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第10章 リステリアス宮、脱出大作戦
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二頭立ての馬車がゆっくりと芝生の石畳を通って裏門に近づいて行った。
御者台には喜助じいさんが座り二頭の馬を操っている。
その手綱さばきはさすがに宮廷馬車守である。
馬車が近づいて行くと予想通り裏門警備の小屋から二名の歩哨が出てきて、馬車の前に立ちはだかった。
「待て。この夜中にどこへ行く?」
ひとりが御者台の喜助じいさんを睨みつけた。
ひどく不愉快そうである。
どうやらいつもの夜勤ならば明けの報告で「異状なし」の一言で済むところが、この馬車のおかげでそれだけではすまなくなった、とでも思っているのだろう。
「ああ、急ぎなんじゃ」
そんな歩哨の思いにはまったく気づかぬように、喜助じいさんは銀歯を光らせて笑顔を作った。
「答えになってないぞ、じいさん。どこへ行くのか、と訊いたんだ」
「そうかの?」
「惚けるな。おれたちもヒマじゃないんだ」
いや、夜勤の歩哨など、死ぬほどヒマじゃろう? と喜助じいさんは思いながらも、もちろん言葉には出さない。
「馬車に乗っているのは誰だ? 悪いが検分させてもらうぞ。これもお役目でな」
ふたりの歩哨が馬車の方に回りこみ扉を開けようとすると、それより早く馬車の扉が内側から開けられた。そこには中世風のメイド服を着た侍女が立っていた。
その装束はかなり身分の高い貴族付きのはずだ、と、歩哨は思った。
声をかけるかどうか、と、一瞬考えていると、侍女はそんな歩哨にまるで興味がないと云うように、わずかに一瞥をくれただけで御者台に向かって声をかけた。
「喜助、どうしたのですか? 急ぐように、と、云ったはずですが?」
それからふたりの歩哨を馬車の上から見下ろすと、不愉快そうに目を細める。
「その方たち、何か用ですか?」
「何か用ですか、と云われても、だな、侍女殿」
「おれたちは歩哨だ」
「その歩哨が何の用事ですか? 私たちは急いでいるのです」
きっ、と睨みつける。
「急いでいても城を出るには検分が必要だ。それくらいはご存知であろう? この馬車の中にいるのは誰だ? どんな用でこの真夜中に城を出るのだ?」
「それは……」
侍女は困ったような顔をして、背後の馬車の中に目をやる。
「ふん、怪しいな。おい、侍女殿、そこを退け。検分いたす」
ひとりが馬車に足をかけ、侍女を脇に押しのけた。
彼女が小声で、きゃっ、と云うのを耳にしてその歩哨はかすかに口許に好色そうな笑みを浮かべた。
それから――。
「誰かいるのか?」
威圧的な口調でそう云うと、馬車を覗き込む。
そこには三人の乗客がいた。三人ともに旅用のフードつきのマントを身に着けている。
ひとりは子供である。
もうひとりは男。
そしてもうひとりは、その男の膝枕で寝かされている女。
「う、う、う、……」
女は苦しげに呻いていた。
その腹がスイカのように膨れている。
「妊婦か?」
歩哨の言葉にフードをかけたままの男が黙って頷いた。
そこへ侍女が今度は歩哨を逆に押しのけると、三人を守るかのようにその前に立ちはだかり歩哨を睨みつけた。
「無礼な兵たちですね。この者たちはラスバルト卿のお抱えの夫婦漫才師ですよ」
「め、夫婦漫才師?」
そんなものがラスバルト卿のお抱えにいたのか? と、かれは目を瞠る。
「さようです。とても芸事には熱心な者たちで、つい先ほどまでラスバルト卿のために、と、ずっとおふたりで練習をしていたのです」
「あ、ああ……」
歩哨は曖昧に頷いて見せる。何か釈然としない。
「ところが女房が急に産気づいてしまい、これからお医者へ行くところなのです」
「医者? しかし城にも医者はいるだろう?」
その言葉に侍女は、オー、マイゴッド、と叫んだ。
どこが芝居がかった大袈裟な仕種である。
「よくお聞きなさい! いかにラスバルト卿のお抱えの漫才師であろうと、尊き方々を治療してくださるお医者様にこんな下賎な者たちを診せるなど言語道断です。あなたは尊き大公家の方々を侮辱するのですか?」
