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第5話 道化師 Pagliaccio
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しおりを挟む楡の木蔭に小さなベンチがある。
そのベンチは普段は散歩途中のカップル、老人や若人、観光客、警官、その他種々雑多な人々が、一時の休息をとるために利用するベンチである。
だが、春から夏場にかけては、そんな人々に加えて、半日、一日の間、このベンチを占有してしまう者たちがいる。
大道芸人である。
この楡の木は「大道芸人の広場」の端っこに植えられており、そこはちょうど商店街から広場へと入って行く通り道でもあったので、彼ら大道芸人にとってはなかなかに店を出すにはうってつけの場所でもあったのだ。
そんなベンチをよく陣取っているのは『道化師』である。
その名の通り、たぶだぶの道化師の衣装と道化師のメイクをした彼は、道行く人々に唯一の芸であるジャグリングを披露している。
衣装は白いつなぎで、あちこちに原色のワッペン――星の形をしたもの、ハート型のもの、リンゴやバナナなどの果物の形をしたもの――を貼り付けていて、足首のところで絞ったズボンの下には、まるでアラビアン・ナイトの世界から取り寄せたとでも云えそうな先がくるりと丸くなったピカピカの赤い靴を履いている。
メイクのベースは白塗りで、左の目の周りには青い星型、右の目の下には大きな涙の形、口の周囲には笑顔の三日月型のペイントをして、鼻にはお決まりの真っ赤でまん丸のピンポン玉のようなつけ鼻をつけている。
また彼はいつもたくさんの風船を持っていて、芸を見てくれた子供たちにそれを配っては、はっは~、と、楽しそうな笑い声を立てる。
彼の芸はジャグリングだけだったし、彼は道化師らしく普段は「はっは~」と云う笑い声以外には言葉を喋らなかったが、いつもそれなりの人垣の中心にいたし、子供たち、大人たちにも人気がある大道芸人である。
そう云う意味では道化師は「大道芸人の広場」の大道芸人の中でも、もっともそこに似つかわしい大道芸人のひとりであった。
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