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第1章
傭兵少女と変人少年(5)
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(こ、こいつ、いったい何なのよぉ)
毛布にくるまってツグミは悪態をつく。
隣にはタイトがすでに寝息を立てていた。
部屋着が用意されていると云うのに、ツグミがシャワーを浴びてバスルームから戻って来ると、タイトはベッドの真ん中でパンツ一丁でぐーたら寝息を立てていたのだ。
(デリカシーのかけらもないのか、このバカは)
おかげでツグミはベッドの片隅にちんまりと、タイトに背を向ける恰好で縮こまって寝るはめになっていた。
ときおりタイトが寝返りを打つと、その手や足がツグミの身体に触れ、そのたびにビクっと反応してしまう。
あまりのことに頭を冷やそうと水シャワーを浴びて見たが、相変わらず心臓はバクバク打っているし、体の火照りは静まる様子もなかった。もうさっきからずっと涙目である。
(何でこんなダサい奴に、こんなに心乱されなきゃならないのよ?)
悔しいやら恥ずかしいやらで、このままではまんじりともせずに朝を迎えるのは確定的だ、と思った。
ふうっ、と溜息。
(あたし一人がうろたえてるばっかりでバカみたいじゃない。そもそも、こいつ、本当にあたしのこと、気にならないの? このナイス・バディのツグミちゃんを見て、何とも思っていないの?)
そっと振り向いて見る。
ダウンライトの艶かしい照明に、タイトの色気も何もない寝顔が浮かんで見えた。
平和そうな寝顔である。少なくともツグミに対して邪な思いを抱いているとは決して思えない。
それがまた気に食わない。
(忌々しい。あたしにこんな思いをさせといて、何でこいつだけ安眠してるのよ?)
めらめらと違う意味の怒りの炎が燃え上がったが、さりとてここでかれを起こして取り返しのつかないことになってしまうことを考えると、ここは大人しくしている方が賢明であろう、と思い直す。
(……〈銀髪の狂戦士〉の名前なんて、ベッドの中では何の役にも立たない)
もっともベッドの中で〈銀髪の狂戦士〉などと云う異名で呼ばれたら、いったいどんなにエロい女なんだとも思うが――。
(バカだな、あたし……)
そう思った時、枕元に置いてあったフォン端末が着信を告げた。
ツグミはさっと緊張するとちらりとタイトを見る。
相変わらず平和に寝息を立てている。
ツグミはフォン端末を手にそっとベッドから抜け出すと、バスルームに入って行った。
***
『……』
〈無音の音〉がフォン端末から聞こえ、頭の中で何かが切り替わる感覚を憶える。
彼女の別の人格が意識の中に紛れ込んだ。
連邦科学局の技術〈多重人格処置〉――連邦特務局に属するエージェントが潜入捜査を行う際、潜入先にエージェントであることを悟られないようにするための処置。
人格の裏側にエージェントとしての人格を封じ込め、フォン端末からの特殊な発信音でそれを表面に呼び出すと云う人格制御技術であった。
連邦特務局エージェント、コードネーム〈銀狐〉。
それがツグミの裏側にあるもうひとつの顔であった。
「はい、少佐」
『状況を』
フォン端末の向こうで冷酷なまでに穏やかな声が云った。
その声はツグミの上官の声である。
「ターゲットと接触しました」
『ターゲットの記憶はどうだ?』
「まだ確証には至りません。ただ……」
『ただ……?』
「〈魔銃〉に興味を示しました。単なる興味なのか、何かを記憶しているのかはわかりませんが」
『なるほど。記憶が完全消去できていない可能性はある、と云うことか』
少佐が答えるのを聞きながらツグミは今回の指令の内容を心の中で反芻する。
タイト=ハーゲン博士。
元連邦科学局所属の研究員。
専門は〈賢者の石〉と呼ばれる特殊な石〈ラピス〉の応用技術研究。
すなわち、連邦内にも十数名しか存在しない最重要機密の保持者。
IQ200オーバーの超天才。
つい先日、若いにも関わらず科学局を突然リタイアしたが、その際には連邦の規定通り科学局でのすべての記憶を〈記憶抹消処理〉により抹消された。
つまりは『ただの一般人』に戻った訳である。
そのはずであった――。
しかしその後の追跡監視により〈記憶抹消処理〉をされたにも関わらず、かれの記憶が残っている可能性が指摘されていた。
