10 / 69
『ジール・カンタレラの話⑤』
しおりを挟む
あれから数年が経った。あの勝負からローズ・デイルと話すことはなく、卒業を迎えた。
結局、あの後ローズ・デイルと勝負することはなかった。だから何で、彼女から勝負を挑んできたのかは未だにわからないままだ。モヤモヤはするが、今となってはもうどうでもいいことだ。
そして僕は今……学園を卒業して、王宮で働いている。
最初は雑用係だったが、少しずつ仕事を任せてもらえるようになった。今は書類整理や報告書の作成などを主にやっている。大変だけどやりがいのある仕事だし、何より自分が必要とされていることが嬉しいから頑張れる。
ちなみにローズ・デイルはあの後すぐに騎士団に入り、今は副団長にまで上り詰めたらしい。女騎士として凄い活躍をしているそうだ。
ローズ・デイルの活躍が凄まじく、今では女性ながらに男顔負けの実力を持っていることから〝戦乙女〟なんて呼ばれているとか…そんな話も聞いたことがあるな。
まぁ、僕には関係ないけど……最近ローズ・デイルの活躍話を聞いても何とも思わなくなった。…これも大人になったってことなのか……?
「ジール様!少しよろしいですか?」
僕に声をかけてきたのは後輩の部下だったような……名前は確か……えーっと…やばい……思い出せない……
でも多分僕のことを慕ってくれてる子だと思うし、無下にするわけにもいかないよな……
「ジール様。これを受け取ってください!」
そう言って部下の子が差し出してきたものは小さな箱に入ったお菓子のようなものだった。
「……これはクッキーかな」
「は、はい!もし、良かったら食べてください!」
…顔を赤くし、緊張した様子で渡してくる姿を見ると思わず、ため息が出てしまうのをグッと堪えて、微笑みを浮かべながら、
「ああ、ありがとう。あとで頂くとするよ」
と言って受け取ることにした。
「そ、それでは失礼します!」
そう言うと彼女はパタパタと足音を立てて走り去っていく。それを見届けながら、貰ったクッキーを見る。
「(……捨てるのは勿体ないけど……面倒くさいな)」
正直、甘いものがそこまで好きではない僕は、こういうものを貰っても困るのだ。というか、よく分からない人からもらったものを食べる気にはならない。
しかし、せっかくくれたものだし……と思っていると、
「ジールー。お疲れさまー」
声をかけてきたのは同僚であるスティブーン・マーティンだ。彼はこの国の王子の護衛であり、僕の上司でもある人物なのだが……いつも女をナンパし、仕事をサボりまくるというダメ人間っぷりを発揮していたりする。
「……お疲れさま……スティブーン、今日は何をしていたの?」
「ん?王子の護衛だよ。護衛なのに俺の方がモテモテだったわ。流石俺だな!」
……やっぱりこいつは……ダメだな。仕事はできるんだけどなぁ……悪びれもなく堂々と言う姿に呆れていると、
「そういえば、お前また女の子からお菓子貰ってたな。モテる男は辛いねぇ」
「見てたのか?……なら、丁度いい。貰ってくれ」
「え?俺はいいけどいいの?女の子はお前に渡しに来たんだろ?」
「僕は甘いものが苦手だし、スティブーンは甘いもの好きだろ?だからあげるよ」
「ええー……そんなおこぼれみたいな……でも、いいの?その子、お前に気があるんじゃないの?」
「されても困る………それに、僕はそういうのに興味ないので」
「そう?勿体ないな~……まぁ、そういうことならありがたく貰うわ。サンキュー」
そう言うと彼はお菓子をポケットにしまい込みながら、
「そういや、ローズ・デイルが騎士団長に就任したらしいな」
と言ってきた。突然出てきたローズ・デイルの名前に少し動揺してしまうが、すぐに平静を取り戻して返事をする。
「………そうみたいだな」
「あいつ凄いよなぁ。女で騎士団長なんて前代未聞だぜ?しかも、あの美貌だしな。男よりも強いし、人気あるよな。俺こっちの護衛に来て良かったわー。あそこローズ・デイルのお陰で競争率高いからなぁ」
そう言って笑うスティブーン。彼もまた騎士団を目指していたらしいが、王宮にスカウトされたらしく、今はこうして王宮で働いている。
「……あ。それと!ジール!お前さー!王子に呼ばれてたぜ?」
スティブーンの言葉に僕は首を傾げた。
王子に呼ばれるなんて……何かやらかしてしまったのだろうか?と、僕が不安になっていると、
「ま、安心しろ、悪い知らせじゃないと思うから。……多分」
そんなことを言われてますます不安になったのだった。
△▼△▼
――呼ばれた原因を探しながらも、僕はため息を吐く。王子に呼ばれるなんて、一体何の用なのだろうか?
