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一話 『私のこと』

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「お姉ちゃんを見習いなさい」


「あんたがもっとしっかりしてたらこんなことにはならなかったわよ!」


勉強も、運動も、容姿も平均だ。
親から散々言われてきた言葉だったし、自分自身でもわかっていたことだったけど、それでも私は必死で努力した。
少しでもみんなに追いつこうとして、少しでもいい子になろうとした。


だけど、結局何も変わらなかった。
どんなに頑張っても報われないし、どれだけ努力しても結果には繋がらない。
だからもう頑張るのはやめた。


だって努力して変われるならともかく、どうせ変わらないんでしょ? じゃあ、頑張ったところで無駄だと思ったから。


と、思っていた。あの日、あの人に会うまでは。


「菜乃花ちゃん。おはよう」


そう思っていると、ソプラノの声と共に肩を叩かれ、私はビクッと身体を震わせた。
振り返るとそこには、


「ゆ、雪村先輩……!おはようございます!」


雪村真白。私の一つ上の先輩で、超絶美人さんである。


パッチリ二重の大きな瞳、雪のように白い肌に、腰まで伸びた綺麗な黒髪が特徴的な美少女で成績優秀・スポーツ万能・おまけに誰に対しても優しくて面倒見が良いという完璧超人だ。


神様はこの人にいろんな才能を与えすぎてると思うんだけどね。


「ねぇ、菜乃花ちゃん、そんな畏まらなくてもいいって言ってるでしょう?」


「で、でも先輩ですし……」


「ふふっ、菜乃花ちゃんは相変わらず真面目ですね。でもそこが好きですよ」


そう言って微笑む先輩を見て思わずドキッとする。こんな美人な先輩に『好き』なんて言われたら誰だってそうなるだろう。


まぁ、先輩からしたら軽い気持ちで『好き』とか言ってるんだろうな……罪深い先輩だ。きっと今まで何回も告白されてきてるに違いない。


「後さ!文芸部の部員集めもしないとねー。奏の奴またサボりでさ」


「深川先輩ですか……いつもどこ行ってるんですかね?」


深川奏。めんどくさがり屋で授業もよくサボったりする問題児……らしいが成績は雪村先輩と互角くらいだし、運動神経もいい方だと思う。


そして雪村先輩とは幼馴染らしく、よく二人でいることが多い。


「まぁ、あいつの行く先はコロコロ変わるから気にしない方がいいかもね」


そう言いながら、雪村先輩は歩くスピードを上げる。それに釣られて私も小走りになる。…………にしても、本当に綺麗だよなぁ。


「……ん?菜乃花ちゃんどうかしたの?」


「え!?い、いえなんでもないです!」


危なかった…!ついボーッと見つめてしまった。……でも、やっぱり先輩みたいな人は彼氏がいるんだよな……それこそイケメンで頭が良くて運動できて性格も良い人とかに決まってるよね……


まぁ、そんな浮ついた話聞かないけども。ここ女子校だし。だから仮に彼氏がいたとしても必然的に他校だろうし。
と、そんなことを考えているとあっという間に昇降口に着いた。下駄箱から靴を取り出し履き替え、


「じゃあ、菜乃花ちゃん、部活の時に!」


「はい!失礼します!」


挨拶をして別れてから自分の教室へと向かった。


△▼△▼



教室は暇だ。特にすることがない。だって友達もいないし、することと言ったら本を読むか勉強するかぐらいしかないから。
だから、私はいつも本を読もうとしている。


「あらー?バカが何か読んでるわよ~?」


「うわ、まじじゃん。ダッサ~」


……まぁ、こういう輩もいるわけだけど。
無視して読書を続けようとすると、机の端っこに『馬鹿のくせに!雪村先輩に近付くな!』と書いてあった。……そんなにあれなら部活入ればよかったのに。

