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第1章 シスター少女を拾いました
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珍しい金貨である。
旅続きのサンタでも初めてお目にかかる代物だった。
中央に水晶のような宝石が埋め込まれていて、かなり手の込んだ細工をしたコインである。
「私の国のコインです。標準流通貨幣ではないのでそのまま使うことはできませんが、換金すればそれなりに価値があると思います」
「ふむ。だがこいつは、換金商に持っていくよりは美術商に持っていった方がよさそうだな」
サンタはそれをしげしげと眺めながら云った。
「わかりますか? よかった。おじさんが目利きで」
「おじさんはやめろ。若いと云っただろ?」
「ああ、そう云えば、意外とイケメンって設定でしたっけ」
「おまえがそう云っただけだろ。自分の主観を設定とか云うな」
「これは失礼しました」
少しも失礼だと思ってなさそうな口調であった。
「まあ、ともかく運び賃についてはこいつで解決ってことにしとこうか。だがもうひとつ。『理由あり』の『理由』って奴を話せ」
「『理由』ですか? そのコインの価値があればそれだけで十分だと思いますが……」
高慢な口調である。要するに、それ以上は訊くな、と云うことらしい。
サンタは少しの間、セロリの目を見つめる。セロリはその視線を真っ向から受け止めた。その瞳の中に、何かただならぬ決意のようなものを、サンタは見てとった。
(理由は知らないが、それなりの覚悟はある、ってことか)
「仕方ない。いいだろう。引き受けた。但し街中までだ。港までは定期バスで行ってくれ。それでいいか?」
セロリはその回答に満足そうな笑顔を見せた。子供らしいあどけない笑顔である。
「ありがとう。感謝します」
「商売だ。感謝される筋合いはない」
ぶっきら棒に答える。
「わかりました。あの、お名前を聞いてもいいですか? 毎回、おじさん、と呼ぶのも悪いですし、お兄さんと呼ぶには抵抗もありますし」
(お兄さんは抵抗があるのか……)
ちょっと傷ついたサンタである。
「おれは、サンタ。サンタ・ウイードだ」
「わかりました、サンタ」
「呼び捨てかよ? 目上だぞ?」
「細かいですね。そう云う男は嫌われますよ」
「ああ、そうかよ」
「それはそれとして私の名は、セル……セロリです。よろしく、サンタ」
「ああ、よろしく」
「それであちらの美しいお姉さんは?」
それまでビークルの外でレクスの様子を監視しつつ、またふたりの話に耳を傾けつつ、沈黙していた羽衣がビークルの中のシスター・セロリを覗き込んだ。
「まあ、美しい、だなんて、うふ♪ あたしは羽衣。よろしくね」
羽衣は、るんるん気分でにっこりと微笑して、おまけにウインクまでする。
シスター・セロリは、少しだけ、引き気味になった。
「は、はい。あの、よろしくお願いします、羽衣」
***
小型ビークルはしばらく外周道路を進んだ後、長距離輸送のために作られたフリーウエイに合流した。
今日の昼間、サンタが長距離コンボイを転がして仕事のために通ったばかりの道路である。
フリーウエイに合流した頃には後部座席に座っていたシスター・セロリは小さな寝息を立てていた。
あどけない寝顔がルームミラーに映っている。
そう云えばすでに時刻は夜半を過ぎている。
子供はゆっくり寝ているはずの時間だった。
「ねえ、サンタ」
助手席の羽衣が小声で訊ねた。
「どう云う風の吹き回しなのかな?」
「何がだ?」
フリーウエイに乗ったところでビークルをオート・ドライブにすると、サンタはリクライニングシートを少しだけ倒して羽衣に目をやった。
「何が、って……。このシスターちゃんのことよ。サンタにしては珍しいじゃない? 人を運ぶなんて、さ」
「あそこに放っておく訳にはいかないだろ?」
「そうだけど」
