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ステージ
7.目覚めの「音」
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♪
さぁ さぁ
始まる 始まる
終わらぬ宴
誰の為でもない
幾人もの踊り子が
ヒラヒラ ヒラヒラ
舞って 舞って 舞い続ける
時など存在しないかのような
奇跡の宴が
始まる 始まる
♪
「しっかし、どうするヨ。こんなんじゃ、いつまで経っても例の踊り子どころか、場所さえ分かんねえじゃねえの」
ヴァルとノアは一度、自分たちの住む街に戻ってから、そこからまた約六百八〇キロメートル程離れた郊外のバーでランチを食べていた。
二人にとって、ここで日替わりのランチを食べた後に、それぞれお決まりの酒を注文することが、ちょっとした癒しの時間になっている。
ランチを食べ終えた二人は、バーのカウンターに座って、全面窓ガラスになっている大通りの方を見ながら、ヴァルはジントニックを、ノアはベルガモットを飲んでいた。
昼から飲むには少々強い酒だが、酒豪である二人には関係ない。
大通りの方には綺麗に着飾った貴婦人や紳士、普通の子供もいれば、やる気なさげにチラシを配るスタッフ、またアンドロイドや旧型ロボットまで多種類の人物が見渡せた。
ここは、そういった流れ者等、様々な人種が行き着く場所だ。ヴァルは、見慣れたはずの景色ではあるが、いつも違う行き交う人々を興味深く、眺めていた。
「そもそも、本当は存在しないんじゃないねえの? その踊り子も、街も! あの伯爵もその上のお偉いさんも騙されてんだよ。うんうん、そうに違いないぜ。ありゃいたずらの手紙だ!」
ノアはベルガモットを呷りながらそう言った。ヴァルは、貴婦人がご機嫌そうに左手に着けた指輪を眺めているのを、目で追いながら言う。
「……ああ、もしかしたら、そうかもしれねえな」
「だろー!? ンじゃ、こーんなどうだっていい仕事、さっさと放っぽってズラかろーぜ!」
だが、ヴァルはすぐには答えなかった。まだ半分残っているジントニックを、ゆらゆらと、まるで躍らせるようにグラスの中で揺らす。
「……なぁ、ノア。お前、『静寂の踊り』って聞いたことあるか?」
「アン?」
ヴァルは大通りを眺める視線を動かさず、ジントニックを一口。さっきまでの貴婦人はもう窓の枠外に行ってしまっていて、大通りでは三人のアンドロイドが、楽しそうにその両手一杯に買い物袋を抱えて歩いていた。
「……昔、俺はある婆さんから聞いたことがあるんだ。とある男の振付師が、従来のものとは違う、音楽をかけずにリズムがない踊りの振り付けを付けたことがあるって、さ」
「音楽がないダンスたァ、そりゃまるでヒレを失くした人魚物語みたいにつまらねえもんにしかならねえだろ」
ノアはまるで飽きたかのように大窓の向こうを見るのをやめ、バーカウンターの方にくるりと、向きながらベルガモットを呑む。
ヴァルはそれを横目に少し見てから、すぐに窓へと視線を向けなおす。先程のアンドロイド達が、まだゆるりと喋りながら歩いていた。その話声は、たった一枚の窓ガラスによって隔てられ、聞こえはしない。
「彼はありふれたダンスに飽き、音がないけれど、音楽があるような、そんな気にさせる振り付けがないかと考えた。そして……彼は天才的で、常人から見れば異様に感じる、音がなくても『音』と『感情』が伝わる、最高のパフォーマンスダンスの振り付けをおよそ、五十パターンも考えたんだ」
アンドロイドは通り過ぎ、窓枠の左端からテイクアウトのコーヒーと、サンドイッチを片手に歩いていく女性が、隣にいた男性に微笑みかけてサンドイッチを半分食べさせる。
「……だが、その踊りは誰にも踊れなかった。音楽もリズムもない音と感情だけを表現した彼の振り付けを、完璧に踊れる踊り子が当時彼の元には誰一人いなかったのさ」
今度は窓枠の右からカップルが通り過ぎていく。そして、残るは只々だるそうにビラを配る仕草だけをしているスタッフだけが、ガラス窓の向こうに写って見えるだけとなった。
「そんな中、ある若い女の踊り子が彼の居る街に訪れた。そして彼女はある貴族の下でダンスを披露し、それは今世紀最大の踊りだったと大絶賛したんだ。瞬く間に街中の話題となった彼女の話は、振付師の元にも届くのは当たり前。彼はすぐに彼女を呼んで、無理難題と言われた例の五十パターンのダンスを披露するよう指示を出したんだ」
ヴァルが一気にジントニックを飲み干し、バーのテーブルに戻す頃、ビラを配っていたつもりであろうスタッフはいつの間にか店内へと戻り、大通りには人の姿が見えなくなった。
ただ、静かな大通りだけが、窓枠に写っていた。
「……彼女は、振付師しかいないその部屋で、五十パターン全ての踊りを完璧に踊りこなした。まるで見ている振り付け自身さえ、見ている自分の存在までも消えたかのように、静かな世界を彼女は作り上げ、踊りで表現して見せたのさ」
ノアは残り半分となったベルガモットを呷り、ただ静聴していた。ヴァルのその視線は大通りから離れ、カウンターテーブルに置いた空のグラスに向けられていたが、その目は、まるであの街の話をし始めた時のロリアンヌように、何も見ていない目になっていたから。
そしてヴァルはくるりとまた後ろ、窓側を向いて、誰もいないはずの、ガラスの向こうの誰かに伝えるよう、ただゆっくりと言った。
「彼女は彼女自身が静かに息を吸う音だけで踊り、全てを静寂、無へと変えたんだ。……名もなき踊り子は……存在する。……必ず」
婆さんは、そう言ったと、まるで付け足しのように言うヴァルは、自分自身にそう言い聞かせてるように見えた。
ノアも一度、ヴァルのジントニックが入っていた空になったグラスに視線を向け、そこに確かに存在したジントニックを思い浮かべ、フン、と鼻を鳴らしてから自身のベルガモットも空にした。
まるで、静かに……信じるぜ。と言いたげに。
さぁ さぁ
始まる 始まる
終わらぬ宴
誰の為でもない
幾人もの踊り子が
ヒラヒラ ヒラヒラ
舞って 舞って 舞い続ける
時など存在しないかのような
奇跡の宴が
始まる 始まる
♪
「しっかし、どうするヨ。こんなんじゃ、いつまで経っても例の踊り子どころか、場所さえ分かんねえじゃねえの」
ヴァルとノアは一度、自分たちの住む街に戻ってから、そこからまた約六百八〇キロメートル程離れた郊外のバーでランチを食べていた。
二人にとって、ここで日替わりのランチを食べた後に、それぞれお決まりの酒を注文することが、ちょっとした癒しの時間になっている。
ランチを食べ終えた二人は、バーのカウンターに座って、全面窓ガラスになっている大通りの方を見ながら、ヴァルはジントニックを、ノアはベルガモットを飲んでいた。
昼から飲むには少々強い酒だが、酒豪である二人には関係ない。
大通りの方には綺麗に着飾った貴婦人や紳士、普通の子供もいれば、やる気なさげにチラシを配るスタッフ、またアンドロイドや旧型ロボットまで多種類の人物が見渡せた。
ここは、そういった流れ者等、様々な人種が行き着く場所だ。ヴァルは、見慣れたはずの景色ではあるが、いつも違う行き交う人々を興味深く、眺めていた。
「そもそも、本当は存在しないんじゃないねえの? その踊り子も、街も! あの伯爵もその上のお偉いさんも騙されてんだよ。うんうん、そうに違いないぜ。ありゃいたずらの手紙だ!」
ノアはベルガモットを呷りながらそう言った。ヴァルは、貴婦人がご機嫌そうに左手に着けた指輪を眺めているのを、目で追いながら言う。
「……ああ、もしかしたら、そうかもしれねえな」
「だろー!? ンじゃ、こーんなどうだっていい仕事、さっさと放っぽってズラかろーぜ!」
だが、ヴァルはすぐには答えなかった。まだ半分残っているジントニックを、ゆらゆらと、まるで躍らせるようにグラスの中で揺らす。
