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2話

決意

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悶々とした週末の二日間を過ごし、週明け。
同僚に挨拶をしながらオフィスに入ると、ホワイトボード前に立つ朝木くんの後ろ姿が見えた。
瞬間、心臓が驚くほどの速さで脈打つ。
どんな顔して話せばいいんだろう……。数秒彼の背中を見つめる。
と、気配を感じたのか振り返られた。
「先輩、おはようございます」
「……あ、うん。おはよう!」
できるだけ平静を装って挨拶をすると、彼はマーカーのキャップを外した。
「今日のスケジュールですけど、午後打ち合わせで先輩と俺が外出、その後は二人とも直帰で大丈夫ですか?」
朝木くんとはペアを組んで行動することが多く、元々今日も二人で外回りをする予定だった。
勝手知ったる関係なので仕事をしやすくて助かっていたのだけど……。
この気まずい気持ちを抱えたまま二人行動をするのは……いかがなものか。
立ち尽くしたまま何も言えずにいると、朝木くんが心配そうに顔を覗き込んでくる。
「先輩?」
「! そ、その予定で大丈夫。書いてくれてありがとね」
「いえ、こういうのは後輩の俺の仕事ですから」
彼は得意げな顔をして、綺麗な字をボードに書き込み始めた。
本当に真面目で優しい子に手を出してしまったんだなあ……と後悔が拭えない。
ああ、どうしようー……!
真面目な悩みを解決したい気持ちはあるけど、過去に戻れたなら、絶対別の選択肢を選ぶのに!

などと後悔していても、過去に戻れるはずもない。
私は出来るだけいつも通りの態度で朝木くんに接し、その日の仕事を終わらせた。
打ち合わせ帰り、朝木くんは普段の調子で話しかけてくる。
「どこかでご飯でも食べていきますか」
「ええと、どうしようか。私、まだあんまりお腹空いてないんだよね」
宙を見上げながらつい頬を掻いてしまう。
本来なら夕飯を食べながら一日の振り返りでもしそうなところだけど、一緒にいると余計なことを口走りそうだ。
「だから今日は解散で――」
そそくさと逃げ出そうとした時、待ってください、と腕を掴まれて阻まれた。
「先輩、ちょっと様子がおかしくないですか」
「そんなこと……」
言いかけた言葉を飲み込む。自分でも様子が変だとわかっているのだ。
……困った。全部見透かされている気がする。
朝木くんは周囲にさっと目配せをして、近くにあった路地裏へ私の手を引いて移動した。
目の前には朝木くん、背後には壁。
どう足掻いても逃げられなくなる。
観念して彼の顔を見上げる。
「……どうして俺を避けるんですか」
沈んだ声に、あ……と声が漏れそうになった。
悲しそうな表情に喉が苦しくなる。
こんな顔させたいわけじゃないのに。
何も言えないでいると、朝木くんは悲しげに眉を下げる。
「この前の夜のこと、後悔してますか?」
「……」
思わず言い淀んでしまう。
後悔している……というのもあるのだけれど、どうしたらいいのか分からない気持ちの方が大きい。
純粋に彼に恋をしているだけなら、肌を重ねることで嬉しくなったかもしれないけど、この子は大切な後輩だから。
軽率な行動で信頼関係が崩れてしまったら、という恐怖があった。
……もう遅いのかもしれないけど。

「朝木くんは?」
上目で見つめながら尋ねてみると、彼は逡巡するように口を閉ざした。
綺麗な形の唇が、自分の気持ちを整理するように開いては閉じる。
「俺は……」
「うん」
彼が話し出すのを静かに待つ。
急かさないでいると、朝木くんは小さく息を吸った。
「秘密を話すのは凄く勇気がいることでしたし、今も正直、恥ずかしいです。普通の男として機能してないわけですし、それを先輩に知られたのも」
でも、と朝木くんは前置きをする。
「先輩が協力してくれるって言ってくれた時、嬉しかったんです。仕事で難問にぶつかってもいつも体当たりしていく先輩なら、もしかしたら何とかしてくれるんじゃないかって期待もあって」
静かに紡がれていく言葉は、胸の奥にまっすぐに届く。
彼の先輩なのに、動揺のあまり不誠実な態度を取ってしまっていた。
私は反省し、手のひらを握りしめる。

もう怖いとは言っていられない。
酔った勢いとはいえ乗りかかった船だ。ここで降りるわけにはいかない。
「……ごめんね、やっと気持ちの整理がついた」
私は深く息を吸ってから吐き出した。
朝木くんが不安そうに俯けていた顔を上げる。
「純粋に恥ずかしかったのもあるけど、私の気持ちを押し付けちゃったかなとか考えたりもして、一人でうだうだ悩んじゃってた。ごめんなさい」
心を込めた謝罪をすると、朝木くんは唇を引き結んでから、もう一度開いた。
「それなら……また協力してくれますか?」
語尾が震えているのを察して、私は彼の手に自分の手を重ねる。
大丈夫だよ、と伝えるように。

それから火曜水曜木曜は、何事もなく過ごした。

金曜日。
偶然社内で朝木くんと二人きりになったタイミングで、明日の予定は、と治療の打診をされたので承諾した。
就業後寄り道せずに帰った私は、自宅について早々にスマホで情報を漁る。
「わ……凄い、治療方法って色々あるんだ」
検索履歴、『ED 治療』『インポ 治す』『彼氏 勃たなくなった』……とても他人には見せられない履歴だ。
インターネットの海とは凄いもので、今まで知らなかったことや知らなくても良さそうな知識まで全部頭に入ってしまった。
翌日、情報過多で頭がくらくらしそうになりながらも、私は朝木くんと合流予定のホテルへ向かう。
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