【完結】お嬢様は納得できない!

かんな

文字の大きさ
上 下
24 / 34
三章 〜それぞれの一日〜

二十四話 『絶縁と和解』

しおりを挟む
春人は春香のことが嫌いだ。好きな人を取られたこともそうだが、それを差し引いても春香のことは好きになれなかった。


ただ一つだけ春香に感謝している部分もある。それは、父親の溺愛を一身に受けてくれたことだ。


最初の頃は勿論、嫌だった。自分のことを見てくれる人はいない。使用人すらも自分を見ないし、誰も春人のことを見なかった。


だけど、中学の頃から父親の溺愛が歪んだ愛であることに気がついた。父親には春香しか見えていないのだ。その歪みきった愛情を向けられると正直なところ辛いし、春香に感謝すらした。


極め付けは授業中に電話して来たから拒否しただけで学校にヘリコプターで乗り込んで来たことだろう。


あの時は本当に驚いたし、呆れた。そして何より怖かったから春香で良かった、と心底そう思った。あんな父親に執着されるなんて可哀想だと、そう思った。


そして今は父親と面と向かって話をしていた。


「……ふざけているのか?春人!あんな場で婚約破棄する奴があるか!!」


怒り狂う父親の声を聞きながらため息を吐く。今回の政略結婚は上手くいく過程なんて一個もなかった。


婚約者であるカナもそして自分も別の好きな人がいたし、お互いに好きな人がいたからこそ土壇場で婚約破棄が出来たのだ。


だから、後悔も無いし、これで良かったと思っている。それに、今更どうこう言ってもあの時間は返ってこない。


「知らねーよ。お前の会社が危なくなったからあっちの会社に話を持ち出したんだろ?石田さんの会社が困っているようには見えなかったし」


春人は知っている。父親の会社が経営がギリギリの状態になっていることに。
それでも父親は会社を続けたいから無理矢理婚約を結んだ……ということだろう。


「え!?そうだったの?!」


春香は知らなかったらしく、驚きの声を上げる。春香には知らせなかったのだろう。春香は父親に大事にされ、溺愛され
続けていたから。


「俺はここから出ていくわ。和馬の家に行く。そしてあいつを襲う」


「だ、ダメよ!私の恋人に手を出さないでっ!!」


春香がそう言って敵意剥き出しの目つきで睨んでくる。そんな目をされても何も感じない。
もう既にこの家は春人にとって敵地なのだ。味方などいない。家族でさえだ。


「……は?待ってくれ。待ってくれよ……!春香!お前……!和馬くんのこと付き合ってるのか?!」


「知らなかったのかよ。滑稽すぎる」


笑いが絶えない、というのは正にこのことだろう。溺愛していた娘が幼馴染で信頼のある父親曰く、春香の第二の保護者と言っても良いであろう男と恋人同士になっていたというのだから。


「……俺、お前のこと大嫌いだし、これからは関わらないようにする。石田カナとは絶対に結婚しないし、連絡先も消す。それじゃばいばーい」


そう言って春人はこの場から去っていく。もう二度と会わないし、会う気もない。


「さようなら。父親だった人」


小さい頃は認められたかった人だった筈なのに。いつの間にか憎む対象になっていたな……。
そんなことを思いながら春人は玄関から出ていき、扉を閉める直前……


「春人!私も行く!和馬は渡さないから!」


と言う声が聞こえた気がしたが無視して扉を勢いよく閉めたが、


「待って!話をしよう!春人!和馬のこともそうだけど、今まで話せなかったことを一杯話そう!春人がどんなことを言っても私はついて行くから!」


と言い、春人の腕を春香が掴む。いつもなら鬱陶しく、振り払っていただろうが、今の春人にその力は残っていなかった。


だから、


「………分かったよ」


つい、承諾してしまった。いつもの自分なら絶対に言わないであろう言葉。だが、それは心からの本音でもあったのだ。



△▼△▼



それから沢山話した。どうして春人が春香のことを嫌っているのか?とか、どうしてこんなことになったのか。


男が好き……というだけで気持ちが悪いと言われた過去のことも話したし、カナのことも少しだけ話したが、終始春香は無言だった。


普通なら罵倒され、気持ち悪がられると思った。しかし、意外にも彼女は黙ったまま静かに聞いてくれたが、どんどん俯いている時間が長くなり――。


「……やっぱり気持ち悪かったか?俺の話……」


罵倒されないのは良いことだが、無反応だと不安になるものだ。
そして、長い沈黙の後、春香はゆっくりと顔を上げ、口を開いた。


「ねぇ、春人、一つだけいいかしら」


「何だ」


ゴクリと唾を飲み込む。春香の言葉が怖い、と思ったのは初めてだ。気持ちが悪いと言われるかもしれない。


別に春香にどう思われようがどうでもいい、と思っていたのに……と思っていると、春香が春人にデコピンをした。


「痛っ!何すんだよ!!」


「馬鹿か!お前!私と和馬がそんなので軽蔑するとでも思った!?気持ち悪いと言うと思った!?私はともかく、和馬のことは好きなんでしょ!?なら、どうして和馬のこと信用しないのよ!!もっと自信持ちなさいよ!」


「い、言えるわけがねーだろ!それを自覚したのも中一のときだぞ!そして恋心を自覚した次の日にお前らは付き合ったんだからな!!」


「そんなの関係なしに勝負を挑んで来てよ!理由も分からず避けられてきた私の身にもなってよ……!ずっと辛かったんだから……!」


「………それは」


確かに、あのときはお互いと為だと思って春香のことを避けた。元々、春香にこのことを言うつもりもなければ、和馬にも言うことはない、と思っていたからだ。


「それにね、私、春人のこと羨ましかったんだよ?私は父親の歪んだ愛を受けて育ってきたけど、春人は違う。好き放題やってても怒られなかったし、誰からも好かれていた。私がどれだけ努力しても手に入れられないものを持っていて……それが……凄く……妬ましかったの」


