星海の運び屋~Star Carrier~

ろんど087

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第1章 シスター少女を拾いました

(2)

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 森から出現したそれは肩までの高さが5メートルはありそうな巨大な『飛べない鳥』。
 いや、鳥に見えたが鳥ではない。

 ひと抱えではすまない巨大な頭部には人間など丸呑みにしてしまいそうな大口。
 身体に不似合いなほど退化した前脚。
 それに較べて異常なほどに筋肉の発達した後脚。
 長い尻尾が歩くたびにバランスをとるように揺れ、その全身は羽毛に覆われている。

 外来生物の代名詞《羽毛恐竜レクス》。

 もともとは植民地での食肉用の家畜として開発され植民時代に各惑星に持ち込まれた古代生物のレプリカだったが、植民初期のお粗末な牧場施設ではその並外れた力を抑えきれずに、結果、大量に牧場から逃げ出して野生化した生物である。
 現在では相当に管理が行き届いている一握りの惑星以外では、ほとんど何処の植民惑星でも同じように野生化して問題――レクス公害――になっていると云うそれは、人間を襲って捕食することもある獰猛な問題児であり、ある意味、人間の愚かさの象徴とも云えた。

 そしてどうやら人影はその怪物に追われているようである。

「羽衣!」
「はい!」
「レクスの注意を引け。その間におれがあの逃げている人間をビークルで拾う」
「了解! あのさ、レクス、やっちゃってもいい?」
「無理しなくてもいい。注意を引いて助ける隙だけ作ってくれれば……」
「うん。さっきサンタが褒めてくれたあたしの『蝶のように舞い、蜂のように刺す』美しい攻撃性能を存分に見せてあげる♪」

(注意を引くだけでいいんだけど、こいつ、まったく聞いてねーな)

 やる気満々の羽衣である。

「ともかく、行くぞ!」

 サンタは小型ビークルに乗り込むとイグニションをON。
 甲高い動力音。
 だが羽衣はビークルに乗り込もうとはせず、ビークルの横でクラウチング・スタートの体勢をとっている。

 それから――。

「羽衣、行きま~す」

 云うなり、彼女はその場から跳躍した。
 ひと跳びで約15メートル。
《バイオ・ドール》の高性能ぶりが遺憾なく発揮された跳躍である。

 さらに広げた『振袖』が飛翔感を演出していた。
 ただの演出ではあったが。

「まったく……。羽衣の奴、喜々として行きやがった」

 苦笑すると、サンタはビークルを発進させる。
 逃げる人影とレクスとの間は、レクスが数歩で追いつけるほどの距離だ。もちろん安心出来る距離ではない。
 と、云うよりは、むしろ絶体絶命である。

 サンタはアクセルを踏み込んだ。
 悪路のためそれほど速度を上げられそうもないと見えたが、そこは普段は長距離コンボイを転がしている『運び屋』である。
 かれは苦もなくビークルを加速させると荒地にも関わらず最短距離で人影に向かった。

 一方、すでに羽衣はレクスの眼前にまで辿りついていた。
 彼女はレクスの目の前を素早く横切ってレクスの注意を引くと、森の木々を利用して三角跳びの要領で大きく跳びあがる。
 体高5メートル、体長10メートルを超えようと云うレクスの巨体よりもさらに高く舞い上がった。
 レクスは羽衣の姿を追って、鋭い牙が並ぶ口を開きながら顔を上げる。

「きゃ~、間近で見ると、すご~い」

 空中で呑気な感想を述べる羽衣。

 ちらりと横目でビークルを見る。あと数秒もあれば人影のところまで辿りつきそうな距離だと、彼女は計算していた。
 レクスの巨大な口が羽衣に迫る。
 しかし彼女は驚くべき身体能力を見せて難なく空中で身をかわすと、何とレクスの鼻っ面に着地し、次の瞬間にはそれを蹴って計算したように人影とビークルのランデブーポイントとは全く異なった方向に向かって跳躍する。
 レクスの視線がそれを追う。

「サンタ、よろしく♪」

 楽しげに叫ぶ。
 サンタはそんな羽衣の様子を見ていない。
 羽衣を完璧に信頼し、ビークルを一直線に人影の眼前まで進めると、そこで急停車する。
 人影が驚いて足を止めるのとサンタが助手席側のドアを開けるのとは同時だった。

「乗れ!」

 云いながら人影を見てかれは少なからず驚きの表情を見せた。
 そこにいたのはこの場所にはまったく不似合いな人物。

 それは、修道女シスター、であった。
 マントのように見えたのは修道衣だったのだ。

(嘘だろ)

 内心で呟くがのんびり驚いている暇はなかった。
 運転席から身体を伸ばして、呆然、と云うか、唖然、と云うか、ともかくその場で凍りついているシスターの腕をつかむと無理やりビークルに引っ張り込む。

「きゃっ」

 小さく悲鳴を上げながらもシスターの身体は助手席に何とかおさまった。
 それを確認してサンタはビークルを発進させる。
 その場でホイールスピン。
 ビークルをテールスライドさせながら、今来た方向へ向かってアクセルを踏み込んだ。
 もうもうと土煙を上げて荒地を爆走するビークル。
 そこは整備もされていない岩と砂の荒野であったが、サンタは的確な運転でそれらの障害物を巧みに避けて、ビークルを猛スピード爆走させて行く。
 助手席のシスターは狭いビークルのあちらこちらに頭や体をぶつけ、そのたびに、きゃあきゃあ、と悲鳴を上げていたが、とりあえずはすべて無視せざるを得なかった。

 そのまま荒地を突き抜け外周道路に乗ってしばらく走ったところで、かれはようやくビークルを停車させた。
 ひとまずレクスから安全な距離をとったことを確認し、サンタはシスターに目を向けた。

「怪我はなかったか?」
「運転が乱暴なので打ち身だらけです」
「は?」

 苦情を言いながらまっすぐにサンタを見ているシスター。
『見ている』と云うよりは睨みつけている。

 琥珀色の瞳を持った目で――!

 いや、その目つきを気にする前に……。

「おまえ……子供か?」

 サンタは驚いて訊ねた。

 シスターらしく修道衣に身を包んでいるのでよくわからなかったが、声の調子と唯一肌をさらしている顔の表情、小柄な体つきから見ると、まだローティーン、11~2歳くらいだろうか。

「失礼なおじさんですね。淑女に向かって」
「おじ……。って、おまえのが失礼だろう?」

 と、反論しては見たもののこの年頃から見れば確かに「おじさん」なのかも知れない。

「まあ、あの凶悪な怪物から助けてもらったので良しとしましょう」

(良しとする、って……)

 どれだけ上から目線だよ、と、ツッコミを入れようと思ったが、とりあえずそれは中止にして後ろを振り返った。
 羽衣にレクスの注意をそらすように云って、ある程度の距離をとることはできたが確実に安全になった訳ではない。
 その羽衣と言えば――。

 背後では、レクスの周囲を縦横無尽に跳びまわっている羽衣が見えた。
 その様子はまさしく「蝶のように舞い、蜂のように刺す」である。
 サンタは窓から手を出すとそんな羽衣に向かって親指を立てて見せる。
 この夜闇の中、ましてや剣呑な怪物レクスと一騎打ちの最中だと云うのに確認出来るのだろうか、と思えるささやかな合図であったが、すぐに羽衣はそれに気づいて手を振り返してくる。
 高性能の《バイオ・ドール》と云う触れ込みはダテではない。

 羽衣はそのままいったんレクスの肩口あたりの羽毛にしがみつき背中に跳び乗ると首を伝って走り、それから大胆にもレクスの頭の上に仁王立ちする。
 そこでぐっと膝を曲げ、勢いをつけるとレクスの前方に向かって大きく跳躍した。

 空中で身体を捻り、レクスに相対する。

 レクスの口が羽衣を狙って大きく開かれる。

 羽衣は身体を仰け反らして大きく息を吸い込んだ。

「あいつ……おい、シスター、耳を塞げ」
「えっ?」
「ここまでは影響はないとは思うが耳鳴りくらいは覚悟しろ」

 サンタが耳に手を当てるのを見てシスターも慌てて頭を抱え込む。

「いや、耳だけでいいんだけどな」
「ほっといてください!」

(高飛車なガキだな)

 一方、レクスと相対していた羽衣の真紅の瞳から、巨獣のとある一点に紅いレーザーポインタが照準された。

「ロック・オン」

 そして。
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