シークレット・アイ

市ヶ谷 悠

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消えゆく芸術

3.芸術家の「残すモノ」

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「お待たせしました、これが、ドンベルト・ワーナーの資料になります」

 ……予想は、していなかったと言えば、嘘になる。だが……それはあくまで予想なわけで……。

 多分……これ全部積み上げたら、この店の天井近くまで行くか、到達してしまうんじゃないかというレベルの量だった。
 実際、Mr.ハロドゥは三往復してまで持ってきたのだから。

「……そりゃ、マ……当時のこの業界騒がせてた芸術家だからよォ……」

 今までに見たことない程の情報量に、今回は流石にノアも驚愕していた。今にもガタガタと揺れ落ちそうなその情報の正に、ってやつに押し潰されそうになっている。

「中には彼の絵の模造品から、当時の作品発表の記事等々……ザっと数えても、七万八千点程あるかと」

「なっ……ななまんはっせん!?」

 ハン……Mr.ハロドゥさん……いくらあんたが掲げてるポリシーとやらの『情報を得るのはアナログが一番』といえど……これは流石にやりすぎなんじゃあないですかね……?

 前回の様々な他の情報屋を伝って集めた手探り情報収集も、中々骨が折れる作業だったが……前回とは大変の種類ってのが違う。

 この前の依頼は大変だったわけで……今回は大変ってのも……困りもんだ。

「あとはあなた達で情報まとめを……と、言うのも、流石に今回は酷でしょう。なにせ、彼はここにある情報以上の絵を描き残していますから……なので」

 そういうと、あの微笑みをしてからデータ画面を指先からシュインと、出してきた。データ画面だ。

 所謂いわゆる、動くパーソナルコンピュータ、しかも自由自在に操れる。今じゃこれが普及しつつある中で、Mr.ハロドゥのような紙媒体を扱っている人こそ、珍しい世の中だ。

「この紙媒体をデータ化できる物、ネット上で見つかる物を、一覧として集めたモノを、お渡しします」

 ハ……。
 気が抜けて、思わず、昔の漫画みたいにズッコケなるものをやってしまいそうになったヴァル……と、ズッコケたノア。

「……ほんっと……仕事の手際がよろしいコトで……」

 ヴァル、思わず口に出して言ってしまう。

 Mr.ハロドゥに電子情報の内容をあらかた説明してもらったが、やはりスキャンできない物、つまり電子情報として読み込みができない物もあるらしく、それらだけはアナログとして自分で見てくれとの事だったが……。

 それらの殆どは、の絵だった。
 模造品もいくつかあったらしいが……ほぼ彼自身の手によって模造されたものだから、本物と差して変わらないと、Mr.ハロドゥは言った。
 
 そうして受け取った、ひとまずの膨大の電子情報データと、車につめ込めれそうな量の彼の絵だけを預かっていく事に(昼の営業時間が終了に近づいていたので、仕方なくお暇することになった)。

「……ンー……ンン? ……ンー…」

「……なんだよ、さっきから隣でウンウン唸って。そんなに唸らせる程の作品なのかよ?」

 行きはノアの運転で来たので、帰りはヴァルが運転することが一応、うちの暗黙のルールになっていた。

 そんな運転席に座るヴァルの横で、ノアはデータ情報ではなく、預かってきたドンベルト・ワーナーの絵をひたすら眺めて唸り続けていた。

「いや……なんつーか……白いンだよ」

「……白い?」

 信号が丁度赤に変わった。同時に助手席のノアが両手に持っている絵を横目で見る。

 そこには二枚の絵。
 ノアの左手には黄色と赤と青で描かれた山と、一つの家。右手には…白と、水色で描かれた……人? ……らしきものが描かれていた。

「……俺が知っている頃のドンベルト・ワーナーは、こっち」

 そう言ってノアは左手に持っている三色で描かれた絵を、少し上に持ち上げて見せた。

「んで……コッチは……俺の知らない、ドンベルト・ワーナーの、絵」

 今度は右手に持っている、水色と白のみで描かれた……人と思しき、絵。それを見ると、ノアは歪んだ顔をして見せた。
 あ、信号、青になった。

 車を走らせながら、結局ノアはその絵について、アパートに着くまでの十時間近く、一言も話すことはなかった。

 アパートに着いて、絵を全てアパートの中に運び終えてから、突然、絵を壁に全て並び始めるノアを見て、ヴァルも流石にその今までに見たことのないノアの異変に気付く。

「お前……何を考えてるんだ? 明日にはとりあえずアルティストストリートに向かって行く予定だぜ?」

 ノアは、ヴァルの質問には答えず、絵を黙々と並べるだけの作業をして……絵を全て、並び終えて、ヴァルに言った。

「……おい、ヴァル。コレ、どう思うよ?」

「ん……?」

 ノアの並べた絵は、どうやらドンベルト・ワーナーの描いた絵の年別順になってるらしく……比較的古いものを左から、真新しいものを右へと並べて行ってるようだが……。

 ふむ、どうやら芸術的なものが好きなのは、伊達じゃないらしい。
 ドンベルト・ワーナー氏の描く絵には、どんどんと、決定的な違いが表れていた。

「……新しいものほど、カンバスに描かれている絵に使用する色彩量が……減っているな」

「ドンベルト・ワーナーの水彩画は、元々油絵みたいな影を残したり、原色に近いような濃い色で描くことは殆どない。だから色彩が減っていることに自体に違和感は覚えないんだが……だが、その薄く彩る色彩の使い手としてかつて名を馳せたドンベルト・ワーナーの……彼の絵らしくないンだよ。まるで……」

 そういうノアの手は、Mr.ハロドゥから預かった模造品の絵の一番右―真新しい―絵を触りながら、静かに一言だけ零した。

「何もかもを、否定してるようじゃねェか……?」
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