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第一章 新たな出会い
朔の過去
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朔の話を聞くために、広間には新選組幹部と思われる者が集まった。
局長の近藤勇、副長の土方歳三、総長 山南敬助、それから沖田総司、藤堂平助、原田左之助、永倉新八、井上源三郎、斎藤が集まり、最後に入ってきたのが、ずっと見張りをしていた山崎烝だった。
何から話そうかと思った朔だったが、最初に出た言葉は素朴な疑問だった。
「あんた達は、私を見ても怖くないのか?或いは気味が悪くないのか?」
彼女はそう言ったが、他の人たちは「意味が分からん」という顔をしている。
「そうだな、少し変わった色だから驚いたが、綺麗なものなのだから気味悪がる必要は無いだろう。」
周りの人たちの意見を代弁をするように、斎藤が言った。
そんな幹部たちを見て、朔は「ふっ」と笑い、自分のことを話し出した。
「私は、ある者達に復讐をするために、今まで生きてきました。私の生まれた里は山城の国(現在の京都府南部)の八雲の里で生まれ育ちました」
「山城と言ったら、忍で名がある所だな」
永倉がそう言った。しかし朔の対応は冷たかった。
「そうです、私の里は忍の里です。話を進めたいので、黙ってて貰っていいですか。続けます。私たち一族は皆、このような翡翠色の目をしています。しかし、私だけは違っていました。ある者は私を、郷の使い、ではないかと言い、またある者は忌み子として、私を避けてました。しかし、私も忍の一族ですから、仕事の依頼を受け遂行していました。でも、ある日、八雲の里は滅んでしまいました」
そこにいた者、全員が固唾を飲み、話の続きを待った。朔は少し声を荒げて続けた。
「私たちの仲間出会ったはずの立花が一族を裏切って、阿曇の里の一族と襲撃に来たのです。父は阿曇の一族と戦って死にました。私の母も私を庇って死にました。私は気が付いた時にはもう、里は跡形もなく無くなっていました。それから私は、裏切った立花と、襲撃に来た阿曇の者に復讐をするために暗殺をしてきました。だから、私は復讐を遂げるまでは死ぬわけには行かないんです」
広間にいた全員に沈黙が広がった。沈黙を破ったのは近藤だった。
「苦労したのだなぁ。帰るところが無いのなら、ここにいればいい。君の家族を殺した奴等も、ここで一緒に探せばいい」
近藤は涙ぐみながら、うん、うんと頷いている。
それを見た土方はため息をつきながら言った。
「近藤さんがそういうなら、仕方がないが、ここは女人禁制だし、女だと分かれば、隊の風紀を乱しかねない。このまま男装を続けてくれるか?」
仕方がないという顔をして朔は答えた。
「わかった。まぁ、女物の着物なんて、もとより持ってないし。でも信用はしてないぞ。あくまで、復讐のためにお前らを利用するだけだからな」
土方はさらに質問を続けた。
「お前、刀は使えるか?」
「?あぁ、使えることには使えるが……。それがどうした」
「いきなり、隊士が増えるとなれば、平隊士たちに示しがつかない。それに総司と互角だったそうだから、腕を見たいという者もいるだろう。形だけ入隊試験を行うが文句はないな」
文句はないな、ということはもう決定事項ではないかと朔は思ったが、あえて口にすることは控えた。
少しの沈黙の後、土方はまた尋ねた。
「お前、そういや名前は何と言う?」
「……。天音紫苑」
「そうか。いい名前だな。さて、こいつの部屋はどこにしようか。平隊士と雑魚寝というのも、信用ならないし……。総司、お前とこで面倒見てやってくれ」
