70 / 72
第14章 明日を迎えるために
(3)
しおりを挟む
夜は更けていた。
医者から外出許可をもらったサンタは、リステリアス宮のテラスにひとりでぼんやりと座って夜空を見上げていた。
体の傷はずいぶんと癒えており、それはこの惑星リスタルを後にする日がもう迫っていることを意味していた。
いろいろなことがあったがともかくこの一件もそれで終わりだった。
そしてまたいつもの『運び屋』暮らしに戻って行くことになる。
あの喧騒に満ちた生活がまた始まるのだ。
(まあ、ある意味、入院はいい休暇にはなったかも知れないな)
生死の境を彷徨った割にはのんきにそんなことを考えていたサンタは、人が近づく気配に座ったまま振り返った。
「サンタ、ここにいたんですか?」
シルクの部屋着姿のセロリがそこに立っていた。
赤茶色の髪を後ろに流し、自慢のネコ耳を、ぴくぴく、と動かしながら笑顔を浮かべている。
「ああ。夜空を見ていたんだ」
「ロマンチックな台詞はサンタには似合いません」
「確かに」
サンタは笑顔で答えた。
「ひとりなんですか? 羽衣は?」
「ああ、何だかラフィンに頼んで、リステリアス宮を見学するとか云って出掛けて行ったよ」
「ふむ、なるほど。サンタひとりとはこれは千載一遇のチャンスですね」
ぶつぶつ、とセロリがひとり言を云った。
「隣に座ってもいいですか?」
「ああ、構わない」
セロリはそれを聞くと、嬉しそうに、ちょこん、とサンタの隣に腰掛けた。
「あの、サンタ?」
「ん? どうした?」
「あのお……、ちょっと、その、肌寒いので……か、肩を抱いてくれますか?」
その言葉にサンタが驚いたような顔でセロリを見る。
かれを見上げているセロリと目が合った。
そのセロリの目が甘えているように見えて、サンタはどぎまぎして目を逸らした。
「お姫様にそんなことできないだろ」
照れたようにそっぽを向く。
「そ、それでは公女としての……命令です」
少し慄え声でセロリが『命令』した。
(命令、と来たか……)
サンタは苦笑した。
(この、ずけずけした云い草もこれが最後かも知れないしな)
そしてかれは付け焼刃ながらも貴族の礼をすると、それでは失礼します、公女殿下、と、云いながら優しくセロリの肩に手を回した。
セロリがサンタに凭れかかる。
「えへ♪」
セロリは顔を真っ赤にして嬉しそうに笑った。
そのままふたりは何も云わずにじっと夜空を眺めていた。
流れ星が、ひとつ、ふたつ、と夜空を過ぎる。
そのたびに、あっ、と小声で叫ぶセロリを、サンタは愛おしそうな表情で見つめていた。
やがてセロリが、ふと、表情を曇らせた。
思い出したくないことを思い出してしまった、とでも云うように。
「あの、サンタ」と、セロリ。
「ラスバルトのことですが」
云いにくそうに話し始める。
「リスタルの公女として改めて謝罪させていただきます。いろいろとお世話になった恩人のサンタにあんな仕打ちをして。何と云ってお詫びすればいいのか……」
サンタは、バカだな、と囁くと、そんなセロリの柔らかい髪を、特徴的な耳を、優しく撫でる。
「おまえのせいじゃない」
「でも……」
「気にするな。ユズナが云ってたろ? おまえたちを泣かしたおれの方が悪いってさ」
「優しいんですね、サンタ」
それでも気にしない訳にはいかなかった。
セロリはセロリで今回のことでは深く傷ついてはいたけれど、だからと云ってサンタに大怪我を負わせてしまったのは事実だった。
「もう終わったことだからな」
サンタは答える。
だが、サンタにもひとつだけ、気になっていることがあった。
「……と、恰好つけてから何だが」
「はい?」
「ひとつ訊いていいか?」
「ええ、何なりと。私のスリーサイズとかですか?」
「いや、それにはあまり興味がないんだが……、ラスバルトは、何故、あんなに亜人を嫌っていたんだ?」
ああ、そのことですか、スリーサイズではなく、と、セロリは少し残念そうに呟く。
「詳しくはわかりません。ただ、私の生まれるより前に亜人の使用人に酷いことをされたトラウマがあったらしいのです。お父様もお母様もそれについてはそれ以上教えてくれませんでしたが」
(トラウマ、か……)
それ以上詮索する気にはなれなかった。
聞いたところで何が変わる訳でもないし、かれが起こしたことを帳消しに出来る訳でもないのだから。
