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『クラウス・フォンタナーの話④』

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――復讐は成功した。


マリーとレオナルドからは莫大な慰謝料をふんだくったし、その金でしばらく遊ぼうと決めた。そして、どうせならとことんまで遊ぶことにしたのだ。
なにしろこの世は楽しいことがたくさんある! カジノ、夜遊びのクラブ、パーティ……。
金さえあれば、なんでもできる! おれが欲しいものはなんだって手に入るんだ! 


……こうなってしまったのは俺の自暴破棄も原因の一つだ。
俺の人生はつまらないものになった。カトリーヌ・エルノーが俺のものにならない時点で、もう何もかもがつまらなくなってしまった。


どうして好きになったの?とか、どうして結婚したいと思ったの?とか、言われても困る。そんなこと言われたって、俺だって分からない。
俺は彼女を愛していたのか? ただ、彼女が欲しかっただけじゃないのか?俺ははただ、顔や家柄が好きだったんじゃないのか?


結局、俺は自分が一番かわいいんだ。だから、自分の思う通りにいかないと我慢できないし、他人を傷つけることにもためらいがない。
それに気づいて俺はカトリーヌ・エルノーから離れた。


だって……この思いは〝好き〟という気持ちではない。これは執着だ。ただ、自分の手元に置いておきたいだけだ。
俺にとって彼女はただのアクセサリーのようなものだ。


それに気づいたとき。俺は彼女から距離を置いた。だって…彼女はアクセサリー代わりではないからだ。だから、彼女と距離を離してみた。そしたら、意外と楽になって、心が軽くなった気がした。


でも……それでもやっぱり寂しいと思う時もあった。だからこう思った。何だ、カトリーヌ・エルノーがいなくてもいいのではないのか、と。
そうだ。別に彼女の側にいる必要なんてない。別に離れていても平気なのだ。だから、俺は彼女から離れることを決めた。
それから半年女遊びをした。それで俺は満足できたと思っていた。でも、それは間違いだった。


「ねぇ?クラウス、あんたいつ働くの?いつ仕事するの?」


ある日突然、俺のいとこであるエールが訪ねてきたかと思えばいきなりこんなことを言い出した。
エールとは仲が良い。昔からよく一緒に遊んでいた。
だが、最近連絡を取っていなかった為、かなり久しぶりだった。
 

「慰謝料をいっぱいもらえたからっていつまでもゴロゴロと怠惰な生活を送っているつもり?」


エールは呆れたような顔をしている。
まぁ、確かに俺はダラダラと毎日を過ごしていた。正直言って、働かなくても一生遊んで暮らせるくらいの大金をもらったから、働かなくても良いかなーと思ってる。


「だってまだ慰謝料あるもーん」


「馬鹿なこと言わないでよ!!お金があるからってずっと遊んでいるわけにはいかないでしょう!?」


エールは怒った口調で言う。
仕方ないじゃないか。俺は働きたくないんだし……。
まぁ、でも確かにいつまでもこの生活を続けるわけにもいかないことは分かっている。分かってはいるが本能とは逆らえぬもので……


「よしっ。決めたわ。あんたを魔法省にスカウトするわ」
「え!?嫌だよ。魔法省なんて!」


俺は即答した。魔法省なんかで働きたくないし、そもそもあそこはエリートばかりが集まる場所だろ?そんなところに行ってもろくなことがないに決まっている。


「いいから来なさい。あんた、無駄に要領はいいんだから勉強すればなんとかなるわよ」


「えー……。めんどくさいなぁ……」


俺はぼやくように言う。
すると、エールはギロリと睨んできた。怖いよー。この人怖いよー。目が据わっているよー。


「あんたが嫌でも私は連れていくからね。あ、ちなみに拒否権はないわ」


そう言って俺はズルズル引っ張られていく。
こうして俺は魔法省に無理矢理連れていかれたのである。


△▼△▼


「うへぇ……相変わらず、魔法省ってお堅い連中ばかりだなぁ」


魔法省に入ると俺はげんなりした表情を浮かべる。魔法省ってその名の通り魔法のことを主に扱っている場所だ。そのせいか、魔法のことしか頭にないような奴らばかりなのだ。所謂、魔法バカの巣窟ってわけだ。


