紫苑の誠

卯月さくら

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第三章 仲間

家族

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 新選組から芹沢がいなくなって、しばらくした頃だった。屯所は日常を取り戻しつつあったそんな日だった。紫苑は月夜に照らされた京を一番隊、三番隊と一緒に巡察に出かけていた。
 最近、京の町では何者かに暗殺される事件が増えていた。まるで紫苑が「朔」として殺し屋をしていたように、人から恨まれるような奴ばかり殺されているのだ。その調査をかねて、夜の巡察は二部隊体制になっていた。

「紫苑ちゃん、君、本当に心当たりないんだよね?もう、暗殺はやってないよね?」

紫苑の暗殺術によく似ていたので、沖田は思わずそう聞いてしまった。

「知らない。私こそ誰の仕業か知りたいくらいだよ」

「しっ、誰かいるぞ」

斎藤の言葉で、その場が一瞬にして静まった。恐る恐る様子を見ているとどうやら、強盗のようだ。

「一君、行くよ」

沖田が出ていこうとした時、斎藤は静かに止めた。

「いや、待て」

次の瞬間、強盗たちは血飛沫ちしぶきとともに倒れこんだ。
素早いこの動き、私はこの動きを知っている。
紫苑は直感でそう感じた。

「行くぞ」

斎藤の言葉で、一斉に走り出した。

「君、一体何者?」

沖田の言葉に一瞬目を向けたが、その何者かは無視を決め込んだ。
 前にもこのような出来事があった。あれは「朔」と出会った夜によく似ている。

「屯所まで来てもらおうか」

斎藤が謎の人物に声をかけ、沖田のほうを振り返った。沖田も頷き紫苑に声をかけた。

「紫苑ちゃん、行くよ」

しかし、沖田の声に紫苑は返事をすることができなかった。月明かりで照らされた彼の顔に見覚えがあったからだ。

紅蓮ぐれん?」

紫苑の彼の動きは止まった。それと同時に沖田も斎藤も足を止めた。
そこにいたのは、紫苑と瓜二つの人物だった。二人はその光景に驚きを隠せずにいる。

「し、紫苑なのか……?」

紫苑と瓜二つの彼は、一歩ずつゆっくりと近づいてくる。

「紫苑、説明してくれ」

「ちゃんと説明してくれないと分からないんだけど、一体どういうことなの?」

斎藤と、沖田は完全に混乱している。

「紅蓮、生きていたんだ……。よかった……」

紫苑は二人の言葉に答える前に、気を失った。

「紫苑!」

紅蓮と呼ばれていた者は紫苑が地面に倒れこむ寸前で抱きかかえることに成功した。そして、混乱している二人に向かって話しかけた。

「何の目的で紫苑と……彼女と一緒にいるかお聞きしてもいいですか」

その声で冷静さを取り戻した斎藤は話を続けた。

「詳しい話は屯所でさせてほしい。紫苑が起きてからのほうがそちらもいろいろと都合がいいだろう」

話は決まった。紫苑が目を覚ました時に説明をすることになった。


轟々(ごうごう)と燃え盛る火の中、私たちは必死に逃げていた。

「紫苑、こっちだ」

「紅蓮、血が……」

「これくらい平気だよ」

ザッザッザッ、荒々しい足音が近づいてくる。

「居たぞ、生き残りだ。こいつらは生け捕りだ、金になる」

「紫苑、逃げろ!」

「紅蓮!いやぁ」

それでも私は走った。彼が無事なことを祈りながら。

「女のほうはそっちに逃げたぞ」

ハァハァハァ……

「キャァー」

ズザーーーーーーーーー。

私は崖から落ちたのだった。


「紅蓮!」

「紫苑、大丈夫か?」

紫苑の瞳に映ったのは、土方の心配そうな顔、そしてずっと会いたかった彼の顔だった。

「紅蓮、それに土方さん」

「紫苑、大丈夫か?うなされていたぞ。それにしてもまた厄介なものを抱え込んできたな。ほかの奴も呼んでくるから、二人して逃げるんじゃねーぞ」