サンタは、ふっ、とため息をつきながら空を見上げた。
満天の星空である。
幾千万の星々が輝いている。
どの惑星に行ったとしても惑星首都でこんな星空にお目にかかれることはない。その美しさはリスタル公国が、首都リステリアスが、連邦中に誇っても良い、とかれは思った。
セロリも同じように空を見上げている。
「星を見るのは好きか?」
「ん……」
セロリがかすかに頷く。
「星って奴はいつも止まっているように見えるが実はそれぞれが銀河の中で動いているんだ」
突然のサンタの言葉に、セロリが戸惑ったように、サンタに目をやった。
「え? ええ。そう云えば、サンタが教えてくれました。星々の位置は『不定』ですよね。《ベイツの虚数象限》を考えなければ、ですけど」
「よく憶えているな。その通りだ。とは云え、こうして仰ぎ見る星々は恒星だから《ベイツの虚数象限》を持ち出さなくても、人々が見ている間はほとんど動いては見えない。絶対座標は動いていても相対座標はほとんど動かない。人の一生くらいの時間では、まったく動いていないのと同じだ。だけどそれでも何万年の後にはこの夜空の星々は、今とは全く姿を変えてしまう。……知ってたか?」
セロリは、無言で首を振る。
「世の中なんてのもそんなもんだ。少しずつ、少しずつ目に見えないくらいの速さで姿を変えて行く」
そこでサンタは黙り込んだ。黙って星々をじっと眺めている。
セロリも黙ってそんなサンタと星空を眺めている。
「世の中なんて、そんなものだ」
サンタは繰り返す。当たり前のように。
「しかし、羽衣は違う」と、サンタ。
「あいつは変われない。あいつには時間が意味を持っていない。あいつは老いることを知らない。知識を増やすことはできても成長することはできない。……だがおれは違う。おれたちは、この世界は違う。つまりあいつだけがおいてけぼりなんだ。この世界の中でな。……おれがいつか死んでしまえば結果としておれはあいつを捨ててしまうことになる。おれがそうしたくなくてもそんなときは必ずやってくる。おれにはそれが堪らない。あいつだけをこの世界においてけぼりにするのが堪らないんだ」
苦しそうな、本当に苦しそうな顔で、サンタは呟くように、吐き捨てるように、言葉を絞り出す。
「……そしてそんな羽衣を目覚めさせてしまったのは、起動してしまったのは――他ならぬ、『おれ』なんだ」
セロリは、はっとして、サンタを見る。
「つまりは、おれには目覚めさせてしまった羽衣を幸せにしてやる責任があるんだよ、セロリ。だから今だけでも、あいつといられる時間だけでも、あいつを愛してやりたい。おれが出来ることはそれだけだから」
自嘲気味な言葉。
それがサンタが羽衣に対して抱いている思いのすべてなのだ、と、セロリは理解した。
「そんな……」と、セロリ。
「そんなことは羽衣は思ってもいませんよ。彼女は……辛いことですけども……ちゃんと自分を弁えています。いつかサンタと別れなければならないことも――」
サンタはセロリに目をやり、それから苦笑する。
「ああ、そうだろうな。それはわかっているさ。あいつはバカじゃない。それどころか連邦中探してもお目にかかれないような優秀な《バイオ・ドール》だからな。ただおれ自身の気持ちの問題なんだよ」
「サンタの気持ちの問題……」
セロリがその意味を反芻する。
そして。
「それが『こだわり』ですか?」
「え?」
「その『こだわり』のせいでユズナさんと別れたんですよね?」
「そうだな」
「つまり羽衣を目覚めさせた責任で、羽衣をずっと見守るために、ユズナさんとのすべてを捨ててしまった、と云うことなんですか?」
「……ああ、そうだな」
「それで羽衣が喜ぶとでも思っているんですか?」
「……いや」
「それでユズナさんが納得するとでも思っているんですか?」
「……いや」
「そう……ですか」
セロリが呟く。
「勝手ですね」
「……ああ」
「ワガママ、と云ってもいいかも知れません。自分勝手な『こだわり』です。何だか……ムカついて来ました」
「……」
セロリがサンタを睨みつけた。
サンタはその視線を真っ向から受け止める。悲しそうな表情で。
平手打ち。
セロリの小さな手がサンタの頬を打った。
じんじんとした痛みが、サンタの頬に、そして胸の中に広がる。