「何となく気になったのさ。まあ、登場の仕方が不自然だったし、結局、何であんなところにいたのかもわからないし、好奇心が刺激されたってとこかな? ……とは云え、半分はただの暇つぶしの小遣い稼ぎだよ」
「ふ~ん。好奇心と暇つぶしね……。まさか本当に『ロリ系好き』ってことはないよね?」
疑い深そうな目つきでサンタの横顔をじっと見る。
「ねーよ」
「ほんと?」
「本当だ。ったく、そう云うことにしか考えが行かないのか?」
「だって、この娘、可愛いし」
「それにどっちにしてもゴルゴダ地区のバス・ステーションで中央街区行きのバスに乗せれば、それでおしまいだ」
バス・ステーションとは云えゴルゴダ地区は首都の最も辺境の地区である。
簡素なバスの運行案内所とロータリーがあるだけの施設であったが、ともかく定期バスが走っているのでそれに乗せてさえしまえばこの件は終わりだった。
お礼にもらったコインがどれくらいの価値があるものかはわからなかったが、これだけの『運び賃』には十分過ぎるであろう。
「それ以上、関わる気はないよ。それにこのところけっこうタイトな運行計画だったから、少々疲れてもいるしな。軽く飲んでさっさと寝たい」
「わかった。あたしも一緒に寝ていい?」
「ダメだ」
お決まりのやりとりの間にもフリーウエイとゴルゴダ地区道路とのジャンクションが近づき、サンタはオート・ドライブをOFFにすると地区道路へ小型ビークルを乗り入れて行った。
ジャンクションの反対方向には昼間に貨物を運び込んだ《マグダリア・コンボイ・センター》の明かりが遠くに見える。
休むことなく貨物の搬入、搬出が行われている巨大な施設であり、そこが『運び屋』の仕事場である。
ふたりの愛車であるコンボイ《赤鼻のトナカイ|》も今はそこのドックに停泊して整備されている頃である。もっとも今回は、一週間はマグダリアに滞在する予定だったので、まだほとんど手付かずではあろうが。
(まあ、コンボイもおれたちも久々にゆっくり骨休めさせてもらうかな)
サンタはそんなことを考えながらゴルゴダ地区の街区をバス・ステーションに向けてビークルを走らせて行った。
旅続きのサンタでも初めてお目にかかる代物だった。
中央に水晶のような宝石が埋め込まれていて、かなり手の込んだ細工をしたコインである。
「私の国のコインです。標準流通貨幣ではないのでそのまま使うことはできませんが、換金すればそれなりに価値があると思います」
「ふむ。だがこいつは、換金商に持っていくよりは美術商に持っていった方がよさそうだな」
サンタはそれをしげしげと眺めながら云った。
「わかりますか? よかった。おじさんが目利きで」
「おじさんはやめろ。若いと云っただろ?」
「ああ、そう云えば、意外とイケメンって設定でしたっけ」
「おまえがそう云っただけだろ。自分の主観を設定とか云うな」
「これは失礼しました」
少しも失礼だと思ってなさそうな口調であった。
「まあ、ともかく運び賃についてはこいつで解決ってことにしとこうか。だがもうひとつ。『理由あり』の『理由』って奴を話せ」
「『理由』ですか? そのコインの価値があればそれだけで十分だと思いますが……」
高慢な口調である。要するに、それ以上は訊くな、と云うことらしい。
サンタは少しの間、セロリの目を見つめる。セロリはその視線を真っ向から受け止めた。その瞳の中に、何かただならぬ決意のようなものを、サンタは見てとった。
(理由は知らないが、それなりの覚悟はある、ってことか)
「仕方ない。いいだろう。引き受けた。但し街中までだ。港までは定期バスで行ってくれ。それでいいか?」
セロリはその回答に満足そうな笑顔を見せた。子供らしいあどけない笑顔である。
「ありがとう。感謝します」
「商売だ。感謝される筋合いはない」
ぶっきら棒に答える。
「わかりました。あの、お名前を聞いてもいいですか? 毎回、おじさん、と呼ぶのも悪いですし、お兄さんと呼ぶには抵抗もありますし」
(お兄さんは抵抗があるのか……)
ちょっと傷ついたサンタである。
「おれは、サンタ。サンタ・ウイードだ」
「わかりました、サンタ」
「呼び捨てかよ? 目上だぞ?」
「細かいですね。そう云う男は嫌われますよ」
「ああ、そうかよ」
「それはそれとして私の名は、セル……セロリです。よろしく、サンタ」
「ああ、よろしく」
「それであちらの美しいお姉さんは?」
それまでビークルの外でレクスの様子を監視しつつ、またふたりの話に耳を傾けつつ、沈黙していた羽衣がビークルの中のシスター・セロリを覗き込んだ。
「まあ、美しい、だなんて、うふ♪ あたしは羽衣。よろしくね」
羽衣は、るんるん気分でにっこりと微笑して、おまけにウインクまでする。
シスター・セロリは、少しだけ、引き気味になった。
「は、はい。あの、よろしくお願いします、羽衣」
***
小型ビークルはしばらく外周道路を進んだ後、長距離輸送のために作られたフリーウエイに合流した。
今日の昼間、サンタが長距離コンボイを転がして仕事のために通ったばかりの道路である。
フリーウエイに合流した頃には後部座席に座っていたシスター・セロリは小さな寝息を立てていた。
あどけない寝顔がルームミラーに映っている。
そう云えばすでに時刻は夜半を過ぎている。
子供はゆっくり寝ているはずの時間だった。
「ねえ、サンタ」
助手席の羽衣が小声で訊ねた。
「どう云う風の吹き回しなのかな?」
「何がだ?」
フリーウエイに乗ったところでビークルをオート・ドライブにすると、サンタはリクライニングシートを少しだけ倒して羽衣に目をやった。
「何が、って……。このシスターちゃんのことよ。サンタにしては珍しいじゃない? 人を運ぶなんて、さ」
「あそこに放っておく訳にはいかないだろ?」
「そうだけど」
「何となく気になったのさ。まあ、登場の仕方が不自然だったし、結局、何であんなところにいたのかもわからないし、好奇心が刺激されたってとこかな? ……とは云え、半分はただの暇つぶしの小遣い稼ぎだよ」
「ふ~ん。好奇心と暇つぶしね……。まさか本当に『ロリ系好き』ってことはないよね?」
疑い深そうな目つきでサンタの横顔をじっと見る。
「ねーよ」
「ほんと?」
「本当だ。ったく、そう云うことにしか考えが行かないのか?」
「だって、この娘、可愛いし」
「それにどっちにしてもゴルゴダ地区のバス・ステーションで中央街区行きのバスに乗せれば、それでおしまいだ」
バス・ステーションとは云えゴルゴダ地区は首都の最も辺境の地区である。
簡素なバスの運行案内所とロータリーがあるだけの施設であったが、ともかく定期バスが走っているのでそれに乗せてさえしまえばこの件は終わりだった。
お礼にもらったコインがどれくらいの価値があるものかはわからなかったが、これだけの『運び賃』には十分過ぎるであろう。
「それ以上、関わる気はないよ。それにこのところけっこうタイトな運行計画だったから、少々疲れてもいるしな。軽く飲んでさっさと寝たい」
「わかった。あたしも一緒に寝ていい?」
「ダメだ」
お決まりのやりとりの間にもフリーウエイとゴルゴダ地区道路とのジャンクションが近づき、サンタはオート・ドライブをOFFにすると地区道路へ小型ビークルを乗り入れて行った。
ジャンクションの反対方向には昼間に貨物を運び込んだ《マグダリア・コンボイ・センター》の明かりが遠くに見える。
休むことなく貨物の搬入、搬出が行われている巨大な施設であり、そこが『運び屋』の仕事場である。
ふたりの愛車であるコンボイ《赤鼻のトナカイ|》も今はそこのドックに停泊して整備されている頃である。もっとも今回は、一週間はマグダリアに滞在する予定だったので、まだほとんど手付かずではあろうが。
(まあ、コンボイもおれたちも久々にゆっくり骨休めさせてもらうかな)
サンタはそんなことを考えながらゴルゴダ地区の街区をバス・ステーションに向けてビークルを走らせて行った。
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