名前を聞いておきながら、呼ばないのか……。まあ、それはさておき。総司はいきなり話を振られたが、何かを思いついた顔をして笑い、答えた。
「えーー。そういうのは言い出しっぺの土方さんが責任をもつ必要があるでしょ。ねぇ、近藤さん」
近藤も土方の傍なら心配ないと言った。
「そうだな。トシのところなら安全だ。トシ、天音くんを任せたぞ」
「はぁ」とため息をついた土方だったが諦めたようだった。
「局長の言うことなら仕方がない。話は終わりだ、紫苑、付いてこい」
近藤の一言で、朔……いや、紫苑は土方の部屋に行くことになった。
廊下はひんやりとしていて、歩く音すらしなかった。
(き、気まずい……。よりにもよってこの鬼と一緒なのか……。)そう思っていると、
「紫苑、その、さっきは悪かった」
土方はバツが悪そうに、そう言った。まさか、土方に謝られると思っていなかった紫苑は、一瞬思考が止まった。
「は……。あ、いえ、別に構わない。痛いのは慣れているから。でも、入隊試験をするなら、肩の怪我が治ってからにして欲しい。二日くらいあれば、治ると思うから」
「あぁ、構わないが……。たった二日でいいのか?」
普通、二日で治らないだろうと土方は思った。
「はい、私は人よりも怪我の治癒能力が高いので、2日あれば十分です」
紫苑の申し出により入隊試験を行うのは2日後となった。
「着いたぞ、ここが俺の部屋だ。少し狭いが我慢しろ。布団は後で運ばせる。俺はまだやることがあるから、先に寝ておいても構わん」
そう言って土方は文机に向かって何かを書き始めた。
いつもなら人の気配があるところでは寝ることのできない紫苑だが、この日は違った。土方の姿をぼーっと眺めているうちに、いつの間にか寝てしまった。
チュンチュン……チュン
朝日が入ってきて紫苑目を覚ました。
「……。ん?朝?私はいつの間に寝てしまったのだろう。んーー、よく寝た。土方さんは?」
そう思い、文机の方を見たが、そこに土方の姿はない。
「取り敢えず、着替えよう」
紫苑が着替えて廊下に出てみると、丁度向こうから藤堂が歩いてきた。
「あ、紫苑。やっと起きたか。怪我はもう平気なのか?丸二日寝てたけど……。昨日も起こしたのに起きなかったから死んだのかと思ったぞ」
紫苑は自分がそんなに寝ていたのかと戸惑いを隠せなかった。
「え、二日? 本当ですか、藤堂さん」
「ああ。……。というか俺とお前の歳なんか1つしか変わらないんだから、もっと気軽に話しかけてくれ。敬語も要らないし、藤堂さんじゃなくて平助でいいって」
紫苑は、そう言われたので、素直に従うことにした。
「はぁ、では平助君で……。」
藤堂は満足そうに頷いて、はっとしたように切り出した。
「朝飯!早く行かないと、なくなっちまう。行くぞ、紫苑!」
相変わらず、騒がしいやつだ。
広間に行くと、幹部が全員集まっていた。
「遅いぞ、平助」
「俺はもう腹ペコだ。早く食べようぜ」
そういったのは、やはり、原田と永倉だった。
「ごめん、ごめん」
「「じゃあ、いっただきまーす!」」
その声で皆が一斉に食べはじめた。食べ終わった人は、次々に道場の方へと向かって行った。
「今日の巡察は二番隊と四番隊だから新八と松原の所だな。新八のやつ、紫苑の入隊試験、見たがっていたなぁ」
「そういう、平助も紫苑の剣見たそうにしてたじゃねえか」
原田と藤堂はそんな話をしながら道場に向かった。そこにはもう既に、沖田、斎藤、土方、そして紫苑がいた。土方は沖田と斎藤の方を見て言った。
「総司、紫苑と勝負してやってくれ。手加減はいらんぞ。審判は斎藤、お前に任せる」
沖田はニヤリと笑って、待ってましたとばかりに口を開いた。
「そういうことだから、紫苑ちゃん。手加減はしないよ」
「別に負けるつもりはない」
紫苑もこれに負けじと言葉を交わす。
「それでは、始め」
斎藤の言葉で、その場の空気がガラッと変わった。最初に動いたのは沖田だった。
ヒュンッ、パシッ
沖田の剣はとても重い。紫苑の得意分野は暗殺だし、それに男と女ではそもそもの力の差がありすぎる。でも、これくらいなら勝てそうだ。
紫苑もすかさず反撃に出た。
タッ、ヒュン、ダン
「君、やっぱり強いね。ますます打ち負かしてやりたいよ」
「ふっ、せいぜい負けないように頑張りな……。」
次の瞬間、紫苑の姿が消えた。
「えっ……。」
「総司、後ろ!!」
藤堂の声が聞こえたが、もう遅かった。
「終わりだ」
紫苑は後から沖田の首に木刀を突きつけていた。勝負は紫苑の勝ちだった。
「勝負あり」
斎藤の言葉で、消えていた様々な音が戻ってきた。
「お前、すげーじゃん。総司が負けるなんて」
「総司、お前、本気で戦ったんだよな?」
土方も総司が負けたことについて驚きを隠せないでいる。
「本気出したよ。土方さんも一本やってみれば?めっちゃ強いよ、この子」
「次は俺と勝負だ」
土方が名乗りを挙げる前に、斎藤が言った。いつも物静かな斎藤だが、勝負となると熱くなり、目をキラキラ輝かせている。
「本気で来い。手加減は無用だ」
そういう斎藤に笑顔で近づいていき、斎藤に何か言った。
「私に本気出させてみろよ。……さ、始めましょう」
この時、斎藤はひんやりと背筋に冷たいものが流れた。
「審判は俺がする。それでは始め」
土方の合図でその場の空気が一変した。
隙がない。一歩でも斎藤の間合いに入れば、斬られるだろう。にもかかわらず、紫苑は足を踏み出していった。
ヒュンッ。
斎藤は紫苑が自分の間合いに入った瞬間、木刀を振るった。しかし、紫苑は斬られるのを覚悟で突っ込んでいった。薄らと頬に血が滲んでいる。
「おいおい、斬られても突っ込んでいくのか」
土方をはじめとする道場にいた全員が、驚きのまま固まってしまった。
カン、カン、カンッ
二人の攻め合いが続いていく。一本一本がとても重い。沖田もそれなりに強かったが、斎藤も相当強い。やはり男と女となると、力の差は歴然だ。長引けばこの勝負、紫苑が負けるだろう。
「そろそろ、終わりにするか」
フワッ、タッ。
その瞬間、紫苑の気配が消えた。と同時に、今まで漂っていた殺気も消えた。紫苑は無邪気に笑っている。それが何故か不気味で怖い。その場にいた誰もがそう思い、息を呑んだ。
斎藤だけは違った。彼は一歩踏みだして勝負をかけた。紫苑に向かって、木刀を振り下ろしたのだ。
「はっ!」
一瞬、全ての音が止まり、静寂が流れた。
「参りました……。」
斎藤の言葉で全ての音が元に戻ってきた。
「紫苑、お前スゲーな。あの斎藤に勝つなんて」
「おい、斎藤の居合いに突っ込んでいくなんて、無茶苦茶だろう」
藤堂が駆け寄り、そのあと土方がやってきた。
二人の言葉に少しだけ笑い、紫苑は答えた。
「本気で戦わないと負けると思ったので。私達の中では、負け=死なんです。それにこれくらいの怪我なんて」
そういう紫苑に口を挟んだのは斎藤だった。
「負けた俺が言うのもあれだから、紫苑、自分自身をもっと大事にした方がいい」
「……。」
自分を大切にしろ、なんて言われたことの無かった紫苑は、ふっと小さく笑った。
「そんなことを言っているから、新選組は弱くて脆いんだ。私は新選組に入るわけじゃないが、もし私が裏切ったらどうする?」
「そりゃ、もちろん僕が斬るよ」
はじめに答えが返ってきたのは、沖田だった。その言葉を聞いてか聞かずか、待たずに、紫苑が反論した。
「それがもし、私じゃなくて、新選組の隊士だったら。それがもし、幹部の一人だったら?同じことが言えるの?」
その場にいた誰もが口を噤んだ。
「だから新選組は甘いんだ。人を信じれば裏切られる。家族も親友も仲間も全て失うんだ。だったら、そんなもの初めから無い方がいい」
