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第7章
不吉を呼ぶ男(3)
しおりを挟む村に通じる峠の一本道が見える高見に身を潜めてロード神父はそれを待っていた。
トーコの手術を見守るつもりだったが、手術室に入る直前、クロに聞かされた。
「どうやらあの小娘にランベールから連絡が入ったようだぞ。おそらくかれはタイトの確保に向かうだろうが、別働隊がトーコを狙って来るだろう。私は手術で手一杯だが、おまえはどうする?」
どうするもこうするもない、と、神父はそう思った。それをわざわざ訊ねるクロが妬ましかった。
かれは手術の立会いをあきらめ、礼拝堂に走った。
やるべきことは決まっている。
今まで長いこと守って来たトーコをこの期に及んで見捨てる訳には行かなかった。
何年振りかで聖服を脱ぎ、礼拝堂の祭壇の下の武器庫から、密かに隠し持っていた対機動メカライフルを取り出す。
「まさか、これを使うことになるとは思わなかったが」
それからかれは真っ直ぐにそこに向かったのだった。
以前からマークしていた場所である。
作戦上、この武器で相手を撃退するにはそこしかない、と云う場所だった。
ランベールの部下たちはその道を通るしかない。
そこは切り立った崖の上の峠道である。
狭い一本道であるそこであれば最低限の武器で殲滅することが可能だった。
神父が藪に身を潜めて待っていると、まもなくクロの言葉通りそれはやってきた。
三台の軍用装甲ビークルである。
おそらくは数十キロ離れた町にある駐屯地からやって来たのであろうそれらは、しかし、その無骨な機体のどこにも連邦軍の軍章が見当たらない。
それはこの作戦が非公式なものであることを物語っていた。
「やはりランベールは秘密裏にこれを行っているのか」
それはそのまま、ランベールが証拠をすべて隠滅するつもりであることをかれに教えてくれた。
タイトの確保と云う公式な作戦の裏で、トーコとかれの存在そのものを消してしまおう、と云う――。
***
ロード神父は遠い昔を思い出す。
あの日、トーコをつれて医療局を出ようと企て、それが失敗に終わった時。
失意の中、取調べ室に現れたのがランベールであった。
当時から〈不吉を呼ぶ男〉と呼ばれていたかれの登場に嫌な予感がしたことを憶えている。
ましてやかれは特務局の所属である。今回の件の取調べには不釣合いであった。
案の定、ランベールは取調べもそこそこに、とある条件をかれに提示した。
「この少年を知っているかね?」
ランベールが見せた立体写真。
それはサイトンの村のひとりの少年であった。
確か村では神童と呼ばれている聡明な少年で、トーコの友達でもあったはずだ。
そして少年の両親は先の大戦で自分が妻と娘を亡くしたことに同情して、とてもよくしてくれていた。
こうして軍に復帰したのもかれらの薦めであった。
「この少年が何か?」
「連邦科学局が連邦中の子供たちの知能レベル、潜在能力レベルを定期的に調査していることを知っているね? それらは日常のテストや健診などに巧みに紛れ込ませているが、ほぼ連邦の全子供たちのレベルを随時把握するようになっている」
何の話をするつもりなのだ、と、神父――当時は、ロード軍曹であったが――は、訝しんだ。
今はトーコを連れ出そうとしたことで、取調べを受けているのではなかったのか、と。
「この少年の指数が異常値を示していてね。つまりは天才だ。連邦としてはかれが欲しいのだが、なかなか両親が首を縦に振ってくれない」
なるほど、と、かれは思った。
サイトンの村は保守的で昔かたぎの村である。
かれはひとり息子であり、両親は手放すことには頷くことはないだろう、とは容易に想像出来た。
「そこで、だ。あの少女ときみを円満に村に戻す代わりに頼まれてもらいたい」
かれは目の前の〈不吉を呼ぶ男〉をじっと見つめた。
「交換条件としてかれの両親の説得、ですか?」
「説得……。それがなかなか難しいので、頼みたいのだが」
「それは……どう云う意味ですか?」
「両親は事故に会い不慮の死を遂げる。身寄りのなくなった少年は晴れて科学局に迎えられ、きみと少女はサイトンの村で末永く平和に暮らす」
ランベールは淡々とそう告げた。
かれは一瞬、その意味が理解出来なかった。
しかしすぐにその恐るべきシナリオの意味するところに思い至り、ランベールの顔を見つめたが、〈不吉を呼ぶ男〉からは何の感情も見て取ることは出来なかった。
「きみには選択の余地はないだろう? それにこれは連邦の発展には欠かせない作戦でもあるのだから」
ランベールの言葉に、かれはかすかに唇を慄わせた。
「しかし……」
「よく考えてみることだ」
ランベールはその日はそうやって結論を出さずに出て行った。
かれはそのままじっと頭を抱えて取調室に座り込んでいた。考える余地は確かになかった。
そしてかれは数日後に作戦を実行し、さらにひと月後には何食わぬ顔をしてサイトンの村に神父として戻ったのだった。
***
軍用ヘリの音が遠くに聞こえ、振り向くと牧草地の外れに機動メカを投下するのが見えた。それはタイトを捕獲するためだろう。
そちらについてはあの娘に任せる他はない、と、神父は思った。
クロの言によれば彼女は有能な傭兵らしい。
トーコはタイトの嫁だと思い込んでいるようであったが、あの腰と背中に吊り下げた剣呑な武器は尋常な者が持つような物ではないことは、軍籍にいたかれはすぐに気づいていた。
いや、トーコ以外はきっと誰もが気づいたことだろうが。
あの機動メカがランベールのものだとすれば、あの娘がこちらを支援することはできまい。
つまりはこちらは自分ひとりで何とかしなければならないのだ、と、神父は緊張した。
かれは待つ。
その瞬間を――。
そして軍用装甲ビークルの一団がポイントに差しかかったとき、かれは行動した。
旧式の対機動メカライフルを照準する。
すでに旧式となったそれでは、軍用装甲ビークルの分厚い装甲を破ることは出来ないことはわかっていた。
かれの狙いはビークルそのものではなかった。
地盤の弱いそこ。
崖の一部分に向かってかれは引き金を絞った。
谷間に銃声が響き渡った。
ビークルが今通りかかろうとしていた崖に熱銃弾が命中する。
一瞬、何も起きなかった。
しかし。
からからと崖の岩が崩れ始める。
次の瞬間、一気にそれは崩落し、先頭のビークルが谷底目掛けて落下して行った。
それに続いていた二台の装甲ビークルが急停止する。
上部に設置された重機銃が神父の方向に照準を合わせようと動き始めたが、正確にかれの位置を把握してはいなかった。
重機銃はかれが身を潜めているあたりを薙ぎ払うように銃撃を開始する。
かれは体を低くしてそれに備えた。
かれの位置は山道よりもさらに高い。
下からの銃撃ではかれを捉えることは出来なかった。
銃撃がいったんおさまったところを見計らって、神父は第二撃を発射した。
今度は三台目の装甲ビークルの足許である。
状況を把握してビークルが後退に転じたところであったが、すでにその行動は遅すぎた。
安全な場所まで移動する前に、崖ががらがらと崩れ落ち、残った二台の装甲ビークルも谷底へと真っ逆さまに転げ落ちて行った。
その光景をじっと見つめながら、かれはタイトの両親の事故――かれが仕掛けた事故を思い出していた。
あのときも自分はここにいて、あそこから転げ落ちたのはタイトの両親のビークルだった、と。
「主よ、許したまえ」
かれは呟いて頭を垂れると、涙を流した。
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