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踏み潰されたら異世界なんですけど!?──勇者の血脈と魔国復興編──
エピソード0──踏み潰されたら──
しおりを挟む通行人が行き交う、街の中。
そこら辺にいるような黒髮に程々の背丈。スーツにネクタイの極々普通の会社員。そんな彼から漏れた言葉。
「なんかねぇかなぁ、ねぇよなぁ、楽しくねぇなぁ、最近」
なぁなぁな感情が心を埋めて会社帰りの足は帰路を進む。彼の心情は幼少の頃の全能感。
なんでも出来ると挑戦し、楽しんでいたあの頃を。姿、行動が毎日違って毎日違う感情で新鮮な日々を送っていたその頃。
自問自答……27歳を向かえた自分はどうだろう?
んー……ない。そんな物は何処にもない。新鮮さや、新しい感情なんてここ最近全く無い事に気づく。
毎日毎日同じことの繰り返しだし、家から仕事の往復がルーティンの大部分だし。
会社に行けば、上司と営業先に媚び媚びで愛想をふんだんに詰め込んだ笑顔を振りまいて……
これが今の自分なんだと確信しながら冷たい空に向かってボヤく。
変わり映えの無い日々を送り、心にため込んだ鬱憤には鍵をかけ、当たり障りのない言葉で会話をし、彼女もおらず、作れず、これといった才能もなく。
何か変わりたい、抜け出したいと思うだけで平凡以下に逃げてきた自分の人生。
「……おいおい……ど、どこでミスったんだよ、まったく」
会社員こと、藤上剛(トウガミコウ)の自責は脳内を反響する。
最近いつもこの事ばかりを考えてしまう。そんなネガティブな事をいくら考えても自分の人生は変わらないのに。
「あーさみぃさみぃ、凍っちまう」
季節は冬、震える寒い帰り道にそんな馬鹿げた自問自答も無駄だと悟り、一人鍋でもするかと足を早めた時だった──
それは、突然やってきた。
『ブウゥゥゥ ッ!!!!!!!! 』
突如何かの大きな音が鼓膜を震わす。
通行人の誰もが振り返る、この世で聞く事のないであろう歪な音。
それは剛の耳の奥まで鋭く突き刺さる。
……マジで痛い、なんだよこれ。
剛は耳を両手で塞ぎながら、黒板を削るような不協和音の元へと目を向けた。
「──……う、嘘だろ? おい!?」
音の先には映画の中でしか見た事のない、豚のような怪物がうめきをあげ暴れている。
その怪物が通行人を次々と薙ぎ倒すように襲い、狂う。突然現れた通り魔も真っ青な正真正銘の怪物。
(いやいやいや、おかしいだろ、なんだよあの怪物。さっきまでいなかっただろ!)
路駐されている車を軽々と蹴飛ばし、その怪物は人へと襲いかかる。
映画の撮影なんて情報はない。むしろあれが映画の撮影なら惨たらしすぎる。
人が踏み潰され、蹴り殺され、投げ殺され……
あ、食べられた──
「きゃあああぁぁぁああ」
「あ! ……あっぁ、!」
「なんだこ、こいつ!」
「……やべえ、逃げろ……って!!」
目に写るのはまさに地獄。
麩菓子を折るかのように車を曲げ歩き回る。
通行人は通行人で押し合い、豚の怪物から離れようと逃げ惑い────阿鼻叫喚。
クリスマスが近いために彩られた電飾がこの光景から浮く。
(やばい、やべぇって! なんだよあの豚……ここ日本だぞ!?)
治安良しの日本。そんな中で某ゲームのような怪物が暴れて、暴れて、暴れ散らかす。
そんな、目の前の光景に剛は異国……いや、異世界に来たような錯覚に陥った。
破壊と惨殺を尽くす豚の怪物は涎をたらし、のそのそと二足歩行で歩く。一歩一歩がとてつもなく大きく、地面を抉る。
(脚力どうなってんの!!)