「それは違う!」
いつの間にか、入り口には近藤が立っていた。
「それは違うぞ、天音くん。確かに、仲間が多ければ意見が食い違う。そうなれば裏切る奴があるかもしれない。時には裏切られることも、裏切ることもあるだろう。だが、仲間がいると話し合える。話し合うことで、問題も解決出来るし、支え合うことも出来る」
近藤の言葉に紫苑は納得がいかなかった。
「それでも、もし裏切られて取り返しのつかないことになったらどうするんだ」
「その時は、私が責任を持って対処する。だから、少しずつでいい、私たちを信じてほしい」
近藤の言葉に紫音は答えることができなかった。
しんとした静寂の中、土方が口を開いた。
「人を信用できないのは分かった。それなら、俺が、いや、俺たち新選組が信頼、仲間というのを教えてやる」
「歳……」
「おうよ、俺たちがお前の仲間になってやる。なあ、平助、左之」
「「あぁ」「おぉ」」
永倉の言葉に、藤堂や原田も頷いた。
紫音の過去も忌子・物の怪と言われ続けた瞳も受け入れてくれた新選組に、心を動かされたのは、この時の紫音はまだ知らない。
局長の近藤勇、副長の土方歳三、総長 山南敬助、それから沖田総司、藤堂平助、原田左之助、永倉新八、井上源三郎、斎藤が集まり、最後に入ってきたのが、ずっと見張りをしていた山崎烝だった。
何から話そうかと思った朔だったが、最初に出た言葉は素朴な疑問だった。
「あんた達は、私を見ても怖くないのか?或いは気味が悪くないのか?」
彼女はそう言ったが、他の人たちは「意味が分からん」という顔をしている。
「そうだな、少し変わった色だから驚いたが、綺麗なものなのだから気味悪がる必要は無いだろう。」
周りの人たちの意見を代弁をするように、斎藤が言った。
そんな幹部たちを見て、朔は「ふっ」と笑い、自分のことを話し出した。
「私は、ある者達に復讐をするために、今まで生きてきました。私の生まれた里は山城の国(現在の京都府南部)の八雲の里で生まれ育ちました」
「山城と言ったら、忍で名がある所だな」
永倉がそう言った。しかし朔の対応は冷たかった。
「そうです、私の里は忍の里です。話を進めたいので、黙ってて貰っていいですか。続けます。私たち一族は皆、このような翡翠色の目をしています。しかし、私だけは違っていました。ある者は私を、郷の使い、ではないかと言い、またある者は忌み子として、私を避けてました。しかし、私も忍の一族ですから、仕事の依頼を受け遂行していました。でも、ある日、八雲の里は滅んでしまいました」
そこにいた者、全員が固唾を飲み、話の続きを待った。朔は少し声を荒げて続けた。
「私たちの仲間出会ったはずの立花が一族を裏切って、阿曇の里の一族と襲撃に来たのです。父は阿曇の一族と戦って死にました。私の母も私を庇って死にました。私は気が付いた時にはもう、里は跡形もなく無くなっていました。それから私は、裏切った立花と、襲撃に来た阿曇の者に復讐をするために暗殺をしてきました。だから、私は復讐を遂げるまでは死ぬわけには行かないんです」
広間にいた全員に沈黙が広がった。沈黙を破ったのは近藤だった。
「苦労したのだなぁ。帰るところが無いのなら、ここにいればいい。君の家族を殺した奴等も、ここで一緒に探せばいい」
近藤は涙ぐみながら、うん、うんと頷いている。
それを見た土方はため息をつきながら言った。
「近藤さんがそういうなら、仕方がないが、ここは女人禁制だし、女だと分かれば、隊の風紀を乱しかねない。このまま男装を続けてくれるか?」
仕方がないという顔をして朔は答えた。
「わかった。まぁ、女物の着物なんて、もとより持ってないし。でも信用はしてないぞ。あくまで、復讐のためにお前らを利用するだけだからな」
