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第12章 トラブル、トラブル、トラブル

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 ファンファーレが聞こえる。
 どこかざわついた喧騒がその通路にも流れ込んで来ていた。
 手錠をかけられたサンタと羽衣のふたりは、その通路で甲冑の兵士に囲まれて出来れば遠慮したい出番を待っているところだった。

「これからラスバルト卿の挨拶がある。それが済んだら入場行進だ」
 兵士のひとり、どうやらこのイベントを任されたらしい大男がサンタに向かってぶっきら棒に云った。
「きっちりと恥ずかしくないように歩くことだ。何せ貴様らにとっては誉高きリステリアス宮の中庭と云う最高の舞台で華々しく散るための最後の行進だ。これほど名誉なことはない。これは正式な場だ。国の有力者も大勢ご覧になっている。恥ずかしい姿を見せるのではないぞ」

「好きなことを云いやがって。ラスバルトの奴がご丁寧に痛めつけてくれたおかげでまともに歩くのもやっとだよ」
 サンタは掠れ声で毒づいた。
 兵士は面頬を下ろしたままで、くっくっ、と、笑った。
「なるほど。この期に及んでも口の減らない犯罪者め。大した肝っ玉だ。まあ、いい。おい、あれを用意しろ」
 かれは別の兵士に指図する。
 指図された兵士がさらに別の男に何事かを指示すると、まもなくサンタと羽衣の前に小さなガラス瓶が届いた。

「何だ、これは?」
「宮殿の工場ラインから直接持たせたのでラベルはないがこれは栄養ドリンクだ。《リステリアスA》」
「は? 栄養ドリンク? 《リステリアスA》?」
「そうだ。リステリアス宮で製造販売している大公家御用達の栄養ドリンクだ。おれたち兵士も、毎朝飲んでいる」
「ってか、この宮殿、こんなものも作ってるのか? どんな宮廷だよ?」
「まあ、なかなか観光収入だけでは厳しいのでな。いろいろと副業をしているのだ」
「副業って……」
(つまりは亜人の輸出もそのひとつってことか。栄養ドリンクくらいなら可愛いもんなんだが)

 兵士がスクリューキャップを捻る。
 しゅぽっ、と、栄養ドリンクっぽい軽快な音がして、しゅわしゅわ、と炭酸が抜ける。
 かれはそれを手錠をかけられて手が使えないサンタの口許に持っていく。

「さあ、飲め。毒などは入っておらん。これから処刑される人間を直前で毒殺する訳もなかろう」
「確かにな」

 見ると、別の兵士が同じように羽衣の口許に瓶を持って行ったところだった。
 羽衣は不審そうに見ながら、くんくん、と匂いを嗅いでいる。

「元気が出るぞ」
「処刑される人間に、元気が出るぞ、も、ないもんだがな」
「さあ、飲め」
 兵士が口に持ってきたそれをサンタは一気に飲み干した。
 口の中に甘い香りと炭酸の刺激が広がった。
「うん。まあまあだな。この手の栄養ドリンクは薬臭いもんだが、これはあっさりしていて普通の清涼飲料みたいだ。香料も悪くない。合成香料でなくハーブを利用しているのか?」
「おお、わかるか? その通りだ。こいつに利用しているハーブはリステリアスの少し北部にあるナン地区の契約農家で有機栽培しているものでな。なかなかそこらのハーブとは香りが違うのだ」

 何故か栄養ドリンクの批評に花が咲く。
 これから処刑される者と処刑する者が処刑直前にこんな話題で盛り上がるのも、異様であると云わざるを得ないが。

「お、何だか力が満ちてきた気がするぞ」
「ホントだ、私もだよ、サンタ」
 隣で同じように《リステリアスA》を飲んだ羽衣も驚きの声を上げる。
 代謝機能が常人とは比較にならない《バイオ・ドール》の羽衣にも効果があるようだ。
「力は出てきたがこれはこれで麻薬とか興奮剤の類なんじゃないのか?」
「いやいや、そんなことはない。これはちゃんと合法ハーブだ」
「『合法』って断っている時点で胡散臭いけどな」
 しかし体に力が漲ってくるのだけは確かであった。
 この即効性は栄養ドリンクとしては卓越している。
「すごいな。歩くのも難儀じゃなくなった。傷の痛みも心なしか軽減されているみたいだな」
「だろ? これは我らが行軍演習をする時にも必須のアイテムなのだ。何せこれは企業秘密なのだが、まあ、これから処刑されるおまえには明かしても差し支えないだろう。実はこいつには羽毛恐竜レクスの睾丸から抽出したエキスが入っているのだ。どうだ? 驚いただろう?」

「ええ?」と、羽衣。
「睾丸のエキスって……、あたし、きっちり飲んじゃったよぉ」

(と、云うか、羽毛恐竜レクス、どれだけ万能なんだ?)

