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第10章 リステリアス宮、脱出大作戦

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 サンタはユズナからもたらされた情報、ラスバルトとの会談で本人から直接聞いた情報を丁寧に詳細にわたってふたりに説明した。

 亜人誘拐のこと、その売買のこと、セロリが見たリストがその商品リストだったこと――。

 話が進むにつれてセロリとラフィンの顔は蒼白になって行ったが、それでも話を途中で終わらせる訳にはいかなかった。
 やがてかれはすべてを話し終えると、話し始めたときと同じようにため息をひとつついた。

「おれの話はこれで終わりだ」
 ぽつり、と、云う。

 セロリとラフィンは蒼白な顔のまま黙り込んでいた。沈痛な表情を浮かべて。
 その様子をじっと見つめるサンタ。
 それからかれはゆっくりとセロリに向かって口を開いた。

「さて、セロリ」と、サンタ。
「おまえの番だ。今の話、おまえ、薄々感づいていたんじゃないのか?」

「え?」
 セロリが、ぎくり、としてサンタを見つめ返した。
 その表情は明らかに動揺しているように見える。
「サ、サンタ……、それはどう云う意味……?」
「そのままの意味さ。おまえはこの件についてある程度気づいていたんだろ?」
「ど、どうして?」
「もともと以前から、子供たちが次々と里親にもらわれて行く事におまえは不信感を持っていたんじゃないのか? 云っても亜人の里親になろうなんて殊勝な人間が、世の中にそんなにたくさんいるとは思えなかったんだろ?」

 その言葉にセロリは俯いた。
「……はい、そうです」と、セロリは、ぽつりと答える。
「亜人に人権が認められたと云ってもまだまだ差別は少なくありません。特に連邦の中央に行けば行くほど差別が激しいのは知っていました。それなのに中央とは云えないまでも貿易のハブ惑星であり連邦中央とも関係の深い惑星マグダラで、あまりにも頻繁に里親が見つかるのがとても不自然だと感じていました」

 サンタが頷く。
「それでおまえは教会の執務室に忍び込んだんだな? ちょっとした探偵気分だったのか? まあ、別に本気で真相を探ろう、とか、そんなことを思っていたんじゃなかったんだろうけれど。だがおまえはそこで、たまたま執務机の上に置いてあったあのリストを見つけてしまった。そしてそれが自分の予想をはるかに超えたヤバいリストだと、おまえは気づいたんだな?」

「ええ、その通りです。と、云うのは、そこには私の知らない子供たち、いるはずのない子供たちの名前、必要性があるとは思えない亜人の属性記号、里親としては不自然な貰われ先が記されていたからです」
 彼女は素直に認めた。

「おまえ、あのリストの写真をおれたちに見せたとき、地名がどうとか云ってたよな? あのリストにあった地名はすべてこのリスタルの地名だった。違うか?」

 セロリは無言で頷いた。
 下唇を噛んで必死に何かを堪えているようであった。

「それでおまえは確信した。教会の子供たちだけでなく、どうやらリスタルからも亜人たちが連れて来られて、さらにどこかへ連れて行かれているのだ、と。それに教会が噛んでいるのだ、と」
「はい……、アズナガ神父が……《十三番目の使徒教会》が、リスタルの何者かと結託して亜人たちを、と思いました。亜人たちが不法な生体実験に使われている、などと云う噂も聞いたことがありましたし、これはこのまま教会にいたら自分の身も危険なのでは、と、そう思ったのです」
「それで家出をしたんだな? おまえにとってもっとも安全であるリステリアス宮まで逃れるために」
 うなだれているセロリの肩に、サンタはやさしくその手を置いた。
 大丈夫だ、と彼女を元気づけるかのように。

「……おまえ、あのSAでラスバルトに電話をしたんだな?」
「は……い」
「やはり、な。そして《歪空回廊トンネル》を使ってリスタルに向かっていること、追っ手がかからないように手配してもらうこと、それを奴に依頼したんだな? 道理でリステリアス宮に着いた時にまるでセロリが戻って来るのがわかっていたようなあの歓迎ぶりだ」

