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翌日、太陽は女など抱いていないとでもいうような、爽やかな顔をしてインタビューを受けていました。
激しくされたおかげで私の方はまだ腰に違和感があるというのに、彼は元気いっぱいな様子で受け答えをしています。
少し恨めしい気もしましたが、仕事は仕事ですので、大人しく太陽の背後に控えて見守ることにしました。
「では、太陽さんからファンの皆さんに一言お願いします」
「そうですね……ファンの皆さんには、いつも応援してくれてありがとうと常々思っています。温かい声援がなければ、俺はこうして活動できていません。王子様キャラなんて言われてますけど、本当はそんな大した人間じゃないんですよね。ただ、みんなから元気を貰えているから、そしてみんなの笑顔を見たいから毎日頑張れるんです」
彼はよく動く口でぺらぺらと述べています。
本心ももちろんあるのでしょうけれど、どこまでが本気なのかは、きっと彼自身しか把握していないと思います。
何度も夜を共にしているとはいえ、私は太陽の表面部分しか知らないのです。
内面の深い部分に触れるには、勇気と覚悟が必要でした。
「それと――周りの人にも、いつでも感謝しています。こうして一緒に仕事をしてくれるスタッフさんももちろんですけど、マネージャーや事務所のスタッフの方々にもたくさん助けられてますから」
太陽はそう付け足し、ちらりと私の方へ視線をやります。
今回のインタビューは、ファンだけではなく幅広い年齢の読者がいる雑誌に掲載されるものでした。
好感度の上がりそうな言葉を発し、偶然記事に目を通した人を自分のファンにしようと目論んでいるのでしょうか。
私にはそんな器用な真似できないので、本当に自分とは正反対の人間だなと感心しました。
「太陽さんはマネージャーさんとも仲がいいですよね」
「そうですかね? 俺のマネージャーってクールな人だから、考えてることがあんまり伝わってこなくて」
太陽とインタビュアーが笑い合っています。
私はその会話を聞きながら、当たり前だ、と思いました。
自分の考えなど周囲に伝わってはならないと考えているので、表に出さないようにしているのです。
だから、私が彼に恋い焦がれているとか、本当は抱かれるのも嬉しいとか、そういった感情は隠し通すようにしていました。

太陽が私のことをどう思っているのかは、知りません。
好きと言われたことも、付き合ってと告白されたこともありませんから。
普段の態度から考えると、嫌われてはいないのかな、とは思います。
今のところは、関係を表に出さない、互いの予定も把握しやすい、手っ取り早く性欲を解消するにはうってつけの存在、という感じでしょうか。
それでも彼の仕事がうまく回るなら、構いません。


インタビューが終わった後、控室で太陽と二人きりになる機会がありました。
「スタッフの方から伝えられたのですが、確認作業に少し時間がかかるそうです。仮眠でも取りますか?」
「ううん、別に眠くないから大丈夫」
太陽は伸びをしながら、椅子の背もたれに体を預けています。
「それにしても疲れたな~。この仕事にもだいぶ慣れたつもりだけど、たまにほっぺが引きつりそうになる……」
そう言って、大きな手を自らの頬にあて、マッサージをするように揉みほぐし始めました。
健康的な肌色の指は、爪の先まで綺麗に整えられています。
私はあの指に愛撫されて、いつも淫らに体をくねらせているのです。
瞬間的に昨晩の記憶を思い出してしまい、私は火照った顔を隠すように彼に背を向けました。

休憩に使えそうな差し入れはないかと鞄を確認していると、太陽が話しかけてきました。
「雪乃さん、こっちに来て」
彼は手招きをして、私を待っています。
甘く優しい声で誘われたら断ることなんてできるはずもありません。
私は一度まばたきをして、心を落ち着けて言われるがまま彼の元に向かいました。
椅子に腰掛けた太陽の前に進むと、彼は私の腰に腕を回し、引き寄せました。
「落ち着く……」
「それは何よりです」
胸元にやってきた柔らかな茶髪を見た途端、愛おしさがこみ上げ、つい頭を撫でてしまいそうになりました。
ですが、太陽のきらきらとした眼差しが見上げてきたので、私は手を止めました。
見つめ合ったまま触れたら、ひた隠しにしていた気持ちが伝わる気がしたのです。
「雪乃さんは違うの?」
「……」
彼はまっすぐな目で私を見ています。
私は、その視線を見つめ返せませんでした。
本音をいえば頷きたかったです。
けれども、首を縦に振れば、この関係が崩れてしまいそうな、そんな予感がしました。
「まったく落ち着きません」
私は目を逸らしたまま、感情を抑えて唇を開きました。
「ええ、ちょっと言い方ひどくない? 私も落ち着く~とか、もう少し甘やかしてくれてもいいじゃん。……まあ、雪乃さんらしいけどね」
一瞬だけしゅんと眉を下げた太陽でしたが、やがて見る者を魅了するような美しい微笑を浮かべ、私に思い切り抱きついてきます。
この顔を前にすると、私は抵抗出来なくなってしまうのです。
彼を拒むようなことなら、尚更。
「このまま少し補給させて」
太陽は私を抱きしめたまま、目を閉じました。
私が断れないと熟知しているのでしょう。
「……少しだけですよ」
心の内側を悟られないように声を潜め、彼の髪をそっと撫でます。
ようやく太陽に触れられて嬉しい気持ちもあったのですが、すべて手のひらの上で転がされているような気分でもありました。
ああ悔しい。
……本当に。

でも彼の近くにいられるのなら、今はこれでいいと思っています。
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