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第3話 魔女 Maga
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***
あたしがどうして『マギカ』って呼ばれているのか、その話はしてなかったよね?
マギカって、魔法、魔女のことなんだけど、それは知っていた?
そうか。さすがだね。
で、そう呼ばれ始めたのは、ね。夏祭りの時からなんだ。
アニモニの夏祭り。この町の、この「大道芸人の広場」で行われるあれのこと。
今年の夏、初めてこの町に来た、って、前に云ったよね。
まあ、大学に入るためだからなんだけど、ずっと両親や家族と一緒に暮らしていたあたしにとっては、結構な大イベントだったんだよ。
ましてやここは生まれた国でもないし――。
言葉も、やっぱり母国で習った上っ面の言葉じゃ、ちゃんと通じるかどうかも不安だったし、だからともかくその時は、新しい生活が始まる期待感よりも不安の方が大きかったんだよね。
こう見えても純情な乙女だし。
あ、そこ、笑うとこじゃないでしょ?
ほんと、意地悪だよね、絵描きさん。
ま、いっか
。
ともかく純情な乙女だったわたしはそんなこんなで、大学が始まるまでの一ヶ月ほどは、ほとんど部屋に閉じこもって生活していたんだ。
食事なんて、屋台のピザばっかり。
いい加減うんざりしていたよ。
町をほとんど見たことないって云ったけど、そんな調子だったから、少しも物見遊山の観光なんてする気になれなかった。
大学に入学するより一ヶ月も前にこの国に来たのは、半分は観光目的だったんだけど、いざこうして来て見ると、全然そんな気になれなかったんだよね。
ほんと、あたし、小心者――チキンだな、と、自分であきれたよ。
あ、また、笑う。
チキンにはとても見えない?
だから絵描きさんにこうして話をしてるんじゃない。
ちゃんとあたしの内面もわかってもらって、いい絵を描いて欲しいからね。
リンゴの外見だけじゃなく、リンゴの中身がまだまだ酸っぱい未熟な果実なのか、それとも熟して食べ頃なのか、腐ってどうにもならないのか、それを知るには切って見るしかないじゃん?
でも切ってしまえば絵に描けないから、リンゴの気持ちを聞くしかないよね?
リンゴの場合は喋ってくれないから、例えば直接触れて硬さを確認したり、鼻を近づけて匂いを嗅いで、それが青いのか、食べ頃なのか、腐っているのか確認するしかないけど、モデルは、あたしは、喋れるからこうして聞かせてあげてるんだよ。
あ、それとも直接触れたり、匂いを嗅いだりしてみたい?
だったらそれはそれであたしは構わないけども――。
ん? 何、その反応?
ドン引き?
って、傷つくなぁ。
あれ? 何の話だったっけ?
ああ、そうそう。マギカの名前の由来だよね。
えっと、つまりそんなひとりぼっちの一ヶ月が過ぎようとした時に、夏祭りのことを知ったんだよね。
最初は、ふ~ん、って感じだったんだけどさ。
でも、踊りや出し物の練習をしている人たちを街角で見たり、アパルトメントの窓から見ているうちに血が騒ぎ出しちゃって。
ほら、あたし、ラテン系じゃん?
ダメなんだよね。ああ云うのを見ていると。
それで、つい、エントリーしちゃったんだ。
エントリーと云っても別に何をする訳でもなく、仮装してパレードの中で踊るくらいのものなんだけども。
それであたし、家から持って来た服や、近所の店で見つけた端切れとかを組み合わせて、国の祭りで使うような衣装を作ったんだよ。
これでも裁縫は得意だからね。
あれ? また疑ってる?
ねえねえ、絵描きさん、あなたの中であたしのイメージってどんななのよ? 女子力ゼロのダメ女とか、思ってるんじゃないの?
あ~あ、また傷ついちゃったよ。
もう話すのよそうかな。
ああ、うそ、うそ。
あたしが話し始めたんだから、ちゃんと話すよ。
ただ、あたしをこんなに傷つけたんだから、その分、あとで優しくしてもらうからね。
あ、何、その顔?
何を恐れることがあるのよ。そんな顔しないでよ。
何もとって食おうとか、考えてる訳じゃないんだし――まあ、考えてない訳でもないけど……あ、こっちのこと、こっちのこと、えへへ。
それでね、その衣装のテーマが『魔法使い』だったんだよ。
それを着た時のあたし、絵描きさんにも見せたかったなぁ。
きっと、一発で惚れちゃったよ。
実際、夏祭りの時は凄かったんだから。
いろんな人から声をかけられ、ご祝儀もたくさんもらえたし、写真なんて何枚撮られたかわからないんだから。
きっと、アイドルってあんな気持ちなんだろうと思ったよ。
それこと真夏の夜の夢って奴?
いつの間にか、商店街のおっちゃんたちが親衛隊を作ってくれちゃったりして。
それであたし、この町にすっかり溶け込めたんだな、と、思ったんだよ。
これなら、この町でずっと楽しく暮らして行けるんだろうな、って。
それからだよ、あたしが『マギカ』って呼ばれるようになったのは――。
***
「真夏の夜の夢――」と、マギカは呟く。
「それは確かにあたしにとっては夢のような時間だったんだけど」
そこで彼女は言葉を止める。
膝を抱えて座り込んだまま、顎を膝の上に乗せて壁をじっと見つめている。
「どうした?」
絵描きがその豹変振りに、怪訝そうに彼女を見る。
彼女は慄えている。
蒼白な顔で慄えている――。
絵描きはその普通ではない様子に、思わず彼女の肩をそっと抱いてやる。
何かそうしなければならない、と、彼は思ったのだ。
彼女は一瞬、ぴくり、と緊張するが、すぐに彼に体を預けると、目を上げて苦しげな微笑を絵描きに向ける。
「やさしいんだね、絵描きさん。意地悪な時もあるけど」
「意地悪なつもりはないんだが」
「そうだね。わかってる」
マギカは頷く。
そして――。
「……夢、が、夢がね、悪夢に変わったんだよ」
マギカがぽつりとそう云った。
あたしがどうして『マギカ』って呼ばれているのか、その話はしてなかったよね?
マギカって、魔法、魔女のことなんだけど、それは知っていた?
そうか。さすがだね。
で、そう呼ばれ始めたのは、ね。夏祭りの時からなんだ。
アニモニの夏祭り。この町の、この「大道芸人の広場」で行われるあれのこと。
今年の夏、初めてこの町に来た、って、前に云ったよね。
まあ、大学に入るためだからなんだけど、ずっと両親や家族と一緒に暮らしていたあたしにとっては、結構な大イベントだったんだよ。
ましてやここは生まれた国でもないし――。
言葉も、やっぱり母国で習った上っ面の言葉じゃ、ちゃんと通じるかどうかも不安だったし、だからともかくその時は、新しい生活が始まる期待感よりも不安の方が大きかったんだよね。
こう見えても純情な乙女だし。
あ、そこ、笑うとこじゃないでしょ?
ほんと、意地悪だよね、絵描きさん。
ま、いっか
。
ともかく純情な乙女だったわたしはそんなこんなで、大学が始まるまでの一ヶ月ほどは、ほとんど部屋に閉じこもって生活していたんだ。
食事なんて、屋台のピザばっかり。
いい加減うんざりしていたよ。
町をほとんど見たことないって云ったけど、そんな調子だったから、少しも物見遊山の観光なんてする気になれなかった。
大学に入学するより一ヶ月も前にこの国に来たのは、半分は観光目的だったんだけど、いざこうして来て見ると、全然そんな気になれなかったんだよね。
ほんと、あたし、小心者――チキンだな、と、自分であきれたよ。
あ、また、笑う。
チキンにはとても見えない?
だから絵描きさんにこうして話をしてるんじゃない。
ちゃんとあたしの内面もわかってもらって、いい絵を描いて欲しいからね。
リンゴの外見だけじゃなく、リンゴの中身がまだまだ酸っぱい未熟な果実なのか、それとも熟して食べ頃なのか、腐ってどうにもならないのか、それを知るには切って見るしかないじゃん?
でも切ってしまえば絵に描けないから、リンゴの気持ちを聞くしかないよね?
リンゴの場合は喋ってくれないから、例えば直接触れて硬さを確認したり、鼻を近づけて匂いを嗅いで、それが青いのか、食べ頃なのか、腐っているのか確認するしかないけど、モデルは、あたしは、喋れるからこうして聞かせてあげてるんだよ。
あ、それとも直接触れたり、匂いを嗅いだりしてみたい?
だったらそれはそれであたしは構わないけども――。
ん? 何、その反応?
ドン引き?
って、傷つくなぁ。
あれ? 何の話だったっけ?
ああ、そうそう。マギカの名前の由来だよね。
えっと、つまりそんなひとりぼっちの一ヶ月が過ぎようとした時に、夏祭りのことを知ったんだよね。
最初は、ふ~ん、って感じだったんだけどさ。
でも、踊りや出し物の練習をしている人たちを街角で見たり、アパルトメントの窓から見ているうちに血が騒ぎ出しちゃって。
ほら、あたし、ラテン系じゃん?
ダメなんだよね。ああ云うのを見ていると。
それで、つい、エントリーしちゃったんだ。
エントリーと云っても別に何をする訳でもなく、仮装してパレードの中で踊るくらいのものなんだけども。
それであたし、家から持って来た服や、近所の店で見つけた端切れとかを組み合わせて、国の祭りで使うような衣装を作ったんだよ。
これでも裁縫は得意だからね。
あれ? また疑ってる?
ねえねえ、絵描きさん、あなたの中であたしのイメージってどんななのよ? 女子力ゼロのダメ女とか、思ってるんじゃないの?
あ~あ、また傷ついちゃったよ。
もう話すのよそうかな。
ああ、うそ、うそ。
あたしが話し始めたんだから、ちゃんと話すよ。
ただ、あたしをこんなに傷つけたんだから、その分、あとで優しくしてもらうからね。
あ、何、その顔?
何を恐れることがあるのよ。そんな顔しないでよ。
何もとって食おうとか、考えてる訳じゃないんだし――まあ、考えてない訳でもないけど……あ、こっちのこと、こっちのこと、えへへ。
それでね、その衣装のテーマが『魔法使い』だったんだよ。
それを着た時のあたし、絵描きさんにも見せたかったなぁ。
きっと、一発で惚れちゃったよ。
実際、夏祭りの時は凄かったんだから。
いろんな人から声をかけられ、ご祝儀もたくさんもらえたし、写真なんて何枚撮られたかわからないんだから。
きっと、アイドルってあんな気持ちなんだろうと思ったよ。
それこと真夏の夜の夢って奴?
いつの間にか、商店街のおっちゃんたちが親衛隊を作ってくれちゃったりして。
それであたし、この町にすっかり溶け込めたんだな、と、思ったんだよ。
これなら、この町でずっと楽しく暮らして行けるんだろうな、って。
それからだよ、あたしが『マギカ』って呼ばれるようになったのは――。
***
「真夏の夜の夢――」と、マギカは呟く。
「それは確かにあたしにとっては夢のような時間だったんだけど」
そこで彼女は言葉を止める。
膝を抱えて座り込んだまま、顎を膝の上に乗せて壁をじっと見つめている。
「どうした?」
絵描きがその豹変振りに、怪訝そうに彼女を見る。
彼女は慄えている。
蒼白な顔で慄えている――。
絵描きはその普通ではない様子に、思わず彼女の肩をそっと抱いてやる。
何かそうしなければならない、と、彼は思ったのだ。
彼女は一瞬、ぴくり、と緊張するが、すぐに彼に体を預けると、目を上げて苦しげな微笑を絵描きに向ける。
「やさしいんだね、絵描きさん。意地悪な時もあるけど」
「意地悪なつもりはないんだが」
「そうだね。わかってる」
マギカは頷く。
そして――。
「……夢、が、夢がね、悪夢に変わったんだよ」
マギカがぽつりとそう云った。
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