【完結】君に伝えたいこと

かんな

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番外編

『笹川みのりの恋 〜前編〜』

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――私は生まれてから病気がちであまり外に出られなかった。
幼稚園や小学校にも通えず、ずっと病室にいた。まともな行事ごとにも参加できず、友達と呼べる人もいなかった。


楽しみと言えば本を読むこととスポーツ観戦とトランプゲームぐらいだ。たまに退院して家に帰っても母親にも父親にも嫌味を言われる。


『お前なんて産むんじゃなかった』『早く死ねばいいのに』と。
辛かった。苦しくて仕方がなかった。
そんな中で、唯一私を救ってくれるのは兄だった。


兄は私と違って優秀だった。勉強も運動もできて、顔も整っていた。だから両親は兄を溺愛していた。
両親だけじゃない。周りの大人も兄のことばかり褒め称える。


『病弱な妹を世話する良い子』としてみんな兄のことを褒めていた。それ自体は事実なので何も言えないけど。


兄はみんなに必要とされ、崇められ、愛されている。そして私は誰にも必要とされず、嫌われている。


そんな事実を受け入れた日から人前で声を出すことはなくなった。所謂、吃音という奴だ。吃音というのは簡単に言えば言葉が詰まることだ。


話し言葉が滑らかに出ない発話障害の一つでもある。
声が出ないわけでもないけど、声が小さいと言われることが多い。
だから私はノートやスマホの音声アプリを使って会話することが多かった。


先生達は理解してくれたし、兄も受け入れてくれた。両親は…どうでも良さげに受け入れてくれたけど。でも、患者の子達はそうもいかない。


「あ!無口姉ちゃんだ!」


「おい!無口!」


『無口姉ちゃん』とか『無口』と呼ばれるのは日常茶飯事だった。相手は子供だし、そこまで気にしていなかった。それに言い返す気力も無いし……


「おい!何か話せよ!」


そう言って男の子は私のことを睨みつけている。毎日毎日飽きずに絡んでくる。相手は小学生なのに、その目を見ると怖くなって足が震えてしまう。


情けない……こんなことでビクビクしてしまう自分に腹立たしさを覚える。
すると、後ろの方から声が聞こえてきた。


「おいおい。お前らー。女の子に何やってんだよ」


男の子の声が聞こえてきた。その男の子は数日前から偶然会うようになった人だ。この前は図書室。昨日はカフェ。そして今日は――、


「(助けてくれた……)」


初めて会ったときからかっこいい人だと思っていた。勇敢で優しくて……まるでヒーローみたいだ。


「で……大丈夫ですか?」


そう聞かれて私はコクりと首を縦に振って答えながらスマホのアプリで文字を打ち込む。何かお礼をしたい、と言ったらお礼なんて……と遠慮されてしまった。
それでも食い下がると彼は困ったような顔をしてからこう言ったのだ。


「……じゃ、明日さ……何処でもいいから話そうぜ。それがお礼ってことで」


無欲だと思えた。普通ならもっと要求してくるはずだとそう思ったのに。この人は本当に優しいんだと思った。



△▼△▼


彼が来てくれた日から私の日常は少しずつ変わり出した。まず、子供達とちゃんと話すことができるようになってきた。今までは恐怖心があってまともに接することができなかったけど今は違う。
彼のおかげで私は変われた気がした。


「ねえ、みのり姉ちゃん!大富豪やろうぜ!」


中村くんが退院した後も子供達はよく遊びに来てくれる。私が喋れないことを知っていても変わらずに接してくれるのはとても嬉しかったし、それに


「ほら。友照も一緒に遊ぼうよ!そんなに強がってなくてさー」


「つ、強がってねーし!おい!つとむに悟!引っ張るな!!」


最初は恥ずかしいのかツンケンしていたけど今ではすっかり仲が良くなっているし。


「こいつ、みのり姉ちゃんが大好きなんだぜ?」


「そうそう!こんなツンツンしてても実は……」


「うっせえ!!黙れ!!!」


そんなやりとりを見て思わず笑ってしまう。
楽しい日々が続いていた。中村くんに会えたから……なんて思ってしまう。そんなことを思っていると、


「あーー!みのり姉ちゃん、電話鳴ってるぜ!この着信音は洋介だぜ!」


「本当だ!ヨウスケだ!」


確かに画面には彼の名前が表示されていた。一体なんだろう?と思いながらも通話ボタンを押すと、 


「ヨウスケーー!久しぶり!元気にしてたか!?」


いきなり大きな声が耳に響いた。でも、別に不快には感じなかった。むしろ微笑ましいとさえ思える。
私はスマホをスピーカーモードに変えて、


『ああ。元気にしてる。そっちはどうだ?』


「おう。俺達もみんな元気だぞ!」


何気ない会話が続く。私はそれをただ聞いているだけだったが、楽しげに話している二人を見ていると私は自然と笑顔になっていた。


『明日はテスト勉強期間だから電話出来る回数が減ると思う。ごめん』


「へぇー!テスト勉強なんてあるんだ。俺らも中学生になったらそんなことするんかなぁ?」


『するよ。覚悟しとけよ』


そんな会話を聞きながら私は胸の奥が何故かチクリとした。



△▼△▼


あれから半年が経った。あんなに頻繁だった連絡も最近は減ってきていて、寂しい気持ちになる。でも、当然だ。今年は受験もあるし、きっと忙しいんだと思う。


つとむくんも悟くんも寂しそうにしていて、私も少しだけ……ほんのちょっとだけ寂しく感じる。でも仕方がない。
そう自分に言い聞かせて納得させるようにしていたが、やっぱりモヤっとする。


まぁ、それはさておき、今日は私の退院日だ。もうすぐ退院できるとは聞いていたけど、いざ退院となると嬉しい反面、不安もあったりする。
だって、退院したら私はあの家に戻らなければならない。
私はあの家では空気のような存在だった。だから、家に帰ってもまた同じことになるんじゃないかと思ってしまう。


「(また……独りぼっち……)」


兄に迷惑をかけたくない。だから、兄にも両親にも相談はしていない。
それに、兄は優しいから私のことを気遣ってくれる。それが申し訳ないし、嫌なのだ。


「退院おめでとう、みのり」


いつも優しい兄。好きだし尊敬しているが、その優しさが辛い時がある


「……みのり?」


優しさが辛くて、苦しくなる。兄には感謝してるし、愛してくれていることも知っている。でも、それでも――。


「……みのり。ぼーっとしてどうしたんだ?体調悪いか?」


兄が心配そうな顔でこちらを見る。その表情を見ると、私は罪悪感に苛まれる。兄のせいじゃないのに……だから私はその感情を押し殺すために唇を強く噛んでから首を横に振る。


「……そうなのか。ならいいんだけど……何かあったらすぐに言うんだぞ」


兄はそう言ってから頭を撫でてくれた。その手つきはとても優しく、温かかった。温かったからこそ、余計に涙が出そうになった。でも、まぁ……


「みのり姉ちゃん~!退院おめでとう!!」


「退院祝いだ!これやるよ!!」


「はい!プレゼント!!」


悟くんとつとむくんがいるから何とか耐えられたけど。プレゼントと言ってくれたのは可愛らしい猫のぬいぐるみだ。
とても嬉しかった。だけど、それと同時に悲しさも込み上げてくる。


「退院してもまた会えよな!」


なんて友照くんは言っていたから私は――。


「……あ、あり……がと」


声を振り絞ってお礼を言う。すると、三人は嬉しそうに笑ってから去っていった。その後ろ姿を見て、何とも言えない気分になりながらも、


「(……私、頑張るね)」


そう心の中で呟いた。
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