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第5話 道化師 Pagliaccio
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しおりを挟む赤、青、黄、緑、白――。
様々な色のボールが空中を舞う。
道化師の掌から放たれるそれらが、裸の楡の木の下でくるくると宙を舞う。
冬の楡の木は寂しい。
道化師はそう思う。
そしてお客さんも寂しい。
道化師の前には、今日はひとりも客がいない。
これでは商売上がったりだ、と、彼はため息をつく。
それでも彼はジャグリングを止めない。
彼にとってジャグリングは彼そのものであり、それがなければ彼はそこに存在する意味さえ失ってしまう。
それが彼、道化師の思いであり、生甲斐でもあるのだ。
だから彼はジャグリングを続ける。
いつまでも。
いつまでも。
それが冬であっても。
誰も観客がいなくても。
ジャグリングを続ける。
続けなければならない。
生きている限り、続けなければならないのだ。
そう云えば、いつからこんなことを始めたのだろうか、と、彼は思う。
繰り返し、繰り返し、もう何年も、何十年も、何百年も、こうしてこの場所でジャグリングをしているような気がする。
もちろんそんなはずはないのだが。
――。
今日は観客がいない。
子供たちがいない。
だから、と、道化師は自分の横に用意してあった風船の束にちらりと目をやる。
赤、青、黄、緑、白――。
ジャグリング・ボールと同じ色とりどりの風船は、今日ばかりはもらってくれる子供たちがいないため、いつもよりも寂しく冷たい北風に揺られているように見える。
そうだ。
こうしてそこに揺れているだけでは、風船たちも寂しいのだ。
不憫な思いに囚われ、道化師はジャグリングの手を止める。
どうせ、今日は誰も来ないだろう。
商店街にも「大道芸人の広場」にも人影はまばらでしかない。
それならば風船たちも何もそこで北風に揺られていても仕方がない。
せっかく膨らんで、夢をたくさん詰めて子供たちを喜ばそうと思っているのに、これでは悲しいだろう。
道化師は風船の紐をゆっくりと解いてやる。
ひとつ、ふたつ……。
風船は風に乗って空へ舞い上がる。
行くあてもなく、空へ舞い上がる。
自分はここで、こうして、楡の木の下に囚われているが、風船たちはここに縛られている必要などないのだから。
彼らは自由に空へ舞い上がって、自由に何処へでも行けるのだから。
道化師はじっと黙ったまま、そんな風船たちを見送る。
風に運ばれた風船たちが彼の視界から消えるまで、それを目で追った道化師はそれらが完全に見えなくなるのを確認すると、ひとつ、ため息をつく。
さて、また、一杯、引っ掛けに行くか、と、呟いた。
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