シークレット・アイ

市ヶ谷 悠

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消えゆく芸術

17.許されぬ「名作」

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 そこから続く何百というページは、殆ど……いや、全てと言っていいほどに裸体の女性がテーマの絵ばかりだった。

 だが、その全てが決して官能的なものではなく、あくまで『命を宿す神秘』というテーマに基づいて描いたものだと、ドンベルトの日記には記されている。

 彼は、女性をテーマにすべく、その命を宿す器……女性という生き物に神秘的なものを感じていながら、それを自分の作品にしたくてしょうがなくなってしまったのだ。
 それこそ、まさに神のなす技のように。

 彼にとって最早女性は、自分が生まれ出た場所、完全なる十人十色の一人一人が違う、人というモノを作り上げる……惚れたを通り越して崇拝すべき、そんな存在となっている。

 だが……ドンベルトはじきに気付いていった。自分のやっている方法……つまり殺してから描いては、その神秘は残らない、と。
 彼は、絵では物足りなくなってしまったのだ。

 その結果が……コレなのか! この、氷漬けにされた女性たちが! その神秘だと! ヴァルは釘付けにされていたドンベルトの日記から目を逸らし、そのまま後ろを振り向いて、並べ立てられた氷漬けの女性たちを見る。

 ヴァルは自分がドンベルトという人物と同じ男であることに悔しく、そしてその神秘を少なからずこの絵たちから感じてしまう自分が恥ずかしく、恐ろしかった。
 男だから、自分と全く異なる女性に魅力を感じる事など、ごく当たり前だ。
 だが……だからと! それを自分の中にこんな形で落とし込んで良いわけがない!

 そしてドンベルトも徐々に、この殺人という名の『名作』を生み出していくにつれて、その心の変化が日記にも現れていた。

 人の生きるすべてを宿す、女という存在が、恐ろしいと。それに比べ、男という概念に捕らわれた自分の考えが、なんと浅はかであったことかを。

 そして彼が次に手を出したのが、クローンだった。自らの手でその命を作り出す手段を手に入れ、作品として、世に出す。……はずだった。

 彼の最後の日記は、今までの日記の中で一番長く、こう綴られていた。

 十月二十日
 わたしは、世に傑作を生みだすことが、全てだ。それしか、自分にはない才能だった。
 だが……いつしか自分の中に、自分でも分からない程の罪が課せられている。友人のハロドゥは、わたしにそう言った。
 
 なぜだ? わたしは、自分も含めたただその命の儚さと誕生のすばらしさを伝えたかった。自分にないものを持つ同じ種族でありながら異なる生命、更にはそれを生み出す『女』の素晴らしさを伝えたかった。
 それだけなのに。
 どうしてこんなに苦しい? どうしてこんなに涙が出るんだ? 分からない、わからない!
 だがわたしは、どうしてもこの『女』という存在のすばらしさを、長年かけた『最高傑作』である『女の孤独の舞踏会』を仲間に、芸術の価値を最も分かる者達に見せたかった。特に、シェリア・ノエルズに……。

 だが、間違いだった。シェリア・ノエルズはわたしの最高傑作を見て叫び、ハロドゥも、ウォッカも、バドロストも、七名の芸術家……わたしを除いて六名は、その作品を見て恐怖し、嘆き、叫んだ。

 なぜ? わたしの作品が伝わらない?なぜだ?わたしは……どうして。

 文章はそこで終わっていた。そして最後のページに描かれた絵は……。


「黒……だ」

 ヴァルはその気配がシェリアでも、ノアでもないことに気付き、咄嗟に拳銃を突き出して後ろを振り返る。
 
「ドンベルト・ワーナー……?!」

 そこにいたのは……また、ドンベルト・ワーナー氏の姿……。

 だが今ヴァルの目の前に立って居るドンベルト氏は……入り口で会ったようなAIの3D映像ではなかった。実在の、しっかりと肉体を持っている……。

 どういう……事だ。

「……あんた、は……さっきのAIの支持者か?」

 ヴァルは問いかけてしまった。

 なにせ……入り口で出会ったAIのドンベルトとはあまりに違い過ぎていたから……。
 肉体を持った方の彼は、AIの映像よりも更に白髪もしわも増えて老けこんで……とても、悲しい顔をしていたから。