目の前の光景に脳の処理が追いつかない。
分析とも取れる意味のわからない感情に変な笑みすら溢れる。
(図体デカすぎ……あ、)
『ブウゥゥゥゥゥゥ!!!!』
バケモノの少し前で腰を抜かして立てなくなっている男性。剛の目にその男が映った。
服装的に会社帰りのサラリーマンだろう、スーツ姿に泣きながら震えている。完全に腰が抜けたのだろう。
呼吸すらまともにできていないような歪んだ顔でバタバタと足をもがいて、怪物から離れようと足掻いている。
(無理だ……助けれねえよ)
あの男は間違えなく犠牲になるだろう。
麩菓子のように折られる?それとも板チョコを砕くように踏まれる?飲み物を飲むように食べられる?
この後、あの男の身に降りかかるであろう凄惨なパターン……それを剛の頭が勝手に想像する。
(助けるか?……いやいや、無理だろ!)
俺には助けれない、動機がない。逃げる? あれは人間じゃない。 怪物? 化け物?
なんだ、あれは? 思考がグルグルと回る。
「──ッ! 見たことねぇバケモンだぞ、 い、意味不明だろ! やめろやめろ、変な気を起こすなよ、俺」
声を大にして自分を止める。
至る所であがる悲鳴にその声はかき消されるが剛自身にはしっかりと響く。
逃げる、とりあえず逃げる。今身体が求めているのはその行動。
こんな所で勇気を振り絞る必要はない。
そう、ないんだ。 いつも通り、今迄通り。
(くそぅ......)
剛の身体とは別に脳が違う答えを導こうとする。いや脳じゃない、心だ。
(助けて、逃げりゃいいだけ、そう! それだけ)
助けて逃げると心が意味不明な結論をだす。
葛藤とかじゃない、目の前の意味不明な非日常に心が追いついていない。
冷静になりたいが、頭は冷静になれない。
「バケモンはなんかの生物兵器、いやいや違う。なんだ?……なんなんだ? いやいや、考えても仕方ないだろ? 明日には日常! 明日からは元通り! あの人だけ背負って逃げよう!」
パニックは心を、頭を馬鹿にする。
冷静さなんてもんは、その前では埃を吹くよりも容易く消し飛び、 心が恐怖で悲鳴を上げている。
だが剛の足もサラリーマンに向かって──
俺には何にもない、だからこそこんなタイミングで子供の頃に挑んだあらゆるものへの可能性と勇気を思い出し、はき違う。
この状況では間違えなく、それはパニックの延長線。
「チッ、 クソ、くそっ...…」
今にも腰の抜けたサラリーマンに辿り着きそうな怪物。
剛はやけくそに持っている鞄をバケモノに投げつける。
鞄が縦回転し化け物の背中に当たってボトリと地面に落ちた。
『ブウエェ?』
サラリーマンに向けていた顔がこちらへと振り向いた。
顔についた二つの目玉はギョロギョロと視点を動かし、探し、気づく。
バケモノの体は半歩遅れるように顔の向きと合わさった。
「で、 でかい!」
近づけば分かる体のでかさ、恐怖が加速する。
(こえぇぇぇぇ!! でもノロマだ! イケる!)
大丈夫、大丈夫と心に言い聞かせる。
あのサラリーマンさえ、逃げてくれれば後は軍とか警察やらが処理してくれるだろう。
あのバケモノがなんなのかさえわからないが、明日には日常に戻る。映画でよく見たワンシーンにすぎないはず。
俺は助けたお礼を言われ、表彰され、テレビなんかにもでて、ちょっとしたスーパースターになれるはず。
子供の時描いてたヒーロー図が頭を駆け巡る。
「お、お前の相手は俺だ! おれ! こっちにきやがれっ!」
敗因? 慢心? パニック? ヒーロー?
そんなものなかった。そんなものではなかったのだ。
怪物がなにかわからなかった、心が恐怖で思考が止まってた。
意味のない正義と勇気と自信過剰さが哀れだった。
テレビ番組のドッキリなんかじゃないの? なんて事も思ってた。
あまつさえ、自分がヒーローになれるんじゃないかなんて……
──刹那
距離の開いていた化け物が目の前にいた。
「──ぁうあああっああああぁ! っぁ! ぁ!!」
豚のバケモノは"ニチャァ"と笑い、目が合い、俺を踏み潰した。
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