シークレット・アイ

市ヶ谷 悠

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美しき讃美歌を

2.伝説の「譜面」

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 闇夜に消えし記憶と共に、彼も彼女も最後の晩餐となりて、その唄もまた最後の詩として地中深くに眠る……

 ―― 作者不明


「雪降り積もる頃に、輝くウタに出会うは神秘の歌姫が、目覚める時だけ……」

「……うん?」

 いつもの店で突然、Mr.ハロドゥが、歌を口ずさむもんで……いつものカウンターテーブル席に座っていたヴァル、片眉を吊り上げて若干驚いた顔をする。

 彼の歌声は初めて聞いたが……やはり見た目通りというか……うん、渋いな。Mr.ハロドゥ自身は、随分と前に確か、「歌は苦手なもので」 などと言っていたはずだが……。

 先程の一瞬、彼が口ずさんだだけで落ちる女性は……軽く見積もっても、店を埋め尽くす程にはいそうだなあ……などと、ヴァルは呑気にジントニックを口に付けたまま思った。

 少しばかり間をおいてから、ヴァルは三分の一程残ったジントニックのグラスを、その口から離す。

「なんだい、あなたが突然歌いだすなんて……。天変地異の前触れかな?」

 少し皮肉っぽく笑いながら、ヴァルはジントニックをグラスの中で揺らめかしつつ、いつもの如くグラスを拭き続けるMr.ハロドゥに尋ねる。
 そして、彼はジントニックのようにヴァルに揺られることなく、淡々と返事を返した。

「おや、ご存じありませんか? 古来から歌われた、歌姫にのみ代々伝えられる歌の一つだそうですよ」

「……残念なことに、存じ上げませんなあ」

 つまらない程に通常のままのMr.ハロドゥの反応に、ヴァルはジントニックを不貞腐れた様に答えてから、再び呷る。

 はふあー……寒い時期に美味い酒はホント、よく染み渡るぜ……。ロシアや北国では、ウォッカが命の水って言われるのも頷けるもんだ。

「そもそも、あんたでも知ってる上に歌える時点で、歌姫のみってのには間違いがあるんじゃないか?」

「歌姫には、代々一曲ずつ、秘密の譜面が渡され、然るべき場所でその歌が公開されます。私が先程口ずさんだ歌は、その歴代の内の一つ……というだけですので」

 ヴァルにそう教えるMr.ハロドゥの微笑みは、意地悪だ。
 ……まぁ、この人が間違った事を言うこと自体、少ない。裏をかけたことが正直今のところないし……情報屋心理戦においては全戦全敗、といったところか。

「ところで……まだノア様はいらっしゃらないので?」

 ヴァルが半ばヤケになってジントニックを仰いで飲み干し切ったと同時に、Mr.ハロドゥはヴァルにもう一杯ジントニックを用意するため、新しくグラスを拭きながらそう尋ねる。

 しかし、Mr.ハロドゥの質問に対してヴァルは、ハァー……と、これまでの中でもトップスリーに入るレベルの長く、重い溜息を吐いて見せた。

「さぁね……今のアイツの行動は、俺にも予測不可能なんだ」

 ヴァルの相棒であるノアは、クローン体として蘇った恋人の意識が復活してからというもの、ずっと足蹴なく彼女がいる病院に通っては、またどこかしらに行って……アパートに帰って来ても、すぐにまたどっかに行っちまう。

 ヴァルがどこに行くのかと尋ねても、「お前には縁のない、美人の元へだよ」とニヤつきながら返されるだけだった。

 ……ケッ、そりゃ俺には色恋沙汰など、今でこそ無縁のもんだが、年齢イコール、決して彼女が居なかったわけじゃねーんだぜ。
 などと、内心少しばかり、子供っぽく拗ねてみる。と、同時にふと……思い出す。

 そういや、ノアがここ最近、やたらとどっかに行き始めたのは、仕事を引き受けてからだな……。

 今回の仕事内容は、伝説の歌姫の持つ古来からの譜面を探し出してほしい、という依頼だった。

 言っちゃ悪いが……今回の依頼人は、やたらとみすぼらしいホームレスのような爺さんからで、報酬額は内密なので……と。Mr.ハロドゥから教えられていない。

 正直ヴァルには、その辺の道端でコインを集めてるような爺さんの依頼に、高難易度のこの仕事を、引き受けるだけの価値があるとは、到底思えなかった。
 ならなぜヴァルは引き受けたのか? それは、Mr.ハロドゥが、依頼相手よりも、今回は探し物の方にかなりの価値があると思います、なんて珍しいオススメの仕方をしてくるもんだから……。

 それに、報酬は保証しますよ、なんて言われたら……な。

 俺達の仕事上、信じる以外にない唯一疑いのない相手であるMr.ハロドゥのいう事だ、彼が仲介人としてその依頼を引き受けた以上、何かしらあるのだろうし……ヴァル達に出来ることは、言う事を大人しく聞いて、仕事引き受けるしかない。
 ノアの恋人の借金もあるし……それに、下手にここで仕事を断って、今後仕事をくれなくなる方が困るし、な。

「……ところで、Mr.ハロドゥ。あんたの方では何か、に関する情報は何か?」

 そう言うと、Mr.ハロドゥは悲しげのような、困ったような顔をして見せた。
 ……なるほど、これと言って収穫はなし、ね。

 それを悟ると、ヴァルは再び、大きな溜め息をついて空になったグラスをコトンと、カウンターテーブルの上に置いた。
 それを分かってか、Mr.ハロドゥは空のグラスを引き取って新しく先程まで磨いていたグラスをヴァルの手中に収め、その中にジントニックを注いでくれる。