「バカですよ。大バカですよ。羽衣はそんなこと、気にしていないのに。むしろサンタに幸せになってもらうことを望んでいるのに。サンタを守りたいと思っているだけで、サンタに責任を感じて欲しくなんかないのに。それにユズナさんだってサンタのそんな『こだわり』のためにすべてをあきらめるなんて。結局、サンタのワガママじゃないですか!」
「そうだな。確かにそうかも知れないな」
「かも知れない、じゃないです!」
セロリが叫んだ。
「そんなの……、そんなのって違います。みんなに……みんなにつらい思いをさせて、サンタはそれでも一人前の大人なんですか? やってることは私よりも子供じゃないですか? それに……、それに……」
セロリは少し口篭った。
それから、ふうっ、と大きく息をする。
「私だってサンタのことが大好きなんですよ!」
「……セロリ?」
「冗談で、夜這い、とか云って悪ふざけを装っていましたが、半分は本気だったのに。ううん、ほとんど本気だったのに」
彼女の目が潤んだ。
それを自分の部屋着の袖口で、ぐい、と拭う。
公女としての礼儀も作法もない。ただの少女としての仕種であった。
「この歳で私は行かず後家になっちゃうんですね」
「い、行かず後家……?」
「もう、いいです。サンタのバカさ加減がわかっただけで十分です」
セロリは、云うだけ云うと、すくっと立ち上がる。
「いろいろとありがとう、サンタ。お元気で」
そしてセロリは小走りにテラスを走る抜けるとリステリアス宮の中に消えて行った。
サンタはそんなセロリをただ黙って目で追っているだけだった。
セロリに叩かれた左の頬がじんじんと痛むような、そんな思いを味わいながら。
医者から外出許可をもらったサンタは、リステリアス宮のテラスにひとりでぼんやりと座って夜空を見上げていた。
体の傷はずいぶんと癒えており、それはこの惑星リスタルを後にする日がもう迫っていることを意味していた。
いろいろなことがあったがともかくこの一件もそれで終わりだった。
そしてまたいつもの『運び屋』暮らしに戻って行くことになる。
あの喧騒に満ちた生活がまた始まるのだ。
(まあ、ある意味、入院はいい休暇にはなったかも知れないな)
生死の境を彷徨った割にはのんきにそんなことを考えていたサンタは、人が近づく気配に座ったまま振り返った。
「サンタ、ここにいたんですか?」
シルクの部屋着姿のセロリがそこに立っていた。
赤茶色の髪を後ろに流し、自慢のネコ耳を、ぴくぴく、と動かしながら笑顔を浮かべている。
「ああ。夜空を見ていたんだ」
「ロマンチックな台詞はサンタには似合いません」
「確かに」
サンタは笑顔で答えた。
「ひとりなんですか? 羽衣は?」
「ああ、何だかラフィンに頼んで、リステリアス宮を見学するとか云って出掛けて行ったよ」
「ふむ、なるほど。サンタひとりとはこれは千載一遇のチャンスですね」
ぶつぶつ、とセロリがひとり言を云った。
「隣に座ってもいいですか?」
「ああ、構わない」
セロリはそれを聞くと、嬉しそうに、ちょこん、とサンタの隣に腰掛けた。
「あの、サンタ?」
「ん? どうした?」
「あのお……、ちょっと、その、肌寒いので……か、肩を抱いてくれますか?」
その言葉にサンタが驚いたような顔でセロリを見る。
かれを見上げているセロリと目が合った。
そのセロリの目が甘えているように見えて、サンタはどぎまぎして目を逸らした。
「お姫様にそんなことできないだろ」
照れたようにそっぽを向く。
「そ、それでは公女としての……命令です」
少し慄え声でセロリが『命令』した。
(命令、と来たか……)
サンタは苦笑した。
(この、ずけずけした云い草もこれが最後かも知れないしな)
そしてかれは付け焼刃ながらも貴族の礼をすると、それでは失礼します、公女殿下、と、云いながら優しくセロリの肩に手を回した。
セロリがサンタに凭れかかる。
「えへ♪」
セロリは顔を真っ赤にして嬉しそうに笑った。
そのままふたりは何も云わずにじっと夜空を眺めていた。
流れ星が、ひとつ、ふたつ、と夜空を過ぎる。
そのたびに、あっ、と小声で叫ぶセロリを、サンタは愛おしそうな表情で見つめていた。
やがてセロリが、ふと、表情を曇らせた。
思い出したくないことを思い出してしまった、とでも云うように。
「あの、サンタ」と、セロリ。
「ラスバルトのことですが」
云いにくそうに話し始める。
「リスタルの公女として改めて謝罪させていただきます。いろいろとお世話になった恩人のサンタにあんな仕打ちをして。何と云ってお詫びすればいいのか……」
サンタは、バカだな、と囁くと、そんなセロリの柔らかい髪を、特徴的な耳を、優しく撫でる。
「おまえのせいじゃない」
「でも……」
「気にするな。ユズナが云ってたろ? おまえたちを泣かしたおれの方が悪いってさ」
「優しいんですね、サンタ」
それでも気にしない訳にはいかなかった。
セロリはセロリで今回のことでは深く傷ついてはいたけれど、だからと云ってサンタに大怪我を負わせてしまったのは事実だった。
「もう終わったことだからな」
サンタは答える。
だが、サンタにもひとつだけ、気になっていることがあった。
「……と、恰好つけてから何だが」
「はい?」
「ひとつ訊いていいか?」
「ええ、何なりと。私のスリーサイズとかですか?」
「いや、それにはあまり興味がないんだが……、ラスバルトは、何故、あんなに亜人を嫌っていたんだ?」
ああ、そのことですか、スリーサイズではなく、と、セロリは少し残念そうに呟く。
「詳しくはわかりません。ただ、私の生まれるより前に亜人の使用人に酷いことをされたトラウマがあったらしいのです。お父様もお母様もそれについてはそれ以上教えてくれませんでしたが」
(トラウマ、か……)
それ以上詮索する気にはなれなかった。
聞いたところで何が変わる訳でもないし、かれが起こしたことを帳消しに出来る訳でもないのだから。
サンタは、ふっ、とため息をつきながら空を見上げた。
満天の星空である。
幾千万の星々が輝いている。
どの惑星に行ったとしても惑星首都でこんな星空にお目にかかれることはない。その美しさはリスタル公国が、首都リステリアスが、連邦中に誇っても良い、とかれは思った。
セロリも同じように空を見上げている。
「星を見るのは好きか?」
「ん……」
セロリがかすかに頷く。
「星って奴はいつも止まっているように見えるが実はそれぞれが銀河の中で動いているんだ」
突然のサンタの言葉に、セロリが戸惑ったように、サンタに目をやった。
「え? ええ。そう云えば、サンタが教えてくれました。星々の位置は『不定』ですよね。《ベイツの虚数象限》を考えなければ、ですけど」
「よく憶えているな。その通りだ。とは云え、こうして仰ぎ見る星々は恒星だから《ベイツの虚数象限》を持ち出さなくても、人々が見ている間はほとんど動いては見えない。絶対座標は動いていても相対座標はほとんど動かない。人の一生くらいの時間では、まったく動いていないのと同じだ。だけどそれでも何万年の後にはこの夜空の星々は、今とは全く姿を変えてしまう。……知ってたか?」
セロリは、無言で首を振る。
「世の中なんてのもそんなもんだ。少しずつ、少しずつ目に見えないくらいの速さで姿を変えて行く」
そこでサンタは黙り込んだ。黙って星々をじっと眺めている。
セロリも黙ってそんなサンタと星空を眺めている。
「世の中なんて、そんなものだ」
サンタは繰り返す。当たり前のように。
「しかし、羽衣は違う」と、サンタ。
「あいつは変われない。あいつには時間が意味を持っていない。あいつは老いることを知らない。知識を増やすことはできても成長することはできない。……だがおれは違う。おれたちは、この世界は違う。つまりあいつだけがおいてけぼりなんだ。この世界の中でな。……おれがいつか死んでしまえば結果としておれはあいつを捨ててしまうことになる。おれがそうしたくなくてもそんなときは必ずやってくる。おれにはそれが堪らない。あいつだけをこの世界においてけぼりにするのが堪らないんだ」
苦しそうな、本当に苦しそうな顔で、サンタは呟くように、吐き捨てるように、言葉を絞り出す。
「……そしてそんな羽衣を目覚めさせてしまったのは、起動してしまったのは――他ならぬ、『おれ』なんだ」
セロリは、はっとして、サンタを見る。
「つまりは、おれには目覚めさせてしまった羽衣を幸せにしてやる責任があるんだよ、セロリ。だから今だけでも、あいつといられる時間だけでも、あいつを愛してやりたい。おれが出来ることはそれだけだから」
自嘲気味な言葉。
それがサンタが羽衣に対して抱いている思いのすべてなのだ、と、セロリは理解した。
「そんな……」と、セロリ。
「そんなことは羽衣は思ってもいませんよ。彼女は……辛いことですけども……ちゃんと自分を弁えています。いつかサンタと別れなければならないことも――」
