4 / 5
穢れなき目
しおりを挟む
「どうぞ、ここにお掛けください。」
俺は8歳の少女をカウンターの前の席に案内した。……若いな。やはり人間の子どもだ。少女はおとなしく椅子にちょこんと座ると目を丸くしてパチパチ瞬きをしている。まるで今の状況がわからないみたいだ。かといって、目の前の少女に死の話をするのは残酷なことだ。
「ハミル、書類…とペン貸せ。」
書類は通常亡くなった人間に自分で書かせるんだが…今回は俺が書こう。
「はいどーぞ。お嬢ちゃん、わかんないことがあったら、このおねーさんが教えてくれるからねー。」
……今回の担当、ハミルの方が適任だったかもな。まあ、手伝ってくれるらしいが。
俺は少女に目を向ける。おかっぱ頭の活発そうな子だ。きょとんとした顔で俺を見ている。
「では、浅井日向さん。お辛いとは思いますが、今までの人生についてお伺いしてもよろしいですか?」
「んー?」
少女はきょとんとした顔で俺を見ている。…あー、しまった。わからねえよな。俺は心の中で反省した。
「えっ、と。お、お嬢ちゃん、今までの思い出とか記憶に残ってること?とか何でもいいから、話してもらってもいいか?」
不恰好ながらも彼女が理解できるように努力したかいもあって、少女は、うん!と頷いて笑った。嫌な死に方なのに、こんな笑い方できるんだな。
「んー、とね。ひなたは、ママが大好きなの!ひなたねっ、ママといっぱい楽しいことしたんだよ!!」
無邪気に語るその笑顔は心からの言葉を伝えている。…ママ、ね。
「ママとはどんな楽しいことをしたの?」
少女は目を輝かせて語る。
「ママとね、砂場で遊んだり、絵本読んでもらったり、あとはー、大切な約束をしたり!…でも、」
少女の輝いた目が少し濁る。
「……ママね、すごく怖いの。ひなたのせいなのかな…?ママ、泣いてたの。だから、ママを元気にしたかったから、ひなたいっぱい楽しいことを、いっぱい話したの。そしたらママ、笑ってくれたよ!約束だよって、ここから出ちゃダメだけど、ママが帰ってくる時にはひなたの大好きなもの、いっぱい持ってくるって言ってたよ!」
……この子は。穢れなく笑う少女は窓のないこの役所の中で空を見上げるように笑う。俺は少女の輝いた目を直接見ることはできなかった。いや、しなかったのかもしれない。俺の今の濁りきった目で彼女を穢したくない。俺は少女から目を合わせることができずに呟いた。
「もしも、さ。生まれ変われるなら何になりたい?お嬢ちゃんが望むもの、なんでも言ってみ。鳥でも、猫でも、ウサギでも。お魚さんでもいいからさ。」
俺は8歳の少女をカウンターの前の席に案内した。……若いな。やはり人間の子どもだ。少女はおとなしく椅子にちょこんと座ると目を丸くしてパチパチ瞬きをしている。まるで今の状況がわからないみたいだ。かといって、目の前の少女に死の話をするのは残酷なことだ。
「ハミル、書類…とペン貸せ。」
書類は通常亡くなった人間に自分で書かせるんだが…今回は俺が書こう。
「はいどーぞ。お嬢ちゃん、わかんないことがあったら、このおねーさんが教えてくれるからねー。」
……今回の担当、ハミルの方が適任だったかもな。まあ、手伝ってくれるらしいが。
俺は少女に目を向ける。おかっぱ頭の活発そうな子だ。きょとんとした顔で俺を見ている。
「では、浅井日向さん。お辛いとは思いますが、今までの人生についてお伺いしてもよろしいですか?」
「んー?」
少女はきょとんとした顔で俺を見ている。…あー、しまった。わからねえよな。俺は心の中で反省した。
「えっ、と。お、お嬢ちゃん、今までの思い出とか記憶に残ってること?とか何でもいいから、話してもらってもいいか?」
不恰好ながらも彼女が理解できるように努力したかいもあって、少女は、うん!と頷いて笑った。嫌な死に方なのに、こんな笑い方できるんだな。
「んー、とね。ひなたは、ママが大好きなの!ひなたねっ、ママといっぱい楽しいことしたんだよ!!」
無邪気に語るその笑顔は心からの言葉を伝えている。…ママ、ね。
「ママとはどんな楽しいことをしたの?」
少女は目を輝かせて語る。
「ママとね、砂場で遊んだり、絵本読んでもらったり、あとはー、大切な約束をしたり!…でも、」
少女の輝いた目が少し濁る。
「……ママね、すごく怖いの。ひなたのせいなのかな…?ママ、泣いてたの。だから、ママを元気にしたかったから、ひなたいっぱい楽しいことを、いっぱい話したの。そしたらママ、笑ってくれたよ!約束だよって、ここから出ちゃダメだけど、ママが帰ってくる時にはひなたの大好きなもの、いっぱい持ってくるって言ってたよ!」
