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第9章 公女の決断

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 明かり取りの窓から星空が見えていた。

 持ち物はすべて没収されていて時間を知る術はなかったが、おそらくはすでに深夜近い時刻であろうか。
 地下牢の粗末なベッドで仮眠をとっていたサンタが、むっくりと起き上がった。
 羽衣も、むっくりと起き上がる。

「って、おい、何で一緒に寝てるんだ? おまえ、あっちの藁のが寝心地がいいって云ってただろう?」
「そう云っとけば、サンタが油断するかな~って」
「おまえの頭の中は星海よりも混沌としているな」
「てへ♪ 照れるなあ」
「褒めてないぞ」

 仮眠明けで、いきなり疲れた。

 それよりも。

「今、何時頃だろう」
「私の腹時計によると、だね……」
「おまえ、そんな機能もあるのか?」
「ううん、ジョークだよ。《バイオ・ドール》ジョーク」
 アメリカン・ジョーク、っぽく答える。
「……まあ、時間的にはたぶんそこそこ夜中だろうから、始めるには良い頃合だろうな」
「スルーしないでよ。恥ずかしいよ」

 サンタはベッドを下りると扉に近づいて行き、羽衣もそれを追う。
 ふたりは電子錠の下りている扉を調べ始めた。
 複雑な作りではない。電子ピッキングの技術があれば何のことはない仕組みであった。

「単純だな。じゃ、羽衣頼む」
「了解」

 彼女はチョーカーから極細のフレキシブル・ケーブルを引き出し、目を閉じて電子錠の隙間から内部へ滑り込ませる。
 彼女の脳裡にはケーブルの先端からの映像が浮かび上がっていた。
 その映像を頼りに電子錠の機器を操作する。

 ほんの数秒後。
『カチャリ』
 ロックが外れた音がした。

 もちろん警報が鳴る気配もない。
 ロックを外すと同時に電子的な警報も含めて解除したのである。
 念のため少しの間じっと外の様子を窺うが気づかれた様子もない。
 かれらは息を潜めて扉を開くと、そっと地下牢を後にした。

  ***

 晩餐の間から戻って来るなりセロリは、ひとりにしておいて、と付き人たちに命じると、寝室に引きこもってしまった。
 少し遅れて戻ったラフィンは控えていた付き人たちからそれを聞き、どうすればいいのか、と、控えの間でうろうろとしながらあれこれ思いを巡らせていた。そのうちにセロリが食事をしていないことに思い至り、他の侍女に軽食とミルクを用意させると意を決してセロリの寝室の扉をノックした。

「姫様、セルリア様……」

 返事はない。
 もう一度ノックする。
 変わらず返事はない。

「失礼します。開けさせていただきます」

 ラフィンは一言断って扉を開いた。

 部屋の中はベッドの脇のスタンドに明かりがついている以外は真っ暗である。
 彼女は足許に注意しながら、ゆっくりとベッドに歩み寄った。

 セロリは寝息を立てていた。
 スタンドの明かりに照らされた頬には涙の跡が残っている。
 彼女は城に戻って来た時に身に着けていた真っ赤な修道衣を抱きしめて眠っていた。

「セルリア様……」

 ラフィンはほっとため息をつくとセロリの髪を撫で、運んで来た軽食とミルクのトレイをベッド脇のテーブルに置いた。
 それから公女を起こさないように、と、気をつかって部屋を出るとそっと扉を閉めた。

(ラスバルト、あなたはセルリア様をどうするつもりなの?)

 ラフィンは狂おしそうに心の中でそう呟いた。


 それからどれくらいの時間が過ぎたのだろうか――。
 控えの間のソファでいつの間にか眠りこんでしまっていたラフィンは、回廊側の扉が開く音に目を覚ました。

(ああ、眠ってしまったわ。いけない)
 目をこすりながら身を起こす。
(誰か来たのかしら?)

 控えの間も明かりは落ちており窓から入ってくる星明りだけが唯一の光であった。
 回廊側に目を向けると、ふたつの人影が回廊の常夜灯を背景にシルエットとなって浮かんでいた。
 ラフィンはゆっくりと立ち上がり闇の中を透かし見る。

「どなたです?」

 そう口に出した時、ひとつの人影が彼女の視界から消える。
 そして次の瞬間には彼女は体を羽交い絞めされ、口を塞がれていた。

(え? く、曲者?)