「い、いや、滅相もない。そんなつもりで云ったのではない」
大公家を侮辱するのか、と云われて、慌てて首を振って否定する。
「わかった。それはわかった、侍女殿。確かにおぬしの云う通りだ。これはおれの失言であった」
「失言? そんな一言で済ますおつもりですか?」
「そ、そう云う訳ではないが……、すまぬ、この通りだ」
頭を下げる。
それを冷たい視線で眺めながら、侍女は、ふん、と鼻を鳴らした。
「別にあなたを糾弾しても私には何の得もありませんから。ただこれからはお言葉に気をつけた方がよろしいですよ。口は災いの元、と、申しますから」
「ああ、そうだな。肝に銘じよう。……それで、そっちの子供は?」
「お弟子さんに決まっているでしょう? あなたにはこの子の方がお師匠様に見えるのですか?」
論点がビミョーにおかしいが、歩哨は動揺しているのか、そ、それは自分が間違っていた、と、また、頭を下げた。
どうやら主導権は完全に侍女が握ってしまったようである。
「いいですか? 私だってこんな時間に起こされて少々気が立っているのです。かと云って城の中で子供が産まれたなどとあっては、ラスバルト卿に言い訳も出来ません。ですから外のお医者様に診せに行くのです。わかりますか? わかったら、さっさと馬車を通しなさい! き~っ!」
半ばヒステリーを起こして地団太を踏む侍女。
と、云うか、少しずつメッキが剥がれてきている感じである。
「し、しかし……」
歩哨はまだ、どうしたものか、と、思案顔である。
「ええい、まだ、わからないのですか? つべこべ云っていると、私、ここで服を脱ぎ……」
咄嗟に漫才師の男――サンタが、歩哨の見えない角度から侍女の足を蹴飛ばした。
「あ、痛い!」
「え?」
歩哨が不思議そうな表情を浮かべる。
サンタは、そろそろ怪しまれるぞ、と、思いつつ、そっと膝枕していた漫才師の妻――羽衣に合図を送った。
「あああ、産まれる~!」
突如、横たわっていた女、羽衣が叫んだ。
「もう、だめえ~、お腹が破裂する! ポンって、パーティークラッカーみたいに」
棒読みである。おまけに、云っていることが支離滅裂である。
(少しは考えろ、羽衣! なんだ? パーティクラッカーみたいに、ってのは?)
サンタがフードの中で羽衣を睨みつけるが、羽衣は演技に夢中で気づかない。
お腹が破裂する、を繰り返していた。
「と、ともかく、こんな状態なのです。早く、通しなさい!」
歩哨はどこか腑に落ちない様子ではあるが、確かに侍女の云うとおりこんなところで出産の立会いをする訳にも行かない、と思ったのか、大きく頷いた。
「わ、わかった。今、裏門を開ける」
そして馬車から飛び降りると、もうひとりの歩哨に門を開けるように指示した。
「ありがとう。これで無事にお医者様に診せられます。あなた方に神のご加護がありますように」
侍女が馬車の上で祈りのポーズをした。それを見ると歩哨は満面の笑みを浮かべる。
「ああ、良い子を産めよ、と、女漫才師に云ってくれ」
無事に裏門を出て行く馬車に手を振るふたりの歩哨。
侍女は馬車の窓から身を乗り出し、手にしたハンカチを振って別れの挨拶をするのだった。
***
「なかなかの名演技だったな、ラフィン」
リステリアス宮の裏門を出た馬車がこんもりと生い茂った森の中に入った頃、フードをとってひと息ついたサンタがラフィンに笑いかけた。
「ええ? そ、そんな、オスカー賞なんてとても無理です」
「そこまでは云ってないけどな」
「必然性があれば、脱ぐのは構いません」
「あんたは必然性がなくても脱ぎたいんだろ?」
そこへ羽衣が横から顔を突き出した。
「ねえねえ、サンタ、あたしは? あたしは?」
アピールする。
「羽衣か……。おまえは大根役者だ。もう、こう云う作戦は止めよう」
「ぶ~ぅ」
ふくれっ面。
そこへ馬車の天井近くの小窓を開けて御者台から喜助じいさんが顔を出すと、ラフィンに向かって笑いかける。
「おまえさん、取り柄はオッパイだけ、とか云いながら、他にも取り柄があるじゃないか?」
(また、そっちか、エロじじい!)
「じいさん、もう裏門は出たんだ。この森の中でほっぽり出されたくないのならば、軽口を叩くのは止めろ」
喜助じいさんは無言で小窓を閉めた。
「ところで……」
サンタは隣に座ったセロリの頭に手をやった。
「何よりもこの作戦を考えたセロリのお手柄だな。じいさんの『太極拳マニアに扮してみんなで踊りながら出て行く』と云う最低の案を採用しなくて良かったよ」
悪かったのう、最低で、と、御者台から声がした。
「もっとも最初セロリの『妊婦』案を聞いたときにも、どう考えてもうまく行かないと思ったが、案外何とかなるものだな」
これだけベタな作戦に引っかかるとは、相手が間抜けだった、と云うよりはむしろこの国の平和ボケが末期的と云った方が正しいかもしれない。
そして表向きがあまりにも平和であるからこそ、闇もまた巣食ってしまうのかも知れないが。
一方、サンタに、お手柄、と褒められたセロリは上目遣いにかれを見て照れ臭そうに微笑した。
マトモに考えれば、照れるほうも照れる方である。
「そうでしょうか? いい作戦でしたか?」
「ああ。実際、こうして城から無事に出られたんだからな」
云いたいことはあったが、先ほどまで落ち込んでいたセロリである。
ここは持ち上げておいた方が良いだろう、と、サンタは何も云わずに手放しで褒めることにした。
「はい。確かに自分でも惚れ惚れするほどの、グッド・アイデアでした」
もう一度微笑すると、サンタが頭を撫でるのに任せてかれの肩に体を預けた。
「えっへっへ~♪」
向かいの席で羽衣が、じーっと、そんなふたりを見つめている。
「サンタ、『おまじない』はダメだよ」
「しね~よ」
「ん? 何ですか? 『おまじない』?」
「何でもない。羽衣もその件は忘れろ」
「やだ。忘れないもん」
羽衣が唇を尖らせた。
「そんなことより、セロリ……」と、サンタ。
「はい?」
「どうやら元気が戻って来たようだな」
「え? ああ、そうですね。まだ気に病むところもありますが、まずは立ち止まらずにこれからのことを考えようかな、と、思います」
「いい心がけだ」
と、云うか意外と立ち直りが早い。こう云うところは統治者としての才能なのかも知れない、とサンタは思った。
そして、そんな愉快な仲間たちを乗せた馬車は、一路、リスタル大公夫妻の待つトナーク宮に向かって闇夜を疾走して行くのであった。
御者台には喜助じいさんが座り二頭の馬を操っている。
その手綱さばきはさすがに宮廷馬車守である。
馬車が近づいて行くと予想通り裏門警備の小屋から二名の歩哨が出てきて、馬車の前に立ちはだかった。
「待て。この夜中にどこへ行く?」
ひとりが御者台の喜助じいさんを睨みつけた。
ひどく不愉快そうである。
どうやらいつもの夜勤ならば明けの報告で「異状なし」の一言で済むところが、この馬車のおかげでそれだけではすまなくなった、とでも思っているのだろう。
「ああ、急ぎなんじゃ」
そんな歩哨の思いにはまったく気づかぬように、喜助じいさんは銀歯を光らせて笑顔を作った。
「答えになってないぞ、じいさん。どこへ行くのか、と訊いたんだ」
「そうかの?」
「惚けるな。おれたちもヒマじゃないんだ」
いや、夜勤の歩哨など、死ぬほどヒマじゃろう? と喜助じいさんは思いながらも、もちろん言葉には出さない。
「馬車に乗っているのは誰だ? 悪いが検分させてもらうぞ。これもお役目でな」
ふたりの歩哨が馬車の方に回りこみ扉を開けようとすると、それより早く馬車の扉が内側から開けられた。そこには中世風のメイド服を着た侍女が立っていた。
その装束はかなり身分の高い貴族付きのはずだ、と、歩哨は思った。
声をかけるかどうか、と、一瞬考えていると、侍女はそんな歩哨にまるで興味がないと云うように、わずかに一瞥をくれただけで御者台に向かって声をかけた。
「喜助、どうしたのですか? 急ぐように、と、云ったはずですが?」
それからふたりの歩哨を馬車の上から見下ろすと、不愉快そうに目を細める。
「その方たち、何か用ですか?」
「何か用ですか、と云われても、だな、侍女殿」
「おれたちは歩哨だ」
「その歩哨が何の用事ですか? 私たちは急いでいるのです」
きっ、と睨みつける。
