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ステージ
5.踊る「場所」
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♪
私はどこへでも行けた
砂漠へも
海中にも
宇宙にも
だけど、ああ……もう
舞台が無くなってしまっては
私はどこにへも行けない……
♪
ヴァルの予想は見事的中し、今回、彼が探し求めている名もなき踊り子とは、百年以上も前に伝説として伝えられ、忽然と消えた踊り子の事であることが判明した。
だが、この探し物物件には重大な問題がある。それは……手掛かりがヴァルが昔に伝え聞いた話と、この……手元にある封書のみ。
更には、これはドリアン伯爵宛てではなく、彼の更に上にいるとある御方宛ての封書であり……その中身も重要だった。
「この封書、開けても?」
「えぇ、どうぞ、ご覧になってください。上の方には既に確認して頂いてから、こちらに来ていますので」
ヴァルが伯爵の方を向くと同時に彼はそういった。では、遠慮なく……。
封書の中身は、少しくたびれた一枚の紙に二行の文字が書かれているだけだった。一応、最初に確認したが、やはり裏表両方とも、誰の名前も記載されておらず、ただこう書かれていた。
皇帝の娘は生きている
静寂の舞台で待っている
「それしか、彼女が生きている、存在しているという証拠がありません。色々と怪しいもので、これを上の方に見せていいものか悩みましたが……。つい先日、私は決意し、お見せしたところ、今までに見たことのない気迫で、この踊り子を探せ、と言われたのです」
「ただし、条件付きで。……そうでしょう?」
伯爵は黙ったままだった。
そもそも自分たちを頼る時点でそこはお察しなので、ヴァルとノアは気にも留めなかった。だが……ノアは非常に気に食わないという様子だった。
「俺は却下だぜ。いくら伯爵と言えども、こーんなくだんねえ内容と、内容と同じくらい薄っぺらい手紙一枚じゃ、ネ!」
ノアはヒラヒラとくすんだ手紙を、ヴァルの手から奪い、扇ぐようにヴァルの目の前に持っていく。断るだろ?と、言いたいんだろうな。
全く、下らないことをするもんだ。ヴァルはどうだっていいように、その手紙をノアの手から取り上げ、デスクに広げて大きめの声で言い放った。
悪いな、ノア。
「良いでしょう! 改めて、引き受けますとも。」
「ほ、本当ですか!?」
「ほ、本気かヴァル!?」
伯爵とノアはほぼ同時に言い放った。うーん、案外良いコンビなんじゃないか。ヴァルは悠長にそんな事を考えながらとうとうニヤけを抑えることが出来ずに言った。
「俺は嘘はつきまセン。それに俺は、話を聞く前だって受けますって言った。そうだろ? ノア?」
「ハン! お前が真実を語ることなんざ、片手で数えれちまうぜ。あと、出来ないモンは出来ない!」
下らないノアとの会話を終えた後、ひとまず俺に任せておけと、ノアを無理やり納得させ、”名もなき踊り子”の捜索依頼を快諾し(ノアは最後まで愚痴っていたが)、一方のドリアン伯爵は流石というべきか、快諾したと同時にこちらが要求せずとも、即日に持っていたバックから大量の現金を置いて、お礼を言って帰って行った。
その後、今回の依頼を受けたことに対して散々ヴァルに愚痴を言うノアの姿は誰だってご想像が出来るだろう。
だが、受けてしまった以上、仕事は必ずやり遂げなければいけない。前金を貰ってしまっている(しかも多額)な上に、実際ご飯を食べるのに精いっぱいのギリギリの生活である上に、色々と借金も抱えている身での生活だ。
それに……今回の件は長年眠っていた謎を解ける良い機会だと、ヴァルは思っていた。
そして現在、唯一の手掛かりであったあの手紙を筆跡鑑定に出すも……まあ、案の定、そこから誰かまで辿り着けるわけもなく……。
結局、闇雲に図書館や情報屋等、ありとあらゆるところから集めた書類や物品に目を通して三日経ったところで、やっと、やっと、一つの手がかりを見つけたのだ。
「ここだ。ここが俺達の目的地だ」
ヴァルが、偶々めくったページの右端に書かれている記事を指さした。
「アン? ……『宴の都と呼ばれた街』……? ンだよこれ?」
ヴァルが読んでいたのは、今からおよそ八十五年程前の新聞がまだギリギリ発行されていた頃のものだった。その記事には、『泥棒が大量に入り浸り、家の壁まで漁る事件が多発!』、という見出しで記載されていた。
「これがなんで目的地なんだよ? 別に例の名前がない踊り子の事なんぞ、書かれてねーぞ? しかも……泥棒が家の壁やら床やらも奪って行ったって……ひっでー内容だなオイ」
「まさにそこだよ、ノア。伯爵殿が言ってたろ? 彼女が住んでいた街の名前さえも……ってな。そこで思ったんだ。そもそも街そのものの名前が無くなっていたんだとしたら? ってさ」
「街そのものの存在だァ? おいおい、そいつぁ身包み素っ裸にされるよりひでぇ話だなァおい。自分の住所を名乗ることも出来ねえなんて、存在否定されたような街ですコト」
ひとつあくびをしながらそう言うノアは、コーヒーを飲むためにキッチンに向かってくるりと踵を返す。
そんなノアを見届けた後、ヴァルは視線を落として骨董品屋から漁ってきた名前の掘られた金属製の破片と、さっきの記事を並べ、ひっそりと見つめた。
「……その逆だ、ノアさんよ。自分の居場所を残す為に、名を消した……。そして例の踊り子は……」
記事の真ん中に大きく映っている宮殿のような建物の写真を指差して、ひっそりと一言だけ零した。