 セロリの頬を涙がつたうのが見えた。
「すみません。サンタのおっしゃる通りです。結果的に私はサンタと羽衣を利用したのです」

 サンタはその言葉に、ふっ、と笑顔を見せた。
「おれたちは『運び屋』だ。クライアントが多少の隠し事をしていたとしても『運ぶ』ことには変わりない。気にする必要なんかないさ」
「……はい。それもおっしゃる通りだと思います。ありがとうございます。プロの『運び屋』に対して失礼でしたね。それに……サンタはいつも優しいです」

 無理やり笑って見せる。痛々しい笑顔であった。 
 しかし。

「ただ……まさか大公家のリステリアス宮にこんなものがあって、それに《十三番目の使徒教会》と結託していたのが、ラスバルトだったなんて……」

 セロリはそれだけ云うと、まるですべてをサンタに話したおかげで力尽きた、とでも云うようにその場にへたり込んでしまった。
 無理もないだろう。自分の居城でこともあろうに亜人の子供の売買が行われていると云う、その現場に遭遇してしまったのだ。衝撃を受けない訳はなかった。

 そのまま、彼女は頭を抱え込む。
 気丈を装っていてもまだ彼女は幼かったのだ。

「セルリア様!」

 慌ててラフィンが駆け寄り肩を支える。
 彼女も実の弟がそんなことに手を染めていることに大きなショックを受けていたようではあったが、それ以上にセロリのことを心配していた。
 それほどにセロリの様子は普段の彼女からは想像もつかないほど憔悴しきっていた。

 暗闇の隠し通路の中に重苦しい空気が流れていた。
 沈黙が続く。
 その空気に耐えかねたのか……。

「あれは低温貯蔵庫だね」

 羽衣が再び壁の割れ目から施設を覗き込んで、ぽつりと呟いた。

「この手前のラインで亜人に処置をしてあそこのカプセルに封印した後、低温貯蔵庫に格納しておいてコンテナが着いた時に出荷するみたい……」

「やめてください、羽衣!」
 セロリが大きなネコ耳を塞いで、叫んだ。

 その声に、羽衣が、ぎょっとして黙り込む。

「そ、そんな解説、しないでください。聞きたくありません!」
 セロリは耳を塞いだままさらに叫ぶ。

 そしてそのまま床に突っ伏して泣き出した。
 今まで必死に我慢していた涙が、羽衣の冷静な分析の言葉を聞いて臨界点を突破してしまったのだ。

 彼女は恥も外聞もなく大声で泣いた。
 サンタたちにとってそれは初めて聞くセロリの絶望に満ちた泣き声であった。
 ラフィンが必死に、姫様、姫様、と呼びながら、途方に暮れて背中を撫でさすったがセロリは大声で泣き続けた。
 とめどなく涙を溢れさせ、声を限りに泣いていた。

「あ……」

 羽衣が言葉を失ってすがるようにサンタを見た。
 空気を換えようと云うつもりで云った言葉がセロリを傷つけてしまったことに彼女は気づいた。
 サンタがそんな羽衣を見て悲しそうに微笑し、それから頭を撫でてやる。

「あ、サンタ、あたし……」
「何も云うな」
「あの、あたし、セロリを傷つけちゃったの?」
「今はいい。何も云うな」
「うん」
 どうして良いかわからない、と云うように頷く。

 サンタはそんな羽衣の頭を優しく引き寄せて、自分の胸に抱いた。

 羽衣は優秀な《バイオ・ドール》である。
 だが人間ではない。人間らしくはあるが人間ではない。
 だから、ときおり、こんなこともある。

「ひとつひとつ、学んで行けばいいんだ、羽衣」
「うん。ごめんなさい……。ごめんなさい」

 云いながら、羽衣も泣いていた。
 サンタはそんな羽衣を抱き寄せたまま立ち尽くし、ラフィンは突っ伏して泣いているセロリの周りをうろうろと歩きまわりながら、ぶつぶつと神への祈りの言葉を呟いている。

(ふう、おれも泣きたくなって来た。ともかくみんなが落ち着くまで、しばらくここで待つしかないが……)

 サンタは、もう一度雄弁なため息をつくと石造りの天井を眺める。

(それにしても、ラスバルトめ……)
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