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三章 〜それぞれの一日〜
十七話 『婚約破棄』
しおりを挟むパーティが始まった。会場には多くの来客者がおり、こんなところで婚約者の発表をするのか……とカナは緊張した面持ちになる。
そもそも、カナには婚約などするつもりはないし、春人と結婚する気もない。しかし、そんなことを口に出すつもりなく、また口に出せる雰囲気でもないので黙っていることにした。
暫くすると壇上に一人の男が登った。
「皆様。お集まり頂き誠に感謝します」
貼り付けた笑顔を撒き散らし、男……カナの父親である石田京介は話し始める。カナはキャーキャーと黄色い声を上げる女性陣の声を聞きながら、
「(みんな騙されてる!あいつはそんな感じじゃないから!社長としては優秀かもだけど!性格は最悪だし、女にも興味はねーぞ!)」
言えるわけがないので、心の中で叫ぶ。
そんなことを考えていると話は進んでいく中で――。
「では、ここで……今回の主役である我が娘を紹介しようと思います!」
その瞬間、一気に静寂に包まれる。先程までの騒がしさはどこへやら。
カナの父親の言葉によって全ての人の意識はカナに注がれていた。
カナは内心、面倒くさいなと思いながらも一歩前に出る。
「……皆さん初めまして。石田カナです」
挨拶をし終えるとパチパチと拍手が起こる。それは段々と大きくなり、盛大なものとなった。そして再び口を開く。
「私はこの度、この方……松崎透さんと結婚します!」
………間違えた。結婚するのは透ではなく春人だ。春人が笑いを堪えるように肩を振るわせている。だが、もうここまで来たのならいっそのこと――。
「透さん!さぁ、早く来て!私達夫婦になるんだから!」
カナは透の手を取り、走り出した。そしてそのまま舞台へと透を連れて行く。
その行動に周りは驚きと困惑が入り混じったような表情になり、会場はざわめき始めた。
カナは父親の方を向き、にっこりと微笑む。
「ねぇ。お父様、私……ずっと不満だったんです。私や春人くんの意思を無視して無理矢理婚約させようとしていることも腹が立ったし、私の好きな人を馬鹿にすることも許せなかった。よって私は鈴木春人と婚約破棄します!」
勢いよく言った言葉だったが、後悔も無ければ迷いもなかった。ただ、自分の気持ちを伝えたかったのだ。
「な、何を言って……!それに、それじゃ春人くんは……」
「俺は別に構いませんよ?婚約破棄しても」
スタスタと舞台から上がってくる春人。それはカナの思惑に乗ったと言わんばかりだ。
そして透の前に立ち、ニッコリと笑いながら、
「じゃ、あとはよろしくお願いしますね?松崎透さん。俺と石田さんの間に愛なんて無かったし、良かったよ。これで。本当幸せそうで良かった。羨ましいなー」
棒読みでそう言いながら春人は会場から去っていく。春人にとってこの状況は好都合であり、願ったり叶ったりなのだ。
そしてそれはカナも同じ。土壇場ではあるが、この場で透に告白すればいいだけだ。
「私、お兄ちゃんのこと好きよ。大好き」
「……ああ、俺もだよ。でも、それは……」
「わぁ!嬉しい!同じ気持ちなんだ!」
その先に言う言葉なんて分かっている。だから言わせない。茜に見せつけられたら何でも良い。
カナは嬉しそうにしながら透に抱きつくと会場はただ呆然としていた。
△▼△▼
「面白すぎたぜ……!石田カナ!最高だ!」
鈴木春人は笑いを堪えながら帰る準備を始めていた。
まさかあんな方法で婚約を破棄してくるとは思いもしなかったので爆笑ものだった。
打ち合わせとかは何もしてなかったが、カナが上手くやってくれたので結果オーライだ。
「にしても。透って奴にはちょっとだけ同情しちゃうわ……話したことはないけど」
カナと春人からしたら、この結末はハッピーエンドだが、透からしたらバッドエンドだろう。
何せ、好きな女と結ばれず、妹としか見ていないカナと半端無理矢理婚約者にさせられたのだから。
しかも、目の前に好きな女がいたというのに。面白すぎる。
可哀想だが、これも運命だと諦めてもらうしかない、と思っていると、
「春人!」
「……春香」
いつの間にか春香がそこにいた。春香は春人に駆け寄ってくるが、春人はそれをかわしながら、
「何?俺は春香と話すことは何もねーけど」
「春人が無くても私にはあるの!…カナちゃんと春人って……付き合ってなかったの!?婚約破棄なんかしていいの!?」
春香は必死の形相で春人に問い詰めるが見当違いもいいところだ。
カナと春人は愛し合ってなどいないし、婚約破棄についても土壇場とはいえ、お互いの同意の元である。
そもそも、春香は勘違いをしている。
「……そもそも俺と石田さんは愛し合ってなどないし、婚約破棄については石田さんから申し出てきたことだし。俺は別に全然構わん。そもそも、石田さんが言わなかったら俺が言ってたかもしれないし」
「……っ!ほ、本当に!?本当にそうなの……?」
「しつこいな……そうだと言っているだろ?俺と石田さんの間に愛なんてないし、ただ親同士が決めた関係だったんだよ。それに俺の愛したい奴は……」
カナと違い、決して叶うことのない恋だ。男同士であり、目の前にいる女の彼氏なのだから。
「おい!カナ!ちょっと待ってくれ……っ!」
「待たない!私、お兄ちゃんと話したいこと沢山あるんだもん!これからは一緒に暮らせるんでしょ?楽しみだな~!」
ハイライトが消え、死んだ目をしながら笑うカナを見て、透は恐怖を覚えたが、カナは気にせず透の腕にくっつきながら歩いていった。
そんな二人の後ろ姿を春人と春香は無言で見ていた。
春香は呆然としながらカナを見ていたが春人は鼻で笑いながら、
「ほら、これが真実だ。とゆうことで俺は帰る……」
「春人!」
そう言いかけた時、愛おしい声が聞こえてきた。恋焦がれ、名前を呼ばれるのも心地よく感じてしまう。
「……和馬」
そこには息を切らしている和馬が立っていた。どうやら走ってきたらしい。
「はぁ……はぁ……間に合った……はぁ……はぁ……」
肩で息をし、呼吸を整えている。そして顔を上げると春人を真っ直ぐに見つめる。何を言う気なのか分からない。
他の人達に何を言われても平気だが、和馬の言葉だけは聞きたくない……と思っていても無慈悲にも和馬は口を開く。
「春人、お前どう言うつもりなの……?何で婚約破棄したの……?」
悲しそうな表情をして和馬は春人を見る。その表情が春香と重なって思わず声を張り上げて、
「……春香と同じこと言うんだな。不愉快極まりない……!じゃあ、何だよ!あそこで何か言えば良かったのか!?俺は別にあの女に好意はない!ただ、家同士の繋がりのために仕方なく婚約していただけだ!それを親が勝手に進めただけだし、俺もあいつもうざったくて仕方がなかった!」
これは全部本音だった。うざいのも、嫌々婚約者になったのも。全てが本心だ。
「そっか……分かった。分かったよ……」
「分かったか。じゃ、俺は帰る。俺は好きなことを自由にして生きていく。石田さんがそうだったようにな!」
そう言って春人はその場を後にした。
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