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消えゆく芸術
14.ノアと「彼女」2
しおりを挟むシェリア・ノエルズが、油絵師としてその名を馳せたのは二十三歳の時だった。
既にデジタル授業の学生の頃にその才能を開花させており、その独特な色遣いとデジタルでもアナログでも表現するそのタッチから、美術家の先生に目を付けられ、知り合いの専門家に見せたところ、その絵がプロも参加する規模の発表会への展示となり……。
そこから、彼女の人生は平凡な学生生活から一転する。
展示会に出展された彼女の作品がこの街に住む金持ちに目を付けられ、売れたことにより、この街への移住と、プロとして芸術家への道を勧められたのだ。
もちろん、将来の事など特に詳細に考えていなかった彼女は、この推薦を承諾しない理由がなかった。
そして、彼女が油絵で生み出独特な世界観と色合いは、まさに混沌化したアルティストストリートでは絶賛の嵐を起こし……。
瞬く間に彼女は伝説の芸術家の一員として名を馳せることになった。
そして彼女がこの芸術の街、アルティストストリートに来るよりも前に存在した伝説の芸術家が、他六名の男性陣だったもんで……。
そこに初の女性芸術家が加わったことは、多くの評価と注目を集め、彼女の作品は更に価値あるものとして飛ぶように売れた事は誰もがわかりきっていたことだ。
そしてその記念すべき、それもラッキーナンバーの七人目として、彼女の作品だけの大規模な個展が行われた。
そしてそこが……ノアとシェリアの初めての出会いとなる。
この頃から既に遊び惚けていたノアは、遊びの女に誘われてこの展示会に参加していたのだが……当時はそこまで興味なかった芸術に、初めて感動を覚えたという(正直、コイツは女関係だったらなんでも感動したりするモンだと思う……というのがヴァルの勝手な想像である)。
彼女が初期の頃に描いた油絵……タイトルは『産まれる息吹』。
一人の女性と、白い赤ん坊がお腹に描かれたそれは、女性のお腹に宿る神秘さを何とも言えない絵のタッチで華麗に表していた。
それを慈しむ女性と、無垢な何も知らないこれから産まれ出る赤ん坊……それを、独特な油絵ならではの絵の具の厚みで表現していたのだ。
そして偶然だが、それはシェリアの代表作、また彼女自身にとっても自信作の一つだった。
「スゲェ……」
ノアの口からポツリと、初めてその言葉が出た時に、丁度展覧会を巡っていたシェリア本人とすれ違ったらしい。
シェリアも、銀髪のロングヘアーの長身の男性なぞ見たら、それはもう完璧なモデルで……。
思わず、声をかけてしまった、らしい。シェリアの方から。
「……それがきっかけで、色々あってお付き合い……ってか?」
―― はい……。 ――
AIのシェリアは照れ臭そうに、ノアはそんな話聞いてどうすんだヨ、と言いたげな半分照れたような顔で訴えてくる。
……正直に言って、聞いていて心地いものでないな……と、ヴァルは思っていた。
長年連れ添った相棒の色恋沙汰など、知りたくない……。
ヴァルにとっては親の恋愛話を聞く並みにキツイものがあった。
いつもみたく、軽いノリで話してくれた方がいくらかマシだぜ……。
ヴァルは再びため息を吐きながら、前髪をかき上げる。
「……まぁ、二人の馴れ初めはとりあえず分かった。……だが、問題はそこじゃないぜ、ミス・ノエルズ。あんたはなんで、そんなノアにさえ、何も言わずに消え去った……? そして、自殺した三名のあとに、なぜ他の四名とも消えた? 俺が知りたいのはそこなんだ」
―― それは……。 ――
シェリアはどもって、視線を落とす。
そこでヴァルの直感がまた働く。
彼女は、あきらかに何かを隠している。
自分にとって不都合な何か……を。
一瞬だが、ノアを見た視線を考えると、きっとノアに知られたくない何かがあるんだろう。それは、この扉の向こうの先か……それとも、彼女の内に秘めているものか……。
ヴァルは真剣にシェリアの映像と向き合い、その姿を自身の深い緑色の瞳にしっかりと写して、まるで尋問するかのように、問いかけた。
「知らない、なんてことはないはずだ。そんな嘘っぱちはつかれてももう分かりきってる。あんたは、真相を知っているから、少なくともドンベルト・ワーナーの失踪に何かしら関わった事で、この家にAI化としているんだろ?」
「おい、ヴァル! なんてこと言いやがる! シェリア、無理に答えなくていいからな!」
ノアが必死にフォローし、恋人を庇う姿はまるでどこかの恋愛映画のワンシーンに出てきそうな素敵なものに思えたが……。
現実は非常だった。
彼女の隠していた秘密は……その綺麗な赤毛のショートヘアーの清楚そうな女性からは、想像もできないものだったのだから。
―― ……いいの、ノア。これは……伝えなくてはいけない事……私以外にも、犠牲者が出ている以上……。ただ……まさかここまで辿り着いたのがあなた達だと、思わなかった……それだけなの。 ――
そう言うと、一度胸をなでおろすかのような仕草をする。
覚悟を、決めたのだろうか?
ヴァルは座った姿勢のままだが、いつでも武器を取り出せるように頭の中でその動きをシュミレーションしながら、腰に手を当てる。
「……犠牲者が出ている以上ってのは……どういうことだ?」
静かに、ヴァルは質問する。
そして同時に、視線をシェリアからノアへと移動させると、ノアがものすごい形相で、もうお前は黙ってろと言わんばかりの視線を送ってきていた。
いや、ノア……お前にゃ悪いが、ここでしっかりと話を聞かなきゃ真実が分からんだろうが! ……という言葉でではなく、そういうニュアンスを含んだ視線の送り合いを二人がしてる事など、AIのシェリアは知るわけもなくて……。
二人が睨み合いをしてる間に、その衝撃の事実が、AIの口から伝えられた。
―― 私達……ドンベルト……彼を除いての六名は……伝説の芸術家の一人、ドンベルト・ワーナーを殺害した、犯人なのです。 ――
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