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第12章 トラブル、トラブル、トラブル

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 ぎしぎし。
 壁が鳴った。

 セロリとラフィンは反射的に音のする方へ目をやった。

 それはベッドの横にある豪華な装飾を施した作りつけの姿見である。
 サンタや羽衣と一緒にトナーク宮へ向かうために通った隠し通路のあるあの鏡だ。
 ラスバルトの部下の手によってそれは厳重に封鎖されており、すでに隠し通路としては役に立たなくなっていた。
 ラスバルトはそこに隠し通路があったことを知ると、この平和な国で隠し通路などと云う酔狂なものを造るとは大公家も物好きなものだ、と、苦笑してすぐに部下に命じてあっさりと封印してしまったのだった。

 その隠し通路のある姿見が、ぎしぎし、と不気味な音を立てていた。

「な、何?」
 セロリは泣くことも忘れて姿見を見つめた。
 そう云えば昔、騎士の怨霊が夜な夜な宮殿内をさまよっている、と、云う噂があったことを思い出して自分の肩を抱きしめた。

「な、な、何でしょう、ラフィン? まさか噂に聞く騎士の怨霊?」
「ま、まさかそんなもの、実在する訳が……」
「ラフィン、お、怨霊はそもそも『実在しない』から恐ろしいのではないですか?」
「いえ、姫様、そこは突っ込むところでしょうか?」

 ぎしぎし、とそれは鳴り続けている。

「み、見て来てください」
「え? わ、私がですか? 姫様、それは殺生でございます」
「あなたの役目じゃないですか?」
「そ、そんな……。怨霊のチェックなど労働契約書には記載されてございません」
「あ、あなたは労働契約書を一字一句憶えているんですか、ラフィン? もう一度、よく読み直しなさい。きっとどこかに怨霊への対処の条項が書かれているはずです」
「いえ、姫様、そんなことは絶対にありません」

 動揺の余り自分たちでも訳がわからないやりとりをするセロリとラフィンである。
 どうやらそれで現実逃避しているつもりらしい。

 しかし今度は姿見が突然、どん、と大きな音を立て、ふたりは現実に引き戻された。

「ひええ!」
 セロリが恐怖の表情でラフィンに抱きつく。
「お、怨霊があれを叩いています」
「で、で、でもまだ午前中ですし、怨霊タイムではないのではないでしょうか?」
「時間を間違っているのかも知れません」
「ひ、姫様、お、怨霊とは時間を間違うようなものなのですか?」
「そんなこと、私が知っているはずはないでしょう? 私は怨霊博士じゃありません」

 どん、どん、どん、どん。

 そんな間にも、さらに壁を叩く音が続いている。
「しかし、ラフィン、これが、ラップ、と云うものかも知れません」
「ラップ? あの音楽に合わせて早口でまくし立てるあれですか?」
「そっちのラップでなく『ラップ現象』です。霊が起こす現象のひとつですよ。ラフィン、あなた、『心霊怪奇現象特番』とか見たことないんですか?」
「姫様、そんなものをご覧になっていたのですか? 修道女なのに」
「あ、失言です。このことは内緒にしといてください。……え?」

 セロリがネコ耳を、ぴくり、と動かす。

「今、何か恐ろしい声が聞こえませんでしたか?」
「は? いえ、私には……。姫様、気味が悪いことをおっしゃらないでください」
「何を今さら! もう十分気味が悪いことが続いているじゃないですか? でも……」

 セロリがネコ耳を立ててぴくぴくと動かして見せる。
 まさしく、聞き耳を立てる、を体現する仕種である。

「あ、また、聞こえました」
「本当でございますか?」
「間違いないです。何か獣の雄叫びのような……」

 セロリが云った途端。

「ふんが~!」

 セロリとラフィンは驚愕のあまりベッドに倒れこんだ。

「き、き、聞こえました、セルリア様。今、確かに『ふんが~』と」

 続いて、さらに壁のぎしぎし云う音が激しくなり姿見が揺れ出した。
 壁に亀裂が入る。

「あああ……。ポ、『ポルターガイスト現象』です、ラフィン!」
「ひ、姫様、無駄に怪奇現象にお詳しいです」

「ふんが~!」
 獣地味た雄叫びが再び聞こえ、次の瞬間、ばこっ、と、姿見が壁から押し出される。

「きゃああ!」
 セロリとラフィンが悲鳴を上げた。

 姿見がそこに放り出されると、隠し通路からのっそりと巨大な影が姿を現した。

「きゃああ~、か、怪物!」
 セロリが両手で顔を覆う。
 ラフィンは片手を額に当てるとへなへなとその場に崩れ落ちた。

「怪物とは……あんまりだ」

 怪物は悲しげに呟いた。

(え?)

 セロリは聞き覚えのあるその声に覆っていた手の隙間から怪物を見た。

「ああ、やっぱり怪物。毛むくじゃらの怪物ですぅ」
 再び顔を手で覆うと目を堅く閉じた。

「えええ?」

 怪物は叫んでその場にがっくりと膝をついた。

 その怪物の後ろからひょっこり顔を出す女性。
 彼女は、可哀想に、と云いながら怪物の頭を撫でる。

「まあまあ、セルリアったらそんなことを云うものじゃありませんよ」

(へ? その声は)
 セロリが恐る恐る目を開く。

「お、お母様?」

 その女性はリスタル大公妃イザベラであった。
 と、すると?

 セロリは怪物をじっと見つめた。
「あれ? お父様?」
「そうだよ、セルリア。怪物呼ばわりはひどいだろう。パパ、傷ついたよ」

 そこにへたり込んだままいじいじと豪華な絨毯に指で「の」の字を書いているのは、大公モロク三世だった。
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