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第1章 シスター少女を拾いました
(1)
しおりを挟む星海出るのに、星船で?
お大尽じゃあるまいし。
今の流行(はやり)を知らんのかい?
《歪空回廊》飛ばしてGo AWAY!
それも、どデカいコンボイで!
***
夜空に双子の月が輝いていた。
惑星マグダラの首都マグダリアの外れ。
そのあたりは未開の原野と森林地帯と寂れた町が隣接している辺境地区と呼ばれる場所である。
人々の住む世界と野性世界の境界線。その相容れぬふたつの世界は高さ十数メートルはあろうかと云う無骨な鋼鉄のフェンスで明確に分離されていた。
そのフェンスの外、つまり野性世界の側――。
舗装もされていない外周道路に駐車した小型ビークルに無造作に寄りかかった姿勢のまま、サンタ・ウイードは頭上の双子の月を眺めていた。
ぼさぼさの黒髪と黒い瞳。軍用パンツとブーツを身につけ、赤茶けた革のジャンパーをはおっている様は、いかにもこの時代のこの辺境にはお決まりの無法者と云ったところだろうか。
「せっかくのいい月夜だと思ってわざわざお月見と洒落こんだってのに、この鋼鉄フェンスってのはなかなかに無粋の極みだな」
やれやれ、と云うように肩を竦めて見せるが、その皮肉めいた微笑を見る限りは、どうも本心では満更そう思っている訳ではなさそうだ。
「フェンスの外側は危険区域なんだから仕方ないよ。贅沢なこと云わないの」
女の声が答えた。声の主はビークルの屋根の上に膝を抱えて座り、サンタと同じように双子の月を見ていた。
美女である。
腰まで届きそうなロング・ツインテールは金属を思わせるプラチナ・ブロンドで、それが緩やかに背中に流れ、わずかに吹きすぎる風にきらきらと輝いて揺れている。双子の月を見つめる瞳はルビーと見紛うばかりの真紅に輝いていた。
「十分、綺麗なお月様たちだと思うけどな」
うっとりしたように呟く彼女がまとっているのは淡い翡翠色の服。
いや、地面に触れそうなほどの振袖は服と云うよりはキモノを彷彿とさせ、しかし腰帯から下は明らかにキモノのそれとは異なり、本来隠されているはずのすらりと伸びた艶かしい太腿が剥き出しになっている。
それは上半身はキモノ、下半身はミニスカート、と云う何とも艶っぽいドレスであった。
小型ビークルに寄りかかっていた男、サンタ・ウイードはビークルの屋根に膝を抱えて座っている彼女に目をやると、いたずらっぽく笑って見せた。
「おい、羽衣」
「何?」
「ロマンチックな台詞を云うのは素敵なんだが、そんなところでそんな座り方してるとスカートの中が丸見えだぞ」
「え? ん、もう、サンタったら……」
羽衣、と呼ばれた彼女はそう云いながらも、ルビー色の瞳をきらきらと輝かせてサンタに流し目を送る。どこかワクワク顔である。
(なるほど、こいつ、わざとやっているのか……)
「おまえ、それでおれを誘ってるつもりなのか? 今どき小学生でももっとマシな誘い方するぞ」
その言葉に、ぶう、とふくれっ面を見せると、羽衣は身軽な仕種でビークルの屋根から飛び降りる。
それからサンタの腕に自分の腕を絡ませると、ふくれっ面のまま上目遣いにかれの顔を見つめた。
「サンタったら、いっつも、そう云う冷たいことばっかりしか云わないね? いったい、いつになったらあたしのことを一人前の《愛玩人形》として扱ってくれるのかな?」
「だれが《愛玩人形》だって?」
サンタはため息をついた。
「いいか? おまえはおれの仕事上のパートナーだ。『運び屋』サンタ・ウイードの有能なナビゲータなんだ。わかっているのか?」
「サンタにナビゲータなんて必要ないじゃない? あたしのナビゲートなんてちっとも聞いてないし……」
「それはおまえがトンチンカンなナビゲートをするからだ。何故、荷運びの最中に遊園地に立ち寄らなけりゃならないんだ? 動物園に寄らなけりゃならないんだ?」
「ええ~、だってさあ」と、羽衣。
「じゃ、ちゃんとナビゲートしたら《愛玩人形》にしてくれるの?」
「どうしてそう云う話になるんだ?」
邪険に答える。
羽衣は不満そうにサンタを睨みつける。
それから少しばかり悪戯っぽい笑顔を見せた。
「な、なんだ、その顔は?」
サンタの言葉が終わる前に、えい、とばかりに彼女は突然かれに抱きついた。
「ぎゅうう♪」
「お、おい……」
「だってさ、せっかくサンタに助けてもらった命なのに、あたし、ちっともサンタの役に立てないんだもん。せめて《愛玩人形》くらいしかできないから……」
サンタの胸に顔を埋めて、呟くように云う。
「助けた、って、大袈裟な奴だな」