「急いでいても城を出るには検分が必要だ。それくらいはご存知であろう? この馬車の中にいるのは誰だ? どんな用でこの真夜中に城を出るのだ?」
「それは……」
侍女は困ったような顔をして、背後の馬車の中に目をやる。
「ふん、怪しいな。おい、侍女殿、そこを退け。検分いたす」
ひとりが馬車に足をかけ、侍女を脇に押しのけた。
彼女が小声で、きゃっ、と云うのを耳にしてその歩哨はかすかに口許に好色そうな笑みを浮かべた。
それから――。
「誰かいるのか?」
威圧的な口調でそう云うと、馬車を覗き込む。
そこには三人の乗客がいた。三人ともに旅用のフードつきのマントを身に着けている。
ひとりは子供である。
もうひとりは男。
そしてもうひとりは、その男の膝枕で寝かされている女。
「う、う、う、……」
女は苦しげに呻いていた。
その腹がスイカのように膨れている。
「妊婦か?」
歩哨の言葉にフードをかけたままの男が黙って頷いた。
そこへ侍女が今度は歩哨を逆に押しのけると、三人を守るかのようにその前に立ちはだかり歩哨を睨みつけた。
「無礼な兵たちですね。この者たちはラスバルト卿のお抱えの夫婦漫才師ですよ」
「め、夫婦漫才師?」
そんなものがラスバルト卿のお抱えにいたのか? と、かれは目を瞠る。
「さようです。とても芸事には熱心な者たちで、つい先ほどまでラスバルト卿のために、と、ずっとおふたりで練習をしていたのです」
「あ、ああ……」
歩哨は曖昧に頷いて見せる。何か釈然としない。
「ところが女房が急に産気づいてしまい、これからお医者へ行くところなのです」
「医者? しかし城にも医者はいるだろう?」
その言葉に侍女は、オー、マイゴッド、と叫んだ。
どこが芝居がかった大袈裟な仕種である。
「よくお聞きなさい! いかにラスバルト卿のお抱えの漫才師であろうと、尊き方々を治療してくださるお医者様にこんな下賎な者たちを診せるなど言語道断です。あなたは尊き大公家の方々を侮辱するのですか?」
「い、いや、滅相もない。そんなつもりで云ったのではない」
大公家を侮辱するのか、と云われて、慌てて首を振って否定する。
「わかった。それはわかった、侍女殿。確かにおぬしの云う通りだ。これはおれの失言であった」
「失言? そんな一言で済ますおつもりですか?」
「そ、そう云う訳ではないが……、すまぬ、この通りだ」
頭を下げる。
それを冷たい視線で眺めながら、侍女は、ふん、と鼻を鳴らした。
「別にあなたを糾弾しても私には何の得もありませんから。ただこれからはお言葉に気をつけた方がよろしいですよ。口は災いの元、と、申しますから」
「ああ、そうだな。肝に銘じよう。……それで、そっちの子供は?」
「お弟子さんに決まっているでしょう? あなたにはこの子の方がお師匠様に見えるのですか?」
論点がビミョーにおかしいが、歩哨は動揺しているのか、そ、それは自分が間違っていた、と、また、頭を下げた。
どうやら主導権は完全に侍女が握ってしまったようである。
「いいですか? 私だってこんな時間に起こされて少々気が立っているのです。かと云って城の中で子供が産まれたなどとあっては、ラスバルト卿に言い訳も出来ません。ですから外のお医者様に診せに行くのです。わかりますか? わかったら、さっさと馬車を通しなさい! き~っ!」
半ばヒステリーを起こして地団太を踏む侍女。
と、云うか、少しずつメッキが剥がれてきている感じである。
「し、しかし……」
歩哨はまだ、どうしたものか、と、思案顔である。
「ええい、まだ、わからないのですか? つべこべ云っていると、私、ここで服を脱ぎ……」
咄嗟に漫才師の男――サンタが、歩哨の見えない角度から侍女の足を蹴飛ばした。
「あ、痛い!」
「え?」
歩哨が不思議そうな表情を浮かべる。
サンタは、そろそろ怪しまれるぞ、と、思いつつ、そっと膝枕していた漫才師の妻――羽衣に合図を送った。
「あああ、産まれる~!」
突如、横たわっていた女、羽衣が叫んだ。
「もう、だめえ~、お腹が破裂する! ポンって、パーティークラッカーみたいに」
棒読みである。おまけに、云っていることが支離滅裂である。
(少しは考えろ、羽衣! なんだ? パーティクラッカーみたいに、ってのは?)