「失礼します。お呼びでしょうか?王子」
「ああ、ジール!よく来たね。そこに座ってくれたまえ」
そう言って王子は僕を自分の向かい側の席に座るよう促すと、僕は言われるがままに席に着くことにした。すると、早速本題を切り出した。
「実は君に頼みがあって呼んだんだ」
……王子――ジョン・オルコットはこの国の第一王子である。レオナルド・オルコットが腑抜けている今、ジョンがこの国を治めていると言っても過言ではない。
彼はとても優秀な人で、次期国王として相応しい人物だと僕は思っている。
そんな彼が僕に頼み事なんて……一体何だろうか? 僕が首を傾げていると王子は少し言いづらそうにしながら口を開いた。
「実は騎士団長であるローズ・デイルがお前と話がしたいそうなんだ」
……は?騎士団長であるローズ・デイルが僕と話がしたい?何故だ。意味がわからない。僕が混乱していると、王子はさらに話を続ける。
「それは……その……用件とかは聞いてますか?王子に頼んだのです。当然仕事の話だと思うんですけど……」
「いや、私は何も聞かされていないよ。ただ『ジール・カンタレラを連れてきて欲しい』と言われただけだからね」
それを聞いてますます訳がわからなくなった。どうしてローズ・デイルが僕のことを呼んでいるのか全く検討もつかないし……
「まぁ。とりあえず行ってみた方がいいと思うぞ?何か重要なことかもしれないしな」
「……わかりました」
と、僕は渋々承諾した。
△▼△▼
「ここがローズ・デイルが指定してきた場所か……」
王子から言われた場所は騎士団の訓練所だった。
「(……ここで本当に合ってるんだよな?)」
不安になりながら中に入ると、そこには騎士団員達が訓練をしていた。
その中で一際目立つ女性がこちらに向かって歩いてきた。
「来たか。待っていたぞ」
数年ぶりに聞く声がする。数年前なら憎くて仕方がなかったはずの声なのに、今では懐かしさすら感じる。
彼女は美しい金髪を腰まで伸ばしており、凛々しい顔立ちをしている。身長は高くスラッとしている体型で、胸は大きくはないがスタイルが良いと言えるだろう。
……学園にいる時より更に綺麗になっている気がするがそれは気のせいではないだろう。だが、そんなことは些細なことである。そう、彼女が何の用で僕を呼び出したのか。それが一番の問題なのだ。
「……お久しぶりです。ローズさん。……そして僕にどんな用があると言うのですか?」
僕は警戒心を抱きながら彼女に問いかけた。すると彼女は頭を下げてこう言ったのだ。
「すまない。ジール・カンタレラ。貴公には謝りたいことがあるのだ」
「……えっ?」
まさか謝罪されるとは思ってなかった僕は思わず呆けた顔をしてしまう。……謝っている――?彼女が?僕に……?
