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第14章 明日を迎えるために
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数日後。
今回の件の顛末がまだ入院中のサンタの元に届けられた。
ラスバルトの亜人売買、誘拐などの犯罪が明らかになり、かれはクロードと連邦警察に逮捕され、大公は今回の不幸な出来事を国民に陳謝し被害者の生活を全面的に支援することを決めたらしい。
セロリは久々の親子水入らずで、思い切りイザベラ大公妃に甘えまくっているらしいが、相変わらず大公にはあの率直な物云いで説教を垂れている、と云うのが、羽衣からの情報であった。
そして今回一番大暴れだったユズナたちが、帰り際にもう一度サンタの見舞いに訪れた。
病室の入り口で、やあやあ、と手を上げるユズナ。
その後ろで変わらずにこやかなフタバ。
ネコ耳キャップのマミ。
それに気づいて、ぎくり、として緊張するサンタを見ると、ユズナは赤毛をくしゃくしゃと掻き回しながら、この前は悪いことしたな、と、謝罪した。
「え? あ、ああ……、ってか、そんなに素直になられると、それはそれで気持ち悪いぞ、ユズナ」
「あん? 失礼なやっちゃな。人が素直に謝っとるのに。ん? もしかしてこの前みたいなプレイが好きなんか? あんさん、趣味変わったんとちゃうか?」
「いや、勘違いするな。そんなプレイは願い下げだ」
慌てて首を振る。
「で、どうしたんだ?」
「ああ、そろそろ、帰ろ、思て。その挨拶や。あんまり長いこと、事務所を空けとるのも心配やしな。それに……」
ユズナは、にやり、と笑って見せた。
「実は、あの野獣ライクな大公殿下と名刺交換してな。事のついでや思うてウチの会社案内を渡して、ちょっと商談させてもろた。ウチらがコンボイの管理会社だとは思ってへんかったみたいやし」
「そりゃ、あの暴れっぷりを見たらな」
「おかげでリスタル公国からの輸送業者の管理はウチで一手に引き受けることになったんや。いやあ、リスタル下りまで来た甲斐があったちゅうもんや」
「は、はあ? マジかよ」
「んで、あのロボ、また持って帰るのもしんどいなぁ、と思ってたんやが、これまた大公殿下があれをいたく気に入りはってな、買い取って記念に置いておきたい、云い出しよった。こりゃ、渡りに船や、ってことでこっちも商談成立や」
サンタが大きなため息をついた。
「おまえ、どんだけ、商魂逞しいんだよ」
「オーサカ商人の血ぃ、受け継いどるからな」
がははは、と笑った。豪快な笑いである。
そろそろ女を捨てに入ってるな、こいつ、と、サンタは思った。
「でも、よかったにゃ」
マミがユズナの後ろで腕を組んで、うん、うん、と頷いてる。
「あ? 何がよかったんや?」
不思議そうな顔でユズナがマミに訊ねた。
「え? ああ、実はあれを造った時の借金、どうしようかな、と、思ってたんだにゃ。これで精算できるにゃん」
「借金?」
「うん。実は会社を担保にしてたんだにゃ。よかった、よかった。無事解決」
「何やて? どないや、おまえ!」
そんな一通りの寸劇を展開する。
(いったい、何しに来たんだ、おまえら?)