  ***

 再びファンファーレが聞こえた。
 案内役の兵士がさっと緊張する。
「よし、出番だ。体に力も入るようになったようだしきっちりと頼むぞ。華々しく散って、ラスバルト卿とお客様を楽しませることだ」
 楽しませる、と云う気分には、もちろんなれるはずもない。

「おい、ひとつ聞いていいか?」と、サンタ。
「あ? もう時間がないぞ」
「セロリ、いや、セルリア公女殿下はどうしている?」
「ん? 姫様か? 恐らくは自室にいらっしゃるだろう。さすがにあの方に処刑などと云う刺激の強いものをご覧いただく訳にはいかないからな。ただご覧になろうと思えば部屋の窓は庭に面しているからそこから見届けてもらえるかも知れぬ」

(そうか。ラスバルトに軟禁されているんだろうが無事であればそれはそれだ。さすがに庭に参列させておれたちの最期を見させるほど、ラスバルトも悪趣味ではなかったってことか)

 先頭にいた旗手が歩き出したのが見えた。
 それに続いて先導の騎士二名が馬を進め出す。
 その後を司祭などの聖職者。
 十名ほどの歩兵が続き、それから四名の甲冑兵士に囲まれたサンタと羽衣。
 そして後ろを守るように歩兵が十名ほど。
 ふたりが庭に足を踏み入れたところで、特設観覧席から歓声が上がった。

 見ると豪華な衣装を身にまとった町の名士などの賓客たちがサンタと羽衣に向かって拍手をしていた。
 かれらの席の前にはそれぞれテーブルが置かれ、そこには贅を尽くした料理やらワインやらが並んでいる。
 だいぶ前から宴会を楽しんでいたものと見える。

(おいおい、これから断頭台での処刑だぞ。普通の神経ならそんなもの食っていられないだろう?)

 さらに城の表門とそれに続く石畳のエントリー・ロードが解放されており、そこには一般人たちが見物のために集まっている。

(退廃って言葉はこいつらのためにあるようだな)

 こんな奴らの酒の肴に首を斬られるのは気分のよいことではなかったが、もはやそれもどうにもならない。
 サンタと羽衣は断頭台に向かってただ歩んで行く以外に何も出来なかった。

 楽士隊がリスタルの行進曲を奏でている。
 それだけを聞けば、まるで遠征部隊が勝利の凱旋をして来たようであったが、これは処刑である。
 この悪趣味な習慣がリスタルの伝統だとすればセロリの教育上もここに住まわせるのはどうかと思われるが――。
「おい、この大騒ぎは何なんだ? 処刑の時はいつもこんななのか?」
「ん?」
 大男の兵士がサンタを見下ろした。
「いや、ここで処刑が行われるのは初めてのことだ。リスタル公国が悪趣味の国だと思われては困る」
「ほう。おまえも悪趣味だとは思っているのか?」
 サンタの言葉に兵士は曖昧に頷いた。
「これは余計なことを云ったようだ。まあ、今回はラスバルト卿閣下の発案した特別な催しで、ともかく極悪人の貴様らを民衆の前で処刑してリスタルの士気を高めよう、と、そう云うことなのだ。貴様らも不憫なことで同情の余地がないではない」
(ふん、奴のプロモーションって訳か。敵対する者には自分の力を見せ、崇拝する者には正義を示す、ってところか。浅薄な考えではあるが確かに効果的なのかもな)

 そんなサンタの様子を大男の兵士は無言で見つめ、それから面頬の下りた甲冑の下でかすかに笑い声を立てた。
「それにしてもおまえもなかなか図太いな。事ここに及んで泣き言ひとつ云わんとは感心する。もしもおまえが犯罪者でなければ良い友になれたかも知れんな」
「光栄だね」
 サンタも苦笑めいた笑顔を見せた。

 先頭の旗手が断頭台の前で二手に別れ、その両脇に持っていた国旗を設置していた。
 歩兵団も同じように分かれて断頭台を挟んで向かい合う。
 聖職者たちが断頭台に向かって一礼し、何事か祈りの言葉を捧げ始めた。
 四人の甲冑の兵士に囲まれ、サンタと羽衣はその祈りの言葉を無感動に聴いていた。

「サンタ?」
 突然、羽衣が呼ぶ。
 サンタが目をやると、彼女は一歩サンタに近づき耳許に唇を寄せた。
「サンタ、私が騒ぎを起こすからサンタだけでも逃げて」
《速話(ラピッド)》で語りかける。
「何を云ってるんだ? ずっと一緒だって云ったのはおまえだろう? それにこれだけの人間に看取られて逝けるんだ。普通の『運び屋』生活ならばあり得ない幸運な最期だぜ」
 サンタは皮肉っぽく笑って見せる。

「でも……」
 羽衣が口を噤み何事か考えている。
 いつになく真剣な表情である。
 そして。

「あのね、サンタ」と、羽衣。
「うん。実は夕べ、あたしのAIをバックアップしたんだ」
「バックアップ? おまえにそんな機能……」
「うん。だから復活できるんだよ。ここで処刑されたとしても……」
「え? おまえ何を……?」
 サンタが怪訝そうな表情を見せる。

「ありがとう。サンタと一緒にいれて、あたし、楽しかったよ」

 羽衣が笑った。悲しそうに。
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