 ヴァルは、その一変して違う姿で現れたドンベルトに対して驚きが隠せないままでいると、ヴァルの問いかけにドンベルトと思しき人物は首を左右に振ってから、首を落とした。

「私は……皆に、殺された後の私自身の細胞で作られた、ただのクローン体だ」

「なんだって……?」

 ということは……シェリア・ノエルズが言っていた、彼を殺したというのは……どうやら本当の事。

 まぁ、最初から彼女が俺達に嘘をつくメリットなんて元々ないが……そこは、”探し物”する生業上、捻くれた俺の性格のせいで相手を常に疑ってかかってしまうから、少しばかり許してもらいたい。

「クローン……ね。ってことは……まさか、Mr.ハロドゥに手紙を出したのも……」

「ああ……私だ」

 一体全体、どういうことだ……? なぜ、こんなにも先程のAIと違い、殺意の欠片も何もないのか? なんなら殺意どころか敵意も……生きる気力さえも感じられない……ヴァルの前に立つ男は、この日記を書き記したドンベルトのイメージとも、全く似ても似つかない。

「混乱するのも、しょうがないだろう。私は……彼女の手によって消えた数年間、育て上げられたクローンだからね。オリジナルのドンベルトとは……記憶は共有していようと……その罪を認めてからは、私は変わった。いや、変えてくれたんだ」

 そう話す彼の視線は、死人のように眠ったノアの傍に寄り添ったままのAI化したシェリア・ノエルズに向けられていた。

「私はこの『女の孤独の舞踏会』を皆に見せた後……皆に、真の芸術を忘れた芸術家など、存在してはならないと言われ、彼らの手で……殺された。まあ、元々私達、伝説などと言われた芸術家七名は、決して仲良しこよしの関係ではなかったからね」

 そう語るドンベルトの光が無い瞳は下を向き……まるでその頃の事を思い浮かべながら、後悔しているようだ。
 
 確かに、かつての伝説の芸術家達がプライベートでも交流を持っていたとは、どの記事にも記載されていなかったな……。そもそも自宅に籠って名作を生み出し続ける彼らに、果たしてそんな暇があったのかと問いたくはなるが。

「良くも悪くも、かつての私達はの関係はいつだってライバル……この街じゃ、いつか彼らは仲違いをして殺す、なんてしょっちゅう言われていた。……悲しいことに、それは違う形で実現してしまったのだけれど、ね」

 ヴァルは拳銃こそ下ろすことはしなかったが、このドンベルトの言う話をしっかりと聞き、内心納得していた。
 
 その話だと、シェリアの言っていたことにも説明が付く。制御している大元はドンベルト・ワーナーだと言っていたが……それが、このクローン体だということだったんだろう。

「だが……彼らはその同胞殺しの罪の重さに耐えれなかったらしい。彫刻家のウォッカは真っ先に自殺をした。その後を追うように、デザイナーのレーヌも、立体絵が得意だったバドロストも、自殺してしまった」

 なるほど……消えた芸術家の自殺は、すべては己の罪――ドンベルトの殺人に関与してしまった事――に耐えかねたからだったのか。なんて……愚かな死を……ん?

 ここでヴァル、ある言葉を思い出す。

 君たちならよく分かるのではないか? ……生死の恐怖、というものを。

 そう、それはこの家に入って入り口で初めて出会った、狂気に満ちたドンベルトのAIの言葉……。生死の恐怖が……ここにある『最高傑作』に必要だった要素……そして、目の前にいる、ドンベルト・ワーナー氏のクローン……。

 さぁ、果たして、どう繋がる……?

「だが、自殺した三人以外の……他の三名は……特に、シェリアは……私を必死に復活させようとした」

「なんだって……?」

 自殺者以外の他の二名については分からないが、一度だって自分を恋愛対象として見られた相手、それも殺人を自分の芸術のために何十人もしてきた相手に、流石のシェリアも情けをかけるとは、ヴァルには到底思えなかった。

 慈悲深い聖女でもなけりゃ……普通の人間ならそんなことは考えないと思うんだが……。

「シェリアは……私に対して、生きて……生きてその罪を背負わねばならないと、言った。だが……私の細胞から生まれたクローンは、二体。一つは……君達が最初に出会ったAI化された私。そしてもう一体が……私というわけだ」

 は……まるでおとぎ話の善と悪に分かれた天使かよ。なんて、ヴァルは冷たく思った。

 先程の日記を読んでいたせいか、どんなに反省の色を見せても、正気のままのドンベルトが存在してることが、ヴァルには信じられなかったのだ。
 少なくとも彼は、この狂気に満ちた頃の記憶を持っている事……すなわち、この日記の頃の感性とセンスも当然、持っているままなのだろうから。

 ヴァルは握った拳銃を更に、確実にドンベルトの脳天を撃ち抜ける位置まで、銃の焦点を若干上へとずらす。

「最初のクローンは、罪に耐えきれないどころか……まだ更なる芸術を求めてしまった。……けれど、同時にその罪を知っているからこそ、彼は白い作品を生み出していたんだ」

 ヴァルはここに辿り着くまでにAIに連れられた、AIが言っていたみ出した作品の並ぶ廊下を、思い浮かべていた。
 そして、Mr.ハロドゥに渡された情報の中にあったもの……。

「……ドンベルト・ワーナーの最後の作品……『身の潔白』か……」

 そうだ。と、ドンベルトのクローンは静かに頷いた。

 なるほど……罪の意識と、芸術の狭間で苦悩していた結果……あんだけ捻くれた性格のAIが生まれたってところだろうか。など、ヴァルなりに解釈して納得をする。

 ん……? だとするとMr.ハロドゥからのあの情報端末の中にあった、最後の作品――『身の潔白』――を生み出した時には、既に彼はこの世から居なくなっていたのか。

「しかし、私のAIが生み出す狂気じみた作品は流石に目に余る為、封じようという事になった……今度は殺すのではなく、な。だから今尚、その身体は生かしてはいるが、意識だけをAI化させ、大人しくさせようと、シェリアは考えたわけだが……。……君なら、もう分かるだろう?」

 ドンベルトのクローンは、次の言葉を、とても言いにくそうに口を閉じ、うつむいた。

 その様子からして、彼はヴァルに答えて欲しかったのだろうが……ヴァルは、その答えを知っていながら、言わなかった。

 彼の口から、直接聞かなければ……本当に今の彼が正しいのかどうか、信じていい対象になるのかどうかを判断しかねるから……。

 ヴァルの沈黙に、ドンベルトはゆっくりと溜息を吐いて、その答えを語り始めた。

「……結局、その意識のまま……彼は止まることなどなく……ここに侵入してくる人たち全てを、君達にしたことをしては逃がしたり、本当に殺してしまったりばかりだった……。そして……その狂気を分け与えるように……私の一部であるあのAIは、人が訪れては去っていくたびに、白い作品を生み続けたんだ」

 ……まるで己の罪を、消すように、か……。

 他の芸術家も、同じ罪の意識があるがゆえに白い作品……シェリア・ノエルズに至っては、自分がそうさせてしまった犯人である女であることから、正反対の黒いような作品を描いていたのかもしれないな……。

「……ンなことで……許されると……あんたは本気で思ってンのか……?」

「! ……ノア、おまえ……!」

 ―― ノア! だめ! だめよ! ――

 気が付けば、ノアは目を覚まし、ヴァルの後ろでもの凄い鬼の形相で拳銃を握りしめ、クローン体のドンベルトの心臓を狙っていた。
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