「ただ、本当に踊る場所を求めたんだろうさ……」
私はどこへでも行けた
砂漠へも
海中にも
宇宙にも
だけど、ああ……もう
舞台が無くなってしまっては
私はどこにへも行けない……
♪
ヴァルの予想は見事的中し、今回、彼が探し求めている名もなき踊り子とは、百年以上も前に伝説として伝えられ、忽然と消えた踊り子の事であることが判明した。
だが、この探し物物件には重大な問題がある。それは……手掛かりがヴァルが昔に伝え聞いた話と、この……手元にある封書のみ。
更には、これはドリアン伯爵宛てではなく、彼の更に上にいるとある御方宛ての封書であり……その中身も重要だった。
「この封書、開けても?」
「えぇ、どうぞ、ご覧になってください。上の方には既に確認して頂いてから、こちらに来ていますので」
ヴァルが伯爵の方を向くと同時に彼はそういった。では、遠慮なく……。
封書の中身は、少しくたびれた一枚の紙に二行の文字が書かれているだけだった。一応、最初に確認したが、やはり裏表両方とも、誰の名前も記載されておらず、ただこう書かれていた。
皇帝の娘は生きている
静寂の舞台で待っている
「それしか、彼女が生きている、存在しているという証拠がありません。色々と怪しいもので、これを上の方に見せていいものか悩みましたが……。つい先日、私は決意し、お見せしたところ、今までに見たことのない気迫で、この踊り子を探せ、と言われたのです」
「ただし、条件付きで。……そうでしょう?」
伯爵は黙ったままだった。
そもそも自分たちを頼る時点でそこはお察しなので、ヴァルとノアは気にも留めなかった。だが……ノアは非常に気に食わないという様子だった。
「俺は却下だぜ。いくら伯爵と言えども、こーんなくだんねえ内容と、内容と同じくらい薄っぺらい手紙一枚じゃ、ネ!」
ノアはヒラヒラとくすんだ手紙を、ヴァルの手から奪い、扇ぐようにヴァルの目の前に持っていく。断るだろ?と、言いたいんだろうな。
全く、下らないことをするもんだ。ヴァルはどうだっていいように、その手紙をノアの手から取り上げ、デスクに広げて大きめの声で言い放った。
悪いな、ノア。
「良いでしょう! 改めて、引き受けますとも。」
「ほ、本当ですか!?」
「ほ、本気かヴァル!?」
伯爵とノアはほぼ同時に言い放った。うーん、案外良いコンビなんじゃないか。ヴァルは悠長にそんな事を考えながらとうとうニヤけを抑えることが出来ずに言った。
「俺は嘘はつきまセン。それに俺は、話を聞く前だって受けますって言った。そうだろ? ノア?」
「ハン! お前が真実を語ることなんざ、片手で数えれちまうぜ。あと、出来ないモンは出来ない!」
下らないノアとの会話を終えた後、ひとまず俺に任せておけと、ノアを無理やり納得させ、”名もなき踊り子”の捜索依頼を快諾し(ノアは最後まで愚痴っていたが)、一方のドリアン伯爵は流石というべきか、快諾したと同時にこちらが要求せずとも、即日に持っていたバックから大量の現金を置いて、お礼を言って帰って行った。
その後、今回の依頼を受けたことに対して散々ヴァルに愚痴を言うノアの姿は誰だってご想像が出来るだろう。
だが、受けてしまった以上、仕事は必ずやり遂げなければいけない。前金を貰ってしまっている(しかも多額)な上に、実際ご飯を食べるのに精いっぱいのギリギリの生活である上に、色々と借金も抱えている身での生活だ。
それに……今回の件は長年眠っていた謎を解ける良い機会だと、ヴァルは思っていた。
そして現在、唯一の手掛かりであったあの手紙を筆跡鑑定に出すも……まあ、案の定、そこから誰かまで辿り着けるわけもなく……。
結局、闇雲に図書館や情報屋等、ありとあらゆるところから集めた書類や物品に目を通して三日経ったところで、やっと、やっと、一つの手がかりを見つけたのだ。
「ここだ。ここが俺達の目的地だ」
ヴァルが、偶々めくったページの右端に書かれている記事を指さした。
「アン? ……『宴の都と呼ばれた街』……? ンだよこれ?」
ヴァルが読んでいたのは、今からおよそ八十五年程前の新聞がまだギリギリ発行されていた頃のものだった。その記事には、『泥棒が大量に入り浸り、家の壁まで漁る事件が多発!』、という見出しで記載されていた。
「これがなんで目的地なんだよ? 別に例の名前がない踊り子の事なんぞ、書かれてねーぞ? しかも……泥棒が家の壁やら床やらも奪って行ったって……ひっでー内容だなオイ」
「まさにそこだよ、ノア。伯爵殿が言ってたろ? 彼女が住んでいた街の名前さえも……ってな。そこで思ったんだ。そもそも街そのものの名前が無くなっていたんだとしたら? ってさ」
「街そのものの存在だァ? おいおい、そいつぁ身包み素っ裸にされるよりひでぇ話だなァおい。自分の住所を名乗ることも出来ねえなんて、存在否定されたような街ですコト」
ひとつあくびをしながらそう言うノアは、コーヒーを飲むためにキッチンに向かってくるりと踵を返す。
そんなノアを見届けた後、ヴァルは視線を落として骨董品屋から漁ってきた名前の掘られた金属製の破片と、さっきの記事を並べ、ひっそりと見つめた。
「……その逆だ、ノアさんよ。自分の居場所を残す為に、名を消した……。そして例の踊り子は……」
記事の真ん中に大きく映っている宮殿のような建物の写真を指差して、ひっそりと一言だけ零した。
「ただ、本当に踊る場所を求めたんだろうさ……」
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