サンタはセロリに目をやり、それから苦笑する。
「ああ、そうだろうな。それはわかっているさ。あいつはバカじゃない。それどころか連邦中探してもお目にかかれないような優秀な《バイオ・ドール》だからな。ただおれ自身の気持ちの問題なんだよ」
「サンタの気持ちの問題……」
セロリがその意味を反芻する。
そして。
「それが『こだわり』ですか?」
「え?」
「その『こだわり』のせいでユズナさんと別れたんですよね?」
「そうだな」
「つまり羽衣を目覚めさせた責任で、羽衣をずっと見守るために、ユズナさんとのすべてを捨ててしまった、と云うことなんですか?」
「……ああ、そうだな」
「それで羽衣が喜ぶとでも思っているんですか?」
「……いや」
「それでユズナさんが納得するとでも思っているんですか?」
「……いや」
「そう……ですか」
セロリが呟く。
「勝手ですね」
「……ああ」
「ワガママ、と云ってもいいかも知れません。自分勝手な『こだわり』です。何だか……ムカついて来ました」
「……」
セロリがサンタを睨みつけた。
サンタはその視線を真っ向から受け止める。悲しそうな表情で。
平手打ち。
セロリの小さな手がサンタの頬を打った。
じんじんとした痛みが、サンタの頬に、そして胸の中に広がる。
「バカですよ。大バカですよ。羽衣はそんなこと、気にしていないのに。むしろサンタに幸せになってもらうことを望んでいるのに。サンタを守りたいと思っているだけで、サンタに責任を感じて欲しくなんかないのに。それにユズナさんだってサンタのそんな『こだわり』のためにすべてをあきらめるなんて。結局、サンタのワガママじゃないですか!」
「そうだな。確かにそうかも知れないな」
「かも知れない、じゃないです!」
セロリが叫んだ。
「そんなの……、そんなのって違います。みんなに……みんなにつらい思いをさせて、サンタはそれでも一人前の大人なんですか? やってることは私よりも子供じゃないですか? それに……、それに……」
セロリは少し口篭った。
それから、ふうっ、と大きく息をする。
「私だってサンタのことが大好きなんですよ!」
「……セロリ?」
「冗談で、夜這い、とか云って悪ふざけを装っていましたが、半分は本気だったのに。ううん、ほとんど本気だったのに」
彼女の目が潤んだ。
それを自分の部屋着の袖口で、ぐい、と拭う。
公女としての礼儀も作法もない。ただの少女としての仕種であった。
「この歳で私は行かず後家になっちゃうんですね」
「い、行かず後家……?」
「もう、いいです。サンタのバカさ加減がわかっただけで十分です」
セロリは、云うだけ云うと、すくっと立ち上がる。
「いろいろとありがとう、サンタ。お元気で」
そしてセロリは小走りにテラスを走る抜けるとリステリアス宮の中に消えて行った。
サンタはそんなセロリをただ黙って目で追っているだけだった。
セロリに叩かれた左の頬がじんじんと痛むような、そんな思いを味わいながら。
0
お気に入りに追加
6
あなたにおすすめの小説
INNER NAUTS(インナーノーツ) 〜精神と異界の航海者〜
SunYoh
SF
ーー22世紀半ばーー
魂の源とされる精神世界「インナースペース」……その次元から無尽蔵のエネルギーを得ることを可能にした代償に、さまざまな災害や心身への未知の脅威が発生していた。
「インナーノーツ」は、時空を超越する船<アマテラス>を駆り、脅威の解消に「インナースペース」へ挑む。
<第一章 「誘い」>
粗筋
余剰次元活動艇<アマテラス>の最終試験となった有人起動試験は、原因不明のトラブルに見舞われ、中断を余儀なくされたが、同じ頃、「インナーノーツ」が所属する研究機関で保護していた少女「亜夢」にもまた異変が起こっていた……5年もの間、眠り続けていた彼女の深層無意識の中で何かが目覚めようとしている。
「インナースペース」のエネルギーを解放する特異な能力を秘めた亜夢の目覚めは、即ち、「インナースペース」のみならず、物質世界である「現象界(この世)」にも甚大な被害をもたらす可能性がある。
ーー亜夢が目覚める前に、この脅威を解消するーー
「インナーノーツ」は、この使命を胸に<アマテラス>を駆り、未知なる世界「インナースペース」へと旅立つ!