「実はこれ私が呼んだわけではなく、あいつ……ステ……いや、私のいとこが勝手にやったことなんだ」
「いとこがそんなことを……?」
「すまない。私も今知ったんだ。だから今手紙を送ろうにも入れ違いになってしまうと思ってな……」
なるほど……そういうことか。それなら納得がいくな。……しかし……
「……なら。久しぶりに勝負しませんか?」
……思わずそう言ってしまった。何故こんなことを言ったのか。自分のことなのに理解出来ない。当然彼女も困惑している。
「……ごめん。これは冗談で言った……」
「いいですよ」
……と、彼女はそう言った。
結局、あの後ローズ・デイルと勝負することはなかった。だから何で、彼女から勝負を挑んできたのかは未だにわからないままだ。モヤモヤはするが、今となってはもうどうでもいいことだ。
そして僕は今……学園を卒業して、王宮で働いている。
最初は雑用係だったが、少しずつ仕事を任せてもらえるようになった。今は書類整理や報告書の作成などを主にやっている。大変だけどやりがいのある仕事だし、何より自分が必要とされていることが嬉しいから頑張れる。
ちなみにローズ・デイルはあの後すぐに騎士団に入り、今は副団長にまで上り詰めたらしい。女騎士として凄い活躍をしているそうだ。
ローズ・デイルの活躍が凄まじく、今では女性ながらに男顔負けの実力を持っていることから〝戦乙女〟なんて呼ばれているとか…そんな話も聞いたことがあるな。
まぁ、僕には関係ないけど……最近ローズ・デイルの活躍話を聞いても何とも思わなくなった。…これも大人になったってことなのか……?
「ジール様!少しよろしいですか?」
僕に声をかけてきたのは後輩の部下だったような……名前は確か……えーっと…やばい……思い出せない……
でも多分僕のことを慕ってくれてる子だと思うし、無下にするわけにもいかないよな……
「ジール様。これを受け取ってください!」
そう言って部下の子が差し出してきたものは小さな箱に入ったお菓子のようなものだった。
「……これはクッキーかな」
「は、はい!もし、良かったら食べてください!」
…顔を赤くし、緊張した様子で渡してくる姿を見ると思わず、ため息が出てしまうのをグッと堪えて、微笑みを浮かべながら、
「ああ、ありがとう。あとで頂くとするよ」
と言って受け取ることにした。
「そ、それでは失礼します!」
そう言うと彼女はパタパタと足音を立てて走り去っていく。それを見届けながら、貰ったクッキーを見る。
「(……捨てるのは勿体ないけど……面倒くさいな)」
正直、甘いものがそこまで好きではない僕は、こういうものを貰っても困るのだ。というか、よく分からない人からもらったものを食べる気にはならない。
しかし、せっかくくれたものだし……と思っていると、
「ジールー。お疲れさまー」
声をかけてきたのは同僚であるスティブーン・マーティンだ。彼はこの国の王子の護衛であり、僕の上司でもある人物なのだが……いつも女をナンパし、仕事をサボりまくるというダメ人間っぷりを発揮していたりする。
「……お疲れさま……スティブーン、今日は何をしていたの?」
「ん?王子の護衛だよ。護衛なのに俺の方がモテモテだったわ。流石俺だな!」
……やっぱりこいつは……ダメだな。仕事はできるんだけどなぁ……悪びれもなく堂々と言う姿に呆れていると、
「そういえば、お前また女の子からお菓子貰ってたな。モテる男は辛いねぇ」
「見てたのか?……なら、丁度いい。貰ってくれ」
「え?俺はいいけどいいの?女の子はお前に渡しに来たんだろ?」
「僕は甘いものが苦手だし、スティブーンは甘いもの好きだろ?だからあげるよ」
「ええー……そんなおこぼれみたいな……でも、いいの?その子、お前に気があるんじゃないの?」
「されても困る………それに、僕はそういうのに興味ないので」
「そう?勿体ないな~……まぁ、そういうことならありがたく貰うわ。サンキュー」
そう言うと彼はお菓子をポケットにしまい込みながら、
「そういや、ローズ・デイルが騎士団長に就任したらしいな」
と言ってきた。突然出てきたローズ・デイルの名前に少し動揺してしまうが、すぐに平静を取り戻して返事をする。
「………そうみたいだな」
「あいつ凄いよなぁ。女で騎士団長なんて前代未聞だぜ?しかも、あの美貌だしな。男よりも強いし、人気あるよな。俺こっちの護衛に来て良かったわー。あそこローズ・デイルのお陰で競争率高いからなぁ」
そう言って笑うスティブーン。彼もまた騎士団を目指していたらしいが、王宮にスカウトされたらしく、今はこうして王宮で働いている。
「……あ。それと!ジール!お前さー!王子に呼ばれてたぜ?」
スティブーンの言葉に僕は首を傾げた。
王子に呼ばれるなんて……何かやらかしてしまったのだろうか?と、僕が不安になっていると、
「ま、安心しろ、悪い知らせじゃないと思うから。……多分」
そんなことを言われてますます不安になったのだった。
△▼△▼
――呼ばれた原因を探しながらも、僕はため息を吐く。王子に呼ばれるなんて、一体何の用なのだろうか?