サンタがフードの中で羽衣を睨みつけるが、羽衣は演技に夢中で気づかない。
お腹が破裂する、を繰り返していた。
「と、ともかく、こんな状態なのです。早く、通しなさい!」
歩哨はどこか腑に落ちない様子ではあるが、確かに侍女の云うとおりこんなところで出産の立会いをする訳にも行かない、と思ったのか、大きく頷いた。
「わ、わかった。今、裏門を開ける」
そして馬車から飛び降りると、もうひとりの歩哨に門を開けるように指示した。
「ありがとう。これで無事にお医者様に診せられます。あなた方に神のご加護がありますように」
侍女が馬車の上で祈りのポーズをした。それを見ると歩哨は満面の笑みを浮かべる。
「ああ、良い子を産めよ、と、女漫才師に云ってくれ」
無事に裏門を出て行く馬車に手を振るふたりの歩哨。
侍女は馬車の窓から身を乗り出し、手にしたハンカチを振って別れの挨拶をするのだった。
***
「なかなかの名演技だったな、ラフィン」
リステリアス宮の裏門を出た馬車がこんもりと生い茂った森の中に入った頃、フードをとってひと息ついたサンタがラフィンに笑いかけた。
「ええ? そ、そんな、オスカー賞なんてとても無理です」
「そこまでは云ってないけどな」
「必然性があれば、脱ぐのは構いません」
「あんたは必然性がなくても脱ぎたいんだろ?」
そこへ羽衣が横から顔を突き出した。
「ねえねえ、サンタ、あたしは? あたしは?」
アピールする。
「羽衣か……。おまえは大根役者だ。もう、こう云う作戦は止めよう」
「ぶ~ぅ」
ふくれっ面。
そこへ馬車の天井近くの小窓を開けて御者台から喜助じいさんが顔を出すと、ラフィンに向かって笑いかける。
「おまえさん、取り柄はオッパイだけ、とか云いながら、他にも取り柄があるじゃないか?」
(また、そっちか、エロじじい!)
「じいさん、もう裏門は出たんだ。この森の中でほっぽり出されたくないのならば、軽口を叩くのは止めろ」
喜助じいさんは無言で小窓を閉めた。
「ところで……」
サンタは隣に座ったセロリの頭に手をやった。
「何よりもこの作戦を考えたセロリのお手柄だな。じいさんの『太極拳マニアに扮してみんなで踊りながら出て行く』と云う最低の案を採用しなくて良かったよ」
悪かったのう、最低で、と、御者台から声がした。
「もっとも最初セロリの『妊婦』案を聞いたときにも、どう考えてもうまく行かないと思ったが、案外何とかなるものだな」
これだけベタな作戦に引っかかるとは、相手が間抜けだった、と云うよりはむしろこの国の平和ボケが末期的と云った方が正しいかもしれない。
そして表向きがあまりにも平和であるからこそ、闇もまた巣食ってしまうのかも知れないが。
一方、サンタに、お手柄、と褒められたセロリは上目遣いにかれを見て照れ臭そうに微笑した。
マトモに考えれば、照れるほうも照れる方である。
「そうでしょうか? いい作戦でしたか?」
「ああ。実際、こうして城から無事に出られたんだからな」
云いたいことはあったが、先ほどまで落ち込んでいたセロリである。
ここは持ち上げておいた方が良いだろう、と、サンタは何も云わずに手放しで褒めることにした。
「はい。確かに自分でも惚れ惚れするほどの、グッド・アイデアでした」
もう一度微笑すると、サンタが頭を撫でるのに任せてかれの肩に体を預けた。
「えっへっへ~♪」
向かいの席で羽衣が、じーっと、そんなふたりを見つめている。
「サンタ、『おまじない』はダメだよ」
「しね~よ」
「ん? 何ですか? 『おまじない』?」
「何でもない。羽衣もその件は忘れろ」
「やだ。忘れないもん」
羽衣が唇を尖らせた。
「そんなことより、セロリ……」と、サンタ。
「はい?」
「どうやら元気が戻って来たようだな」
「え? ああ、そうですね。まだ気に病むところもありますが、まずは立ち止まらずにこれからのことを考えようかな、と、思います」
「いい心がけだ」
と、云うか意外と立ち直りが早い。こう云うところは統治者としての才能なのかも知れない、とサンタは思った。
そして、そんな愉快な仲間たちを乗せた馬車は、一路、リスタル大公夫妻の待つトナーク宮に向かって闇夜を疾走して行くのであった。
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