そこで彼らを待ち受けていたものとは……
※この物語はフィクションです。実際の国や団体などとは関係ありません。
※SFジャンルですが殆ど空想科学です。
※セルフレイティングに関して、若干抵触する可能性がある表現が含まれます。
※「小説家になろう」、「ノベルアップ+」でも連載中
※スピリチュアル系の内容を含みますが、特定の宗教団体等とは一切関係無く、布教、勧誘等を目的とした作品ではありません。

「≪最悪の迷宮≫? いいえ、≪至高の楽園≫です!!」~元皇女は引き籠り生活を満喫しつつ、無自覚ざまぁもしていたようです。~
碧
ファンタジー
ありがちな悪役令嬢っぽい断罪シーンでの記憶の覚醒、追放された少女が国を去り、祖国は窮地にさらされる……そんなよくある、だけどあまりないタイプの展開。追放された先で異国の王子様と愛を育んだり……は、しません。困難に立ち向かいながら周囲と絆を築いたり……も、しません。これは一人の少女が転生前の記憶を思い出し、迷宮という引き籠り空間で最高のヒッキー生活をエンジョイする、そんな休暇万歳!自由万歳!!な軽いノリのお話しです。一話はかなり短めなのでサクッとお暇つぶしにどうぞ。【本編完結済】
アマルトロスの騎兵隊
COTOKITI
SF
人類が宇宙開拓を進めてから長い年月が経った。
ワープドライブ技術の確立は人類に新たなる宇宙の可能性を見出させ、人類は地球、太陽系から飛び立ち新たなる大地を目指した。
しかし、新たなる惑星へ住み着いた人類を待っていたのは地中から目を覚ました凶暴な原生生物だった。
物資も、人間も、何もかもが食い荒らされて残されたのは廃れた都市の跡のみとなった。
生き残った人類の殆どは開拓が一割も進んでいない惑星を放棄して宇宙へと再び逃げ帰った。
「マリノフ」は地球型惑星「ラディア978」への降下作戦に参加した東欧連合国航空宇宙軍第303特殊機甲戦闘団「モルニヤ」の隊員であり、数少ない生き残りの一人であった。
魑魅魍魎の蔓延る惑星に取り残されたマリノフと他の生存者達に残されたのは一年ともたない僅かな食料と、軍が残していった大量の武器弾薬のみであった……。
【⁉】意味がわかると怖い話【解説あり】
絢郷水沙
ホラー
普通に読めばそうでもないけど、よく考えてみたらゾクッとする、そんな怖い話です。基本1ページ完結。
下にスクロールするとヒントと解説があります。何が怖いのか、ぜひ推理しながら読み進めてみてください。
※全話オリジナル作品です。
転生したら王族だった
みみっく
ファンタジー
異世界に転生した若い男の子レイニーは、王族として生まれ変わり、強力なスキルや魔法を持つ。彼の最大の願望は、人間界で種族を問わずに平和に暮らすこと。前世では得られなかった魔法やスキル、さらに不思議な力が宿るアイテムに強い興味を抱き大喜びの日々を送っていた。
レイニーは異種族の友人たちと出会い、共に育つことで異種族との絆を深めていく。しかし……
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

銀河悪役令嬢伝説~破滅したツンデレ悪役令嬢に転生して二人の天才と渡り合い、二分された銀河をなるべく平和的に統一しろと無茶ぶりされました~
マット岸田
恋愛
「目覚めよ!私の中の孫子!トゥキディデス!クラウゼヴィッツ!」
ある日事故であっけなく死んだ歴史と戦略論好きの女子高生、日高かなみは目の前に突然現れた横柄で理不尽な自称女神に命じられ、人類が帝国と連盟の二つの勢力に二分されて銀河規模での終わらない抗争を続ける未来世界を救うために、地位と権力と見た目以外にとりえが無いろくでなしの貴族令嬢ヒルトラウトに転生する事になる。帝国と連盟にそれぞれ現れた圧倒的な才能を誇る二人の用兵家が歴史を動かそうとする中、自分の拙い軍事知識と、悪役令嬢の未来の記憶と、人の能力が数字で見える目と、そして実は異常なほど優秀だったヒルトのイケメン副官の四つを頼りに、果たしてかなみは女神が予言した「真の危機」が来る前に激動の銀河をなるべく平和的に統一する事が出来るのか?
※小説家になろう、カクヨムにも投稿しています
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる