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第4章 シスターの正体

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 けたたましいサイレンの音が近づいて来ていた。
 見るとゴルゴダの街中から続く石畳の街路をバス・ステーションに向かって二台の地区警察のビークルが向かって来る。

 サンタは暗い気持ちで羽衣とセロリに目をやった。
 羽衣は何故か目をきらきらと輝かせている。
 セロリは不安そうな眼差しでサンタを見ている。
 対照的である。

「何だか見つかったみたいだな。おい、羽衣、さっきの電話で足がついた可能性はあるか?」
「あり得ないよ。あたしがドジを踏むことなんてないし、そんな気の利いたトラップがあの旧式の電話に仕掛けてあったら逆に驚いちゃうよ」
「了解。もっともだな」

「あ、あの、あれはもしかすると、私を捕まえに?」

 セロリは震え声である。
 生意気な口を利く娘だがまだ子供なのだ。
 おまけに彼女自身としては身の危険を感じているのである。
 当然と云えば、至極当然の反応だった。

「だろうな。今朝、地区警察と神父が一緒にいたってところから見ても間違いない。さて、どうする? ここで捕まるか? それとも……」
「逃げます」
「ってことは……追加オーダーだな」
「追加オーダーです」
「まあ、詳しい話は後だ。ビークルまで、まずは走るぞ」
「はい!」

 三人はバス・ステーションを後にして走り出した。
 少し離れた駐車場に小型ビークルを駐車していたが、警察車両がここまで来る前にビークルで逃げ出すには時間的には微妙なところであった。

「羽衣、セロリを抱えろ」
「オーケイ、サンタは?」
「ふたり抱えてたら、跳べないだろ?」
「あたしのパワーを舐めないで欲しいな~。あたし自身は舐めて欲しいけど」
「どさくさに紛れて何を云ってる?」
「ふたりくらいなら大丈夫よ」
「じゃ、頼む」

 サンタの言葉と同時に、羽衣は両腕にセロリとサンタを抱える。そして一気にジャンプした。
 さすがに一人で跳ぶようには行かないものの、ふたりを抱えたまま三歩でビークルまで辿り着いた。
 パワーも並ではない。

 サンタはすぐにビークルに乗り込むとイグニションをONにする。
 羽衣がセロリを後部座席に詰め込み、自分が助手席に座ったのを確認するや、ビークルを発進させた。

 ホイール・スピン。
 土埃が舞い上がる。
 小型ビークルは一気に駐車場から抜け出し、警察車両とは反対方向へ向かって加速した。

「少し、荒っぽくなるぞ」
「サンタの運転が荒っぽくないことなんてないじゃない?」
「そりゃ、そうだな。まあ、しゃべるのはやめておけよ。舌を噛むぞ!」

 タイヤを軋ませながら、サンタはビークルを街中に向けた。

「え? ど、どこへ行くんですか? 郊外へ出るのでは? あ、痛!」
「セロリ、しゃべるなって云っただろ。いいから任せておけ」

 サンタはどんどん街中に入って行く。 
 追っ手が先ほどの二台だけとは限らない。
 街中に行けば他にも警察車両がいるのではないか、と云う不安があるはずなのだが、何故かサンタは確信を持って街中の狭い道にビークルを乗り入れて行った。

 猛スピードで狭い道を駆け抜けるビークルに沿道の人々が慌てて逃げ惑うが、それらを巧みに避けながら、奥へ奥へ、ごちゃごちゃと入り組んだ町の中へと進んで行く。
 やがて案の定、別の警察車両に遭遇した。

 それを交わすように、ビークルを別の道に滑り込ませる。
 さらにそこに別の警察車両。
 ぎりぎりのところで路地に滑り込んでやり過ごす。

 最初の二台が追いすがって来る。
 交わす。

 確かに荒っぽく見えるが、それでいて繊細なラインで滑らかに、まるでスケート選手のスケーティングのようなハンドリングで、サンタは警察車両をいなし続けていく。

(もしかして、サンタって凄い人?)

 セロリは、今までのサンタのイメージとはまったく違う一面を見て、少しばかり感心していた。

(これがギャップ萌え?)

 気持ちを表す表現としては、やや残念である。

 さておき、そんなことを繰り返しているうちに、三人の乗ったビークルと追っ手の警察車両はゴルゴダ地区のダウンタウンに入り込んでいた。

 迷路のようなゴルゴダ地区のダウンタウン。
 地元の人間でも迷ってしまう、と云われるほど入り組んだ街路が続く中を、まるですべてを把握しているかのようにサンタの操るビークルは走り抜けて行った。
 その走りは迷路の地図を完全に理解している、と云うだけではなく、まるでどこに誰がいてどんな車が駐車しており、そしてまた路上にどんな障害物があるのか、と云うことさえも把握しているような、そんな神懸った走りであった。

「す、すごい。何だか町を全部知っているみたいです」

 セロリが必死にシートに捕まりながら、感激の声を上げる。
 それを聞きつけた羽衣が、後部座席を振り返って微笑した。

「そうよ。サンタはすべて知っているの。ううん。知っているんじゃなくて、わかるの。それがサンタのスキルだからね」
「ス、スキル?」
「そう。『運び屋』サンタの空間認識のスキルよ。名付けて《神の視線》」
「《神の視線》って……厨二病ですか? せっかく見直したところなのに残念です」

「羽衣、変な二つ名をつけるな! ……ただ、勘がいいだけだ」
 ビークルをドリフトさせながら、サンタが渋い表情で答える。

「さて、奴らもそろそろ、お互いの位置関係がわからなくなって来た頃だな」

 サンタはビークル一台がやっと通れる路地に飛び込む。
 それを追って、二台の警察車両が路地に飛び込んで来た。

「残りの二台は、と……」

 ビークルは路地から広場に飛び出した。
 広場とは云えビークルがすれ違えるかどうか、と云う程度のささやかな広場である。
 左右から残りの二台の警察車両がやってくるのが見え、それを確認したところでその場で180度ターンを決める。

「まだ、追ってきますね」と、セロリ。
「いっそのこと、私の44マグナムで蹴散らしますか?」
 マジメに服の隠しポケットを弄っている。

「いや、仮にも相手は警察だ。ややこしくなるから、それはやめろ」
「わかりました。それではサンタにお任せしますので、良きに計らってください」
「ああ、良きに計らってやるぜ」

 そろそろクライマックスである。サンタは助手席の羽衣に指示を出した。

「羽衣、用意しろ!」
「了解!」

 助手席側のドアを開け、羽衣が身を乗り出す。

「狙いは右手の奴だ。行くぞ」

 サンタはビークルをドリフトさせると、ターゲットの車両に向かって速度を上げる。

「タイミングを間違うなよ!」

 不敵に笑みを浮かべる。
 そして。

「羽衣!」

 叫ぶ。
 すでに羽衣のルビー色の瞳はターゲットを照準していた。

『……!』

 羽衣のフォノン・メーザーが炸裂した。
 狙われた車両のフロントガラスが砕け散る。
 運転手は突然砕けたガラスにパニックに陥っただろう。
 コントロールを失った車両は、スピンしながら三人の乗ったビークルを掠めて過ぎて行く。
 その先の路地からは、ちょうど二台の警察車両が広場に向かって飛び出し、さらにもう一台がそれに気づいて慌てて急制動をかけたところだった。

「間に合わね~よ!」

 サンタの云うとおり、計四台の警察車両はお互いを見つけたときにはすでに遅く、そのまま広場で多重クラッシュを起こして一瞬にしてスクラップと化した。

「これならば44マグナムの方が被害が少なかったのじゃないですか?」

 セロリが冷静な感想を述べた。

「……うん。確かにそんな気もするが、まあ、そう云うなよ」と、サンタ。
「そうだよ、セロリ。ここはあたしの見せ場なんだから、譲らないよ」と、羽衣。
「見せ場、とか、そう云う話なんですか?」
 セロリは、首を横に振って、やれやれ、と呟く。

 サンタはそのまま、そんな事故現場を振り返ることもなく一気にビークルを加速させると、今度は郊外に進路を向けた。
 その先には地区を結ぶフリーウエイがある。
 それに乗れば地区警察は管轄外だった。

 もっとも、もはやかれらを追ってくる者はいないだろう。
 少なくとも辺境の貧乏地区警察に、車両がこれ以上あるとは思えなかった。
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