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2話
困惑
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六時。
使い慣れたスマホから起床時間を告げるアラームが鳴り響く。
私は寝ぼけ眼でそれを掴み、画面を乱暴に触って音を止めた。
……この部屋、どこ?
柔らかなシーツの上で起き上がった時、頭に浮かんだのはそんな感想だった。
いつもの自室と違って見覚えのない室内を、目をこすりながら軽く見回す。
ここ、ラブホ?
どうしてここにいるんだっけ?
大きなあくびをしながら思い返す。
確か昨日は、後輩の朝木くんと飲んでて、それから……。
そこまで考えた時、隣で誰かが寝返りを打つ気配がした。
深い眠りに落ちているのか、隣で寝ている人はまだ起きそうにない。
誰なのか確認しようと思ったけど、私に背を向けているし布団を頭まで被っているので顔が見えない。
嘘……私知らない人と寝ちゃってたの?
いくら酔ってたとはいえ、それはちょっと――と青ざめていると、布団の隙間から覗く彼の後頭部に見覚えがあることに気づいた。
私は再び、うそ、と唇を動かす。
ちょうどその時、私のスマホがスヌーズ機能を発揮してもう一度鳴ってしまった。
今度は先程よりも大きな音で。
「ん……」
眠りこけていた隣人だけど、さすがにアラームが二回鳴ったことで目を覚ましたらしい。
その人はもぞもぞと布団の中で動きながら、ゆっくりと私の方を振り返った。
嫌な予感が全身を巡り、寝ぼけていた思考がはっきりとしていく。
「……先輩、おはようございます」
「……お、おはよう……?」
想像していた顔がそこにあり、その瞬間に私の中で昨晩の記憶が一気に蘇ったのだった。
心の整理をしようと、逃げるようにバスルームに駆け込む。
顔を冷水で何度も洗い、これが夢でないことを知る。
やっちゃった、後輩とあんなこと……!
大きな後悔が湧き上がり、私は洗面台に手をついた。
「そうだ……昨日確か、朝木くんとご飯にいって、その帰りにこのホテルにきて……」
相談に乗るうちに、流れで彼の悩みを解消すると申し出てしまったのだ。
『俺、勃たないんです! インポなんです、EDなんです……!』
悩みを打ち明けた時の朝木くんはいつもの頼れる後輩ではなく、年下の男の子で、可愛かった。
私はお酒を飲んで気分がよくなっていたのもあって、彼のことを助けたくなった。
最後まで抱かれていないとはいえ、冷静な判断が出来ていたらこんなことしなかったはず……。
洗面台に流れていく水をじっと眺めたけど、そうしていたって後悔が流れてくれるはずもない。
私は自分に喝を入れるように頬を叩いてから朝木くんのいる部屋に戻った。
「先輩、コーヒーで良かったですか」
「う、うん……」
洗面所を出ると香ばしい匂いが鼻をくすぐった。
先に服を着替えていた朝木くんの手には、紙コップが握られている。
「どうぞ。インスタントですけど」
「ありがとう」
「今日が休みで良かったです。……ああでも、仕事だったら先輩と一緒に出社できたのか」
「そ、そうだねー」
適当に相づちを打っていると、朝木くんははっと何かに気づいたように後ろを向いた。
動向を見守っていると彼は、
「確か先輩はブラックより甘めの方が好みでしたよね」
と言いながら、いつも私がコーヒーに入れているのと同じ個数の砂糖やらミルクをテーブルの上から手にとった。
本当、気遣いが出来る男だな……。
お礼を言いながらそれを受け取って、コーヒーの中に投下する。
そんな私を、朝木くんが何かを言いたそうにじっと見つめていた。
「……」
「……」
果たして、こちらから声を掛けるべきなのだろうか。
いやでも、声を掛けるとして。
どう言うべき? 昨日はごめんね、とか?
二人分の、静かな呼吸だけが室内に満ちていく。
き、気まずい……。
いつも通りの朝だったら目を合わせて挨拶をするところだけど、今日は事情が違う。
私は、朝木くんの顔を見られなかった。
代わりに手元のコップに視線を落とすと、焦げ茶の水面に溶け切っていないミルクがゆらゆらとたゆたっていた。
その動きを見つめ続けていると、朝木くんは諦めたように背を向ける。
「俺も顔を洗ってきますね」
「うん、いってらっしゃい」
彼が洗面所に入っていく後ろ姿を見届けてから、私はようやく温かいコーヒーを口に含んだ。
ほんのりとした苦味が頭を覚醒させていく。
じわじわと恥ずかしさがこみ上げてきて、枕に頭を押し付けて叫びたい衝動に駆られた。
実行に移ろうか悩んだところで朝木くんがさっぱりした様子で帰ってきたのでやめたけれど。
ラブホテルを出ると、外は静かだった。
土曜だからか出勤や通学する人の姿も少ない。
早朝の空気が身を包み、ほんの少しの寒さに震えそうになる。
「寒くないですか」
「うん、大丈夫」
朝木くんが自分の上着を私の肩に掛けようとした気配があったので、私は身を引いた。
会社の人間と朝帰り。
しかも相手は毎日のように顔を合わせる、とても可愛がっている後輩……。
いけない事をしてしまった気分になり、考えれば考えるほど良心が痛む。
この子は私を信頼して相談してくれたのだろうし、放っておけない気持ちも確かにある――けれども。
朝木くんは後悔していないのかな。
私の一方的な気持ちの押しつけではなかったかな。
そう考えるとどうしても心の奥がもやもやとしてしまう。
昨晩の事件を素直に受け入れるには、もう少し時間が欲しかった。
「私、今日用事あるの思い出したからここで失礼するね……! それじゃあ、また月曜に!」
今のままではどうしても心の整理が出来なくて、私はその場から逃げ出した。
使い慣れたスマホから起床時間を告げるアラームが鳴り響く。
私は寝ぼけ眼でそれを掴み、画面を乱暴に触って音を止めた。
……この部屋、どこ?
柔らかなシーツの上で起き上がった時、頭に浮かんだのはそんな感想だった。
いつもの自室と違って見覚えのない室内を、目をこすりながら軽く見回す。
ここ、ラブホ?
どうしてここにいるんだっけ?
大きなあくびをしながら思い返す。
確か昨日は、後輩の朝木くんと飲んでて、それから……。
そこまで考えた時、隣で誰かが寝返りを打つ気配がした。
深い眠りに落ちているのか、隣で寝ている人はまだ起きそうにない。
誰なのか確認しようと思ったけど、私に背を向けているし布団を頭まで被っているので顔が見えない。
嘘……私知らない人と寝ちゃってたの?
いくら酔ってたとはいえ、それはちょっと――と青ざめていると、布団の隙間から覗く彼の後頭部に見覚えがあることに気づいた。
私は再び、うそ、と唇を動かす。
ちょうどその時、私のスマホがスヌーズ機能を発揮してもう一度鳴ってしまった。
今度は先程よりも大きな音で。
「ん……」
眠りこけていた隣人だけど、さすがにアラームが二回鳴ったことで目を覚ましたらしい。
その人はもぞもぞと布団の中で動きながら、ゆっくりと私の方を振り返った。
嫌な予感が全身を巡り、寝ぼけていた思考がはっきりとしていく。
「……先輩、おはようございます」
「……お、おはよう……?」
想像していた顔がそこにあり、その瞬間に私の中で昨晩の記憶が一気に蘇ったのだった。
心の整理をしようと、逃げるようにバスルームに駆け込む。
顔を冷水で何度も洗い、これが夢でないことを知る。
やっちゃった、後輩とあんなこと……!
