39 / 72
第8章 リステリアス宮のトラブル
(3)
しおりを挟む
一面に象嵌が施された分厚い高級木材の扉。
それが厳かに開かれるとラスバルトの居室であった。
足首まで埋まるほどの毛足の長い絨毯。
高い天井には、ただの執務室と聞いていたのに、素人目にも目玉が飛び出そうに高価であることがわかる巨大なシャンデリアがぶら下がっている。
ラスバルトはサンタと羽衣に居室の中央にでんと配置されたゴシック様式のソファに腰掛けるように促すと、警備の騎士たちに部屋の外で待つように申し渡す。
それから、いかにも、と云う年代物のワインを侍女に運ばせた。
「五十年物のワインです。お口に合えばよろしいのですが」
かれはそれを自らワイン・グラスに注ぎサンタと羽衣の前に置いた。
「ワインを自慢するために呼んだのか?」
サンタが挑戦的に問いかける。
しかし、ラスバルトはその言葉を笑っていなした。
「これは失礼しました。……余計な話はいいから本題に入るように、と?」
「まあ、そう云うことだ。あんたらと違って時間で金を稼いでいるんでね。こうしているだけで今夜の宿のランクがひとつ下がっちまうんだよ」
「なるほど『今夜の宿の心配』ですか……。わかりました。では、本題に入りましょう」
ラスバルトは少しばかり気になる返事をするとふたりの正面のソファに腰を下ろした。
それからひとり控えていた侍女にも、別室に下がるように告げる。
完全な人払い。
それが意味するところは、その本題があまり楽しい話ではない、と云うことに他ならない。
侍女が下がると、まず口火を切ったのはサンタの方であった。
「あんたの名前はセロリから聞いている。確かマグダラのバス・ステーションからの電話に出たのが、あんただな?」
「確かにそうですね」
「その直後にバス・ステーションにアズナガ神父から依頼された地区警察の連中がセロリの追っ手として現れた」
「それが?」
「つまり、アズナガに、あるいは、地区警察にセロリがそこにいる情報を流したのはあんたってことだな?」
ふふ、と、ラスバルトは笑った。肯定も否定もしない。
「もう少し早く気づけば今頃ここにはいなかったんだがな」
「仮にそうだとすれば残念でしたね」
「まったくだ……。ご自慢のワインをもらってもいいかい?」
「どうぞ、ご遠慮なく」
サンタは乱暴にワイングラスをとると一気に飲み干す。
「……確かに、自慢するだけはあるワインだな」
「そうでしょう? 私もいただきましょう。そちらのお嬢さんも、どうぞ」
ラスバルトは満足そうに羽衣に微笑みかける。
羽衣はそれに対して無感情な視線を返しただけだった。
その反応にラスバルトは肩を竦めると、自分のワインに口をつける。
もちろん一気飲みするような真似はしない。
「さて、ウイードさん」と、ラスバルト。
「それでは、こちらのお話を。まずは、セルリアをここまでお連れいただいたこと、改めてお礼を云わせていただきます。彼女が教会から逃亡してレクスの森に逃げ込んだ、と聞いた時は本当に驚きました。不本意ながらも慌ててアズナガ神父に捜させましたが……。そもそもあの愚かな神父が、高がちょっとした秘密を見られたくらいでうろたえて余計なことをしたおかげでセルリアが逃げ出してしまったのですから、根本的にかれの失態なのですがね」
ラスバルトは言葉を切ると、くっくっ、とおかしそうに笑って見せる。
「そしてそのアズナガを見事に欺いてセルリアをこのリステリアス宮まで無事に送り届けていただけるとは、あなた方には本当に感謝の言葉もありません」
かれはワイングラスを高く上げて乾杯の仕種をして見せる。
「実は彼女がアズナガ神父のところに永いこと人質になっていたのをとても気に病んでいたのです。神父は連邦警察に拘束されたそうですね? そちらもお礼を云わなければならないでしょう」
「大事な仲介者じゃなかったのか?」
「仲介者? アズナガが? 面白いことを云いますね」
本当に面白そうにラスバルトはくすくすと笑って見せる。
「あなたは面白い方だ、ウイードさん。実は私の話の本題と云うのはあなたのことなのですよ」
「おれのこと?」
いぶかしげにサンタが問い返す。
「ええ、そうです。単刀直入に云わせていただけば、この国のお抱え『運び屋』になっていただけないか、と。あなた方のような有能な『運び屋』が欲しかったのです」
今度はサンタが笑う番であった。
かれは、こんなおかしなことはない、とでも云うように肩を震わせる。
「そいつは、どんなジョークだい、ラスバルト卿?」
「真摯に申し上げているつもりですが?」
「悪いが……」
サンタはそこでラスバルトに冷たい視線を向けた。
「亜人売買なんて犯罪の片棒を担ぐのは、ごめんだね」
サンタは核心をついた。
カマをかけた、と云ってもよい。
それで、ラスバルトがどのような反応をするか?
「なるほど」
ラスバルトは頷くと少しだけ目を伏せ、ワイン・グラスの残りを一気に喉に流し込んだ。
「そうですか。あなた方もセルリアの見たリストをご覧になっているのですね? ただ何か勘違いをされているようです」
「そうかい?」
「ええ。そうです。私のしているのは犯罪などではありません。ただの亜人の輸出ですよ、ウイードさん」
それが厳かに開かれるとラスバルトの居室であった。
足首まで埋まるほどの毛足の長い絨毯。
高い天井には、ただの執務室と聞いていたのに、素人目にも目玉が飛び出そうに高価であることがわかる巨大なシャンデリアがぶら下がっている。
ラスバルトはサンタと羽衣に居室の中央にでんと配置されたゴシック様式のソファに腰掛けるように促すと、警備の騎士たちに部屋の外で待つように申し渡す。
それから、いかにも、と云う年代物のワインを侍女に運ばせた。
「五十年物のワインです。お口に合えばよろしいのですが」
かれはそれを自らワイン・グラスに注ぎサンタと羽衣の前に置いた。
「ワインを自慢するために呼んだのか?」
サンタが挑戦的に問いかける。
しかし、ラスバルトはその言葉を笑っていなした。
「これは失礼しました。……余計な話はいいから本題に入るように、と?」
「まあ、そう云うことだ。あんたらと違って時間で金を稼いでいるんでね。こうしているだけで今夜の宿のランクがひとつ下がっちまうんだよ」
「なるほど『今夜の宿の心配』ですか……。わかりました。では、本題に入りましょう」
ラスバルトは少しばかり気になる返事をするとふたりの正面のソファに腰を下ろした。
それからひとり控えていた侍女にも、別室に下がるように告げる。
完全な人払い。
それが意味するところは、その本題があまり楽しい話ではない、と云うことに他ならない。
侍女が下がると、まず口火を切ったのはサンタの方であった。
「あんたの名前はセロリから聞いている。確かマグダラのバス・ステーションからの電話に出たのが、あんただな?」
「確かにそうですね」
「その直後にバス・ステーションにアズナガ神父から依頼された地区警察の連中がセロリの追っ手として現れた」
「それが?」
「つまり、アズナガに、あるいは、地区警察にセロリがそこにいる情報を流したのはあんたってことだな?」
ふふ、と、ラスバルトは笑った。肯定も否定もしない。
「もう少し早く気づけば今頃ここにはいなかったんだがな」
「仮にそうだとすれば残念でしたね」
「まったくだ……。ご自慢のワインをもらってもいいかい?」
「どうぞ、ご遠慮なく」
サンタは乱暴にワイングラスをとると一気に飲み干す。
「……確かに、自慢するだけはあるワインだな」
「そうでしょう? 私もいただきましょう。そちらのお嬢さんも、どうぞ」
ラスバルトは満足そうに羽衣に微笑みかける。
羽衣はそれに対して無感情な視線を返しただけだった。
その反応にラスバルトは肩を竦めると、自分のワインに口をつける。
もちろん一気飲みするような真似はしない。
「さて、ウイードさん」と、ラスバルト。
「それでは、こちらのお話を。まずは、セルリアをここまでお連れいただいたこと、改めてお礼を云わせていただきます。彼女が教会から逃亡してレクスの森に逃げ込んだ、と聞いた時は本当に驚きました。不本意ながらも慌ててアズナガ神父に捜させましたが……。そもそもあの愚かな神父が、高がちょっとした秘密を見られたくらいでうろたえて余計なことをしたおかげでセルリアが逃げ出してしまったのですから、根本的にかれの失態なのですがね」
ラスバルトは言葉を切ると、くっくっ、とおかしそうに笑って見せる。
「そしてそのアズナガを見事に欺いてセルリアをこのリステリアス宮まで無事に送り届けていただけるとは、あなた方には本当に感謝の言葉もありません」
かれはワイングラスを高く上げて乾杯の仕種をして見せる。
「実は彼女がアズナガ神父のところに永いこと人質になっていたのをとても気に病んでいたのです。神父は連邦警察に拘束されたそうですね? そちらもお礼を云わなければならないでしょう」
「大事な仲介者じゃなかったのか?」
「仲介者? アズナガが? 面白いことを云いますね」
本当に面白そうにラスバルトはくすくすと笑って見せる。
「あなたは面白い方だ、ウイードさん。実は私の話の本題と云うのはあなたのことなのですよ」
「おれのこと?」
いぶかしげにサンタが問い返す。
「ええ、そうです。単刀直入に云わせていただけば、この国のお抱え『運び屋』になっていただけないか、と。あなた方のような有能な『運び屋』が欲しかったのです」
今度はサンタが笑う番であった。
かれは、こんなおかしなことはない、とでも云うように肩を震わせる。
「そいつは、どんなジョークだい、ラスバルト卿?」
「真摯に申し上げているつもりですが?」
「悪いが……」
サンタはそこでラスバルトに冷たい視線を向けた。
「亜人売買なんて犯罪の片棒を担ぐのは、ごめんだね」
サンタは核心をついた。
カマをかけた、と云ってもよい。
それで、ラスバルトがどのような反応をするか?
「なるほど」
ラスバルトは頷くと少しだけ目を伏せ、ワイン・グラスの残りを一気に喉に流し込んだ。
「そうですか。あなた方もセルリアの見たリストをご覧になっているのですね? ただ何か勘違いをされているようです」
「そうかい?」
「ええ。そうです。私のしているのは犯罪などではありません。ただの亜人の輸出ですよ、ウイードさん」
0
お気に入りに追加
6
あなたにおすすめの小説
彷徨う屍
半道海豚
ホラー
春休みは、まもなく終わり。関東の桜は散ったが、東北はいまが盛り。気候変動の中で、いろいろな疫病が人々を苦しめている。それでも、日々の生活はいつもと同じだった。その瞬間までは。4人の高校生は旅先で、ゾンビと遭遇してしまう。周囲の人々が逃げ惑う。4人の高校生はホテルから逃げ出し、人気のない山中に向かうことにしたのだが……。
アルビオン王国宙軍士官物語(クリフエッジシリーズ合本版)
愛山雄町
SF
ハヤカワ文庫さんのSF好きにお勧め!
■■■
人類が宇宙に進出して約五千年後、地球より数千光年離れた銀河系ペルセウス腕を舞台に、後に“クリフエッジ(崖っぷち)”と呼ばれることになるアルビオン王国軍士官クリフォード・カスバート・コリングウッドの物語。
■■■
宇宙暦4500年代、銀河系ペルセウス腕には四つの政治勢力、「アルビオン王国」、「ゾンファ共和国」、「スヴァローグ帝国」、「自由星系国家連合」が割拠していた。
アルビオン王国は領土的野心の強いゾンファ共和国とスヴァローグ帝国と戦い続けている。
4512年、アルビオン王国に一人の英雄が登場した。
その名はクリフォード・カスバート・コリングウッド。
彼は柔軟な思考と確固たる信念の持ち主で、敵国の野望を打ち砕いていく。
■■■
小説家になろうで「クリフエッジシリーズ」として投稿している作品を合本版として、こちらでも投稿することにしました。
■■■
小説家になろう、カクヨム、ノベルアップ+でも投稿しております。

オービタルエリス
jukaito
SF
人類が生活圏を太陽系全域に広げた遥かな未来。
姿を消した純粋な地球人が神格化された時代に、
火星人のエリスはある日、宇宙を漂流していた地球人のダイチと出会う。
封印された刻は動き出し、太陽系が震撼する壮大なる冒険の幕開ける。
【⁉】意味がわかると怖い話【解説あり】
絢郷水沙
ホラー
普通に読めばそうでもないけど、よく考えてみたらゾクッとする、そんな怖い話です。基本1ページ完結。
下にスクロールするとヒントと解説があります。何が怖いのか、ぜひ推理しながら読み進めてみてください。
※全話オリジナル作品です。
アマルトロスの騎兵隊
COTOKITI
SF
人類が宇宙開拓を進めてから長い年月が経った。
ワープドライブ技術の確立は人類に新たなる宇宙の可能性を見出させ、人類は地球、太陽系から飛び立ち新たなる大地を目指した。
しかし、新たなる惑星へ住み着いた人類を待っていたのは地中から目を覚ました凶暴な原生生物だった。
物資も、人間も、何もかもが食い荒らされて残されたのは廃れた都市の跡のみとなった。
生き残った人類の殆どは開拓が一割も進んでいない惑星を放棄して宇宙へと再び逃げ帰った。
「マリノフ」は地球型惑星「ラディア978」への降下作戦に参加した東欧連合国航空宇宙軍第303特殊機甲戦闘団「モルニヤ」の隊員であり、数少ない生き残りの一人であった。
魑魅魍魎の蔓延る惑星に取り残されたマリノフと他の生存者達に残されたのは一年ともたない僅かな食料と、軍が残していった大量の武器弾薬のみであった……。
【本格ハードSF】人類は孤独ではなかった――タイタン探査が明らかにした新たな知性との邂逅
シャーロット
SF
土星の謎めいた衛星タイタン。その氷と液体メタンに覆われた湖の底で、独自の知性体「エリディアン」が進化を遂げていた。透き通った体を持つ彼らは、精緻な振動を通じてコミュニケーションを取り、環境を形作ることで「共鳴」という文化を育んできた。しかし、その平穏な世界に、人類の探査機が到着したことで大きな転機が訪れる。
探査機が発するリズミカルな振動はエリディアンたちの関心を引き、慎重なやり取りが始まる。これが、異なる文明同士の架け橋となる最初の一歩だった。「エンデュランスII号」の探査チームはエリディアンの振動信号を解読し、応答を送り返すことで対話を試みる。エリディアンたちは興味を抱きつつも警戒を続けながら、人類との画期的な知識交換を進める。
その後、人類は振動を光のパターンに変換できる「光の道具」をエリディアンに提供する。この装置は、彼らのコミュニケーション方法を再定義し、文化の可能性を飛躍的に拡大させるものだった。エリディアンたちはこの道具を受け入れ、新たな形でネットワークを調和させながら、光と振動の新しい次元を発見していく。
エリディアンがこうした革新を適応し、統合していく中で、人類はその変化を見守り、知識の共有がもたらす可能性の大きさに驚嘆する。同時に、彼らが自然現象を調和させる能力、たとえばタイタン地震を振動によって抑える力は、人類の理解を超えた生物学的・文化的な深みを示している。
この「ファーストコンタクト」の物語は、共存や進化、そして異なる知性体がもたらす無限の可能性を探るものだ。光と振動の共鳴が、2つの文明が未知へ挑む新たな時代の幕開けを象徴し、互いの好奇心と尊敬、希望に満ちた未来を切り開いていく。
--
プロモーション用の動画を作成しました。
オリジナルの画像をオリジナルの音楽で紹介しています。
https://www.youtube.com/watch?v=G_FW_nUXZiQ
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる