紫苑の誠

卯月さくら

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第一章 新たな出会い

漆黒の朔

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 あれから何日、何年経っただろう。もう彼女には心も名前もない。あの時から彼女の人生はすべて変わってしまった。ただ復讐をするためだけに生きてきたのだ。
 文久三年(一九六三年)、彼女は暗殺専門の仕事をして生活をしていた。今日も淡々と仕事をこなしていく。目撃者はもちろんなし。京の町ではこう呼ばれている。

漆黒しっこくさく

 なぜ、彼女がこう呼ばれているかというと、朔の日、つまり新月の日に殺しを繰り返しているからであった。。あの時も朔の日だった。
 最近は依頼が多くて、朔の日以外も仕事をしている。この選択が後の朔の人生に大きな変化をもたらした。ほら、今日も古びたほこらに人が来る。

「私は、はつと申します。私の家は小さな食事処しょくじどころをしています。ある日、私は父様と母様を殺されてしまいました。お願いです、どうか父様と母様を殺した奴らに仇をうってください。」

 お初はそう言って、祠に十五文ほどを置き、去っていった。
まただ、最近この辺りでは若い娘のいる家ばかりを狙っては、両親を殺していく。そして後日一人になった娘をさらうのだ。この国では若い女子おなごはいい金になる。今夜あたりにでもあの娘を攫いに来るだろう。そやつらが今までの犯人に違いないのだと彼女は確信していた。

「はぁ……」

朔は深く溜息をついた。なぜなら今日は満月だからだ。満月の夜は、灯りがなくても充分にあたりが見回すことができる。せめて雲が月を隠してくれるのを 祈るしかない。
夜、朔の願いが叶うことはなかった。残念ながら、雲はひとつもなかった。

「さあ、やるか」

全身真っ黒のしの装束しょうぞくに身を包んだ朔は、素早く屋根の上に飛び移る。
お初の家には、いくつかの人影が見える。

「ちっ、人数が多いな。まあ、でもやるしかない」

その様子を屋根の上から覗いていると、集団の頭らしき男が口を開いた。


「さっさと、攫ってしまうぞ」
「お頭、俺が裏から回ってきますので、お頭は……」

プシュッ、ブシャー!
次の瞬間、仲間の首が勢いよく吹っ飛び、血が吹き上がった。

「うわぁぁぁ」

口々に声を上げたが頭領は冷静に言った。

「誰だ!?出てこい!」

「さすがはお頭さん。私のことは怖くないのね。でも、残念。今日であんた達の組もおしまいだね」

朔は不気味な笑いを浮かべ、そう言った。

「お前を殺せば何の問題はないだろう」

「お頭、あの左右で色の違う瞳を持っている特徴は、間違いない『漆黒の朔』物の怪ですぜ。そんな相手に適うわけ……」

お頭は子分たちを一喝した。

「黙れ!殺してしまえば、そんなの関係ないだろう。行くぞ、お前ら!」

「うりゃぁ」

 人攫いたちは、一斉に朔に向かって飛びかかっていった。朔は素早く交わし、次々と斬っていく。まるで、草木の剪定せんていをするように、淡々と殺していく。
あっという間に、全てが終わって、一息つこうとしたその時だった。

「君、なかなかやるねえ。一体何者なの?」

誰かが朔に声をかけた。ふり向いた朔は落ち着いた声で、こう答えた。

「誰でもいいだろ。名前を聞くなら、先に自分が名乗るってもんが筋じゃないんですか?」

そう言われて、少し考え込んだ男だったが、素直に答えた。

「うーん。名乗るなって言われているんだけど、まぁいいや。僕は沖田総司おきたそうじ。あー、土方さんに怒られるな、これは……。あ、名乗ったんだから、次は君の番だよ。君は一体何者なの?」

 見た感じ二十歳前後だろうか。この男は沖田総司というらしい。仲間には、『土方さん』といういう人もいるのか。よし、ここは逃げよう。

「いや、名乗ったからと言って、こっちが素直に名乗るわけがないだろう。莫迦ばかじゃないの」

朔は逃げることを決意し、体の向きを変えようとした。すると沖田は朔に向かって言った。

「おっと、逃がすわけにはいかないんだよね。君の名前もまだ聞いていないし。ねぇ莫迦とは失礼だと思わない?」

「しつこいなぁ。私に名前なんかない。この辺りでは、『朔』と呼ばれているけど」

「ふーん。で、本当の名前は?」

しつこい沖田が頭にきた朔は少し強めの口調で言った。

「だから、名前はないと言っただろう。とうの昔に私の名前は捨てた」

沖田は諦めたのか、それ以上名前を深く聞くことはなかった。

「まあ、何でもいいや。でも、取り敢えず屯所とんしょまで一緒に来てもらうよ。手荒な真似はしたくないから、おとなしく来てくれると嬉しいのだけれど……」

もちろん行く気もないし、捕まる気もない。

「断る」

「だよねえ。じゃあ、力づくで来てもらおうか。手加減できないかもしれないけど、その時はごめんね」

そう言って、沖田は刀を抜いて突っ込んできた。

 朔は深呼吸を一つして、苦無くないを握る。暗殺を生業なりわいとした朔にとって、一対一で正面から戦うのは相当不利な立場に立たされている。刀と苦無では間合いが全然違う。 しかし、朔はうまく刀をかわしながら、間合いに入る。

(これくらい勝てる)

朔は一気に間合いに詰め寄り、最後の一撃を加えようとした。その時だった。

「大丈夫か。総司」

「ちっ、仲間か」

朔は一歩引いて、もう一人の相手を見据える。
向こうの方から走ってきた男も沖田と同じように、浅黄色あさぎいろ段駄羅模様だんだらもようの羽織を着ている。
二対一では、勝てそうにない。いや、確実に負けるだろう。朔の得意分野は、暗殺や不意打ちなのだから。

(……逃げよう)

朔はそう決心し、隙を見て走り出した。

「ちょっと、待ちなよ」

「追いかけるぞ、総司」

 沖田ともう一人の男は朔の後を追いかけていく。今夜は、満月。闇の中に紛れ込むことは難しい。
 満月に殺しをしたことは間違いだったと朔は後悔した。

 少し走ったところに、大きな木があった。周りには、湖がある。京の町から少し離れたところまでやってきたようだ。朔はあたりを見回し言った。

「振り切れたか?ここまで来たら、もう大丈夫だろう」

ふっと息を吐いたとき。

「君、走るの速いね……。ハァ、ハア。」

「総司、そんなことで息が上がっていてどうする。――それにしても速いな、お前何者だ?」

さっきの二人がもう追いついてきた。しかも、沖田と呼ばれていた方ではない男は、息すら上がっていない。

「一君、ひどいな。僕はさっきまでこの子と戦っていたんだよ。一君も戦ってみれば分かるよ。この子結構強いよ。結構どころか、かなり強い」

沖田は苦笑いしながらそう言った。

「総司がそう言うなら強いんだろうな。とりあえず、屯所まで来てもらおうか」

 もう一人の男は一君と言うらしい。この男も、二十歳くらいだろう。沖田とは違って、物静かな感じがする。こっちの男のほうが強そうな雰囲気を纏っている。

 一か八かで戦って、隙を見て逃げよう。捕まったら面倒だ。そう思い、朔は短刀を抜いた。

「やっと刀を抜いたね。刃を交えるのが楽しみだ」

先程負けそうになったにもかかわらず、沖田はこの状況を楽しんでいる。

キンッ、キンッ。

静寂の中、刀と刀が合わさる冷たい音だけが響く。

「うっ」

 強い、このままでは確実に負けてしまう。ここまでの力を持っている者がこの町にまだいたのか。どこか逃げることが出来る一瞬がないのか。
朔は必死に考えた。しかし、二人には全く隙がない。

「あっ、しまった!」

朔は沖田にばかり気を取られて、もう一人の位置を把握できていなかった。気づいた時にはもう遅かった。次の瞬間、朔は気を失った。

「安心しろ、峰打ちだ」

斎藤は一言、そう呟いた。当然その声は朔には届いていなかった。

「じゃあ、屯所まで運ぼうか。よっ、この子とても軽いんだけど……。結局名前を教えてくれなかったね」

沖田が朔を担ぎ、その後ろを斎藤がついて歩いていく。満月で比較的周りが見える道をスタスタと歩いていく。少し歩いたところで、屯所が見えてきた。
沖田と斎藤は早速報告に向かった。

「土方さん、入ります」

「何だ?」

 部屋の中から聞こえてきた声は、ここ新選組の副長、土方歳三だ。局長を影で支えている、他の隊士からは「鬼の副長」と呼ばれている男だ。

 ここで、少し新選組について紹介する。新選組はもともと、武士の集まりではなく、農民などの集まりであった。
局長の近藤勇は、もともと剣道を教えるために道場をしていた。
土方歳三や沖田総司は近藤に剣術を教えてもらっていた、道場の門徒であった。
土方の家は石田散薬いしださんやくという薬屋をしていた。
打ち身に擦り傷、捻挫に風邪、何でも治る。本当かどうかは信じる人次第。
このようなうたい文句があったとされる。
この土方歳三は鬼の副長と周りから呼ばれているが、鬼とは思えない一面がある。それを知っているのは、ごく一部の人間だけだ。

 話を元に戻しますが、沖田と斎藤は土方の部屋に報告に向かった。
沖田の声に返した土方の声は、今日も疲れた声をしている。

「土方さん、報告します。今日の巡察で目をつけていた不逞浪士がこの少年に殺されました。不逞浪士については、近々対処する予定だったのですが……」

斎藤が土方にそう報告した。
すると土方は、

「そうか、こいつが起きてから話を聞く。取り敢えず、縛って蔵にでも入れておけ。何者か聞く必要があるからな。話はそれからだ」

土方の言葉を聞いた沖田はつまらなさそうに、呟いた。

「え~。土方さん、この子斬っちゃわないんですか?」

「ああ、まずはこいつが何者なのか確かめる必要がある。殺すのはそれからでも遅くない。長州の間者かもしれないしな」

朔は屯所の端にある小さな蔵に入れられた。屯所である八木邸とそれにつながっている前川邸には、きっちりとした牢がない。その為、朔は縄で縛られ蔵に入れられた。


「うっ、ここはどこだ?動けないし、しくじったなぁ。どうにかして縄を切って逃げなければ……。おそらく捕まったのは、さっきのやつらだろうな」

朔はごそごそと縄を解こうとしていると、外から誰かが入ってきた。

「あ、君起きたんだね。手ごわすぎだよ。一君、土方さんに目を覚ましたって言って呼んできてくれるかな?」

「分かった」

そう一言呟いて出て行った。
このよく喋る方は沖田だったかなと考えていると、沖田が朔に聞いてきた。

「昨夜は戦うのに必死だったから、気が付かなかったけど、君の目、変わった色をしているね。あ、それよりさ、いったい何者なの?」

朔は思わず顔を背けた。
沖田の質問にはもちろん無視、答えない。すると、沖田はまた訊ねてきた。

「ねぇ、君。僕の話聞いてる?君はいったい何者なの?」

しつこい沖田に仕方なく口を開いた。

「しつこいなぁ。別に何者でもいいだろ。それよりもこの縄を解いてくれない?痛いんだけど……」

「それは駄目。僕が土方さんに怒られるもん」

二人の会話は噛み合っていない。

「で、君の名前は?」

「……朔」

「朔……ね。でも、その名前は君の通り名だよね。漆黒の朔って君のことでしょ。僕が知りたいのは本当の名前。どこの誰かってこと」

沖田は何度もしつこく聞いてくる。
するとそこへ、一君と呼ばれていた男が「土方さん」を連れて戻ってきた。

「あなたが土方さん?」

朔はそう訊ねた。
土方は沖田の方を見て、「なぜこいつが、俺の名前を知っているんだ?」とでも言いたそうな顔で、睨みつけた。沖田は苦笑いで何も言わない。そんなことは……と朔へと目を向けた。土方は朔をまじまじと見つめている。

「なんだ?」

と朔は言った。

「いや、綺麗な目の色をしているな。初めて見た」

「は?」

 てっきり気味が悪いと言われると思った朔だったが、このような反応をされたのが初めてで、一瞬固まった。
確かに、朔の目は左右で色が違い、右目は翡翠色ひすいいろ、左目は金色をしている。
土方は朔の表情など気にせずに、言葉を続けた。

「お前には聞きたいことがいくつかある。まず、お前の名はなんだ?」

「名前はない。みんなは私のことを「朔」と呼んでいる」

「それは通り名だろう。『朔』呼ばれている者がいるということは知っている。本名はなんだと聞いているんだ」

土方もしぶとく朔に聞く。

「名前はないと、さっきから言っているだろう。名前はもう随分前に捨てた。私には名前なんかもうない」

「そうか。じゃあ質問を変える。お前は長州の間者か?なぜあそこで殺しをしていた?」

朔は土方を睨み返して答えた。

「長州?私は長州出身でもないし、間者でもない。それ以上はもう喋らないからな」

「それは残念だ」

土方はそう言い、斎藤の方を見た。
斎藤は桶に水を汲んで持ってきた。

「さてと、知っていることを全て話してもらおうか」

バシャッ。

 夏とはいえ、夜に水をかぶるのは正直冷たい。寒い、身体の熱がどんどん奪われていくようだ。

「この鬼!」

朔はこう思ったが、口に出したら何をされるか分からないので、心の中に留めておいた。

「冷たいだろう。早く喋った方が楽になるぞ。もう一度聞く。お前はなぜ、あの場所で殺しをしていた?間者じゃないなら、お前は何者だ?」

「私は何者でもないし、お前には関係ないだろう」

バシャッバシャッ、ザブンッ。ゴボゴボゴボ……。バシャ。

「ゴホッゴホッ。ハァハァ……」

水の入った桶に頭から突っ込まれたら溜まったものじゃない。

「何か話す気になったか?」

土方は朔に尋ねた。

「何かと言われても、話すことなんか何もない」

「残念だ」

そういった土方はさらに続けた。

ザブンッ。

苦しい。本当のことなんか話しても、どうにもならないじゃないか。私はこのままここで死ぬわけには行かないんだ。復讐をやり遂げなければ……。しかし、朔の意識はだんだんと薄らいでいき……。

バシャ。

「ゴホッ、ゴホッ、ゴホッ。ハァハァ……」

「オイ、このままじゃ死んじまうぞ」

土方の声が段々と遠くなってきて、朔はそのまま気を失ってしまった。

「オイ、起きろ」

 その声に目を覚ました朔は、目の前の少年に目を向けた。
朔と同じくらいの歳だろうか。そこには十八歳か十九歳くらいの少年が立っていた。

「お前、このままだと死んでしまうよ。早く抱えていることを全て話すんだ。何か理由があるんじゃないのか」

「どうせ言ったって、分からないさ。でも、私はまだここで死ぬわけには行かないんだよ」

「じゃあ、尚更、土方さんに伝えるべきだよ」

少年とこのような話をしていたら、鬼が来た。いや、鬼のような土方が来た。
今日もいろいろされるのだろうか。隙を見て、縄を解いて逃げなければならない。
朔はそう思いながら、土方を睨みつけた。

「まだ、そのような目が出来るのか。今日は昨日のようには済まないぞ。言っておきたいことがあれば、聞いてやる。今のうちだ」

土方はそう尋ねたが、朔は口を閉ざしたまま顔を背けた。

「そうか。言うことはないのだな。」

土方はそう言うと、朔の腕を持ち、肩の関節を外した。
ゴキっと凄い音がした。

「うっ、あぁ……」

「早く喋っちまえば楽になるぞ。お前はまだ若い。事情次第では助けてやらんでもない。見た感じ、十二、十三歳くらいだろう」

「子どもだと……思うなら……ハァ…もう少し、お手柔らかに…してくれないのか」

関節を外して縄を解く訓練は、昔、受けたことがある。……が、こう長時間となると、やっぱり痛い。手が痺れてきた。感覚も無くなってきた。
ゴキっ。

「うぁ…ハァハァ」

土方は時間を開けて何度も同じことを繰り返す。しかし朔は決して何も話さなかった。そのうち、朔はまた気を失ってしまった。

 陽の光が入ってきて、朔は目を覚ました。
 あれから、何日が経ったのだろう。逃げようと思ったが、諦めた。
 今日も屋根裏に一人見張りがいる。捕まった日から、毎日監視されているが、朔はそこに集中をした。
 上にいるのは、男だ。息遣いからすると、細身で年齢は20代後半といったところだろうか。
 そのような事を考えていると、気配が消えた。

「あの鬼を呼びに行ったのだろうな。何とかして逃げたいけど、そろそろ体力も限界だ……」

朔がブツブツ独り言を呟いていると、土方が前の扉から入ってきた。

「誰か鬼だって?それだけ口達者なら、今日こそ洗いざらい吐いてもらおうか。今日は話しやすいように、俺一人だ」

土方はそう言ったが、屋根裏にはさっきの男が戻ってきている。つまり、ここには朔を含めて三人いるので、土方の言ったことは嘘になる。

「嘘、もう一人いるだろう、屋根裏に。細身で20代後半くらいの男が。ついでに高身長」

「なっ、何故分かった?」

土方は驚いた顔をして、朔の方を見た。そして、溜息をついて、天井に声をかけた。

「山崎、バレてるらしいぞ。降りてこい」

御意ぎょい

そう上から声がすると、スッと音もなく降りてきた。
見た目は朔が予想した通りだった。
朔は、「私の勘も鈍ってないね」と思いながら、土方の次の言葉を待った。

「お前、何故分かった?こいつは、気配を消すのが得意なのだか……」

その言葉に答えを求めている様子はなかった。

「ここまで知られていて、お前を生かしておくのも……」

その言葉を遮ったのは意外にも山崎だった。

「近藤さんに話を聞いてもらったらどないですか。もう、この子が傷付くのを見たないねん。まだ、12か13歳くらいの女の子なのに」

「そうか、まだ年端もいかない女か……ん?女?お前、女なのか……?」

山崎の発言に、土方は目を丸くした。

「あ?そうだよ、女だ。それがなんだと言うんだ?それに、私は12、13歳じゃない。れっきとした17歳だ」

朔がそう言ったと同時に蔵に様子を見に来て、入口で隠れていたつもりの男3人がなだれ込んできた。

「うわ、やべっ。左之、お前が押すからだろ」

「新八、それはないぜ。俺じゃねぇよ」

「あーあ。2人のせいで見つかっちまったじゃねえか。誰だよ、様子見に行こうなんか言ったやつ」

「「それはお前だ、平助」」

3人のうちの初めに喋った2人が声を合わせて言った。
すると、沖田と斎藤も見に来て、こちらを覗き込んでいる。

「お前らなぁ」

そう言う土方を無視して、口々に話し始めた。

「お前、えーと、女だったんだな。全然気づかなかった。俺とも一つ違いなんだな」

そう言うこの少年は、後の新選組八番隊組長、藤堂平助とうどうへいすけである。

「悪かったな。もっと早く気づいていれば……」

「新八さんも左之さんもてのひら返すの早すぎでしょ」

藤堂の言葉に二人は声を揃えて言った。

「「平助がそんなこと言うか。お前だって同じだろう」」

「俺は、初めから相談に乗ると言ってたぜ。」

3人が言い合いを始めたので、土方は溜息をついてから、言った。

「お前らいい加減にしろ。うるさくしているなら、出て行け。俺は男だろうと女だろうと間者なら容赦はしない。お前は本当に長州の間者じゃないんだろうな」

何回も何回執拗しつこい土方に朔はイラッとしながらいい加減にしろという顔で答えた。

「最初から違うと言っているだろう。執拗いぞ」

その言葉を一応信じてやるといった顔をして言った。

「なぜ17歳で女のお前が、このような殺し屋をしているんだ?家族はいないのか?」

「家族はもういない」

朔と土方が話をしていると、入口で見ていた斎藤が誰かを連れて戻ってきた。

「近藤さん?!」

土方は驚いた顔をして近藤と呼ばれた男の方を見た。

「君は女子おなごだったのか。すまないことをした。これまで、一人で苦労したのだなぁ」

そう言って近藤は朔をガバッと抱きしめた。

「あの、近藤さん苦しいです。離してください。あと、縄を解いてください。」

いきなり抱きつかれた朔は、驚きながらもちゃっかり縄を解くよう頼んでいる。
そう言われて、近藤はパッと離れて赤面した。

「あ、す……すまない」

近藤はそう言いながらも、丁寧に縄を解いた。案外すんなりと解いてもらったので、朔は少し意外だった。
その行動を見ていた土方は、

「おいおい、近藤さん。縄を解いたら逃げられるんじゃないか?」

と言った。
すると近藤は土方の言葉に被せて言った。

「この子はそんなことするはず無いだろう。なっ、逃げないだろう?全て話してくれるね」

なぜだか分からないが、朔は「この人になら話せるかもしれない」と思い、頷いた。
すると近藤は、また意外な言葉を口にした。

「水をかぶってばかりじゃ、身体も冷えているだろう。ゆっくりお風呂にでも浸かって身体を温めてくるといい」

その言葉にそこに居た全員が驚愕した。

「いやいや、近藤さん。それは……。風呂に入っていると見せかけて、逃げねぇか」

3人組の一人、永倉新八ながくらしんぱちが言った。
彼は、松前藩を脱藩し、今はここ新選組に所属している。
その、原田の言葉に土方が答えた。

「見張りでも付けておけばいいだろ」

「副長、流石にそれはあきまへんって。いくら何でも女の子の裸を見るのは……」

監察方である山崎烝やまざきすすむが顔を赤らめながら言った。この男はずっと朔を監視していた奴だ。
隣で聞いていた近藤は山崎よりも顔を赤くして言った。
「けしからん、けしからんぞ。そんな事は断じて許さん」
気まずい雰囲気を破ったのは、最初に戦った沖田だった。

「逃げないで、全てを話すと言ってくれたんだから、その子のこと信じてあげれば?ま、でも、君がもし約束を破って逃げたりなんかしたら、その時は僕が斬っちゃうからね」

なんだかんだで一番怖いことを言っているのは、この男かもしれない。

「ふぅ、久しぶりにゆっくりお風呂に浸かれた。いつもは川で、血を洗い流すくらいしかしてないからな。……このまま、どこかに逃げてしまいたいな」

朔が独り言を言っていると外から沖田の声がした。

「それは駄目だよ。すべて話すって近藤さんと約束したでしょ。僕は君のこと信用していないのだから、変な真似したら、すぐに斬るよ」

「分かってるよ。というか、やっぱり見張りがいたんだね。そろそろ上がるから、そこ出てってくれません?」

ーーーー。
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