私は勉強も運動も何もできない。でも、一つだけ他の人よりできることがある。それは……


「雪村先輩に自作の小説を気に入られたからって調子に乗ってるわよねー!」


そう、私は昔から小説を書くことだけは得意だった。そのおかげで中学では文芸部に入っていて部長をしていた。
と言っても、ほとんど幽霊部員ばっかりで来ていたのは私と時々部員が来るだけだったんだけどね………それでも、楽しかったなぁ。


そして高校に入って、私はまた文芸部に入部した。高校は雪村先輩がいる……と言うこともあって結構な入部希望者がいたけど、結局残ったのは私を含めて三人だけだ。


理由は……まぁ、雪村先輩がスパルタだからだ。優しく、温厚な雪村先輩だが文芸部にはかなり厳しい。


例えば、一ヶ月に一回は原稿用紙10枚以上の短編を書かせるだとか、夏休みには合宿をするだとか、文化祭までに長編を一本書けとか……とにかく色々ある。


まぁ、流石に病気や怪我をした時は休みにしてもらえるみたいだが、それ以外は基本毎日部活がある。


それが苦痛だったのか、先輩が怖いからなのか、皆辞めていってしまった。私はそういう活動をするのが好きだから残ってるけど……先輩目当てで入った人はすぐに退部してしまう。


まぁ、ミーハー女子にはキツイかなと思う。真面目にやってても怒られる時もあるしね。
でも、私はこの活動が嫌いじゃない。むしろ楽しいと思っている。
すると、扉を開ける音が聞こえた。



「おーい、お前ら授業始めるぞー席つけー」



担任の教師だ。どうやら授業が始まるらしい。私にとっては授業はただ退屈な時間に過ぎない。それは大半の生徒がそう思っているだろうけど。


「じゃあ、この問題解いた奴はいるか?」


そう言って教師は黒板に問題を写し始めた。それを必死にノートに写すけど……わからない。
そもそも数学って意味不明だ。どうしてこんなことをするのだろうか。こんなの将来使わないのに……


足し算と引き算と掛け算と割り算が出来ればいいと思うし、図形の証明とかは覚えなくていいと思う。
だってこんなの出来なくても生きていけるもん。


読めて話せて計算できればいい。
だって必要ないでしょ?なのに何で習う必要があるの?と思ってる。


まぁ、英語は必要だとは思う。海外に行った時に困るから。……そうは言っても、


「(……出来ないやつの言い訳だよね)」


そう思いながら、とりあえず問題を解くふりだけした。


△▼△▼


お昼休み。本を持って私は部室へと足を運んだ。あそこは昼なら誰もおらず、ゆっくり本が読めるからだ。
ガララ……とドアを開けて中に入ると、そこには先客がいた。


窓際の椅子に座っている彼女は、外を見ながら物憂げな表情を浮かべている。その姿はとても美しく、思わず見惚れてしまうほどだった。


「ふ、深川先輩……」


「あん?お前もここで昼か?まぁ、座れよ」


深川先輩も文芸部の部員であるので別にここにいるのはおかしくはない。おかしくはないのだが……先輩はサボり癖があり、よくどこかへ行ってしまうため部室にいることはあまりないので新鮮だなーっと思いながら私は先輩の隣に腰掛けた。


それにしても……本当に綺麗な人だよなぁ。私と違ってサラサラとした綺麗な黒髪だし、スタイルもいいし、顔立ちも整っていて美人さんだし。……本当黙っていれば完璧なのにな……


「おい、お前……」


「え!?あ、はい」


失礼なことを考えたのがバレたのかと思ったが、違ったようだ。先輩は自分のスマホを見せてきたのだ。


「えっと……これは?」


「小説書いたからお前に見せるわ。一応私も文芸部の部員だからな。まだ真白には見せていないからお前が一番初めに見ることになるな。感想よろしく頼むぜ?」


そう言いながら深川先輩は私のスマホに自分の作品を送ってきた。タイトルは……《小説でPVが伸びないから思わず人を殺してしまった》というタイトルだった。


なんだこれ……出オチ感が強い。でも、クリックしてみる。主人公は小説家を夢見る大学生の青年。しかし、全く芽が出ず、バイト生活を送りながら小説を書いてはいるが、どこの投稿サイトでも全くPVは伸びず、書籍化、アニメ化も夢のまた夢……といったところだ。