「失礼します。お呼びでしょうか?王子」
「ああ、ジール!よく来たね。そこに座ってくれたまえ」
そう言って王子は僕を自分の向かい側の席に座るよう促すと、僕は言われるがままに席に着くことにした。すると、早速本題を切り出した。
「実は君に頼みがあって呼んだんだ」
……王子――ジョン・オルコットはこの国の第一王子である。レオナルド・オルコットが腑抜けている今、ジョンがこの国を治めていると言っても過言ではない。
彼はとても優秀な人で、次期国王として相応しい人物だと僕は思っている。
そんな彼が僕に頼み事なんて……一体何だろうか? 僕が首を傾げていると王子は少し言いづらそうにしながら口を開いた。
「実は騎士団長であるローズ・デイルがお前と話がしたいそうなんだ」
……は?騎士団長であるローズ・デイルが僕と話がしたい?何故だ。意味がわからない。僕が混乱していると、王子はさらに話を続ける。
「それは……その……用件とかは聞いてますか?王子に頼んだのです。当然仕事の話だと思うんですけど……」
「いや、私は何も聞かされていないよ。ただ『ジール・カンタレラを連れてきて欲しい』と言われただけだからね」
それを聞いてますます訳がわからなくなった。どうしてローズ・デイルが僕のことを呼んでいるのか全く検討もつかないし……
「まぁ。とりあえず行ってみた方がいいと思うぞ?何か重要なことかもしれないしな」
「……わかりました」
と、僕は渋々承諾した。
△▼△▼
「ここがローズ・デイルが指定してきた場所か……」
王子から言われた場所は騎士団の訓練所だった。
「(……ここで本当に合ってるんだよな?)」
不安になりながら中に入ると、そこには騎士団員達が訓練をしていた。
その中で一際目立つ女性がこちらに向かって歩いてきた。
「来たか。待っていたぞ」
数年ぶりに聞く声がする。数年前なら憎くて仕方がなかったはずの声なのに、今では懐かしさすら感じる。
彼女は美しい金髪を腰まで伸ばしており、凛々しい顔立ちをしている。身長は高くスラッとしている体型で、胸は大きくはないがスタイルが良いと言えるだろう。
……学園にいる時より更に綺麗になっている気がするがそれは気のせいではないだろう。だが、そんなことは些細なことである。そう、彼女が何の用で僕を呼び出したのか。それが一番の問題なのだ。
「……お久しぶりです。ローズさん。……そして僕にどんな用があると言うのですか?」
僕は警戒心を抱きながら彼女に問いかけた。すると彼女は頭を下げてこう言ったのだ。
「すまない。ジール・カンタレラ。貴公には謝りたいことがあるのだ」
「……えっ?」
まさか謝罪されるとは思ってなかった僕は思わず呆けた顔をしてしまう。……謝っている――?彼女が?僕に……?
「実はこれ私が呼んだわけではなく、あいつ……ステ……いや、私のいとこが勝手にやったことなんだ」
「いとこがそんなことを……?」
「すまない。私も今知ったんだ。だから今手紙を送ろうにも入れ違いになってしまうと思ってな……」
なるほど……そういうことか。それなら納得がいくな。……しかし……
「……なら。久しぶりに勝負しませんか?」
……思わずそう言ってしまった。何故こんなことを言ったのか。自分のことなのに理解出来ない。当然彼女も困惑している。
「……ごめん。これは冗談で言った……」
「いいですよ」
……と、彼女はそう言った。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
303
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる