シークレット・アイ

市ヶ谷 悠

文字の大きさ
上 下
5 / 44
ステージ

5.踊る「場所」

しおりを挟む
 ♪
 私はどこへでも行けた
 砂漠へも
 海中にも
 宇宙にも
 だけど、ああ……もう
 舞台が無くなってしまっては
 私はどこにへも行けない……
 ♪

 ヴァルの予想は見事的中し、今回、彼が探し求めているとは、百年以上も前に伝説として伝えられ、忽然と消えた踊り子の事であることが判明した。

 だが、このには重大な問題がある。それは……手掛かりがヴァルが昔に伝え聞いた話と、この……手元にある封書のみ。

 更には、これはドリアン伯爵宛てではなく、彼の更に上にいる宛ての封書であり……その中身も重要だった。

「この封書、開けても?」

「えぇ、どうぞ、ご覧になってください。上の方には既に確認して頂いてから、こちらに来ていますので」

 ヴァルが伯爵の方を向くと同時に彼はそういった。では、遠慮なく……。

 封書の中身は、少しくたびれた一枚の紙に二行の文字が書かれているだけだった。一応、最初に確認したが、やはり裏表両方とも、誰の名前も記載されておらず、ただこう書かれていた。


 皇帝の娘は生きている
 静寂の舞台で待っている


 「それしか、彼女が生きている、存在しているという証拠がありません。色々と怪しいもので、これを上の方に見せていいものか悩みましたが……。つい先日、私は決意し、お見せしたところ、今までに見たことのない気迫で、この踊り子を探せ、と言われたのです」

 「ただし、条件付きで。……そうでしょう?」

 伯爵は黙ったままだった。
 そもそも自分たちを頼る時点でそこはお察しなので、ヴァルとノアは気にも留めなかった。だが……ノアは非常に気に食わないという様子だった。

 「俺は却下だぜ。いくら伯爵と言えども、こーんなくだんねえ内容と、内容と同じくらい薄っぺらい手紙一枚じゃ、ネ!」

 ノアはヒラヒラとくすんだ手紙を、ヴァルの手から奪い、扇ぐようにヴァルの目の前に持っていく。断るだろ?と、言いたいんだろうな。
 全く、下らないことをするもんだ。ヴァルはどうだっていいように、その手紙をノアの手から取り上げ、デスクに広げて大きめの声で言い放った。

 悪いな、ノア。

「良いでしょう! 改めて、引き受けますとも。」

「ほ、本当ですか!?」

「ほ、本気かヴァル!?」

 伯爵とノアはほぼ同時に言い放った。うーん、案外良いコンビなんじゃないか。ヴァルは悠長にそんな事を考えながらとうとうニヤけを抑えることが出来ずに言った。

「俺は嘘はつきまセン。それに俺は、話を聞く前だって受けますって言った。そうだろ? ノア?」

「ハン! お前が真実を語ることなんざ、片手で数えれちまうぜ。あと、出来ないモンは出来ない!」

 下らないノアとの会話を終えた後、ひとまず俺に任せておけと、ノアを無理やり納得させ、”名もなき踊り子”の捜索依頼を快諾し(ノアは最後まで愚痴っていたが)、一方のドリアン伯爵は流石というべきか、快諾したと同時にこちらが要求せずとも、即日に持っていたバックから大量の現金を置いて、お礼を言って帰って行った。

 その後、今回の依頼を受けたことに対して散々ヴァルに愚痴を言うノアの姿は誰だってご想像が出来るだろう。

 だが、受けてしまった以上、仕事は必ずやり遂げなければいけない。前金を貰ってしまっている(しかも多額)な上に、実際ご飯を食べるのに精いっぱいのギリギリの生活である上に、色々と借金も抱えている身での生活だ。

 それに……今回の件は長年眠っていた謎を解ける良い機会だと、ヴァルは思っていた。

 そして現在、唯一の手掛かりであったあの手紙を筆跡鑑定に出すも……まあ、案の定、そこから誰かまで辿り着けるわけもなく……。


 結局、闇雲に図書館や情報屋等、ありとあらゆるところから集めた書類や物品に目を通して三日経ったところで、やっと、やっと、一つの手がかりを見つけたのだ。

「ここだ。ここが俺達の目的地だ」

 ヴァルが、偶々めくったページの右端に書かれている記事を指さした。

「アン? ……『宴の都と呼ばれた街』……? ンだよこれ?」

 ヴァルが読んでいたのは、今からおよそ八十五年程前の新聞がまだギリギリ発行されていた頃のものだった。その記事には、『泥棒が大量に入り浸り、家の壁まで漁る事件が多発!』、という見出しで記載されていた。

「これがなんで目的地なんだよ? 別に例の名前がない踊り子の事なんぞ、書かれてねーぞ? しかも……泥棒が家の壁やら床やらも奪って行ったって……ひっでー内容だなオイ」