まぁ、給料は高いし、福利厚生もしっかりしているからいいのだけども……


「あんたが働くとしたらここの部署かな?ほら、この部署に行くぞ」


エールはスタスタと歩いて行く。俺はその後をついて行った。そして、エールはある部屋の前に立ち止まると、


「失礼します」


とドアを開けた。
中に入ると、そこには二人の人物がいた。一人は三十代半ばの男性で、もう一人は二十代前半くらいの女性だった。


二人とも真面目そうな雰囲気を漂わせている。


「ん?おお、エールじゃないか!久しぶりだな」


三十代半ばの男性は嬉しそうな表情を浮かべると、エールの側に駆け寄る。


「お久しぶりです。ロイド先輩。そしてこちらが例の奴です」


「おお……そうか。君が噂の……」


噂?なんか、俺の噂が広がっているのか?一体どんな噂だろうか……? 気になるけども聞くのは怖いので聞かないことにする。
俺はとりあえず愛想笑いを浮かべて、ペコリとお辞儀をした。すると、ロイドさんという男はジロッと俺のことを見てきた。
な、なんだ?何かまずいことでもしたのか!?不安になるんですけど……!


「なるほど……君が……エールくんの推薦なら間違いはないだろう」


ロイドさんはそう言う。……推薦?エールが俺を?こんなダラダラ生活している俺を推薦するなんてどうかしているぞ!? こんなのロイドさんも認めないはず……!


「よしいいだろう。エールくんの推薦もあることだし、君をこの部署に歓迎しようじゃないか」


ロイドさんはニッコリ笑って俺にそう言った。え……?マジで!?いいの?こんな簡単に……試験とかはないの!? 拍子抜けしてしまった。というか、貴方が良くても周りはいい目では見てくれないのでは? 


「ありがとうございます。こんな奴で良ければ存分に使ってやってください」


おい、ちょっと待てや。何勝手に話を進めてやがるんだ!?俺は一言も働くって言ってないんだが!? 俺が抗議しようとすると、


「じゃあ、期待しているよ」


と言われてロイドさんと秘書らしき人は去っていった。そして一人残された俺は呆然と立ち尽くしていた。
エールはそんな俺を見てニヤニヤと笑いながら、


「じゃあ、よろしくね?クラウスくん」


と言って俺の肩をポンと叩く。俺は深いため息をついた――。


△▼△▼


こうして俺は……魔法省に入省することになった。
入省したからには仕事をしなくてはいけないので、とりあえず俺はロイドさんの部下として働くことになった。


初めからお偉いさんの元で働かせるとか罰ゲームか?と思ったけど、意外といい職場で毎日楽しく過ごしていたし、それに……


「(仕事楽しい……)」


怠惰に過ごしていた日々はなんだったのか。女遊びしまくっていた日々はなんだったのか。
と思えるほど、今の仕事は充実していた。あのときはあいつを忘れるためにやっていたけど、今はただ純粋に楽しくてやっている。


「(…ふふ、こんな充実した日々が送れるなんて思っていなかった)」


俺は小さく笑ってから仕事を再開した瞬間。


「失礼します」


と誰かが部屋に入ってきたので、俺は慌てて振り向いた。そこにいたのは、
――カトリーヌ・エルノーだった。
俺は思わず固まってしまった。どうして彼女がここにいるんだ?


「(と、咄嗟に隠れてしまった……)」


俺は物陰に隠れながら、彼女の様子を眺めていた。こっちに来るじゃねーぞ……!こっちに来たら確実にバレるじゃねーか……! 心の中でそんなことを祈りながら、俺は彼女の様子をジッと見ていたが、こっちに来る気配は一切無しでその場を去っていった。


「……最悪」


俺はため息をつく。なんであいつがここにいるんだよ……。会いたくない奴と会ってしまったせいで気分が悪くなってしまった。
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