大きな後悔が湧き上がり、私は洗面台に手をついた。
「そうだ……昨日確か、朝木くんとご飯にいって、その帰りにこのホテルにきて……」
相談に乗るうちに、流れで彼の悩みを解消すると申し出てしまったのだ。
『俺、勃たないんです! インポなんです、EDなんです……!』
悩みを打ち明けた時の朝木くんはいつもの頼れる後輩ではなく、年下の男の子で、可愛かった。
私はお酒を飲んで気分がよくなっていたのもあって、彼のことを助けたくなった。
最後まで抱かれていないとはいえ、冷静な判断が出来ていたらこんなことしなかったはず……。
洗面台に流れていく水をじっと眺めたけど、そうしていたって後悔が流れてくれるはずもない。
私は自分に喝を入れるように頬を叩いてから朝木くんのいる部屋に戻った。
「先輩、コーヒーで良かったですか」
「う、うん……」
洗面所を出ると香ばしい匂いが鼻をくすぐった。
先に服を着替えていた朝木くんの手には、紙コップが握られている。
「どうぞ。インスタントですけど」
「ありがとう」
「今日が休みで良かったです。……ああでも、仕事だったら先輩と一緒に出社できたのか」
「そ、そうだねー」
適当に相づちを打っていると、朝木くんははっと何かに気づいたように後ろを向いた。
動向を見守っていると彼は、
「確か先輩はブラックより甘めの方が好みでしたよね」
と言いながら、いつも私がコーヒーに入れているのと同じ個数の砂糖やらミルクをテーブルの上から手にとった。
本当、気遣いが出来る男だな……。
お礼を言いながらそれを受け取って、コーヒーの中に投下する。
そんな私を、朝木くんが何かを言いたそうにじっと見つめていた。
「……」
「……」
果たして、こちらから声を掛けるべきなのだろうか。
いやでも、声を掛けるとして。
どう言うべき? 昨日はごめんね、とか?
二人分の、静かな呼吸だけが室内に満ちていく。
き、気まずい……。
いつも通りの朝だったら目を合わせて挨拶をするところだけど、今日は事情が違う。
私は、朝木くんの顔を見られなかった。
代わりに手元のコップに視線を落とすと、焦げ茶の水面に溶け切っていないミルクがゆらゆらとたゆたっていた。
その動きを見つめ続けていると、朝木くんは諦めたように背を向ける。
「俺も顔を洗ってきますね」
「うん、いってらっしゃい」
彼が洗面所に入っていく後ろ姿を見届けてから、私はようやく温かいコーヒーを口に含んだ。
ほんのりとした苦味が頭を覚醒させていく。
じわじわと恥ずかしさがこみ上げてきて、枕に頭を押し付けて叫びたい衝動に駆られた。
実行に移ろうか悩んだところで朝木くんがさっぱりした様子で帰ってきたのでやめたけれど。
ラブホテルを出ると、外は静かだった。
土曜だからか出勤や通学する人の姿も少ない。
早朝の空気が身を包み、ほんの少しの寒さに震えそうになる。
「寒くないですか」
「うん、大丈夫」
朝木くんが自分の上着を私の肩に掛けようとした気配があったので、私は身を引いた。
会社の人間と朝帰り。
しかも相手は毎日のように顔を合わせる、とても可愛がっている後輩……。
いけない事をしてしまった気分になり、考えれば考えるほど良心が痛む。
この子は私を信頼して相談してくれたのだろうし、放っておけない気持ちも確かにある――けれども。
朝木くんは後悔していないのかな。
私の一方的な気持ちの押しつけではなかったかな。
そう考えるとどうしても心の奥がもやもやとしてしまう。
昨晩の事件を素直に受け入れるには、もう少し時間が欲しかった。
「私、今日用事あるの思い出したからここで失礼するね……! それじゃあ、また月曜に!」
今のままではどうしても心の整理が出来なくて、私はその場から逃げ出した。
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