……この子は。穢れなく笑う少女は窓のないこの役所の中で空を見上げるように笑う。俺は少女の輝いた目を直接見ることはできなかった。いや、しなかったのかもしれない。俺の今の濁りきった目で彼女を穢したくない。俺は少女から目を合わせることができずに呟いた。
「もしも、さ。生まれ変われるなら何になりたい?お嬢ちゃんが望むもの、なんでも言ってみ。鳥でも、猫でも、ウサギでも。お魚さんでもいいからさ。」
0
お気に入りに追加
0
あなたにおすすめの小説
【ショートショート】おやすみ
樹(いつき)@作品使用時は作者名明記必須
恋愛
◆こちらは声劇用台本になりますが普通に読んで頂いても癒される作品になっています。
声劇用だと1分半ほど、黙読だと1分ほどで読みきれる作品です。
⚠動画・音声投稿サイトにご使用になる場合⚠
・使用許可は不要ですが、自作発言や転載はもちろん禁止です。著作権は放棄しておりません。必ず作者名の樹(いつき)を記載して下さい。(何度注意しても作者名の記載が無い場合には台本使用を禁止します)
・語尾変更や方言などの多少のアレンジはokですが、大幅なアレンジや台本の世界観をぶち壊すようなアレンジやエフェクトなどはご遠慮願います。
その他の詳細は【作品を使用する際の注意点】をご覧下さい。
【ショートショート】雨のおはなし
樹(いつき)@作品使用時は作者名明記必須
青春
◆こちらは声劇、朗読用台本になりますが普通に読んで頂ける作品になっています。
声劇用だと1分半ほど、黙読だと1分ほどで読みきれる作品です。
⚠動画・音声投稿サイトにご使用になる場合⚠
・使用許可は不要ですが、自作発言や転載はもちろん禁止です。著作権は放棄しておりません。必ず作者名の樹(いつき)を記載して下さい。(何度注意しても作者名の記載が無い場合には台本使用を禁止します)
・語尾変更や方言などの多少のアレンジはokですが、大幅なアレンジや台本の世界観をぶち壊すようなアレンジやエフェクトなどはご遠慮願います。
その他の詳細は【作品を使用する際の注意点】をご覧下さい。
小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話
矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」
「あら、いいのかしら」
夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……?
微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。
※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。
※小説家になろうでも同内容で投稿しています。
※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
くすぐり奴隷への道 FroM/ForMore
レゲーパンチ
現代文学
この作品は、とある18禁Web小説を参考にして作られたものです。本作品においては性的描写を極力控えた全年齢仕様にしているつもりですが、もしも不愉快に思われる描写があったのであれば、遠慮無く申し付け下さい。
そして本作品は『くすぐりプレイ』を疑似的に体験し『くすぐりプレイとはいったいどのようなものなのか』というコンセプトの元で作られております。
インターネット黎明期の時代から、今に至るまで。
この道を歩き続けた、全ての方々に敬意を込めて。
それでは、束の間の短い間ですが。
よろしくお願いいたします、あなた様。
追伸:身勝手ながらも「第7回ライト文芸大賞」というものに登録させていただきました。
おむつ体験実習レポート
yoshieeesan
現代文学
以下は、看護や介護の職場の研修で時たま行われる研修に対するレポートの一例です。当然課題である実習レポートに複製して用いたりはしないでください。
校外学習の帰りに渋滞に巻き込まれた女子高生たちが小さな公園のトイレをみんなで使う話
赤髪命
大衆娯楽
少し田舎の土地にある女子校、華水黄杏女学園の1年生のあるクラスの乗ったバスが校外学習の帰りに渋滞に巻き込まれてしまい、急遽トイレ休憩のために立ち寄った小さな公園のトイレでクラスの女子がトイレを済ませる話です(分かりにくくてすみません。詳しくは本文を読んで下さい)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる