囲気漂う菱沼さん。

 菱沼さんは正面で仁王立ちして私のことを初見同様に冷ややかな目で見下ろしてきて。

「なるほど、そういうことか。さっきは自分勝手に勘違いしておいて、こっちのせいにしてたかと思えば。今度は、思った条件と違ったもんだから嫌になって、やる気なく振る舞って、あわよくばクビになって、逃げだそうって魂胆か」

 何やら感心したように軽く頷くと、あたかも私の心中を見透かしたかのようなことを言ってのけた。

「べっ……べべべ別にそんなことは……」

 何を放っても、見るからに図星だってのが、狼狽えまくりな口調からも態度からもダダ漏れだろう。

「お前には、プロのパティシエールとしての矜持ってもんがないのか?」
「……きょ……キョウジ……って、なんですか?」

 そしてなによりバカ丸出しだ。

 瞬間、だだっ広いリビングダイニングがシーンと静まり返り、なんとも言えない重苦しい空気が立ち込めている。

 その数十秒後、「はぁー」という盛大な溜息が菱沼さんと、ずっと静観していたはずの桜小路さんの口からも吐き出された。

 ほどなくして、菱沼さんから矜持というのがプライドのことだというのを教えてもらい。

「た、確かに。さっきまでは、ちょっとやる気がなくなってました。でも、私だって、まだまだ新米ですけど、プロのパティシエールとしてのプライドくらい持ってますッ!」

 随分遅すぎる反論を返したところ。

「だったらお前の、その、パティシエールとしてのプライドとやらを見せてもらおうか」

 意外にも素では熱い人だったらしい菱沼さんの言葉に、感化され、焚きつけら。

 続いて、爽やかなブラウンのショートマッシュの無造作ヘアをツンツン弄りながら、どうでもよさそうに、桜小路さんが放った、

「……まぁ、別に、スイーツなんて誰が作っても同じだろうし。俺は、端から期待なんてしていなかったがな」

この捨て台詞に、パティシエールとしてのプライドに火を付けられてしまった私は、

「望むところですッ! 家事も完璧にこなして、美味しいスイーツで桜小路さんの舌をうならせて。一週間後には、専属のパティシエールとして正式に雇ってもらいますから、そのおつもりで」

すっくと立ち上がり、腰に手を当て、声高らかに宣言していたのだった。

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