 今は相棒じゃなく、酒だけが頼りってか……ハン、悲しいもんだぜ。

「……古来から、伝説の歌姫というのは……不思議なことに、一定の年齢になるまで発見されず……彼女こそ伝説の歌姫だと、代々ヘブンスローズのが決めるそうです」

「ああ……その話は一部だけだが、聞いたことがある。なんでも、代々ヘブンスローズの王は早死にか、病に侵され死に絶える、王妃だけが残る呪われた王族……だからヘブンスローズの国家は、王ではなく王妃が最高権限を持つ……っておまけ付きで、な」

 ヴァルは注がれたジントニックにそう言いながらお礼を言うように、頭上に持ち上げてからグイッと一口。

 そう、今回のカギは、ヘブンスローズという大都市にある。

 ……だが、ヴァル達にとってはその街そのものが、まず最初の難問だった。なぜならヘブンスローズは、入国許可証付きの招待状を持つ者か、街中で毎年行われる……その参加資格を持つ者のみ。

 その参加資格だって、取るのは楽じゃあない。参加資格にも、もちろん条件付きだ。

 一つめ、二十歳以上であること。二つめ、武器・武闘への心得がある者であること。最後の三つめ……これが一番の最難関……であること。

 しかもこの第一審査は……実戦で、だ。
 そもそも、武闘大会への参加可能人数が最大で五十人まで。だがその伝説的大都市、ヘブンスローズへ入国したいが為に、これに挑戦する馬鹿な荒くれ者は、数百人から数万人と……年々増え続け、後を絶つことを知らない。
 この第一審査の応募だけは無制限に可能だ。だから、この応募自体、よっぽど腕の立つ奴か、よっぽどの馬鹿のどちらかだ。

 その実践の内容は、酷く醜いものであるっていうのに。

 あくまで第一審査といえども、実戦なのだから、相手が死ぬまで、一つの街への入国の許可を得る為だけに、生死をかけなければならないという事を、知らない者が意外と多い。

 ま、馬鹿は注意書きも読めないからな……。

 ヴァルも、かつては最古でありながら最大最先端都市であるヘブンスローズへ一度は行ってみたくて、挑戦しようと思っていた頃があったが……注意書きを呼んだおかげで、今こうして美味しいジントニックを飲めているわけでして。

「しっかし……今年の王妃は、歌姫見つけたという発表がなかったから、譜面の事も歌姫の情報も、出回らないばかりだと思っていたが……まさか、とっくにヘブンスローズの賞金として存在してたとはね」

 裏情報で優勝賞品が歌姫という話は割と有名だった。
 これについては確かだろうから、その伝説の歌姫はヘブンスローズ都市のどこかしらには居るんだろうが……さて、どうやってあの大都市に入るもんかな……。

「そこが私でも不思議なんですよ、

「……不思議?」

 ヴァルが都市に入る方法を真剣に悩んでいた間、Mr.ハロドゥもまた、別のグラスを磨きながら悩んでいるような、しかめた顔をしていた。
 そしてMr.ハロドゥが、俺の名前をフルネームで呼ぶときは、大抵……今のところは、ほぼ百パーセント、良い情報の話じゃない。
 実際、Mr.ハロドゥの眼鏡の奥に見えるその目は、酷く真剣に、怒っているかのようにさえ感じる程の気迫があった。

 ヴァルもその空気を読み取り、そっとジントニックの入ったグラスを、波紋が少し立つ程の静かさで、カウンターに置いた。

「今までの歴代王妃は、そのを賞金と一緒に優勝賞品にすることはありました。ですが……を優勝賞品とすることなど、ヘブンスローズの数万年に渡る歴史の中でも、初めての事なんです」

 ヴァルも、Mr.ハロドゥも静かに、互いに視線だけの言葉を交わした。
 
 つまり、今回の武闘大会には……
 そして今回の依頼は……歴代生まれる伝説の歌姫のみが知る、伝説の「譜面」……。

 つまり、そのとは、ウタを歌う歌姫にではなく、に、問題がある……。

 バン!
 「やったぜ!」

 ヴァルとMr.ハロドゥが真剣な雰囲気であることなど、露程も知らないノアが、勢いよく店のドアを開けて入って来た。

 無言の静寂と緊張の糸はノアの手によって切られ、半ば呆れたように溜め息を吐きながらヴァルは後ろを振り向き、ノアの方を見る。

 「あのなぁ……ノア、今は大事、な……」

 ヴァルはノアに対し、注意をしようとしたのだが……ノアがその瞳を輝かせながら店に入って来たノアの手には何か、書状の様なものを握ってそこに立っていた姿に、言葉を失う。

 ……嫌な予感がするぜ。
 どうか、自分の予想が外れていてくれと願いながら、ヴァルはノアの方を向いたままで、カウンターに置いたジントニックを静かに手に取る。

 それが合図であるかのように、ノアは握りしめた書状を広げ、自慢げにヴァルの予想を裏切ってくれなどしない返答をしてきた。

「ヘブンスローズの武闘大会への第一審査応募完了! 参加資格、手に入れてきたぜ!」

「これはこれは……おや……まぁ……」

 Mr.ハロドゥが思わず、そう呟いた。返す言葉もない、そんな感じで。

 ヴァルは、首を一度思いっきりうなだれさせてから、手に持ったジントニックを一気飲み干す。

 くっそ、馬鹿な相棒を持ってると、こんな仕事、マジやってらんねーなぁ!
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