彼女に下された指令は、かれの記憶を確認すること、もしも記憶が戻っていることを確認出来たならばかれを確保し、場合によっては少佐から受け取った〈忘却の鍵〉を使ってかれの記憶を再度抹消すること、であった。
彼女は自分のうなじに手をやる。
彼女のうなじにも〈忘却の鍵〉のための〈鍵穴〉はある。
連邦特務局のエージェントである彼女も機密レベルこそ違え、連邦の機密保持者である立場は同じなのである。
『かれはどこへ向かっている?』と、少佐。
「まだ目的は不明ですが、サイトンと云う村に向かうようです」
『サイトン?』
そこで少佐は沈黙する。
『……大陸の北にある山間部の村か。なるほどな』
「ご存知なのですか?」
『いや、それで?』
「はい。これからしばらく行動をともにし、確認します」
『わかった。すでに接触している、と云うことであれば、次回以降はそちらから連絡を入れるようにしろ。手配でき次第、私も向かう。サイトンで合流しよう。以上だ。何か質問は?』
少しの間があった。それからツグミは、指令を受けてからずっと考えていた疑問を口にする。
「お聞きしたいのですが。……ターゲットが科学局をリタイアしたのはいったいどんな理由だったのでしょうか?」
***
『……』
解除音が聞こえ、ツグミは自分が本来のツグミに戻る感覚を憶える。
どちらが本来なのかは厳密には彼女自身にもわからなかったが、どちらにしてもこの感覚は何度味わっても愉快な感覚ではないな、と、彼女は思った。
それから、自分が自分であることを確認するかのように鏡に映る姿をまじまじと見つめ、納得したような表情を見せてひとつ伸びをすると、そっとベッドルームに戻った。
相変わらずタイトは平和そうに眠っている。
(それにしても……)
たった今、少佐から聞いた話、タイトが科学局をリタイアした理由を思い出す。
『かれは、自分探しの旅に出る、と云う理由で科学局をリタイアした』
少佐はそう云った。確かに。
嘘でしょ、それ? と、思わず訊き返したいのをツグミは必死で堪えていた。
理由も理由だが、それで許可を与えてしまう科学局とは、どれだけ能天気なのだろう。
ましてやタイトは最重要機密を保有している天才科学者である。
タイトの顔をまじまじと見つめる。
(ったく、こいつと来たら、信じられない奴……)
くすっ、と笑顔を見せる。
(まあ、ある意味、凄い奴なのかも)
それからツグミはベッドに入ろうとして、タイトが首に革紐のラリエットをぶら下げているのに気づいた。
ペンダント・ヘッドには薄いピンク色の小さな石がついている。
(何だろう? こいつらしくないなあ。お洒落のつもりなのかな? ……いや、こいつのことだからきっと交通安全のお守りとか、その類だろうな)
自分の考えに思わずほくそ笑む。
それからタイトに気づかれないようにと気を遣いながら、ベッドのかれのとなりに滑り込んだ。
(考えてみたら、普通、こう云う時って男はソファとかで寝るんじゃないのかな? よく映画だとそんなシーンを見るような気がするけど……)
堂々とベッドの真ん中で大の字で寝てる男ってどうなんだろう、と、今さらながらにそんなことに気づくツグミだった。
***
翌朝――。
目の周りに青アザをつけたダサい男と、笑顔が可愛らしい銀髪の娘は早朝にチェックアウトして行った。
(おかしな二人組だったが娘の方はなかなかのトランジスタ・グラマーだった。あのダサ男、うまくやったな)
(ダサ男が、昨日なかった青アザをつけていたのは、ちょっとしたご愛敬だろう)
そんなことを考えながら〈月見草〉のオヤジが売上を数えていたのは、仕事が一段落した昼過ぎだった。
あらかたの客が部屋を出て、次の客がちらほらと部屋を求めてやって来始めたそんな時間――娼婦目当ての一人客が訪れるには、少々早い時間である。
入口の扉が開き、一人の男が現れた。
ラブ・インには不似合いな男が玄関を抜けて入って来たのを見て、オヤジは嫌そうな顔を隠そうともしなかった。
明らかな無法者然とした男。
恐らくバンディトがその類であろうが、肩章もついていないくたびれた軍服を身に着けているところが、さらにオヤジを不愉快にさせた。
こう云う手合いはトラブルを持参した疫病神以外には考えられない。
どう考えても娼婦を連れ込んで楽しむような「健全な」連中でないことは、永年の経験から十分に察せられた。