「……なぁ、ノア。お前、『静寂の踊り』って聞いたことあるか?」
「アン?」
ヴァルは大通りを眺める視線を動かさず、ジントニックを一口。さっきまでの貴婦人はもう窓の枠外に行ってしまっていて、大通りでは三人のアンドロイドが、楽しそうにその両手一杯に買い物袋を抱えて歩いていた。
「……昔、俺はある婆さんから聞いたことがあるんだ。とある男の振付師が、従来のものとは違う、音楽をかけずにリズムがない踊りの振り付けを付けたことがあるって、さ」
「音楽がないダンスたァ、そりゃまるでヒレを失くした人魚物語みたいにつまらねえもんにしかならねえだろ」
ノアはまるで飽きたかのように大窓の向こうを見るのをやめ、バーカウンターの方にくるりと、向きながらベルガモットを呑む。
ヴァルはそれを横目に少し見てから、すぐに窓へと視線を向けなおす。先程のアンドロイド達が、まだゆるりと喋りながら歩いていた。その話声は、たった一枚の窓ガラスによって隔てられ、聞こえはしない。
「彼はありふれたダンスに飽き、音がないけれど、音楽があるような、そんな気にさせる振り付けがないかと考えた。そして……彼は天才的で、常人から見れば異様に感じる、音がなくても『音』と『感情』が伝わる、最高のパフォーマンスダンスの振り付けをおよそ、五十パターンも考えたんだ」
アンドロイドは通り過ぎ、窓枠の左端からテイクアウトのコーヒーと、サンドイッチを片手に歩いていく女性が、隣にいた男性に微笑みかけてサンドイッチを半分食べさせる。
「……だが、その踊りは誰にも踊れなかった。音楽もリズムもない音と感情だけを表現した彼の振り付けを、完璧に踊れる踊り子が当時彼の元には誰一人いなかったのさ」
今度は窓枠の右からカップルが通り過ぎていく。そして、残るは只々だるそうにビラを配る仕草だけをしているスタッフだけが、ガラス窓の向こうに写って見えるだけとなった。
「そんな中、ある若い女の踊り子が彼の居る街に訪れた。そして彼女はある貴族の下でダンスを披露し、それは今世紀最大の踊りだったと大絶賛したんだ。瞬く間に街中の話題となった彼女の話は、振付師の元にも届くのは当たり前。彼はすぐに彼女を呼んで、無理難題と言われた例の五十パターンのダンスを披露するよう指示を出したんだ」
ヴァルが一気にジントニックを飲み干し、バーのテーブルに戻す頃、ビラを配っていたつもりであろうスタッフはいつの間にか店内へと戻り、大通りには人の姿が見えなくなった。
ただ、静かな大通りだけが、窓枠に写っていた。
「……彼女は、振付師しかいないその部屋で、五十パターン全ての踊りを完璧に踊りこなした。まるで見ている振り付け自身さえ、見ている自分の存在までも消えたかのように、静かな世界を彼女は作り上げ、踊りで表現して見せたのさ」
ノアは残り半分となったベルガモットを呷り、ただ静聴していた。ヴァルのその視線は大通りから離れ、カウンターテーブルに置いた空のグラスに向けられていたが、その目は、まるであの街の話をし始めた時のロリアンヌように、何も見ていない目になっていたから。
そしてヴァルはくるりとまた後ろ、窓側を向いて、誰もいないはずの、ガラスの向こうの誰かに伝えるよう、ただゆっくりと言った。
「彼女は彼女自身が静かに息を吸う音だけで踊り、全てを静寂、無へと変えたんだ。……名もなき踊り子は……存在する。……必ず」
婆さんは、そう言ったと、まるで付け足しのように言うヴァルは、自分自身にそう言い聞かせてるように見えた。
ノアも一度、ヴァルのジントニックが入っていた空になったグラスに視線を向け、そこに確かに存在したジントニックを思い浮かべ、フン、と鼻を鳴らしてから自身のベルガモットも空にした。
まるで、静かに……信じるぜ。と言いたげに。
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