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第二章 新選組の仕事
芹沢の暗殺
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その日新選組の屯所はいつも以上に騒がしかった。廊下を歩く土方の顔が鬼のように険しかった。広間には幹部たちが集まった。
「今日、集まってもらったのは、新見さんのことだ。彼は、幹部にもかかわらず、局中法度に背いた。その処分をどうするかについて、話し合いたい」
この新見錦という男は、芹沢派の幹部の一人である。ここ最近まで新選組の局長は、三人いた。筆頭局長である芹沢鴨、局長の近藤勇、そして新見錦である。
局中法度というものが何かというと、新選組の規律を守るために作られた鉄の掟である。
右条々相背候者 切腹申付ベク候也
(右の条文に背く者には切腹を申し付ける) 局中法度
一、士道ニ背ク間敷事
(士道に背くべからず)
一、局ヲ脱スルヲ不詳
(局を脱することを許さず)
一、勝手ニ金策致不可
(勝手に金策を致すことを許さず)
一、勝手ニ訴訟取扱不可
(勝手に訴訟を取り扱うことを許さず)
一、私ノ闘争ヲ不詳
(私闘を許さず)
このような掟があった。
新見が何をしてしまったかというと、「勝手ニ金策致不可」つまり、新選組のお金を勝手に使いこんでしまったのだ。本来なら、切腹か斬首とすぐに決まるのだが、新見は新選組の幹部でもあるので、話し合いが行われたのだ。新見は結局切腹という形で生涯を終えた。しかし、これは単なる始まりに過ぎなかった。
新見が死んでからというもの、芹沢の評判は益々悪くなっていった。大坂では力士三十人と口論になり、斬りつけるという事件が起こった。また、ある時は、島原の芸妓(げいこ)が気に入らなかったからと言って、芸妓の命と言っても過言ではない髪を斬り落とした。彼女らは、髪を切られてしまうと、お座敷にすら上がれず、生活ができなくなる。それがまた島原で人気の芸妓だったものだから、お店からは
「芹沢さんは二度と連れてこないでくれ」
と言われた。しかも、その責任として、新選組はお店と芸妓に対し、多額のお金を支払うことになった。
翌日、土方の命令で幹部たち全員が広間に集められた。紫苑は呼ばれていなかったが、面白そうだったので、何となくついてきた。しかし、誰もいが付いていないようだった。
全員が集まったことを確認した土方は、溜息を一つ、そして話し出した。
「この間の新見さんのことから、まだあまり時間は経ってないが、新選組の今後のことを考えていきたい。特に、芹沢さんのことを」
「まぁ、そうだよな。最近の芹沢さんは、やりすぎだよなぁ……」
藤堂はこう言った。その言葉を聞いて、近藤は切り出した。
「そこで皆に頼みたいことがある。芹沢さんを新選組として今後どうしていったらいいのかを聞きたい」
しばらく沈黙が続いた後、原田、山南、沖田が重い口を開いた。いつもは優しい顔をしている山南さんも怖い顔をしている。
「これ以上、騒ぎを起こされたら困るなぁ……」
「新選組には必要ないのでしょうか」
「僕は、芹沢さんのことあまり好きじゃないなぁ。今後近藤さんにとっても、新選組にとっても邪魔になると思う」
三人の話を聞いた後、土方は他の幹部にも尋ねた。
「そうか……。お前らはどう思う」
「俺は、局長や副長に従うまでです」
「私も同じ意見だ」
「まぁ、局長と副長が言うならしゃあないわな。芹沢さんには死んでもらうしかないやろ」
斎藤、島田、山崎は同意した。この島田も山崎と同じ監察である。
彼らの話を聞いていた紫苑は、くすりと笑った。その声に、広間にいた者は皆、驚きを隠せなかった。
「紫苑、お前は何故、というかいつからここにいる?」
土方は皆を代表して尋ねた。
「いつからって、初めから。面白そうな話をするから、勝手についてきた」
何の悪びれもせず、そう答えた。
「勝手についてきたって、お前なぁ……」
聞かれてしまったことは仕方がないと諦めたのだった。
「で、仲間を大切にって言ってた新選組が仲間を裏切るんだ。私は新選組を信用してないから、別にいいけど。裏切ることの重さをみんな本当に分かっているんだよね?」
紫苑の言葉は他の誰よりも重かった。
「覚悟はある」
土方はそう答えた。
「裏切ると決めたんなら、徹底的に実行するんだ。証拠は残さないように、誰にも悟られないように」
裏切るということがどのようなものか知っている紫苑の言葉のひとことひとことが皆の胸に重く圧し掛かる。
「分かっている。失敗は許されない」
芹沢の暗殺は九月一八日に島原、角屋で最後の宴会をした後、八木邸で実行された。 文久三年、九月一八日、表向きは新見が死んで落ち込んでいる芹沢を元気づけようと宴会が島原で行われた。芹沢派の平山五郎、平間重助ら平隊士も合わせての大宴会になった。それに加え、お梅も芹沢についてくることになった。宴会は、彼らがいつも通っている角屋で行われた。 「今日は、宴会だ。気にせずどんどん飲んでくれ」 土方の一言で、大宴会の幕が開けた。芸妓には平山と平間の幼馴染である、吉栄と糸里も呼ばれ、壬生狼と呼ばれたあの頃の話で盛り上がった。
芹沢もいつも以上に酒を飲み、泥酔していた。
宴会も終わりに差し掛かった頃、土方、山南、原田、藤堂、沖田は明日の巡察のためと言って、先に帰った。
紫苑は山崎と一緒にした調べに付き合い、事の結末を見届けるため、準備を始めた。
宴会も終わり、平山、平間、吉栄、糸里は芹沢と別れ、宿屋に向かった。紫苑は沖田、藤堂と共に、川沿いで彼らが来るのを待ち受けていた。
「本当に殺(や)るのか」
藤堂は落ち着きがなく不安を隠せないでいる。
「もう後戻りはできない」
沖田もこうは言っているが、手の震えがさっきから止まらない。
二人は仲間を殺すのは初めてだ。特に藤堂は人を殺すことも初めてなのだ。もしものことがあってはない。
確実に遂行できるようにこうして紫苑が付いている。
「来たぞ」
紫苑の声に二人はビクッと体を震わせた。 「平助、行くぞ!」 沖田の声を合図に三人は飛び出した。
キンッ! 夜の町に刀がこすれる乾いた音が聞こえる。
「何者だ!?」
平間と平山は咄嗟に抜刀し、吉栄、糸里を守りながら応戦する。
「平山さん、平間さん、すみませんが四人にはここで死んでいただきます」
「どうしてだ?沖田」
彼らは何故、自分たちが殺されなければならないのかが分かっていないようだ。
「すみません、平間さん、新選組のために死んでください」
その哀しそうな声とは裏腹に、激しい殺し合いが始まった。静寂の中に刀が合わさる音と彼らから漏れる息の音だけが聞こえる。
「糸里、吉栄!二人は逃げろ!」
平山の声に二人は糸が切れたように走り出した。
「そうはいかないよ」
紫苑は二人の前に立ちはだかり、いとも簡単に一人を斬り殺した。
「キャー!」
糸里の死体を前に、吉栄は腰を抜かしてしまった。
苦戦する沖田と藤堂に怒号を飛ばす紫苑。いつもの紫苑ではないみたいだ。
「さっさと殺してしまえ。いつまでグズグズしているんだ」
ザシュッ!二人は漸く、一人、平山を斬った。
「吉栄立て!走るぞ!」
一瞬の隙をついて平間は吉栄を連れて走り出した。
「二人を逃がすな。ここで逃がしたら、水の泡だ。近藤さんを裏切ることになるぞ。」
初めて人を殺めた藤堂は立つことすらままならない。しかし、沖田は「近藤さん」という言葉を聞き、走り出した。足の早い彼だから二人に追いつくのは容易い。
「うわぁぁぁ!」
ザシュッ、グサッ!沖田は初めて自分の手で仲間を殺した。紫苑は平間の亡骸の横で呆然と立ち尽くす吉栄を斬り殺すと、沖田に声をかけた。
「これが裏切るという事だ。分かったか?」
「はぁはぁはぁ……、あぁ……」
沖田はまだ手の震えが止まらない。それをちらりと見た紫苑は沖田の背中をバシッと叩き、続けた。
「ほら、いつまでそうしてる。さっさと死体を片付けて、平助の所に行くぞ。あっちは初めてなんだろ?人を殺すの」
そんな話をしていると、屋根の上から声が聞こえた。
「おーい、紫苑。土方さんから伝言や。八木邸に乗り込むそうや。伝えてくれって」
「山崎か、行くことにする。向こうに、藤堂がいるから、任せたよ」
「よっしゃ、任せとき」
そんな話をしていると、向こうの方から藤堂が歩いてきた。
「斬った感触が離れない……」
顔面蒼白な藤堂に、山崎は励ましの声をかけた。
「なに言うてんねん、しっかりせえ!」
「三人で死体の始末をしてくるんだ。私は八木邸に行く。あとは山崎、任せたよ」
紫苑はそう言うと、暗闇に消えていった。
「ほら、二人とも。しっかりしいや。くよくよするのは後。まずは……」
山崎が二人を励ます声とそれに答える元気のない声が闇に消えた。
土方に呼ばれた紫苑は八木邸に向かった。
「土方さん、呼ばれた通り来ましたよ。芹沢さんを殺るんでしょ。」
「あぁ、紫苑か。お前には最後まで見届けてほしい。俺の中のケジメを」
八木邸には土方、山南、原田がいた。
「わかった。私は一切手伝わないから。それにしても、こんだけの人数でやるの?」
そういった紫苑に土方は返した。
「斎藤と永倉には平隊士の様子を見てもらっている。騒ぎになると面倒だからな。近藤さんには、今後の計画を頼んでいる」
手短に説明した土方は、再び八木邸のほうへ顔を向けた。
八木邸では芹沢とお梅が何やら話している。
「今日は、何があっても帰りまへん」
「お梅、なぜだ。今日は帰れ。送りをつけるから」
「いやどす。今日は芹沢さんのそばから離れとぅありんせん」
いつもだったらお梅が引き下がるのに、今日に限っては何を言っても言うことを聞かない。少し悩んだ芹沢だったが、諦めて一緒にとこにつくことにした。
二人が寝静まった頃、土方たちは動き出した。
「行くぞ!」
その声を合図に彼らは八木邸に乗り込んだ。紫苑は後ろをついて入っていった。
「何者だ?」
芹沢は物音に即座に気づき、すぐさま刀を抜いた。お梅も心配そうに芹沢の後ろにつく。
「やっぱりな、お前ら、わしを殺しに来たか。そろそろ来るだろうと思っていたぞ」
芹沢は土方のほうを見てそう言った。
「やはり、殺されることをわかっていたのだな」
土方は芹沢のほうをしっかり見て答えた。
「お梅、お前だけは逃げろ。逃げてわしのことはもう忘れて、幸せになれ」
芹沢はお梅のほうを見て告げた。
「いやどす。私は芹沢さんに会った時から、一緒に死ぬ覚悟ぐらいできています。もうどれだけ一緒にいると思っていますの。地獄の果てまで一緒に行く覚悟どす」
お梅の言葉を聞いた芹沢は豪快に笑った。
「はっ、はは。それでこそわしの女だ。だが、そう簡単には死なんぞ」
その笑いを合図に斬りあいが始まった。
キンッ、キン。
三対一な上にお梅を守りながらの芹沢は、圧倒的に不利だ。
ザシュッ!
「うっ」
「芹沢さん!」
「寄るな、お梅。そこで待っていろ」
キンキン、バタン
酔っていても力の強い芹沢はかなりしぶとい。
「くっ」
もう無理だと悟ったのだろうか、芹沢はお梅を引き寄せた。
「先に逝って待っててくれ」
「はい、待っています」
グサッ!
その言葉を聞いた芹沢は、お梅の胸に短刀を突き刺した。
紫苑はほんの数秒間、お梅と目が合った。今まで何度も人が死んでいくところを見てきて何とも思わなかった紫苑だが、この時は何か胸に引っかかるものを感じた。
やがて、お梅の瞳は光を失っていった。
芹沢は最後の力を振り絞り、土方めがけて向かっていく。
グサッ
刀が深々と刺さった自分の胸を見て、血を吐きだした。芹沢は土方にしっかりと笑いかけた。
「お前らは道を間違えるなよ」
そう言ってからは命の灯を消した。
長かった夜はようやく幕を下ろすことになった。
二日後、芹沢たちの葬儀がまことしやかに執り行われた。隊士たちにはただ一言、「何者かに殺された」とだけと伝えられた。
『道を間違えるな』
そういって死んでいった芹沢は、まるで自分が殺されることを悟っていたようだった。それでも、彼は自分を変えることはしなかった。いや、できなかったのかもしれない。
最後まで芹沢を見捨てずについていったお梅もまた、自分を変えずに生きた一人である。その彼女の強い生き様に心を動かされた紫苑だったが、彼女自身は気付いていなかった。
「今日、集まってもらったのは、新見さんのことだ。彼は、幹部にもかかわらず、局中法度に背いた。その処分をどうするかについて、話し合いたい」
この新見錦という男は、芹沢派の幹部の一人である。ここ最近まで新選組の局長は、三人いた。筆頭局長である芹沢鴨、局長の近藤勇、そして新見錦である。
局中法度というものが何かというと、新選組の規律を守るために作られた鉄の掟である。
右条々相背候者 切腹申付ベク候也
(右の条文に背く者には切腹を申し付ける) 局中法度
一、士道ニ背ク間敷事
(士道に背くべからず)
一、局ヲ脱スルヲ不詳
(局を脱することを許さず)
一、勝手ニ金策致不可
(勝手に金策を致すことを許さず)
一、勝手ニ訴訟取扱不可
(勝手に訴訟を取り扱うことを許さず)
一、私ノ闘争ヲ不詳
(私闘を許さず)
このような掟があった。
新見が何をしてしまったかというと、「勝手ニ金策致不可」つまり、新選組のお金を勝手に使いこんでしまったのだ。本来なら、切腹か斬首とすぐに決まるのだが、新見は新選組の幹部でもあるので、話し合いが行われたのだ。新見は結局切腹という形で生涯を終えた。しかし、これは単なる始まりに過ぎなかった。
新見が死んでからというもの、芹沢の評判は益々悪くなっていった。大坂では力士三十人と口論になり、斬りつけるという事件が起こった。また、ある時は、島原の芸妓(げいこ)が気に入らなかったからと言って、芸妓の命と言っても過言ではない髪を斬り落とした。彼女らは、髪を切られてしまうと、お座敷にすら上がれず、生活ができなくなる。それがまた島原で人気の芸妓だったものだから、お店からは
「芹沢さんは二度と連れてこないでくれ」
と言われた。しかも、その責任として、新選組はお店と芸妓に対し、多額のお金を支払うことになった。
翌日、土方の命令で幹部たち全員が広間に集められた。紫苑は呼ばれていなかったが、面白そうだったので、何となくついてきた。しかし、誰もいが付いていないようだった。
全員が集まったことを確認した土方は、溜息を一つ、そして話し出した。
「この間の新見さんのことから、まだあまり時間は経ってないが、新選組の今後のことを考えていきたい。特に、芹沢さんのことを」
「まぁ、そうだよな。最近の芹沢さんは、やりすぎだよなぁ……」
藤堂はこう言った。その言葉を聞いて、近藤は切り出した。
「そこで皆に頼みたいことがある。芹沢さんを新選組として今後どうしていったらいいのかを聞きたい」
しばらく沈黙が続いた後、原田、山南、沖田が重い口を開いた。いつもは優しい顔をしている山南さんも怖い顔をしている。
「これ以上、騒ぎを起こされたら困るなぁ……」
「新選組には必要ないのでしょうか」
「僕は、芹沢さんのことあまり好きじゃないなぁ。今後近藤さんにとっても、新選組にとっても邪魔になると思う」
三人の話を聞いた後、土方は他の幹部にも尋ねた。
「そうか……。お前らはどう思う」
「俺は、局長や副長に従うまでです」
「私も同じ意見だ」
「まぁ、局長と副長が言うならしゃあないわな。芹沢さんには死んでもらうしかないやろ」
斎藤、島田、山崎は同意した。この島田も山崎と同じ監察である。
彼らの話を聞いていた紫苑は、くすりと笑った。その声に、広間にいた者は皆、驚きを隠せなかった。
「紫苑、お前は何故、というかいつからここにいる?」
土方は皆を代表して尋ねた。
「いつからって、初めから。面白そうな話をするから、勝手についてきた」
何の悪びれもせず、そう答えた。
「勝手についてきたって、お前なぁ……」
聞かれてしまったことは仕方がないと諦めたのだった。
「で、仲間を大切にって言ってた新選組が仲間を裏切るんだ。私は新選組を信用してないから、別にいいけど。裏切ることの重さをみんな本当に分かっているんだよね?」
紫苑の言葉は他の誰よりも重かった。
「覚悟はある」
土方はそう答えた。
「裏切ると決めたんなら、徹底的に実行するんだ。証拠は残さないように、誰にも悟られないように」
裏切るということがどのようなものか知っている紫苑の言葉のひとことひとことが皆の胸に重く圧し掛かる。
「分かっている。失敗は許されない」
芹沢の暗殺は九月一八日に島原、角屋で最後の宴会をした後、八木邸で実行された。 文久三年、九月一八日、表向きは新見が死んで落ち込んでいる芹沢を元気づけようと宴会が島原で行われた。芹沢派の平山五郎、平間重助ら平隊士も合わせての大宴会になった。それに加え、お梅も芹沢についてくることになった。宴会は、彼らがいつも通っている角屋で行われた。 「今日は、宴会だ。気にせずどんどん飲んでくれ」 土方の一言で、大宴会の幕が開けた。芸妓には平山と平間の幼馴染である、吉栄と糸里も呼ばれ、壬生狼と呼ばれたあの頃の話で盛り上がった。
芹沢もいつも以上に酒を飲み、泥酔していた。
宴会も終わりに差し掛かった頃、土方、山南、原田、藤堂、沖田は明日の巡察のためと言って、先に帰った。
紫苑は山崎と一緒にした調べに付き合い、事の結末を見届けるため、準備を始めた。
宴会も終わり、平山、平間、吉栄、糸里は芹沢と別れ、宿屋に向かった。紫苑は沖田、藤堂と共に、川沿いで彼らが来るのを待ち受けていた。
「本当に殺(や)るのか」
藤堂は落ち着きがなく不安を隠せないでいる。
「もう後戻りはできない」
沖田もこうは言っているが、手の震えがさっきから止まらない。
二人は仲間を殺すのは初めてだ。特に藤堂は人を殺すことも初めてなのだ。もしものことがあってはない。
確実に遂行できるようにこうして紫苑が付いている。
「来たぞ」
紫苑の声に二人はビクッと体を震わせた。 「平助、行くぞ!」 沖田の声を合図に三人は飛び出した。
キンッ! 夜の町に刀がこすれる乾いた音が聞こえる。
「何者だ!?」
平間と平山は咄嗟に抜刀し、吉栄、糸里を守りながら応戦する。
「平山さん、平間さん、すみませんが四人にはここで死んでいただきます」
「どうしてだ?沖田」
彼らは何故、自分たちが殺されなければならないのかが分かっていないようだ。
「すみません、平間さん、新選組のために死んでください」
その哀しそうな声とは裏腹に、激しい殺し合いが始まった。静寂の中に刀が合わさる音と彼らから漏れる息の音だけが聞こえる。
「糸里、吉栄!二人は逃げろ!」
平山の声に二人は糸が切れたように走り出した。
「そうはいかないよ」
紫苑は二人の前に立ちはだかり、いとも簡単に一人を斬り殺した。
「キャー!」
糸里の死体を前に、吉栄は腰を抜かしてしまった。
苦戦する沖田と藤堂に怒号を飛ばす紫苑。いつもの紫苑ではないみたいだ。
「さっさと殺してしまえ。いつまでグズグズしているんだ」
ザシュッ!二人は漸く、一人、平山を斬った。
「吉栄立て!走るぞ!」
一瞬の隙をついて平間は吉栄を連れて走り出した。
「二人を逃がすな。ここで逃がしたら、水の泡だ。近藤さんを裏切ることになるぞ。」
初めて人を殺めた藤堂は立つことすらままならない。しかし、沖田は「近藤さん」という言葉を聞き、走り出した。足の早い彼だから二人に追いつくのは容易い。
「うわぁぁぁ!」
ザシュッ、グサッ!沖田は初めて自分の手で仲間を殺した。紫苑は平間の亡骸の横で呆然と立ち尽くす吉栄を斬り殺すと、沖田に声をかけた。
「これが裏切るという事だ。分かったか?」
「はぁはぁはぁ……、あぁ……」
沖田はまだ手の震えが止まらない。それをちらりと見た紫苑は沖田の背中をバシッと叩き、続けた。
「ほら、いつまでそうしてる。さっさと死体を片付けて、平助の所に行くぞ。あっちは初めてなんだろ?人を殺すの」
そんな話をしていると、屋根の上から声が聞こえた。
「おーい、紫苑。土方さんから伝言や。八木邸に乗り込むそうや。伝えてくれって」
「山崎か、行くことにする。向こうに、藤堂がいるから、任せたよ」
「よっしゃ、任せとき」
そんな話をしていると、向こうの方から藤堂が歩いてきた。
「斬った感触が離れない……」
顔面蒼白な藤堂に、山崎は励ましの声をかけた。
「なに言うてんねん、しっかりせえ!」
「三人で死体の始末をしてくるんだ。私は八木邸に行く。あとは山崎、任せたよ」
紫苑はそう言うと、暗闇に消えていった。
「ほら、二人とも。しっかりしいや。くよくよするのは後。まずは……」
山崎が二人を励ます声とそれに答える元気のない声が闇に消えた。
土方に呼ばれた紫苑は八木邸に向かった。
「土方さん、呼ばれた通り来ましたよ。芹沢さんを殺るんでしょ。」
「あぁ、紫苑か。お前には最後まで見届けてほしい。俺の中のケジメを」
八木邸には土方、山南、原田がいた。
「わかった。私は一切手伝わないから。それにしても、こんだけの人数でやるの?」
そういった紫苑に土方は返した。
「斎藤と永倉には平隊士の様子を見てもらっている。騒ぎになると面倒だからな。近藤さんには、今後の計画を頼んでいる」
手短に説明した土方は、再び八木邸のほうへ顔を向けた。
八木邸では芹沢とお梅が何やら話している。
「今日は、何があっても帰りまへん」
「お梅、なぜだ。今日は帰れ。送りをつけるから」
「いやどす。今日は芹沢さんのそばから離れとぅありんせん」
いつもだったらお梅が引き下がるのに、今日に限っては何を言っても言うことを聞かない。少し悩んだ芹沢だったが、諦めて一緒にとこにつくことにした。
二人が寝静まった頃、土方たちは動き出した。
「行くぞ!」
その声を合図に彼らは八木邸に乗り込んだ。紫苑は後ろをついて入っていった。
「何者だ?」
芹沢は物音に即座に気づき、すぐさま刀を抜いた。お梅も心配そうに芹沢の後ろにつく。
「やっぱりな、お前ら、わしを殺しに来たか。そろそろ来るだろうと思っていたぞ」
芹沢は土方のほうを見てそう言った。
「やはり、殺されることをわかっていたのだな」
土方は芹沢のほうをしっかり見て答えた。
「お梅、お前だけは逃げろ。逃げてわしのことはもう忘れて、幸せになれ」
芹沢はお梅のほうを見て告げた。
「いやどす。私は芹沢さんに会った時から、一緒に死ぬ覚悟ぐらいできています。もうどれだけ一緒にいると思っていますの。地獄の果てまで一緒に行く覚悟どす」
お梅の言葉を聞いた芹沢は豪快に笑った。
「はっ、はは。それでこそわしの女だ。だが、そう簡単には死なんぞ」
その笑いを合図に斬りあいが始まった。
キンッ、キン。
三対一な上にお梅を守りながらの芹沢は、圧倒的に不利だ。
ザシュッ!
「うっ」
「芹沢さん!」
「寄るな、お梅。そこで待っていろ」
キンキン、バタン
酔っていても力の強い芹沢はかなりしぶとい。
「くっ」
もう無理だと悟ったのだろうか、芹沢はお梅を引き寄せた。
「先に逝って待っててくれ」
「はい、待っています」
グサッ!
その言葉を聞いた芹沢は、お梅の胸に短刀を突き刺した。
紫苑はほんの数秒間、お梅と目が合った。今まで何度も人が死んでいくところを見てきて何とも思わなかった紫苑だが、この時は何か胸に引っかかるものを感じた。
やがて、お梅の瞳は光を失っていった。
芹沢は最後の力を振り絞り、土方めがけて向かっていく。
グサッ
刀が深々と刺さった自分の胸を見て、血を吐きだした。芹沢は土方にしっかりと笑いかけた。
「お前らは道を間違えるなよ」
そう言ってからは命の灯を消した。
長かった夜はようやく幕を下ろすことになった。
二日後、芹沢たちの葬儀がまことしやかに執り行われた。隊士たちにはただ一言、「何者かに殺された」とだけと伝えられた。
『道を間違えるな』
そういって死んでいった芹沢は、まるで自分が殺されることを悟っていたようだった。それでも、彼は自分を変えることはしなかった。いや、できなかったのかもしれない。
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新撰組の局長として名を馳せた近藤勇は板橋で罪人として処刑されてから、その首を晒された。
しかし、その首が、ある日忽然と消えたのだった……。
近藤の『首』を巡り、過去と栄光と男たちの愛憎が交錯する。
首はどこにあるのか。
そして激動の時代、男たちはどこへ向かうのか……。
※男性同士の恋愛表現がありますので苦手な方はご注意下さい
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深川猿江五本松 人情縄のれん
高辻 穣太郎
歴史・時代
十代家治公最晩年の江戸。深川の外れ猿江町は、近くを流れる小名木川にまで迫り出した、大名屋敷の五本の松の木から五本松町とも呼ばれていた。この町に十八歳の娘が独りで切り盛りをする、味噌田楽を売り物にした縄のれんが有った。その名は「でん留」。そこには毎日様々な悩みを抱えた常連達が安い酒で一日の憂さを晴らしにやってくる。持ち前の正義感の為に先祖代々の禄を失ったばかりの上州牢人、三村市兵衛はある夜、慣れない日雇い仕事の帰りにでん留に寄る。挫折した若い牢人が、逆境にも負けず明るく日々を生きるお春を始めとした街の人々との触れ合いを通して、少しづつ己の心を取り戻していく様を描く。しかし、十一代家斉公の治世が始まったあくる年の世相は決して明るくなく、日本は空前の大飢饉に見舞われ江戸中に打ちこわしが発生する騒然とした世相に突入してゆく。お春や市兵衛、でん留の客達、そして公儀御先手弓頭、長谷川平蔵らも、否応なしにその大嵐に巻き込まれていくのであった。
(完結はしておりますが、少々、気になった点などは修正を続けさせていただいております:5月9日追記)
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