「逃げないよ」

土方は大きな溜息つき、頭を掻きながら部屋を出て行った。

「紫苑、お前が生きていて本当に良かった」

「紅蓮もね。あの時、阿曇の奴らに捕まったか、殺されたと思っていたから」

「俺はそんなにやわじゃねぇよ。俺はずっと紫苑、お前が心配で探していたんだ。やっと会えた」

二人がそう話していると、幹部たちが集まってきた。

「落ち着いてきたか?そろそろ俺たちのも事情を話してくれ」

「そうだよ、僕たちなんか巡察の途中から訳が分からないんだから。ね、一君」

「あぁ」

土方、沖田、斎藤のほうを見た後、紅蓮と紫苑は頷きあい、話し始めた。

「前に、私の過去の話をしましたよね。私には双子の兄がいるんです。それがここにいる紅蓮。里から一緒に逃げるとき、離れ離れになってしまって、殺されたのだと思ったけど……、生きていて本当に良かった。」

言葉を詰まらせた紫苑の代わりに、今度は紅蓮が話し始めた。

「ここからは俺が話します。あなた方のことは大体紫苑から聞きました。まずは妹を救ってくれてありがとうございます。酷いことしていたら許しませんけど」

 その瞬間、その場の空気が一瞬にして凍り付いた。何人かは目を逸らした。

「あ、冗談ですよ。勿論」

「紅蓮が言ったら冗談にならないよ」

紫苑と紅蓮は間違いなく兄妹だと思った瞬間だった。

「ごめん、ごめん。じゃあ、話を続けますね。俺は紫苑と離れた後、一度は阿雲の奴らに捕まりました。しかし隙を見て逃げ出すことに成功しました。それから俺は『漆黒の朔』の情報を求めて旅に出ました」

 紅蓮が話したことを要約するとこうだ。
 里を逃げた後、妹を探して旅を始めた。旅の途中で『漆黒の朔』という暗殺者の話を耳にした。しかもその人物は左右の眼の色が違うオッドアイだということ。そして今日の町を境に情報が途絶えてしまったこと。紅蓮が『漆黒の朔』に成りすますことで、本物を探し出そうとしていたということだった。紅蓮もまさか紫苑が新選組にいるとは思わなかったらしい。
 紅蓮の話を聞いていた近藤は少し考えてこう切り開いた。

「よし、それなら紅蓮君もここにいればいい」

近藤のいうことだから、全員こうなることは想定内だった。しかしため息が漏れる音があちこちから。

「はぁ……」

「近藤さんならそういうと思ったぜ」

「平助の言う通りだな」

「そうだな」

近藤の言葉に真っ先に口を開いたのは藤堂だった。原田、永倉もそれに続いた。局長が言うなら仕方がないと、他のメンバーも納得した。

「さて、夜ももう遅い。紅蓮は総司と同じ部屋でいいだろう」

土方はニヤリとしながら言った。

「えー、何でですか」

沖田はすかさず文句を入れる。

「紫苑が来たときに、お前にまんまと嵌められたからな。当たり前だろう。紅蓮には悪いが、こいつの面倒を見てやってくれ。それと、急だが、明日、紅蓮の入隊試験を行う。話は以上。俺はもう寝る。総司、後は頼んだ」

そう言って土方は部屋を出て行った。後に続いて、他の幹部たちもそれぞれ自分の部屋に帰っていった。

「はぁ、まあいいや。紅蓮だったよね。行くよ」

「あの、沖田さん。俺は紫苑と同じ部屋じゃないんですか」

紅蓮は沖田にそう尋ねた。その答えは、紫苑本人が答える形になった。

「私は土方さんの部屋で世話になって……」

「ちょっと待った。それ本当に大丈夫なの?」

紫苑の言葉を遮るように紅蓮が声を上げた。その反応に冷静に答える紫苑だった。

「うん、大丈夫。全然問題ない」

「いやいや、でも、……」

続けて何かを言おうとした紅蓮だったが、沖田が止めに入った。

「土方さんなら、大丈夫だよ。仮にもあの人『鬼の副長』だよ。そんな変なことは起こらないよ。まぁ、あの顔だから妙に女受けはいいのは事実だけど。僕はもう寝るよ。明日も早いんだから。」

「わかりました。沖田さん。これからよろしくお願いします」

紅蓮は改めて沖田に挨拶をした。

「その『沖田さん』ってのやめない?総司でいいよ。敬語もいらないし」

沖田がそういうので、紅蓮は了承した。

「じゃあ、俺は総司と呼ばせてもらうよ。お前は何て読んでいるんだ?」

紫苑が答えるより早く沖田が紫苑に話しかけた。

「名前で呼んでくれていいよって言ってるよね。紫苑ちゃん」

「その、『ちゃん』をやめてくれたら名前で呼んでもいいよ」

紫苑の答えに「えー」と言いながら、沖田は部屋に歩いて行った。
 次の日、土方の言った通り紅蓮の入隊試験が行われた。
 結果は紫苑が戦った時と同様、新選組の幹部に余裕で勝ったのだ。ただ、一つ違ったのが、紫苑とも試合をしたことだった。
 紅蓮と紫苑は瓜二つで、二人とも同じように長い髪を頭の上で結っている。一つ違うのは、紫苑だけがオッドアイだということだ。しかし、激しい試合の中で、二人を区別することは難しい。そこで、紫苑には紫の鉢巻きを、紅蓮にはあかの鉢巻きを渡し、見分けがつくようにした。

「こうやって、手合わせをするのは何年振りだろうね」

紅蓮は紫苑に語り掛けるように呟いた。

「あの時から、もう随分、時が経っているからね。以前のような弱い私じゃないからね、紅蓮」

「それでは始め」

試合開始の合図で二人は一斉に地面を蹴った。
カンッ!カンッ!
二人とも幼かった時とは違う。一本一本がズシリと重い。息をのむように周りにいる者たちは微動だにしない。
 激しい打ち合いが続く。一瞬の隙をついて紫苑は紅蓮の胸元に飛び込んだ。が、紅蓮のほうが一枚上手だった。まるでそう来るかと予想していたかのように、素早く紫苑の一撃をかわし、とどめを刺した。

「勝負あり!」

紅蓮が勝った。

「やっぱり、お兄ちゃんには勝てないや」

「やっと『お兄ちゃん』って呼んでくれたね」

「あれは紅蓮のせいだからね」

「あの時は本当にごめん……」

そんな話をしていると、気まずそうな沖田の声が聞こえてきた。

「えーっと、これから巡察に行くんだけど、話は終わったかな?」

「「あ、試合だったの忘れてた」」

「全く、兄妹そろって……。これで入隊試験は終わりだ。紅蓮が強いことはこれで全員に証明された。紅蓮は三番隊の斎藤についていくといい」

土方はそういうと、部屋に戻っていった。

「斎藤さん、よろしくお願いします」

「分かった。簡単に説明するからついてこい。それと、今度、手合わせをお願いする」

「あーあ、紅蓮。一君は剣のことになるとしつこいよぉ。ハハハ」

沖田はそう言いながら、準備に向かった。紫苑も一番隊に所属しているので準備をするため、土方の部屋に戻った。
部屋に戻ると、文机で仕事をしている土方に声を掛けられた。相変わらず必要最低限の物しか置いていない部屋だ。

「紫苑、復讐は本当にするのか?」

「何言っているのですか、土方さん。当たり前でしょう。そのためだけに生きてきたのだから」

土方は少し寂しそうな顔をして返してきた。

「そうだったな。でも、兄が生きていた、それだけで十分じゃないか?」

「紅蓮が生きていたことは勿論うれしいですよ。でも、私は仲間も家族も失ったんだ。皆のためにも……」

「お前の死んでいった仲間は、それを望んでいると思うか?」

「それは……」

言葉に詰まった紫苑を見て、土方は話を変えた。

「悪かった。お前を苛めるようなことを言ったな。話を変えよう。紅蓮のことを兄とは呼ばなかったんだな。何かあったのか?」

「あぁ、あれは幼いころ兄妹げんかをして「弱い妹はいらない」と言われたことがあって、それが悔しくて。でもやっぱり兄は兄ですね」

「そうか」

「私、巡察に行ってきます」

土方はそれ以上何も言わなかった。
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