「あ、そや」
唐突に思い出したようにユズナが再びサンタに目をやった。
「そう云や、フタバが余っとったガンホルダーを姫さんにプレゼントしたら、いたく喜んどったで」
「は? いや、それって、あんな子供にプレゼントする物かよ?」
フタバはそのサンタの言葉にも変わらずににっこりと笑った。
「でも、44マグナムを剥き出しでポケットの中に入れるんじゃ、お洒落じゃないですからね」
「お洒落の問題か?」
「そもそもサンタさんもコス衣装を買ってあげたんでしょ? そちらのがイタいと思いますけど」
うふ、と笑うフタバ。
さすがに何も云えない。本人がコス衣装だと気づいていないのが唯一の救いだ、と、サンタは自分を納得させるだけだった。
「まあ、そんな訳やから……」と、ユズナ。
「ウチらはこれでリスタルを離れるから、体が治ったらまた会社に寄ったってや。《赤鼻のトナカイ》の整備も中途やったしな」
ほなな~、と、気の抜けた挨拶をして、そのまま三人は帰って行った。
サンタはそんな三人を見送りながら、それにしても、と、思った。
(何だか、あいつら、本当に逞しいな。あんな大騒ぎして下手すりゃ犯罪ものなのに、ちゃんと商売して帰って行くとは)
***
「ねえ、サンタ」
ユズナたちが帰って行ったその晩。
サンタのベッドに腰掛けて羽衣が訊ねた。
「種明かしをしてよ」
「種明かし?」
「うん。あのとき、ラスバルトとやりあった時に云ってた『金貨の魔法』とかって何のこと?」
「ああ、そのことか」
サンタはベッド脇に置いてあった服のポケットを探り、セロリからもらった仕事料のリスタル金貨を取り出した。
「この中央のクリスタルみたいなのが何だかわかるか?」
リスタル金貨の中央にはめ込まれた石を示す。
「ん? 何なの?」
「賢者の石、《オリハルコン》さ。今では正式には《ラピス》と呼ばれているが――実はリスタルはこいつの連邦随一の産地なんだ」
《オリハルコン》――正式には《ラピス》。
星海時代の黎明期。火星の深部で莫大なエネルギーを放出する物質が発見された。
実際にはそれは物質ではなく、わずかな分量で核融合で得られるのに匹敵するエネルギーを発する結晶体。
科学者たちはその夢のエネルギー結晶体を、アトランティス文明の象徴であった《オリハルコン》からとって、そう名付けたのである。
やがて《オリハルコン》からその莫大なエネルギーを抽出する技術が実用化されると、それを応用して《歪空機関》、すなわち星船や《歪空回廊》の基本原理が完成したのだった。
つまり《オリハルコン》は現在の連邦を維持するのに欠かせない最重要アイテムとなった訳である。
そしてさらに転機が訪れたのは、いわゆる「大航海時代」。
植民惑星のひとつであったリスタルでの巨大な《オリハルコン鉱床》の発見であった。
それを契機にそれまで火星で細々としか採取できなかった《オリハルコン》を自由に使えるようになり、結果として大規模な《歪空回廊》の建設、巨大な《歪空機関》を搭載した大型の星船の建造などが進み、連邦は飛躍的な発展を遂げることになったのである。
その後、様々な紆余曲折があり、惑星リスタルが連邦内でも珍しい特別自治区として認可されたのはそのためであった。
「つまり――もしもリスタルが《オリハルコン》の引渡しを拒否したら、連邦は今の繁栄を維持できない、ってことだ」
「なるほど、確かにそうだね。連邦の生殺与奪権をリスタルが握っているんだね。それが『金貨の魔法』ってこと?」
「そう云うことだな」
「でもさ、リスタルが《オリハルコン》を独占しているならば、ラスバルトみたいな小悪党が『金貨の魔法』とか云ってる程度じゃ済まないんじゃないのかな? 連邦の生殺与奪権を持っているのならば、リスタルの実権がすごいことになっちゃうんじゃないの? 連邦を征服しちゃう、とか、そう云うレベルの話だと思うんだけども」
「ところが世の中はうまく出来ているんだな。実は《オリハルコン》からエネルギーを抽出するのは簡単なことじゃないんだ。それを応用した《歪空機関》の原理は連邦の超極秘事項だ。完全なブラックボックスなんだよ。そしてその原理を手に入れない限り《オリハルコン》は宝石にもエネルギーにもならないただの石ころだ。それが『バランス』なんだよ」
バランス。
確かにバランスがとれている状態ではあるが、これほど危ういバランスもないとも云えた。
連邦は《オリハルコン》がなければ、その体制も維持できなければそもそも星海を渡ることさえできない。だから不本意であったとしてもリスタルとは良好な関係でいなければならない。
一方、リスタルは連邦の技術がなければ《オリハルコン》を有効活用できないし、またその独占状態を主張すれば連邦は瞬く間にリスタルを併合支配するだろう。それはそのままリスタルの破滅を意味する。
つまりこちらも不本意であっても、連邦とは良好な関係でいなければならない。
お互いが剣を喉元に突きつけながらにこやかに握手しているようなそんな危うい『バランス』だと云えた。
「つまり《オリハルコン》を持ってはいてもリスタルではせいぜいがコインに組み込むくらいしか使い道がないし、だから連邦に高く買ってもらってそのお金で国を豊かにして行く方が利口だってことなんだね」
「ああ。そして連邦側もリスタルを刺激したくない。連邦も安定している訳ではないから、なるべくならばトラブルは避けたい。リスタル側が多少気に食わないことをしたとしても、お目こぼしするようにしているのさ」
羽衣が、うんうん、と頷く。
「面倒くさいんだねえ、大人の世界は。出来れば大人になりたくないよ」
「おれとしては、おまえにはもう少し大人になって欲しいんだけどな」
答えるサンタ。
「意地悪だね、サンタ。……ところで不思議なんだけど、リスタルにそんな鉱床があってそれに連邦が依存しているなんて情報、あたしの記憶域の何処にも見当たらないんだよ。たいていの情報はここに記憶されているはずなんだけど」
羽衣が自分の頭を、とんとん、と叩いて見せた。
羽衣の《バイオ・ドール》としての記憶域情報は、何十万冊と云う数の蔵書に匹敵するものである。
こうした連邦における記録や情報については、たいてい彼女の記憶域には登録されているはずであったのだ。
「おまえが記憶していないのも仕方ないことなんだ」
サンタが、なだめるように、そう云った。
「実はこの話は連邦の超極秘事項なんだよ。連邦でもトップレベルのごく限られた人間しか知らない話さ。リスタルの人間であっても《オリハルコン》鉱床がこの惑星にある、なんてことを知っている奴はほとんどいないし、そもそも《オリハルコン》自体をたいていの人間は知らないだろうな。おれもあの騒ぎでラスバルトの言葉を聞くまですっかり忘れていたんだが、あの『金貨の魔法』って言葉で思い出したんだ。それが云ってみればキーワードなのさ。まあ、セロリにリスタル金貨をもらった時から、何か引っかかってはいたんだが」
サンタは、何でもっと早く思い出さなかったかな、と、苦笑した。
「連邦の超極秘情報? へ~、じゃ、凄いレアな情報なんだね?」
羽衣は感心しかけて、ふと、あることに気づき首を傾げた。
「あれ? そんな極秘情報を何故、サンタなんかが知ってるの?」
「ああ、それはな、つまり……ユズナとおれが、昔、軍にいたのは知っているだろ? ユズナがいたのは連邦の最高機密を扱う軍諜報部だ。だからあいつには極秘事項なんてものが、そもそもなかったのさ」
「そうか。なるほど。じゃ、これってサンタがユズナとのピロートークで聞き出した秘密なんだね?」
「え? ちょっと待て。それは話が飛躍し過ぎだ」
そんなサンタの言葉など羽衣は聞いていない。
ただ、納得した、と云うように頷いているだけだ。
「そうか、そうか。……それでサンタ、ユズナとのピロートークって、どんな風だったのかな? 何ならここであたしと再現して教えてくれないかな?」
興味津々の様子でルビー色の目を輝かしている。
一瞬にして羽衣の興味は『金貨の魔法』から『ユズナとサンタのピロートーク』の方へ移ってしまったらしい。
(切替、早過ぎだろ?)
サンタは、やれやれ、と云う風に肩を竦めると、おれは寝る、とひと言告げてベッドに潜り込み、羽衣は不満そうに唇を尖らせて、ケチ、と呟いた。
今回の件の顛末がまだ入院中のサンタの元に届けられた。
ラスバルトの亜人売買、誘拐などの犯罪が明らかになり、かれはクロードと連邦警察に逮捕され、大公は今回の不幸な出来事を国民に陳謝し被害者の生活を全面的に支援することを決めたらしい。
セロリは久々の親子水入らずで、思い切りイザベラ大公妃に甘えまくっているらしいが、相変わらず大公にはあの率直な物云いで説教を垂れている、と云うのが、羽衣からの情報であった。
そして今回一番大暴れだったユズナたちが、帰り際にもう一度サンタの見舞いに訪れた。
病室の入り口で、やあやあ、と手を上げるユズナ。
その後ろで変わらずにこやかなフタバ。
ネコ耳キャップのマミ。
それに気づいて、ぎくり、として緊張するサンタを見ると、ユズナは赤毛をくしゃくしゃと掻き回しながら、この前は悪いことしたな、と、謝罪した。
「え? あ、ああ……、ってか、そんなに素直になられると、それはそれで気持ち悪いぞ、ユズナ」
「あん? 失礼なやっちゃな。人が素直に謝っとるのに。ん? もしかしてこの前みたいなプレイが好きなんか? あんさん、趣味変わったんとちゃうか?」
「いや、勘違いするな。そんなプレイは願い下げだ」
慌てて首を振る。
「で、どうしたんだ?」
「ああ、そろそろ、帰ろ、思て。その挨拶や。あんまり長いこと、事務所を空けとるのも心配やしな。それに……」
ユズナは、にやり、と笑って見せた。
「実は、あの野獣ライクな大公殿下と名刺交換してな。事のついでや思うてウチの会社案内を渡して、ちょっと商談させてもろた。ウチらがコンボイの管理会社だとは思ってへんかったみたいやし」
「そりゃ、あの暴れっぷりを見たらな」
「おかげでリスタル公国からの輸送業者の管理はウチで一手に引き受けることになったんや。いやあ、リスタル下りまで来た甲斐があったちゅうもんや」
「は、はあ? マジかよ」
「んで、あのロボ、また持って帰るのもしんどいなぁ、と思ってたんやが、これまた大公殿下があれをいたく気に入りはってな、買い取って記念に置いておきたい、云い出しよった。こりゃ、渡りに船や、ってことでこっちも商談成立や」
サンタが大きなため息をついた。
「おまえ、どんだけ、商魂逞しいんだよ」
「オーサカ商人の血ぃ、受け継いどるからな」
がははは、と笑った。豪快な笑いである。
そろそろ女を捨てに入ってるな、こいつ、と、サンタは思った。
「でも、よかったにゃ」
マミがユズナの後ろで腕を組んで、うん、うん、と頷いてる。
「あ? 何がよかったんや?」
不思議そうな顔でユズナがマミに訊ねた。
「え? ああ、実はあれを造った時の借金、どうしようかな、と、思ってたんだにゃ。これで精算できるにゃん」
「借金?」
「うん。実は会社を担保にしてたんだにゃ。よかった、よかった。無事解決」
「何やて? どないや、おまえ!」
そんな一通りの寸劇を展開する。
(いったい、何しに来たんだ、おまえら?)
「あ、そや」
唐突に思い出したようにユズナが再びサンタに目をやった。
「そう云や、フタバが余っとったガンホルダーを姫さんにプレゼントしたら、いたく喜んどったで」
「は? いや、それって、あんな子供にプレゼントする物かよ?」
フタバはそのサンタの言葉にも変わらずににっこりと笑った。
「でも、44マグナムを剥き出しでポケットの中に入れるんじゃ、お洒落じゃないですからね」
「お洒落の問題か?」
「そもそもサンタさんもコス衣装を買ってあげたんでしょ? そちらのがイタいと思いますけど」
うふ、と笑うフタバ。
さすがに何も云えない。本人がコス衣装だと気づいていないのが唯一の救いだ、と、サンタは自分を納得させるだけだった。
「まあ、そんな訳やから……」と、ユズナ。
「ウチらはこれでリスタルを離れるから、体が治ったらまた会社に寄ったってや。《赤鼻のトナカイ》の整備も中途やったしな」
ほなな~、と、気の抜けた挨拶をして、そのまま三人は帰って行った。
サンタはそんな三人を見送りながら、それにしても、と、思った。
(何だか、あいつら、本当に逞しいな。あんな大騒ぎして下手すりゃ犯罪ものなのに、ちゃんと商売して帰って行くとは)
***
「ねえ、サンタ」
ユズナたちが帰って行ったその晩。
サンタのベッドに腰掛けて羽衣が訊ねた。
「種明かしをしてよ」
「種明かし?」
「うん。あのとき、ラスバルトとやりあった時に云ってた『金貨の魔法』とかって何のこと?」
「ああ、そのことか」
サンタはベッド脇に置いてあった服のポケットを探り、セロリからもらった仕事料のリスタル金貨を取り出した。
「この中央のクリスタルみたいなのが何だかわかるか?」
リスタル金貨の中央にはめ込まれた石を示す。
「ん? 何なの?」
「賢者の石、《オリハルコン》さ。今では正式には《ラピス》と呼ばれているが――実はリスタルはこいつの連邦随一の産地なんだ」
《オリハルコン》――正式には《ラピス》。
星海時代の黎明期。火星の深部で莫大なエネルギーを放出する物質が発見された。
実際にはそれは物質ではなく、わずかな分量で核融合で得られるのに匹敵するエネルギーを発する結晶体。
科学者たちはその夢のエネルギー結晶体を、アトランティス文明の象徴であった《オリハルコン》からとって、そう名付けたのである。
やがて《オリハルコン》からその莫大なエネルギーを抽出する技術が実用化されると、それを応用して《歪空機関》、すなわち星船や《歪空回廊》の基本原理が完成したのだった。
つまり《オリハルコン》は現在の連邦を維持するのに欠かせない最重要アイテムとなった訳である。
そしてさらに転機が訪れたのは、いわゆる「大航海時代」。
植民惑星のひとつであったリスタルでの巨大な《オリハルコン鉱床》の発見であった。
それを契機にそれまで火星で細々としか採取できなかった《オリハルコン》を自由に使えるようになり、結果として大規模な《歪空回廊》の建設、巨大な《歪空機関》を搭載した大型の星船の建造などが進み、連邦は飛躍的な発展を遂げることになったのである。
その後、様々な紆余曲折があり、惑星リスタルが連邦内でも珍しい特別自治区として認可されたのはそのためであった。
「つまり――もしもリスタルが《オリハルコン》の引渡しを拒否したら、連邦は今の繁栄を維持できない、ってことだ」
「なるほど、確かにそうだね。連邦の生殺与奪権をリスタルが握っているんだね。それが『金貨の魔法』ってこと?」
「そう云うことだな」
「でもさ、リスタルが《オリハルコン》を独占しているならば、ラスバルトみたいな小悪党が『金貨の魔法』とか云ってる程度じゃ済まないんじゃないのかな? 連邦の生殺与奪権を持っているのならば、リスタルの実権がすごいことになっちゃうんじゃないの? 連邦を征服しちゃう、とか、そう云うレベルの話だと思うんだけども」
「ところが世の中はうまく出来ているんだな。実は《オリハルコン》からエネルギーを抽出するのは簡単なことじゃないんだ。それを応用した《歪空機関》の原理は連邦の超極秘事項だ。完全なブラックボックスなんだよ。そしてその原理を手に入れない限り《オリハルコン》は宝石にもエネルギーにもならないただの石ころだ。それが『バランス』なんだよ」