土方はさらに質問を続けた。
「お前、刀は使えるか?」
「?あぁ、使えることには使えるが……。それがどうした」
「いきなり、隊士が増えるとなれば、平隊士たちに示しがつかない。それに総司と互角だったそうだから、腕を見たいという者もいるだろう。形だけ入隊試験を行うが文句はないな」
文句はないな、ということはもう決定事項ではないかと朔は思ったが、あえて口にすることは控えた。
少しの沈黙の後、土方はまた尋ねた。
「お前、そういや名前は何と言う?」
「……。天音紫苑」
「そうか。いい名前だな。さて、こいつの部屋はどこにしようか。平隊士と雑魚寝というのも、信用ならないし……。総司、お前とこで面倒見てやってくれ」
名前を聞いておきながら、呼ばないのか……。まあ、それはさておき。総司はいきなり話を振られたが、何かを思いついた顔をして笑い、答えた。
「えーー。そういうのは言い出しっぺの土方さんが責任をもつ必要があるでしょ。ねぇ、近藤さん」
近藤も土方の傍なら心配ないと言った。
「そうだな。トシのところなら安全だ。トシ、天音くんを任せたぞ」
「はぁ」とため息をついた土方だったが諦めたようだった。
「局長の言うことなら仕方がない。話は終わりだ、紫苑、付いてこい」
近藤の一言で、朔……いや、紫苑は土方の部屋に行くことになった。
廊下はひんやりとしていて、歩く音すらしなかった。
(き、気まずい……。よりにもよってこの鬼と一緒なのか……。)そう思っていると、
「紫苑、その、さっきは悪かった」
土方はバツが悪そうに、そう言った。まさか、土方に謝られると思っていなかった紫苑は、一瞬思考が止まった。
「は……。あ、いえ、別に構わない。痛いのは慣れているから。でも、入隊試験をするなら、肩の怪我が治ってからにして欲しい。二日くらいあれば、治ると思うから」
「あぁ、構わないが……。たった二日でいいのか?」
普通、二日で治らないだろうと土方は思った。
「はい、私は人よりも怪我の治癒能力が高いので、2日あれば十分です」
紫苑の申し出により入隊試験を行うのは2日後となった。
「着いたぞ、ここが俺の部屋だ。少し狭いが我慢しろ。布団は後で運ばせる。俺はまだやることがあるから、先に寝ておいても構わん」
そう言って土方は文机に向かって何かを書き始めた。
いつもなら人の気配があるところでは寝ることのできない紫苑だが、この日は違った。土方の姿をぼーっと眺めているうちに、いつの間にか寝てしまった。
チュンチュン……チュン
朝日が入ってきて紫苑目を覚ました。
「……。ん?朝?私はいつの間に寝てしまったのだろう。んーー、よく寝た。土方さんは?」
そう思い、文机の方を見たが、そこに土方の姿はない。
「取り敢えず、着替えよう」
紫苑が着替えて廊下に出てみると、丁度向こうから藤堂が歩いてきた。
「あ、紫苑。やっと起きたか。怪我はもう平気なのか?丸二日寝てたけど……。昨日も起こしたのに起きなかったから死んだのかと思ったぞ」
紫苑は自分がそんなに寝ていたのかと戸惑いを隠せなかった。
「え、二日? 本当ですか、藤堂さん」
「ああ。……。というか俺とお前の歳なんか1つしか変わらないんだから、もっと気軽に話しかけてくれ。敬語も要らないし、藤堂さんじゃなくて平助でいいって」
紫苑は、そう言われたので、素直に従うことにした。
「はぁ、では平助君で……。」
藤堂は満足そうに頷いて、はっとしたように切り出した。
「朝飯!早く行かないと、なくなっちまう。行くぞ、紫苑!」
相変わらず、騒がしいやつだ。
広間に行くと、幹部が全員集まっていた。
「遅いぞ、平助」
「俺はもう腹ペコだ。早く食べようぜ」
そういったのは、やはり、原田と永倉だった。
「ごめん、ごめん」
「「じゃあ、いっただきまーす!」」