「オヤジ」と、その男が云った。
腕に包帯を巻いていてわずかに血が滲んでいるところを見ると、ここ数日以内にドンパチをしてきたばかりなのだろう、と、オヤジは男を観察しながらそう思った。
ますますもって、きな臭い。
「何だ? 悪いがここは健全な恋人たちのワンダーランドだ。ヤバイ連中はお断りだぞ」
「まあ、そう云うなよ」
兵隊上がりらしいかれは傷痕のある顔には不似合いな笑顔を作って見せた。
親愛の証を見せたつもりらしいが、それが成功しているとは云いがたい。
だがかれがカウンターに置いた銀貨を見るとオヤジの顔がほころんだ。
厄介事を持って来たのだとしても、銀貨一枚と引き換えならばたいていのことは我慢する価値があることを、オヤジは経験的に知っていた。
「何を訊きたい?」
オヤジは声を潜める。
他には従業員もいないし、客もいない。
それでも声を潜めたのはどこか後ろめたい思いがあるからだろう。
「人を捜しているんだが」
「どんな男だ?」
「女だ」
「女? 娼婦以外に最近、女なんぞ……」
云いかけて、数時間前にチェックアウトして行った銀髪の娘を思い浮かべた。
(あの娘はどう見ても子供だ。おそらく未成年だろう)
普通に考えればあの小娘がこんな剣呑な風体をした男とは結びつかなそうなものだったが、ひとつだけオヤジの記憶に引っかかるものがあった。
娘の旅人マントの下にちらりと見えたもの。
陽気な可愛らしい外見とはそぐわない銃のことを――。
そしてどうやらオヤジの「勘」は当たっていたようだ。
なぜなら男はこう訊ねたのだから。
「銀髪の娘だ。まだ若い。かなり露出過多の可愛い子ちゃんなんだが、剣呑な銃をぶら下げている。肩口には物騒な悪魔のタトゥー。憶えはないか?」
オヤジはカウンターに置かれた銀貨をもう一度見つめた。
(悪いなぁ、お嬢ちゃん。どうやらおじさんは銀貨一枚でおまえさんを売ってしまいそうだよ)
オヤジはそう呟くと、男に向かってにっこりと愛想笑いを見せた。
それから男はオヤジとしばらく話をした後、こちらも皮肉っぽい笑顔を見せて玄関を出ると、通りを見回した。
少し離れた路地の出口に一台の黒塗りのビークルが停車していた。
そして道を挟んだ反対側には一台の傷だらけの軍用車両。
それを囲んで控えている仲間の男たちに親指を立てて見せると、〈月見草〉を出てきた男はそのまま路地口に停まっていた黒いビークルの方に歩み寄った。
「ダンナ」と、かれは窓を指先でこつこつと叩く。
「どうやら男と一緒だったらしい。あんたの読み通りみたいだぜ、〈強化体〉のダンナ」
少し開いたビークルのウインドウに顔を近づけると、そう告げる。
「ダンナの目当てはそのツレの男の方なのかい? まあ、おれらはあの娘っ子の方に恨みを晴らせればそれでいいんだがね」
云いながら、道の向こう側の壁にたむろしている数人の無法者たちに目配せをして見せる。
いかにも、と云う風情の男たち。
「行き先は予想がついている」
ビークルの中から低い声で応えがあった。
「その娘との戦場は我々が作ってやる。存分にやるがいい。武器も用意する」
「頼むぜ、ダンナ。おれたちの仲間は根こそぎやられちまったし、虎の子の機動メカもおしゃかにされちまったからな。何せ、相手は〈銀髪の狂戦士〉だ」
「しくじるなよ、バンディト」
「あんたもな、〈強化体〉のダンナ」
ビークルの中から、わかった、と云う返事。
男は肩を竦めて見せると、仲間たちに手を挙げて合図をする。
軍用車両のエンジンが唸り声を上げた。
毛布にくるまってツグミは悪態をつく。
隣にはタイトがすでに寝息を立てていた。
部屋着が用意されていると云うのに、ツグミがシャワーを浴びてバスルームから戻って来ると、タイトはベッドの真ん中でパンツ一丁でぐーたら寝息を立てていたのだ。
(デリカシーのかけらもないのか、このバカは)
おかげでツグミはベッドの片隅にちんまりと、タイトに背を向ける恰好で縮こまって寝るはめになっていた。
ときおりタイトが寝返りを打つと、その手や足がツグミの身体に触れ、そのたびにビクっと反応してしまう。
あまりのことに頭を冷やそうと水シャワーを浴びて見たが、相変わらず心臓はバクバク打っているし、体の火照りは静まる様子もなかった。もうさっきからずっと涙目である。
(何でこんなダサい奴に、こんなに心乱されなきゃならないのよ?)