バランス。
確かにバランスがとれている状態ではあるが、これほど危ういバランスもないとも云えた。
連邦は《オリハルコン》がなければ、その体制も維持できなければそもそも星海を渡ることさえできない。だから不本意であったとしてもリスタルとは良好な関係でいなければならない。
一方、リスタルは連邦の技術がなければ《オリハルコン》を有効活用できないし、またその独占状態を主張すれば連邦は瞬く間にリスタルを併合支配するだろう。それはそのままリスタルの破滅を意味する。
つまりこちらも不本意であっても、連邦とは良好な関係でいなければならない。
お互いが剣を喉元に突きつけながらにこやかに握手しているようなそんな危うい『バランス』だと云えた。
「つまり《オリハルコン》を持ってはいてもリスタルではせいぜいがコインに組み込むくらいしか使い道がないし、だから連邦に高く買ってもらってそのお金で国を豊かにして行く方が利口だってことなんだね」
「ああ。そして連邦側もリスタルを刺激したくない。連邦も安定している訳ではないから、なるべくならばトラブルは避けたい。リスタル側が多少気に食わないことをしたとしても、お目こぼしするようにしているのさ」
羽衣が、うんうん、と頷く。
「面倒くさいんだねえ、大人の世界は。出来れば大人になりたくないよ」
「おれとしては、おまえにはもう少し大人になって欲しいんだけどな」
答えるサンタ。
「意地悪だね、サンタ。……ところで不思議なんだけど、リスタルにそんな鉱床があってそれに連邦が依存しているなんて情報、あたしの記憶域の何処にも見当たらないんだよ。たいていの情報はここに記憶されているはずなんだけど」
羽衣が自分の頭を、とんとん、と叩いて見せた。
羽衣の《バイオ・ドール》としての記憶域情報は、何十万冊と云う数の蔵書に匹敵するものである。
こうした連邦における記録や情報については、たいてい彼女の記憶域には登録されているはずであったのだ。
「おまえが記憶していないのも仕方ないことなんだ」
サンタが、なだめるように、そう云った。
「実はこの話は連邦の超極秘事項なんだよ。連邦でもトップレベルのごく限られた人間しか知らない話さ。リスタルの人間であっても《オリハルコン》鉱床がこの惑星にある、なんてことを知っている奴はほとんどいないし、そもそも《オリハルコン》自体をたいていの人間は知らないだろうな。おれもあの騒ぎでラスバルトの言葉を聞くまですっかり忘れていたんだが、あの『金貨の魔法』って言葉で思い出したんだ。それが云ってみればキーワードなのさ。まあ、セロリにリスタル金貨をもらった時から、何か引っかかってはいたんだが」
サンタは、何でもっと早く思い出さなかったかな、と、苦笑した。
「連邦の超極秘情報? へ~、じゃ、凄いレアな情報なんだね?」
羽衣は感心しかけて、ふと、あることに気づき首を傾げた。
「あれ? そんな極秘情報を何故、サンタなんかが知ってるの?」
「ああ、それはな、つまり……ユズナとおれが、昔、軍にいたのは知っているだろ? ユズナがいたのは連邦の最高機密を扱う軍諜報部だ。だからあいつには極秘事項なんてものが、そもそもなかったのさ」
「そうか。なるほど。じゃ、これってサンタがユズナとのピロートークで聞き出した秘密なんだね?」
「え? ちょっと待て。それは話が飛躍し過ぎだ」
そんなサンタの言葉など羽衣は聞いていない。
ただ、納得した、と云うように頷いているだけだ。
「そうか、そうか。……それでサンタ、ユズナとのピロートークって、どんな風だったのかな? 何ならここであたしと再現して教えてくれないかな?」
興味津々の様子でルビー色の目を輝かしている。
一瞬にして羽衣の興味は『金貨の魔法』から『ユズナとサンタのピロートーク』の方へ移ってしまったらしい。
(切替、早過ぎだろ?)
サンタは、やれやれ、と云う風に肩を竦めると、おれは寝る、とひと言告げてベッドに潜り込み、羽衣は不満そうに唇を尖らせて、ケチ、と呟いた。
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