「まさにそこだよ、ノア。伯爵殿が言ってたろ? 彼女が住んでいた街の名前さえも……ってな。そこで思ったんだ。そもそもが無くなっていたんだとしたら? ってさ」

「街そのものの存在だァ? おいおい、そいつぁ身包み素っ裸にされるよりひでぇ話だなァおい。自分の住所を名乗ることも出来ねえなんて、存在否定されたような街ですコト」

 ひとつあくびをしながらそう言うノアは、コーヒーを飲むためにキッチンに向かってくるりと踵を返す。
 そんなノアを見届けた後、ヴァルは視線を落として骨董品屋から漁ってきた名前の掘られた金属製の破片と、さっきの記事を並べ、ひっそりと見つめた。

「……その逆だ、ノアさんよ。自分の居場所を残す為に、名を消した……。そして例の踊り子は……」

 記事の真ん中に大きく映っている宮殿のような建物の写真を指差して、ひっそりと一言だけ零した。

「ただ、本当に踊る場所を求めたんだろうさ……」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

娼館で元夫と再会しました

無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。 しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。 連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。 「シーク様…」 どうして貴方がここに? 元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!

後悔と快感の中で

なつき
エッセイ・ノンフィクション
後悔してる私 快感に溺れてしまってる私 なつきの体験談かも知れないです もしもあの人達がこれを読んだらどうしよう もっと後悔して もっと溺れてしまうかも ※感想を聞かせてもらえたらうれしいです

10のベッドシーン【R18】

日下奈緒
恋愛
男女の数だけベッドシーンがある。 この短編集は、ベッドシーンだけ切り取ったラブストーリーです。

今日の授業は保健体育

にのみや朱乃
恋愛
(性的描写あり) 僕は家庭教師として、高校三年生のユキの家に行った。 その日はちょうどユキ以外には誰もいなかった。 ユキは勉強したくない、科目を変えようと言う。ユキが提案した科目とは。

ただのFランク探索者さん、うっかりSランク魔物をぶっとばして大バズりしてしまう~今まで住んでいた自宅は、最強種が住む規格外ダンジョンでした~

むらくも航
ファンタジー
Fランク探索者の『彦根ホシ』は、幼馴染のダンジョン配信に助っ人として参加する。 配信は順調に進むが、二人はトラップによって誰も討伐したことのないSランク魔物がいる階層へ飛ばされてしまう。 誰もが生還を諦めたその時、Fランク探索者のはずのホシが立ち上がり、撮れ高を気にしながら余裕でSランク魔物をボコボコにしてしまう。 そんなホシは、ぼそっと一言。 「うちのペット達の方が手応えあるかな」 それからホシが配信を始めると、彼の自宅に映る最強の魔物たち・超希少アイテムに世間はひっくり返り、バズりにバズっていく──。 ☆10/25からは、毎日18時に更新予定!

『別れても好きな人』 

設樂理沙
ライト文芸
 大好きな夫から好きな女性ができたから別れて欲しいと言われ、離婚した。  夫の想い人はとても美しく、自分など到底敵わないと思ったから。  ほんとうは別れたくなどなかった。  この先もずっと夫と一緒にいたかった……だけど世の中には  どうしようもないことがあるのだ。  自分で選択できないことがある。  悲しいけれど……。   ―――――――――――――――――――――――――――――――――  登場人物紹介 戸田貴理子   40才 戸田正義    44才 青木誠二    28才 嘉島優子    33才  小田聖也    35才 2024.4.11 ―― プロット作成日 💛イラストはAI生成自作画像

C-LOVERS

佑佳
青春
前半は群像的ラブコメ調子のドタバタ劇。 後半に行くほど赤面不可避の恋愛ストーリーになっていきますので、その濃淡をご期待くださいますと嬉しいです。 (各話2700字平均) ♧あらすじ♧ キザでクールでスタイリッシュな道化師パフォーマー、YOSSY the CLOWN。 世界を笑顔で満たすという野望を果たすため、今日も世界の片隅でパフォーマンスを始める。 そんなYOSSY the CLOWNに憧れを抱くは、服部若菜という女性。 生まれてこのかた上手く笑えたことのない彼女は、たった一度だけ、YOSSY the CLOWNの芸でナチュラルに笑えたという。 「YOSSY the CLOWNに憧れてます、弟子にしてください!」 そうして頭を下げるも煙に巻かれ、なぜか古びた探偵事務所を紹介された服部若菜。 そこで出逢ったのは、胡散臭いタバコ臭いヒョロガリ探偵・柳田良二。 YOSSY the CLOWNに弟子入りする術を知っているとかなんだとか。 柳田探偵の傍で、服部若菜が得られるものは何か──? 一方YOSSY the CLOWNも、各所で運命的な出逢いをする。 彼らのキラリと光る才に惹かれ、そのうちに孤高を気取っていたYOSSY the CLOWNの心が柔和されていき──。 コンプレックスにまみれた六人の男女のヒューマンドラマ。 マイナスとマイナスを足してプラスに変えるは、YOSSY the CLOWNの魔法?! いやいや、YOSSY the CLOWNのみならずかも? 恋愛も家族愛もクスッと笑いも絆や涙までてんこ盛り。 佑佳最愛の代表的物語、Returned U NOW!

処理中です...