「何言ってるんだ。春香だってクラスのムードメーカーじゃん。俺の関係は上辺だけだし」


「私も友達と言える子なんて奈緒とカナちゃんぐらいしかいないわよ……」


そう言いながら春香は自嘲気味に笑う。
春香はクラスの人気者だ。明るくて優しく、面倒見が良いから男女問わず慕われている。


そんな春香が自分のことが羨ましい?春人がいろんな人に好かれてるとか何のギャグだよ、と思いながら春人は春香を見る。だが、しかし、春香は……


「だって……あんな気持ち悪い父親の愛、春人は受けたい?私は嫌だなぁ。門限が五時とか、夜遅くまで遊びに行くな、って言われるの……」


「まぁ、それはうざいけども……。」


そんな話をしながら春人と春香は和馬の部屋を不法侵入し、和馬に怒られるのだがそれは別のお話である。
しおりを挟む
ツギクルバナー
感想 8

あなたにおすすめの小説

命を狙われたお飾り妃の最後の願い

幌あきら
恋愛
【異世界恋愛・ざまぁ系・ハピエン】 重要な式典の真っ最中、いきなりシャンデリアが落ちた――。狙われたのは王妃イベリナ。 イベリナ妃の命を狙ったのは、国王の愛人ジャスミンだった。 短め連載・完結まで予約済みです。設定ゆるいです。 『ベビ待ち』の女性の心情がでてきます。『逆マタハラ』などの表現もあります。苦手な方はお控えください、すみません。

とまどいの花嫁は、夫から逃げられない

椎名さえら
恋愛
エラは、親が決めた婚約者からずっと冷淡に扱われ 初夜、夫は愛人の家へと行った。 戦争が起こり、夫は戦地へと赴いた。 「無事に戻ってきたら、お前とは離婚する」 と言い置いて。 やっと戦争が終わった後、エラのもとへ戻ってきた夫に 彼女は強い違和感を感じる。 夫はすっかり改心し、エラとは離婚しないと言い張り 突然彼女を溺愛し始めたからだ ______________________ ✴︎舞台のイメージはイギリス近代(ゆるゆる設定) ✴︎誤字脱字は優しくスルーしていただけると幸いです ✴︎なろうさんにも投稿しています 私の勝手なBGMは、懐かしすぎるけど鬼束ちひろ『月光』←名曲すぎ

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

お飾りの侯爵夫人

悠木矢彩
恋愛
今宵もあの方は帰ってきてくださらない… フリーアイコン あままつ様のを使用させて頂いています。

セレナの居場所 ~下賜された側妃~

緑谷めい
恋愛
 後宮が廃され、国王エドガルドの側妃だったセレナは、ルーベン・アルファーロ侯爵に下賜された。自らの新たな居場所を作ろうと努力するセレナだったが、夫ルーベンの幼馴染だという伯爵家令嬢クラーラが頻繁に屋敷を訪れることに違和感を覚える。

いつの間にかの王太子妃候補

しろねこ。
恋愛
婚約者のいる王太子に恋をしてしまった。 遠くから見つめるだけ――それだけで良かったのに。 王太子の従者から渡されたのは、彼とのやり取りを行うための通信石。 「エリック様があなたとの意見交換をしたいそうです。誤解なさらずに、これは成績上位者だけと渡されるものです。ですがこの事は内密に……」 話す内容は他国の情勢や文化についてなど勉強についてだ。 話せるだけで十分幸せだった。 それなのに、いつの間にか王太子妃候補に上がってる。 あれ? わたくしが王太子妃候補? 婚約者は? こちらで書かれているキャラは他作品でも出ています(*´ω`*) アナザーワールド的に見てもらえれば嬉しいです。 短編です、ハピエンです(強調) 小説家になろうさん、カクヨムさんでも投稿してます。

タイムリープ〜悪女の烙印を押された私はもう二度と失敗しない

結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
<もうあなた方の事は信じません>―私が二度目の人生を生きている事は誰にも内緒― 私の名前はアイリス・イリヤ。王太子の婚約者だった。2年越しにようやく迎えた婚約式の発表の日、何故か<私>は大観衆の中にいた。そして婚約者である王太子の側に立っていたのは彼に付きまとっていたクラスメイト。この国の国王陛下は告げた。 「アイリス・イリヤとの婚約を解消し、ここにいるタバサ・オルフェンを王太子の婚約者とする!」 その場で身に覚えの無い罪で悪女として捕らえられた私は島流しに遭い、寂しい晩年を迎えた・・・はずが、守護神の力で何故か婚約式発表の2年前に逆戻り。タイムリープの力ともう一つの力を手に入れた二度目の人生。目の前には私を騙した人達がいる。もう騙されない。同じ失敗は繰り返さないと私は心に誓った。 ※カクヨム・小説家になろうにも掲載しています

五歳の時から、側にいた

田尾風香
恋愛
五歳。グレースは初めて国王の長男のグリフィンと出会った。 それからというもの、お互いにいがみ合いながらもグレースはグリフィンの側にいた。十六歳に婚約し、十九歳で結婚した。 グリフィンは、初めてグレースと会ってからずっとその姿を追い続けた。十九歳で結婚し、三十二歳で亡くして初めて、グリフィンはグレースへの想いに気付く。 前編グレース視点、後編グリフィン視点です。全二話。後編は来週木曜31日に投稿します。

処理中です...