 拘束から逃れようとするが見事に彼女の動きを封じている何者かの手際は、片手一本、片足一本さえも動かすことを許さなかった。

「大丈夫、落ち着いて。怪しい者じゃないわ」

 耳許に囁く声。女性の声だった。
 では、この自分を拘束しているのは、女性? と、ラフィンはそのままの状態で何とか振り返って相手の顔を見ようとする。
 しかしやはりどうにも動くことが出来なかった。

「静かにしてくれる? そうすれば手を離してあげるから」

 ラフィンは仕方なく、かすかに頷いた。
 それを確認すると、女はラフィンの体から手を離した。
 ラフィンは、へなへなと、今まで眠りこけていたソファに座り込んだ。

 彼女の目の前にはふたりの人間が立っていた。
 ひとりは今、彼女を拘束したらしい女性。袖が翼のようになっている見たこともないミニドレスを身に着けて、長い銀髪をツインテールにしている美女。
 そしてもうひとりは革のジャンパーを着たぼさぼさの黒髪の男性。

「あ、あなた方は?」
 ラフィンが問いかけた。

「怪しい者じゃない。おれはサンタ・ウイード。彼女は羽衣。その部屋にいるセロリ……、セルリア公女に用事がある」
「セ、セルリア様に……?」

 改めてふたりを見る。怪しい者ではない、と云ってはいたが、この時間に公女の寝室を訪れる者など考えてみれば明らかに怪しい者である。
 彼女は、すくっと、立ち上がった。それは彼女の公女付きの侍女としての責任感とプライドがなせる業であった。

「セ、セルリア様にお会いになることはできません。それは侍女として私が許しません。あなた方は何者ですか? セルリア様に良からぬことをしようと企んでいるのではないですか? いえ、そうに決まっています。この時間に公女殿下の寝室を訪れる殿方などロクな者であるはずはありません!」

 興奮して、ラフィンはまくし立てた。

「お、おいおい、あまり大声を出さないでくれないか?」
 困ったような顔でサンタが制する。

「いえ、そうは行きません。セルリア様は私が守ります。それが侍女としての役目です。ひ、姫様に手を出そう、と云うのなら……、云うのなら……」

 そこで一度、深呼吸をする。

「わ、わかりました。私が代わりに脱ぎます!」

「え?」
「え?」

 サンタと羽衣が呆けた顔でラフィンを見た。
 しかしそんなことはお構いなしに、侍女は身に着けていた中世風の侍女用メイド服に手をかけると、あれよあれよ、と云う間に脱ぎ捨てて行く。

「ちょ、ちょっと、ちょっと、ちょっと……」

 慌ててサンタが止めようとするが、その手を振り払って脱ぎ続ける。

「こら、こら、こら……、お、おい、羽衣も止めろ!」
「え? 止めた方がいい? なんか面白そうじゃない?」
「楽しむな! いいから止めろ!」

 いいのかこんなに大騒ぎしても、と、云う騒ぎの後、ようやくふたりはラフィンが服を脱ぐのを止めることができた。
 すでに下着姿である。

「危ね~、間一髪だ」と、サンタ。
「間、だね」と、羽衣。
「おまえはどうしてそんなに能天気なんだ?」

 ともあれ、落ち着いたところでサンタは、ふうっ、とひと息ついた。

「おまえ、何なんだ?」
 ラフィンに向かって、脱いだ服を着ろ、と云いながら訊ねた。
「セルリア様付きの侍女、ラフィンと申します」

 うやうやしく礼をする。正式な礼である。
 下着姿でなければ見事な淑女であろう。

「なるほど。侍女がこんなだったらセロリがあんなになるのもわかる気がするな」
「いえ、セルリア様付きになったのは先ほど姫がお戻りになられてからです。……え? 今、何て?」
「あ? 侍女がこんなだったら、と……」
「いえ、そうではなく、セルリア様のことを」
「ああ、セロリ、か?」

(その呼び方は……)

 侍女ラフィンは改めて、まじまじとふたりを眺めた。
 ああ、そうなのだ。
 先ほど城にお戻りになったセルリア様が楽しそうに話題にしていらっしゃった『運び屋』のふたりと云うのがこの方たちなのですね、と、彼女は確信した。

(自分のことを『セロリ』と呼んで優しくしてくれる、と、嬉しそうに話してくれた方たち。そしてこの方たちが姫様をずっと守ってくださったのね)

 彼女は、うっとりと、ふたりを見つめた。

「おい、何を考えているのか知らないが、服を着る手がお留守になってるぞ。もう面倒だから、羽衣、手伝ってやれ」
「了解! ねえ、サンタ、この人、オッパイ、ぼんぼんだね」
「余計なこと云ってないで早くしろ!」
(調子狂うな、まったく……)
 サンタがため息混じりにぼやいた時、寝室の扉がゆっくりと開いた。
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