そんなストレスを抱えながらもなんとか頑張っていたある日、彼はたまたま道端で通り魔に襲われた。PVが伸びず、イライラ絶頂期の主人公!怒りのあまり、その通り魔を殺してしまった……という物語だ。


…これは正当防衛じゃね?と思う主人公だったが、警察が来ると、咄嵯に逃げた。そして、主人公が殺人を犯したことがバレないように、偽装工作をした……と言うところで物語は止まっていた。


「……書きかけ、ですか?」


「書きかけだ。でも、ここから物語の展開をどうすればいいか分からねぇんだよ。正直、何でこんな展開になったのか分からん。昨日の私はどうかしていたのかもしれん」


珍しい。深川先輩が落ち込んでるなんて……いつも自信満々で堂々としている先輩が弱音を吐く姿を見ると、少し心配になってしまう。


「そ、そうですね……とりあえず、通り魔は辞めた方がいいのでは……?返り討ちにするパターンなんてあまり聞きませんし」


どっちかというと主人公が通り魔に殺されて異世界転生する話の方が多いし。


「なるほどねぇ。まぁ、私も通り魔とかいうよく分からん設定をぶち込んだのが悪かったかも知れん。そこは反省点だな。他にはあるか?」


「後は主人公に共感できないです。もう少し感情移入がしやすいようなキャラにした方が読みやすいと思います」


「……どんな所が感情移入出来ないんだ?」


「えーっと、まず警察逃げるのはまだ理解出来ます。でも、それは衝動的なものなのに、何故かこの主人公は警察に何も話さず、工作を行なっています。そんなの指名手配されても可笑しくありません。てゆうか、正当防衛みたいなものなのに何故逃げているのでしょうか。普通に正当防衛だって訴えればいいんじゃないんでしょうか……?いや、まぁ、警察にはじゃあ、何故逃げたのか?とか聞かれそうだけど……」


私がそう言うと、先輩は真剣に考え始めた。夢中で話していたから今振り返ってみるとあまり役に立つアドバイスではなかった気がするけど……。


「ありがとう、参考になったよ、菜乃花。じゃ、そろそろ昼休み終わるから戻るわ」


そう言って深川先輩は部室から出て行った。……本当だ。そろそろ、昼休み終わりそうだ。私も教室に戻ろう……と思いながら立ち上がった。



△▼△▼



放課後。今日も文芸部の活動が始まる。と言っても、今日も深川先輩はおらず、いつも通り二人……雪村先輩と私だけだ。優しく、それでいてスパルタな先輩は小説には本気中の本気だ。


先輩目当てに入った女子はだいたい2ヶ月も経たずにやめていく。まぁ、確かに厳しい先輩で、怒ると怖いし、ちょっとしたことで叩かれることもある。


私も最初の頃は下手くそって単刀直入に言われたりしたこともあったなぁ。まぁ、その後何処がダメなのか教えてくれるんだけど。


確かに厳しいけど優しく言うのだけが優しさじゃない。時には厳しく言わないと人は成長しない。私はそう思うし先輩を尊敬している。


でも――。


「奏、遅いわねぇ。今日は来るって言ってたのに……あ、LINE来てる……えーっと、菜乃花にアドバイス貰って執筆してるから今日も部活に顔出せない…って書いてあるけど……菜乃花ちゃん、本当に奏にアドバイスしたの?」


「しましたよ……!結構、厳しめに言ってしまったので深川先輩の機嫌が損なわれないか後になって不安になりましたけど……」


「へぇ……そう」


……なんだろ。先輩の目が暗く、濁っているように見えるのは私の見間違いだろうか?あれだろうか……親友である自分よりただの後輩である私が先に小説にアドバイスしたのが気に食わなかったのか……?