悔しいやら恥ずかしいやらで、このままではまんじりともせずに朝を迎えるのは確定的だ、と思った。
ふうっ、と溜息。
(あたし一人がうろたえてるばっかりでバカみたいじゃない。そもそも、こいつ、本当にあたしのこと、気にならないの? このナイス・バディのツグミちゃんを見て、何とも思っていないの?)
そっと振り向いて見る。
ダウンライトの艶かしい照明に、タイトの色気も何もない寝顔が浮かんで見えた。
平和そうな寝顔である。少なくともツグミに対して邪な思いを抱いているとは決して思えない。
それがまた気に食わない。
(忌々しい。あたしにこんな思いをさせといて、何でこいつだけ安眠してるのよ?)
めらめらと違う意味の怒りの炎が燃え上がったが、さりとてここでかれを起こして取り返しのつかないことになってしまうことを考えると、ここは大人しくしている方が賢明であろう、と思い直す。
(……〈銀髪の狂戦士〉の名前なんて、ベッドの中では何の役にも立たない)
もっともベッドの中で〈銀髪の狂戦士〉などと云う異名で呼ばれたら、いったいどんなにエロい女なんだとも思うが――。
(バカだな、あたし……)
そう思った時、枕元に置いてあったフォン端末が着信を告げた。
ツグミはさっと緊張するとちらりとタイトを見る。
相変わらず平和に寝息を立てている。
ツグミはフォン端末を手にそっとベッドから抜け出すと、バスルームに入って行った。
***
『……』
〈無音の音〉がフォン端末から聞こえ、頭の中で何かが切り替わる感覚を憶える。
彼女の別の人格が意識の中に紛れ込んだ。
連邦科学局の技術〈多重人格処置〉――連邦特務局に属するエージェントが潜入捜査を行う際、潜入先にエージェントであることを悟られないようにするための処置。
人格の裏側にエージェントとしての人格を封じ込め、フォン端末からの特殊な発信音でそれを表面に呼び出すと云う人格制御技術であった。
連邦特務局エージェント、コードネーム〈銀狐〉。
それがツグミの裏側にあるもうひとつの顔であった。
「はい、少佐」
『状況を』
フォン端末の向こうで冷酷なまでに穏やかな声が云った。
その声はツグミの上官の声である。
「ターゲットと接触しました」
『ターゲットの記憶はどうだ?』
「まだ確証には至りません。ただ……」
『ただ……?』
「〈魔銃〉に興味を示しました。単なる興味なのか、何かを記憶しているのかはわかりませんが」
『なるほど。記憶が完全消去できていない可能性はある、と云うことか』
少佐が答えるのを聞きながらツグミは今回の指令の内容を心の中で反芻する。
タイト=ハーゲン博士。
元連邦科学局所属の研究員。
専門は〈賢者の石〉と呼ばれる特殊な石〈ラピス〉の応用技術研究。
すなわち、連邦内にも十数名しか存在しない最重要機密の保持者。
IQ200オーバーの超天才。
つい先日、若いにも関わらず科学局を突然リタイアしたが、その際には連邦の規定通り科学局でのすべての記憶を〈記憶抹消処理〉により抹消された。
つまりは『ただの一般人』に戻った訳である。
そのはずであった――。
しかしその後の追跡監視により〈記憶抹消処理〉をされたにも関わらず、かれの記憶が残っている可能性が指摘されていた。
彼女に下された指令は、かれの記憶を確認すること、もしも記憶が戻っていることを確認出来たならばかれを確保し、場合によっては少佐から受け取った〈忘却の鍵〉を使ってかれの記憶を再度抹消すること、であった。
彼女は自分のうなじに手をやる。
彼女のうなじにも〈忘却の鍵〉のための〈鍵穴〉はある。
連邦特務局のエージェントである彼女も機密レベルこそ違え、連邦の機密保持者である立場は同じなのである。
『かれはどこへ向かっている?』と、少佐。
「まだ目的は不明ですが、サイトンと云う村に向かうようです」
『サイトン?』
そこで少佐は沈黙する。
『……大陸の北にある山間部の村か。なるほどな』
「ご存知なのですか?」
『いや、それで?』
「はい。これからしばらく行動をともにし、確認します」
『わかった。すでに接触している、と云うことであれば、次回以降はそちらから連絡を入れるようにしろ。手配でき次第、私も向かう。サイトンで合流しよう。以上だ。何か質問は?』
少しの間があった。それからツグミは、指令を受けてからずっと考えていた疑問を口にする。