その声で皆が一斉に食べはじめた。食べ終わった人は、次々に道場の方へと向かって行った。
「今日の巡察は二番隊と四番隊だから新八と松原の所だな。新八のやつ、紫苑の入隊試験、見たがっていたなぁ」
「そういう、平助も紫苑の剣見たそうにしてたじゃねえか」
原田と藤堂はそんな話をしながら道場に向かった。そこにはもう既に、沖田、斎藤、土方、そして紫苑がいた。土方は沖田と斎藤の方を見て言った。
「総司、紫苑と勝負してやってくれ。手加減はいらんぞ。審判は斎藤、お前に任せる」
沖田はニヤリと笑って、待ってましたとばかりに口を開いた。
「そういうことだから、紫苑ちゃん。手加減はしないよ」
「別に負けるつもりはない」
紫苑もこれに負けじと言葉を交わす。
「それでは、始め」
斎藤の言葉で、その場の空気がガラッと変わった。最初に動いたのは沖田だった。
ヒュンッ、パシッ
沖田の剣はとても重い。紫苑の得意分野は暗殺だし、それに男と女ではそもそもの力の差がありすぎる。でも、これくらいなら勝てそうだ。
紫苑もすかさず反撃に出た。
タッ、ヒュン、ダン
「君、やっぱり強いね。ますます打ち負かしてやりたいよ」
「ふっ、せいぜい負けないように頑張りな……。」
次の瞬間、紫苑の姿が消えた。
「えっ……。」
「総司、後ろ!!」
藤堂の声が聞こえたが、もう遅かった。
「終わりだ」
紫苑は後から沖田の首に木刀を突きつけていた。勝負は紫苑の勝ちだった。
「勝負あり」
斎藤の言葉で、消えていた様々な音が戻ってきた。
「お前、すげーじゃん。総司が負けるなんて」
「総司、お前、本気で戦ったんだよな?」
土方も総司が負けたことについて驚きを隠せないでいる。
「本気出したよ。土方さんも一本やってみれば?めっちゃ強いよ、この子」
「次は俺と勝負だ」
土方が名乗りを挙げる前に、斎藤が言った。いつも物静かな斎藤だが、勝負となると熱くなり、目をキラキラ輝かせている。
「本気で来い。手加減は無用だ」
そういう斎藤に笑顔で近づいていき、斎藤に何か言った。
「私に本気出させてみろよ。……さ、始めましょう」
この時、斎藤はひんやりと背筋に冷たいものが流れた。
「審判は俺がする。それでは始め」
土方の合図でその場の空気が一変した。
隙がない。一歩でも斎藤の間合いに入れば、斬られるだろう。にもかかわらず、紫苑は足を踏み出していった。
ヒュンッ。
斎藤は紫苑が自分の間合いに入った瞬間、木刀を振るった。しかし、紫苑は斬られるのを覚悟で突っ込んでいった。薄らと頬に血が滲んでいる。
「おいおい、斬られても突っ込んでいくのか」
土方をはじめとする道場にいた全員が、驚きのまま固まってしまった。
カン、カン、カンッ
二人の攻め合いが続いていく。一本一本がとても重い。沖田もそれなりに強かったが、斎藤も相当強い。やはり男と女となると、力の差は歴然だ。長引けばこの勝負、紫苑が負けるだろう。
「そろそろ、終わりにするか」
フワッ、タッ。
その瞬間、紫苑の気配が消えた。と同時に、今まで漂っていた殺気も消えた。紫苑は無邪気に笑っている。それが何故か不気味で怖い。その場にいた誰もがそう思い、息を呑んだ。
斎藤だけは違った。彼は一歩踏みだして勝負をかけた。紫苑に向かって、木刀を振り下ろしたのだ。
「はっ!」
一瞬、全ての音が止まり、静寂が流れた。
「参りました……。」
斎藤の言葉で全ての音が元に戻ってきた。
「紫苑、お前スゲーな。あの斎藤に勝つなんて」
「おい、斎藤の居合いに突っ込んでいくなんて、無茶苦茶だろう」
藤堂が駆け寄り、そのあと土方がやってきた。
二人の言葉に少しだけ笑い、紫苑は答えた。
「本気で戦わないと負けると思ったので。私達の中では、負け=死なんです。それにこれくらいの怪我なんて」
そういう紫苑に口を挟んだのは斎藤だった。
「負けた俺が言うのもあれだから、紫苑、自分自身をもっと大事にした方がいい」
「……。」
自分を大切にしろ、なんて言われたことの無かった紫苑は、ふっと小さく笑った。
「そんなことを言っているから、新選組は弱くて脆いんだ。私は新選組に入るわけじゃないが、もし私が裏切ったらどうする?」
「そりゃ、もちろん僕が斬るよ」
はじめに答えが返ってきたのは、沖田だった。その言葉を聞いてか聞かずか、待たずに、紫苑が反論した。
「それがもし、私じゃなくて、新選組の隊士だったら。それがもし、幹部の一人だったら?同じことが言えるの?」
その場にいた誰もが口を噤んだ。
「だから新選組は甘いんだ。人を信じれば裏切られる。家族も親友も仲間も全て失うんだ。だったら、そんなもの初めから無い方がいい」
「それは違う!」
いつの間にか、入り口には近藤が立っていた。
「それは違うぞ、天音くん。確かに、仲間が多ければ意見が食い違う。そうなれば裏切る奴があるかもしれない。時には裏切られることも、裏切ることもあるだろう。だが、仲間がいると話し合える。話し合うことで、問題も解決出来るし、支え合うことも出来る」
近藤の言葉に紫苑は納得がいかなかった。
「それでも、もし裏切られて取り返しのつかないことになったらどうするんだ」
「その時は、私が責任を持って対処する。だから、少しずつでいい、私たちを信じてほしい」
近藤の言葉に紫音は答えることができなかった。
しんとした静寂の中、土方が口を開いた。
「人を信用できないのは分かった。それなら、俺が、いや、俺たち新選組が信頼、仲間というのを教えてやる」
「歳……」
「おうよ、俺たちがお前の仲間になってやる。なあ、平助、左之」
「「あぁ」「おぉ」」
永倉の言葉に、藤堂や原田も頷いた。
紫音の過去も忌子・物の怪と言われ続けた瞳も受け入れてくれた新選組に、心を動かされたのは、この時の紫音はまだ知らない。
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首はどこにあるのか。
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※男性同士の恋愛表現がありますので苦手な方はご注意下さい
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深川猿江五本松 人情縄のれん
高辻 穣太郎
歴史・時代
十代家治公最晩年の江戸。深川の外れ猿江町は、近くを流れる小名木川にまで迫り出した、大名屋敷の五本の松の木から五本松町とも呼ばれていた。この町に十八歳の娘が独りで切り盛りをする、味噌田楽を売り物にした縄のれんが有った。その名は「でん留」。そこには毎日様々な悩みを抱えた常連達が安い酒で一日の憂さを晴らしにやってくる。持ち前の正義感の為に先祖代々の禄を失ったばかりの上州牢人、三村市兵衛はある夜、慣れない日雇い仕事の帰りにでん留に寄る。挫折した若い牢人が、逆境にも負けず明るく日々を生きるお春を始めとした街の人々との触れ合いを通して、少しづつ己の心を取り戻していく様を描く。しかし、十一代家斉公の治世が始まったあくる年の世相は決して明るくなく、日本は空前の大飢饉に見舞われ江戸中に打ちこわしが発生する騒然とした世相に突入してゆく。お春や市兵衛、でん留の客達、そして公儀御先手弓頭、長谷川平蔵らも、否応なしにその大嵐に巻き込まれていくのであった。
(完結はしておりますが、少々、気になった点などは修正を続けさせていただいております:5月9日追記)
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