「助けてくれたじゃない。プリインストールされたままお金持ちのお屋敷の倉庫で眠っていたあたしを、再起動してくれたのはサンタでしょ? あのときからあたしのご主人様はサンタなんだからね」
五年前のことである。身寄りのない資産家が亡くなり、その屋敷の荷物を処分する仕事を請け負ったときに、倉庫に無造作に放置されていた《バイオ・ドール》をいたずら半分に再起動した。
それが羽衣だった。
確かに放っておけば、彼女はこうして目覚めることもなく処分場行きだったはずだ。そう云う意味では、命を助けた、と云うのはあながち的外れとは云えなかった。彼女はそれ以来、サンタのパートナーとして行動をともにしている。
「だからと云って《愛玩人形》じゃないだろ? おまえはもっと高性能、高機能の《バイオ・ドール》なんだからそう云う自覚を持ってくれよ。ある意味、芸術品と云っても良いくらいなんだから――」
そう云ってからサンタは、しまった、と思った。羽衣のおだてれば木にも登る性格を考えれば、絶対調子に乗るはずだ、と。
案の定、サンタの台詞を聞いた羽衣の表情がぱっと明るくなる。
「ほんと? サンタ、あたしのこと、そんなふうに思ってくれてるの?」
(ああ、やっぱり、調子に乗っちまった)
そう云うところは、まさしく人間の感情の起伏までをも完璧に再現した見事な《バイオ・ドール》であった。
「ああ、ああ、本当だ。神に誓って」と、サンタ。
(まあ、おれは無神論者だけどもな)
心の中で補足する。
「高機能、高性能? おまけに美人で魅力的?」
「……いや、そこまでは云った憶えはないが」
「嬉しい! あたし、サンタに気に入られるようにもっともっとがんばるね。がんばって手練手管を憶えて、たっぷりサンタを満足させられるようになる!」
「だから《愛玩人形》じゃない、って云ってるだろ!」
(最近、よく思うのだが、どうもおれの『情報入力』がまずかったらしい)
喜々として鼻歌まで歌いだした羽衣を暗澹たる思いで眺めるサンタであった。
**
その人影に気づいたのは、夜目の利く羽衣であった。
そろそろ『お月見』にも飽きて酒場で一杯やりたくなってきた頃である。
「ねえ、サンタ、あそこ……」
羽衣が指差したのは外周道路から分岐して針葉樹の森林に向かって延びている荒れた旧道。その旧道が森の中に消えて行くちょうどそのあたりだった。
フェンスが建てられてからは人里と隔絶されてしまった旧道である。当然、常夜灯など整備されているはずもなく、荒れ果てた『生活道路の残骸』として朽ち果てるままに放置されている道路であった。
そんな道路を行く人影。
サンタは双子の月の光だけを頼りに目を凝らす。
小柄な人影である。どうやら森からやって来たようだ。
(森から?)
そもそも森は人外の土地のはずである。打ち捨てられた開拓民の廃墟くらいは残っているだろうが、そこにはライフラインもなく住む者などいるはずもない場所だ。
にも関わらず、である。
旅から旅の『運び屋』ではあったが、だからこそ行く先々の土地ついてはそれなりに下調べもしているし、惑星マグダラには度々訪れていてこのあたりについては熟知していた。
しかし今まで首都の外辺部の森林地帯に町があるなどと云う話は聞いたこともない。
ましてやこの森林地帯は危険地域として知られている。それがためのフェンスの設置だったはずだ。
サンタはさらに目を凝らして観察する。
その人影は、マントなのか、ヴェールなのか、そんなもので全身をすっぽり覆っており、ときおり背後を振り返りながら旧道を外周道路に向かって走っていた。
ただでさえ走ることに向いてなさそうな恰好で、夜間、荒れ果てた旧道を背後を気にしながら走っている様は危なっかしい事この上ない。
「あ!」
サンタの隣で同じように人影を見つめていた羽衣が呟く。
ふたりの見ている前でその人影は見事に転んで見せた。それも両腕を広げて受身もとらずに――。
「……転んだ」
「ああ、転んだ」
「痛そう」
「あの転び方は痛いだろうな」
「あ、立ち上がったよ」
羽衣の云うように、少しの間その人影は倒れたまま痛みをこらえて蹲っていたようであったが、立ち上がるとすぐにもう一度走り出す。
「どうしちゃったのかな? ね、サンタはどう思う?」
「あの様子だと何かに追われでもしているみたいだな」
背後を相変わらず気にしている様子である。
「何に?」
「さあ……」
そのとき、ふたりは地響きのような音を聞いた。
「あれ? サンタ、今の聞こえた?」
羽衣が云い終わる前に、再び……。
腹に響くような音。
そして――。
森の中から人影を追うように――。
それは現れた――。
森の木々を薙ぎ倒して――。
「ええ? サンタ、あれって……?」
「ああ。ヤバイぞ、こりゃ」
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