「お聞きしたいのですが。……ターゲットが科学局をリタイアしたのはいったいどんな理由だったのでしょうか?」
***
『……』
解除音が聞こえ、ツグミは自分が本来のツグミに戻る感覚を憶える。
どちらが本来なのかは厳密には彼女自身にもわからなかったが、どちらにしてもこの感覚は何度味わっても愉快な感覚ではないな、と、彼女は思った。
それから、自分が自分であることを確認するかのように鏡に映る姿をまじまじと見つめ、納得したような表情を見せてひとつ伸びをすると、そっとベッドルームに戻った。
相変わらずタイトは平和そうに眠っている。
(それにしても……)
たった今、少佐から聞いた話、タイトが科学局をリタイアした理由を思い出す。
『かれは、自分探しの旅に出る、と云う理由で科学局をリタイアした』
少佐はそう云った。確かに。
嘘でしょ、それ? と、思わず訊き返したいのをツグミは必死で堪えていた。
理由も理由だが、それで許可を与えてしまう科学局とは、どれだけ能天気なのだろう。
ましてやタイトは最重要機密を保有している天才科学者である。
タイトの顔をまじまじと見つめる。
(ったく、こいつと来たら、信じられない奴……)
くすっ、と笑顔を見せる。
(まあ、ある意味、凄い奴なのかも)
それからツグミはベッドに入ろうとして、タイトが首に革紐のラリエットをぶら下げているのに気づいた。
ペンダント・ヘッドには薄いピンク色の小さな石がついている。
(何だろう? こいつらしくないなあ。お洒落のつもりなのかな? ……いや、こいつのことだからきっと交通安全のお守りとか、その類だろうな)
自分の考えに思わずほくそ笑む。
それからタイトに気づかれないようにと気を遣いながら、ベッドのかれのとなりに滑り込んだ。
(考えてみたら、普通、こう云う時って男はソファとかで寝るんじゃないのかな? よく映画だとそんなシーンを見るような気がするけど……)
堂々とベッドの真ん中で大の字で寝てる男ってどうなんだろう、と、今さらながらにそんなことに気づくツグミだった。
***
翌朝――。
目の周りに青アザをつけたダサい男と、笑顔が可愛らしい銀髪の娘は早朝にチェックアウトして行った。
(おかしな二人組だったが娘の方はなかなかのトランジスタ・グラマーだった。あのダサ男、うまくやったな)
(ダサ男が、昨日なかった青アザをつけていたのは、ちょっとしたご愛敬だろう)
そんなことを考えながら〈月見草〉のオヤジが売上を数えていたのは、仕事が一段落した昼過ぎだった。
あらかたの客が部屋を出て、次の客がちらほらと部屋を求めてやって来始めたそんな時間――娼婦目当ての一人客が訪れるには、少々早い時間である。
入口の扉が開き、一人の男が現れた。
ラブ・インには不似合いな男が玄関を抜けて入って来たのを見て、オヤジは嫌そうな顔を隠そうともしなかった。
明らかな無法者然とした男。
恐らくバンディトがその類であろうが、肩章もついていないくたびれた軍服を身に着けているところが、さらにオヤジを不愉快にさせた。
こう云う手合いはトラブルを持参した疫病神以外には考えられない。
どう考えても娼婦を連れ込んで楽しむような「健全な」連中でないことは、永年の経験から十分に察せられた。
「オヤジ」と、その男が云った。
腕に包帯を巻いていてわずかに血が滲んでいるところを見ると、ここ数日以内にドンパチをしてきたばかりなのだろう、と、オヤジは男を観察しながらそう思った。
ますますもって、きな臭い。
「何だ? 悪いがここは健全な恋人たちのワンダーランドだ。ヤバイ連中はお断りだぞ」
「まあ、そう云うなよ」
兵隊上がりらしいかれは傷痕のある顔には不似合いな笑顔を作って見せた。
親愛の証を見せたつもりらしいが、それが成功しているとは云いがたい。
だがかれがカウンターに置いた銀貨を見るとオヤジの顔がほころんだ。
厄介事を持って来たのだとしても、銀貨一枚と引き換えならばたいていのことは我慢する価値があることを、オヤジは経験的に知っていた。
「何を訊きたい?」
オヤジは声を潜める。
他には従業員もいないし、客もいない。
それでも声を潜めたのはどこか後ろめたい思いがあるからだろう。
「人を捜しているんだが」
「どんな男だ?」