「あ、あの……先輩……怒ってますか?」 


「怒ってる?ふふっ、怒ってる……と言えば怒っているわねー」


そうか……やっぱり雪村先輩は親友である自分より後輩の方が先に小説を見せつけたのが気に食わなかったわけか……納得した私を他所に雪村先輩はこう言った。


「だって菜乃花ちゃん、私の小説に全くアドバイスしてくれないんですもん。それに、昨日も……その前もずっと……」


「へ……?」


雪村先輩は何を言っているのだろうか。
私は雪村先輩の小説にアドバイスをしていない?……それは先輩の小説が私がアドバイスをする暇もなく、面白いからだし。


「その上、奏は菜乃花ちゃんと仲良くお喋りしているし……!ずるいわ……!私だって……!」


そう言いながら雪村先輩は机に突っ伏してしまった。……どうしよう…とゆうか、先輩……拗ねてる?


「あ、あの……先輩……?勘違いだったらすみませんが……先輩、今拗ねてます……?」


私がそう聞くと、先輩はゆっくりと起き上がった。そして、ジト目でこちらを見つめて、


「……そうよ。私は今、拗ねています。……なんか文句あります?」


と言った。
いつもは大人っぽい雰囲気を出しているのに、今は子供みたいに頬を膨らませている。先輩ってこんな表情するんだ……と思った。
それと同時に、いつもと違う一面を見せられて、可愛いと思ってしまった。


「ねぇ、菜乃花ちゃん、私、貴方のこと好きよ」


いきなりそんなことを言われてしまった。
突然すぎて頭が真っ白になる。
な、なに……?え、えーっと、どういうことだ?


「あ、あの……?」


「急すぎて驚いてる?でもねー、私……焦ってるのよ、今。奏が菜乃花ちゃんに取られてしまうんじゃないかって……だから、私も負けないようにアピールしているの。分かる?」


「あ、アピール……?雪村先輩が私に……?」


こんな平凡で地味で目立たない私にアピールなんて……そんなことありえない。華があって優しくて容姿端麗で才色兼備で文武両道な雪村先輩が私なんかにアピールなんて……。
そんなことを考えていると、先輩は椅子から立ち上がり私の前までやってきた。


「好き。大好き。奏なんかに取られたくない。……ねぇ、菜乃花ちゃん、奏じゃなくて、私を選んで?」


「ちょっとまったーーー!」


雪村先輩と距離が縮まっていく中、部室の扉が勢いよく開き、息を切らせた深川先輩が現れた。


「……奏。小説書けたの?」


「そうだな、思いのほか早く書き終わった。いやぁ、昨日の私はどうかしていたな……と思ったよ?菜乃花のアドバイス聞いてさ。だから私の隣でずっとアドバイスしてほしいなーって思ったよ」


「ふぇ!?」


「駄目よ、菜乃花ちゃんは渡さない」


「決めるのは結局、菜乃花だ。お前の意見は関係ない」


「それはそうだけど……」


私を取り合う二人の先輩。……信じられない。だって2人とも美形なのに私なんかに好意を寄せてくれている。そんなことが有り得るのか……? だけど、この二人が嘘をつくわけがない。



だとしたら、本当に……? 私は2人の顔を交互に見る。
二人は真剣な眼差しでこちらを見ている。
あぁ、これは夢じゃない。現実だ。


「なぁ、菜乃花。好きだ。私を選んでくれ」


「菜乃花ちゃん、勿論私、よね?ねぇ、菜乃花ちゃん……」


2人に迫られ、逃げ場を失った私。パニックに陥って、


「き、急にそんなこと言われても無理ですから――!」


逃げる選択肢を選んだ。だって本当に急なんだもん。考える時間ぐらいくださいよ――と思いながら私は逃げるように家に帰った。





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間違えて削除してしまったので再投稿しました。お気に入り登録してくださると嬉しいです。
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