「女だ」
「女? 娼婦以外に最近、女なんぞ……」
云いかけて、数時間前にチェックアウトして行った銀髪の娘を思い浮かべた。
(あの娘はどう見ても子供だ。おそらく未成年だろう)
普通に考えればあの小娘がこんな剣呑な風体をした男とは結びつかなそうなものだったが、ひとつだけオヤジの記憶に引っかかるものがあった。
娘の旅人マントの下にちらりと見えたもの。
陽気な可愛らしい外見とはそぐわない銃のことを――。
そしてどうやらオヤジの「勘」は当たっていたようだ。
なぜなら男はこう訊ねたのだから。
「銀髪の娘だ。まだ若い。かなり露出過多の可愛い子ちゃんなんだが、剣呑な銃をぶら下げている。肩口には物騒な悪魔のタトゥー。憶えはないか?」
オヤジはカウンターに置かれた銀貨をもう一度見つめた。
(悪いなぁ、お嬢ちゃん。どうやらおじさんは銀貨一枚でおまえさんを売ってしまいそうだよ)
オヤジはそう呟くと、男に向かってにっこりと愛想笑いを見せた。
それから男はオヤジとしばらく話をした後、こちらも皮肉っぽい笑顔を見せて玄関を出ると、通りを見回した。
少し離れた路地の出口に一台の黒塗りのビークルが停車していた。
そして道を挟んだ反対側には一台の傷だらけの軍用車両。
それを囲んで控えている仲間の男たちに親指を立てて見せると、〈月見草〉を出てきた男はそのまま路地口に停まっていた黒いビークルの方に歩み寄った。
「ダンナ」と、かれは窓を指先でこつこつと叩く。
「どうやら男と一緒だったらしい。あんたの読み通りみたいだぜ、〈強化体〉のダンナ」
少し開いたビークルのウインドウに顔を近づけると、そう告げる。
「ダンナの目当てはそのツレの男の方なのかい? まあ、おれらはあの娘っ子の方に恨みを晴らせればそれでいいんだがね」
云いながら、道の向こう側の壁にたむろしている数人の無法者たちに目配せをして見せる。
いかにも、と云う風情の男たち。
「行き先は予想がついている」
ビークルの中から低い声で応えがあった。
「その娘との戦場は我々が作ってやる。存分にやるがいい。武器も用意する」
「頼むぜ、ダンナ。おれたちの仲間は根こそぎやられちまったし、虎の子の機動メカもおしゃかにされちまったからな。何せ、相手は〈銀髪の狂戦士〉だ」
「しくじるなよ、バンディト」
「あんたもな、〈強化体〉のダンナ」
ビークルの中から、わかった、と云う返事。
男は肩を竦めて見せると、仲間たちに手を挙げて合図をする。
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探査機が発するリズミカルな振動はエリディアンたちの関心を引き、慎重なやり取りが始まる。これが、異なる文明同士の架け橋となる最初の一歩だった。「エンデュランスII号」の探査チームはエリディアンの振動信号を解読し、応答を送り返すことで対話を試みる。エリディアンたちは興味を抱きつつも警戒を続けながら、人類との画期的な知識交換を進める。
その後、人類は振動を光のパターンに変換できる「光の道具」をエリディアンに提供する。この装置は、彼らのコミュニケーション方法を再定義し、文化の可能性を飛躍的に拡大させるものだった。エリディアンたちはこの道具を受け入れ、新たな形でネットワークを調和させながら、光と振動の新しい次元を発見していく。
エリディアンがこうした革新を適応し、統合していく中で、人類はその変化を見守り、知識の共有がもたらす可能性の大きさに驚嘆する。同時に、彼らが自然現象を調和させる能力、たとえばタイタン地震を振動によって抑える力は、人類の理解を超えた生物学的・文化的な深みを示している。
この「ファーストコンタクト」の物語は、共存や進化、そして異なる知性体がもたらす無限の可能性を探るものだ。光と振動の共鳴が、2つの文明が未知へ挑む新たな時代の幕開けを象徴し、互いの好奇心と尊敬、希望に満ちた未来を切り開いていく。
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https://www.youtube.com/watch?v=G_FW_nUXZiQ
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